39 / 49
その39
しおりを挟む「フォード、彼女ともう一度だけ話をしてもらえない?あなたは既に終わった事だと思っても、彼女はまだ終われてなかった。もう一度お互いちゃんと終わらせて。今の彼女ならそれができるから」
エティは女性にもわざと聞こえるようにクリフォードに告げた。クリフォードは急にそんな話を振られ最初戸惑ったが、エティの真剣な眼差しに負け「わかった」と頷いた。エティは二人からシロとレオを連れて離れると、二人が視界に入らないように背を向けた。
『あれは……確かジェシカとかいう人じゃなかったか?まだクリフォード様の周りをウロいていたのか?』
「ジェシカさんっていうの?フォードは名前覚えてなかったわよ。レオはよく覚えてたわね。何年も前の事でしょう?」
『ボク、記憶力は自信あるんだよ』
『あの女に襲われたのよ!』
シロはまだ怒りが収まらないようで、足で何度も地を蹴った。酷い目に遭ったのだから当然といえば当然だ。
『何!?大丈夫なのか!?』
『エティが治してくれたわ』
『治した?魔力でか?……エティ?』
ぼうっとしていたエティをレオが鼻先で突いて覗き込んだ。
「あ、ごめん。ちょっと思い出して……。シロ……本当に助かってよかった」
エティはシロの首に抱きつくと涙を滲ませた。シロも慰めるように擦り寄った。
「私のせいで……痛かったでしょう。本当ごめんね」
「エティ、俺の話は終わった」
いつの間にかクリフォードが後ろにいて、エティはドキリとした。クリフォードはまだ険しい表情のまま、何か言いたそうにエティを見つめた。
「……ありがとう。私も少し話してくるからこの子達見ててもらえる?」
「俺もいてはダメなのか?」
「女の子は内緒話が好きなのよ」
こちらをずっと見続けるクリフォードを気にしながら、エティはジェシカに向かった。先程までは地に横たわっていたが、今はきちんと一人で立っていた。怯えた様子は残っているが、どこか穏やかさが加わった。もっと嫉妬に狂った激しい女性かと思っていたが、エティの目にはジェシカは普通の女性のように映った。
「別に忘れろとは言わないわ。彼との思い出は胸にしまって、彼を解放してあげて。もう6年も苦しんだのよ。十分でしょう?」
「6年……。そうね、最初はちゃんと愛だけだったのに、彼の気持ちが私にないとわかると憎しみに変わって、でも誰かに取られるくらいならと……」
「呪いをかけた?呪いが解かれた場合、あなたの左手は黒くただれたような見た目になるのに?」
生活していく上で支障はないが、ジェシカは
呪い返しにあった場合、左手は二度と素肌を人前に出せなくなる。エティはリリアンからこれを聞いたが、ジェシカはローズから依頼の際に説明を受けたはずだ。
「どうしてそれを……!あなたは…誰なの?それに、私は心臓を狙って刺したのに……!」
ジェシカは再び青ざめ震えだした。立っているのもやっとという感じだ。そして自分のお腹を触り、戸惑いを露わにした。きっとシロに蹴られた痛みが消えているのが不思議で仕方ないのだろう。
エティはそれでも表情を変えずに続けた。
「もし今後同じ事をしたら、今度はあなたを助けないわ」
青ざめたジェシカは視線を合わせたままゆっくり頷いた。エティが普通の人間でないのを感づいたであろうが、ジェシカはそれ以上エティ自身について訊ねる事はなかった。
エティは本来あまりそういう態度は好む方ではないが、ジェシカに対しては威圧的な口調をとった。生き物は自分より強いとわかっていれば、歯向かって来ない。何が何でもジェシカにはこの場で、クリフォードに手は出せないと理解させなければならなかった。
組んだ手を震わせながら視線を落としたジェシカに、エティは大事な事を言い忘れていたのに気づき慌てて口を開いた。
「誤解のないように言っておくけど、ジェシカさんが依頼した店側が喋ったんじゃないわよ。私は呪いが形として見える体質なの。呪いの主にも同じ色形の印があるから、彼に呪いがついているのも、ジェシカさんが呪った側なのも自分で気づいたのよ。呪い返しについては詳しい人に聞いただけよ」
万が一、ジェシカの怒りや不満がローズに向かってしまったら困る。エティはジェシカがちゃんと理解しているか確認しながら話してをした。
「あなたを刺した時、同時に自分も殺している気分だったわ……」
