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その40
しおりを挟むああ、どうしよう……!いいかな、ちょっとだけならいいよね?!
エティが心の中で葛藤と戦っているのは真夜中の厨房だった。
夕方、クリフォードに抱えられ屋敷に向かったエティは、気づけば自分のベッドで寝かされていた。どうやら自分はクリフォードの腕の中で寝落ちしてしまったようだ。癒しの魔力をいきなり何度も使い過ぎたのかもしれない。
スッキリと目覚めた割にはまだ深夜に入ったばかりの時間で、空腹を覚えたエティは同じベッドのアネットを起こさないようにそうっと部屋を抜け出した。
足にまとわりつく夜着を邪魔だと見下ろしながらエティが着いた先は真っ暗な厨房だ。
そこで改めて自分の格好を確認した。胸元の大きく開いた女性らしいヒラヒラの夜着はアネットの物だ。出かけた時に着ていた服から着替えさせてくれたのはきっとアネットだろうが、こんなヒラヒラは勘弁してほしかった。以前からアネットに着てくれとせがまれていたが、エティは断固拒否していた。
「これじゃあ、まるで紫銀の女だわ……」
何も知らないアネットは、きっとルンルンで着替えさせたのだろう。
まぁ、いいか。こんな夜中に誰にも会うまい。
エティは手にしたランプの灯りを頼りに厨房の奥へ入った。
「つまみ食いしても怒られないのはどれかな。火は使えないからパンがあれば一番いいのだけど」
実は暗闇があまり得意ではないエティは、独り言で自分を誤魔化しながら食べ物を物色した。そして見つけてしまった。パンはあった。美味しそうな丸パンだ。エティが目を止めたのは、水を飲もうと足を進めた所にあったぶどう酒の瓶だった。そして冒頭に戻る。
エティは無性にお酒が飲みたくて仕方なかった。味を求めるのではなく、気持ちがアルコールを欲していた。
「うん、一杯だけもらっちゃおう!」
その一杯がいけなかった。
エティの記憶はそこで途切れ、瞼を開けるとすでに朝になり、裸でクリフォードの腕の中だった。
「ななななななんでっ?!」
「よく眠れたか?」
クリフォードはエティよりも早く起きてエティの寝顔を眺めていたらしく、すぐに目が合った。ニヤリと笑ったクリフォードに嫌な予感がしたエティは上掛けをそっとめくり、自分の胸元を見た。
アウトだ……。
最後まではしてない。うん。それはわかる。
だが、このおびただしい数の所有印にエティからはさすがに文句の言葉が出た。
「私をまだら模様にして楽しい?」
「もう採寸は終わったのだろう?それに昨夜のお仕置きだ」
「昨夜……?そうよ、どうして私ここにいるの?確か厨房にいたはず……」
そこでエティはハッとした。ゴクリと唾を飲むとエティは、まだ不気味に笑うクリフォードに恐る恐る訊ねた。
「わ、私……何か、した?」
「した。ぶどう酒一本飲み干した。空きっ腹に飲んだだろ?かなり酔って大変だった」
大変だったが、よく喋って面白かったとクリフォードは笑い飛ばした。
「あああ……全く覚えてない……!ごめんなさい!私、暴れたりしてないよね?」
「ぷっ、ああ、はははっ!」
「ちょっとぉ!何よ?!教えてよ!」
腹を抱えて笑い出したクリフォードに詰め寄ったエティは、クリフォードの裸を見て青くなった。
「な、何それ……。まさか」
「ああ、全部お前がつけた」
クリフォードの首筋から胸板にかけて、点々と小さく赤い跡が付いていた。どう見ても情熱的に夜を過ごした証にしか思えない。よりによって騎士服に隠れない場所にも何個か付いている。
恥ずかしさと後悔でエティはシーツに顔を埋めた。
どうしよう、どうしよう。何一つ覚えてない!気晴らしでちょっとぶどう酒に口をつけただけなのに……!
「他には?何か言ったりした?」
もうここまできたら開き直るしかないとエティはシーツから赤い顔を上げた。横に座るクリフォードが、優しくエティの髪を撫でながら笑いを堪えるように話した。
「レオとシロの話ばっかりだった。そもそも厨房で酔ってるお前を見つけたのはアネット嬢だ。部屋に連れ帰ったが、馬の話ばかりで手に負えないと俺の所に連れてきた」
「あああ、アネットに怒られる~!」
再びシーツに顔を埋めたエティは、クリフォードの顔が曇った事に気がつかなかった。
***
その夜、クリフォードはなかなか寝付けないでいた。原因は夕方に見たあの光景だった。若い頃に自分に執拗につきまとっていた、恋人だった女と現在の恋人のエティ。
エティが何かされたのではと、クリフォードは大きく動揺した。
「彼女とちゃんと終わらせて」
お願いというより、やらないとダメと叱られているようだった。
エティがそれで満足するならという気持ちで、クリフォードは地面に横たえた女に向かった。エティは側で見ているのかと思っていたのに、声が届かない距離まで離れるとこちらに背を向けた。
女はゆっくりと立ち上がると気まずそうに下を向いた。終わらせろと言われてもクリフォードからは何を言っていいのかわからず、黙って立ち尽くした。やがて女の方が先に口を開いた。
「……私の時と随分扱いが違うのね」
女はエティの背中を何故か切な気な表情で見つめた。声は少し震えていた。
「あの時は、恋愛というものがわかっていなかった」
「……そう」
「どうやっても私はあの子みたいに、あなたの隣に立てないのね?」
「ああ、あいつでないとダメだ」
「わかったわ……」
先程の二人は異様な空気で何をしていたのか、色々聞き出したかったが、背中を向けたエティが気になりそれ以上は続けなかった。
「クリフォード様、灯りがついてますが起きておられますか?」
「ああ、こんな深夜にどうした?」
寝室の扉にノックが控え目にあり、ハンクが相変わらずのハキハキした口調で声をかけてきた。灯りがついているからとかクリフォードを心配しての事ではない。一定の時間になったらハンクはよっぽどの事がない限り、クリフォードの寝室には来ない。屋敷内で何かあったのだ。
クリフォードはすぐにベッドから飛び降りると扉を開けた。いつもは「入れ」と言うだけの人が険しい顔で自ら出てきて、ハンクは目を見開いて驚いていた。訪ねてきたハンクはベッドで休む時の服装のままだった。こんな事も珍しい。
「起きておられたのなら丁度いいです。引き取ってもらえますか?」
「何をだ?」
クリフォードがバスローブ姿のままハンクについて彼の自室に着くと、しっかり出来上がったエティがアネットにひらすら楽しそうに話しかけている状態だった。クリフォードは エティの姿を見てギョッとした。エティは男を誘うような胸元の大きく開いた白い夜着を身につけていた。それだけでなく、その姿は紫銀の女と見間違えるとほど瓜二つだった。きっとハンクもクリフォードと同じで驚いただろう。
だからハンクは羽織る物を一枚持ってこいと言ったのか……。
クリフォードは手にしていた自分の上着をエティの後ろから肩にふわりとかけた。
止まらないエティの話に、アネットは困ったように何度も頷いていたが、クリフォードを見た途端助かったという顔をした。
「不本意だけど、私にはわからない話ばっかりするし、ご主人様の名前ばっかり口にするし、私は明日仕事があるから、不本意だけど!……後はお願いします」
ぐったり疲れた表情のアネットはハンクに送られて部屋に戻った。こんな夜中に起こされたのにハンクは昼間より機嫌が良さそうに見えた。二人の後ろ姿を見たエティはムフフと含み笑いをした。
クリフォードは上機嫌のエティを寝室に連れて戻るとベッドの端に座らせた。自分も並びに腰を下ろしたクリフォードは、エティの顔を覗き込むと穏やかに笑った。
「楽しそうだな」
「うん、私そっちがいい」
エティはそう言いながらクリフォードの膝の上に座り直した。驚いた顔でそれを迎えたクリフォードは、酔ってふらふらしているエティが膝から落ちないように腰をしっかり支えた。
自分が居ない所で酒を飲むなと散々言い聞かせていたのに、とクリフォードは呆れた表情で間近にあるエティの顔を覗き込んだ。クリフォードのそんな思いも届かず、エティは楽しそうに話し始めた。
「ねぇねぇ、レオとシロの間の柵なくてもいいと思わない?余計なお世話かな?」
アネットが言っていたよくわからない話はきっとこれだろうと、クリフォードは大人しくエティが楽しそうにレオとシロの話をしているのを聞いていた。
エティは元々酒に強く、よく酒場で飲んでいたらしいから、飲みたくなる気持ちは分からなくもない。だが飲みたくなるような事があったというのが問題だ。
でも、酔っているエティはいつもより口数が多いうえに本音が混ざるので、たまにはこういうのもいいかもしれない。クリフォードはまるで小さな子供が一生懸命話すのを聞くように、ちゃんと相槌をうってエティの話を聞いた。
「前にフォードがレオとシロに話しかけてるの聞いちゃったわ。うふふ、なんだか意外」
「近くにいたのか。どうりで二匹とも落ち着きがないと思った」
「果物が食べたいって言ったから取りに行ってたの。ふふ」
「エティ、酔ってるか?」
「酔ってないもん」
「よし、酔ってるな」
クリフォードは今がチャンスとばかりに質問を投げかけた。
「夕刻時、あの女と何かあったよな?」
「あの女?ジェシカさん?ああ……何か、あったね。うんあった」
そういえばそんな名前だった気がすると、クリフォードは今更ながらあの女の名前を思い出した。それよりもエティは何かあったとあっさり認めた。クリフォードはこのまま全て口を割るだろうと上手く誘導した。
「エティ、シロから落ちただろう?痛くなかったか?」
「あー、うん。ちょっと痛かったかも」
エティは目がトロンとしたまま、時々記憶を辿るように頭に指をあてた。
「その後ジェシカに刺されそうになったか?」
「なんで?」
「何が “ なんで? ” なんだ?」
「なんでわかったの?」
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