人に刃物をたてるのは、考えていたよりよっぽど怖い体験だったのだろう。ジェシカは初めて涙を見せた。声は聞こえなかったがジェシカの唇は「ごめんなさい」と動いたのをエティはしっかり見届けた。
震えるジェシカの手と身体を、癒しの魔力が宿ったエティは止めてあげることができる。ただそっと抱き締めてあげるだけでいい。でもエティはそれをしなかった。
間接的でも、直接でも、人を傷つけるという恐怖をずっと忘れないでいて欲しかった。
「私は近いうち、彼の呪いを解くわ」
***
エティの後ろ姿から目が離せなかった。言い争っている様子もなく、ただ淡々と会話を続けているだけだが、目を離した僅かな隙に何かが起こりそうで怖かった。エティとあの女は随分長い時間話を続けていた。気づくと日はすでに落ちて、周りは薄暗くなっていた。
あの女はフラフラとした足取りで歩き出すと、街の方へ歩いて行った。エティはその女の姿が見えなくなるまで黙ってその場で見ていた。その横顔はどこか苦しそうな表情を浮かべていて声をかけることなどできなかった。
あの女は、あんな顔をしていただろうか?あんな声だったか?
何年も前の女性だからという事ではなく、俺が当時きちんとあの女に向き合っていなかったからだ。自分がエティを想うようになって、やっとあの女の気持ちがわかった気がする。
「フォード。帰ろっか」
ひとつの説明もなく、エティはふわりと笑ってシロの手綱をとった。クリフォードはエティの肩を掴み自分に対面させた。エティの笑顔は無理に作ったものでなかったが、気の抜けた、疲れた笑顔だった。
「この距離なら手綱を引かなくても、レオとシロはちゃんと馬小屋まで俺の後ろをついて来れるか?」
「……? ええ」
エティは二匹とアイコンタクトをとって返事をした。
「ならば、抱いていく」
クリフォードは言うな否やエティを横抱きにし、屋敷に向かって歩き出した。エティは落ちないようにクリフォードの服を掴むと「自分で歩くのに……」とブツブツ文句を言った。レオとシロは強く言い聞かせた訳でもないのに、並んでクリフォードの後をついてきた。馴染みすぎて忘れているが、こんなにこちらの意を汲み取って動く馬は他にいない。やはりエティが目をかけて可愛がっているからだろうとクリフォードは思った。
「お酒飲みたい……」
ボソッと呟くとエティの意識は途切れた。
やはりあの女と何かあって相当疲れたのだろう。エティは気絶するように寝ていた。
以前、何かあったら自分を必要として欲しいと伝えにもかかわらず、エティからは今回も手を伸ばしては貰えなかった。
クリフォードは頼ってもらえない寂しさと、エティの芯の強さを感じて、やるせない大きなため息をひとつ溢した。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
閉じ込められた未亡人は、当主となった義息と契約する。
黒蜜きな粉
恋愛
借金の肩代わりとして後妻に入った私は、
妻と呼ばれながら屋敷の離れで「いないもの」として暮らしていた。
ある雪の日、夫が事故死したと告げられる。
だが、葬儀に出ることすら許されず、私は部屋に閉じ込められた。
新たに当主となった継子は言う。
外へ出れば君は利用され奪われる、と。
それが保護であり、同時に支配なのだと理解したとき、
私はその庇護を条件付きの契約に変えることを選ぶ。
短いお話です。
イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団の異色男子
ジャスティン・レスターの意外なお話
矢代木の実(23歳)
借金地獄の元カレから身をひそめるため
友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ
今はネットカフェを放浪中
「もしかして、君って、家出少女??」
ある日、ビルの駐車場をうろついてたら
金髪のイケメンの外人さんに
声をかけられました
「寝るとこないないなら、俺ん家に来る?
あ、俺は、ここの27階で働いてる
ジャスティンって言うんだ」
「………あ、でも」
「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は…
女の子には興味はないから」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる