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しおりを挟む愁を雨宿りさせた日から5日後の土曜日、凛斗は都内で愁と待ち合わせをしていた。
あの日、凛斗のブローが終わると愁は店に行く日とシャンプーの練習日をサクサクと取り決めた。その時の愁の段取りよい決め方に凛斗は驚いた。自分から物事を進めるのが嫌な凛斗にとって、あれこれ決められる愁の行動は羨ましい限りだ。本当どこまでも自分よりかけ離れた人物だ。
待ち合わせは若者を中心に賑わうコーヒー店。11時の約束だったが少し早めに着いた凛斗は、飲み物を注文すると二つ並んで空いている席に座った。その席は目の前が全面ガラス張りで外を行き交う人達が眺められる。外からも店内が見えるので、下手すると目が合ってしまうが気にしなければ問題ない。腰に巻いてあったシャツを隣の椅子に置いて飲み物に口をつけた時に後ろから声をかけられた。振り返ると高そうなスーツを着たサラリーマンっぽい若い男性で、片手に買ったばかりの飲み物を持っている。
「ここは空いてない?」
「すいません。ツレが来ます」
「ツレって彼女?」
「は?違うけど……」
店内を見回すとちらほら席は空いている。いかにも席取りしてある所に来なくても座れるのに、よっぽど外が見える席がいいのだろうか。凛斗は自分が席を移ればいいだろうと目線で他の席を探した。するとちょうどタイミングよくすぐ近くのテーブル席が空いた。
「席譲りますよ。どうぞ」
シャツを手に取って腰を上げるとサラリーマンに手腕を掴まれた。
「君の隣がいいんだけど。お友達が来るまででらいいから座っていいかな?」
「……は?」
(何言ってんだ?)
あまりの馴れ馴れしさに一瞬知り合いかと考えたが、どう考えても見覚えがない。サラリーマンは手首を離してくれないし、仕方なくもう一度席に座った。その瞬間携帯が鳴り、電話にでようと腕を引くとサラリーマンは今度はすんなり手を離してくれた。しかし、凛斗がジーンズの後ろポケットから携帯を出している間に、サラリーマンはニコニコしながら凛斗の許可なく隣に座った。まるで面談をするようにこちらを向いて座るサラリーマンに、自分が覚えてないだけでやっぱり知り合いだったりするのだろうか?と眉を寄せた。携帯の着信は愁だ。もうそろそろ待ち合わせ時間なのにわざわざ電話をしてくるなんて、もしかしたら遅れるとかいう連絡なのかもしれない。
「もしもし?」
『凛斗、目瞑って』
「いきなり何?っていうか今どこ?」
『いいから、僕がいいって言うまで目を閉じててください』
「よくわかんねぇけど……ん、瞑ったぞ」
『開けちゃダメですよ』
「……?」
愁に言われるまま目を閉じたが特に何の変化もない。耳を澄まして愁の指示を待つが、愁は黙ったままで何も聞こえてこない。痺れを切らした凛斗は電話越しの黙ったままの愁に声をかけた。
「おい、まだかよ」
『もういいですよ。お待たせしました』
目を開けるとガラス越しに愁の顔があった。愁はこちらを覗き込んでニッコリ笑うと小さく手を振った。
「そんな事しなくても見えてるよ」
『すぐ行きますね』
そう言って愁は通話を切ると店の入り口に向かって歩き出した。愁の動きを目で追った後、思い出したように隣を見るとサラリーマンの姿はもうなかった。キョロキョロと辺りを見てみるが店内にはいないようだ。いつの間に帰ったのだろう。まあいいかと気を取り直して外を向く。やがて愁が凛斗の所に来た。凛斗よりかなり大きいサイズの飲み物だ。体格がいいと体に入る量も多いのだろう。
「早めに着いたんですか?」
「少しだけな。なぁ、さっきの目瞑ったの何?」
「何でもないですよ。虫を追っ払っ……いえ凛斗を驚かせようとしただけです。それよりさっきの男性は知り合いですか?」
「見てたのか?」
「向こうから歩いて来たら見えたんです。僕と目が合ったら帰っちゃいましたけど、何話してたんですか?」
「よくわかんねぇ。知らない奴だけど、おまえが来るまで隣に座りたいって言ってた」
「そうですか。こういう事よくあるんですか?」
「そういえば最近知らない奴に声をかけられるな」
「へぇ……」
低い愁の声が一段と低くなり、凛斗は思わず隣に座る愁の顔を覗いた。表情は大きく変わっていないが、どこか不機嫌オーラを纏っている気がする。どこに地雷があった?いつ踏んだ?凛斗は頭にハテナを浮かべながら慌てて話を逸らした。
「な、なぁ、それめっちゃクリーム乗ってるじゃん。甘くねぇ?」
「見た目ほど甘くはないですよ。甘いの苦手ですか?」
優しそうに笑ういつもの愁に戻りホッとする。初めて機嫌を損なう瞬間を見たが、愁は怒ると怖そうだ。何がきっかけで気分を悪くするのかがわからないので気をつけよう。
「ケーキとかデザート系は食うけど、甘い飲み物はあんま飲んだ事ないな」
凛斗が飲んでいるのはアイスコーヒーだ。シロップはおろかミルクも入れないブラックコーヒー。愁の手元にあるようなクリームで飾られた飲み物を特に避けているわけじゃない。看板やメニュー表を見ると興味は湧くが、注文するのは結局いつものアイスコーヒーだったりする。新しい味にチャレンジして失敗するのが怖くて頼めない、ただの憶病者である。
「飲んでみます?」
スッと目の前に差し出され、凛斗はその手があったかと目を輝かせた。同席している奴から一口貰えば味を体験できて次から心置き無く注文できる。というわけで、ありがたく口をつけた。
「うまっ、何これ、なんて名前のやつ?」
興奮気味に訊ねると愁がクスリと笑った。しまった。大学生のくせに子供みたいにはしゃぎすぎた。顔に熱が溜まるのを感じながらカップを愁に返した。カップを受け取ると思っていた愁の手はなぜか凛斗の顔に伸びてきた。思わず身を引いたが、愁の親指が凛斗の上唇に触れた。つつ、と撫でられ肩が竦む。
「……っ、なに?」
「クリーム付いてますよ。はい、取れました」
愁は拭ったクリームがついた親指をペロリと舐めた。親切心はありがたいが場所と相手を考えて欲しい。おかげで耳まで熱くなってきた。
「おまえさ……よく平然とそんな恥ずかしい事するよな。慣れすぎだろ」
「別に慣れてないですよ。もっと飲みます?」
「いや、いい」
顔から熱が引かず愁の方を向けない。肌が白いだけにごまかしが効かないのが厄介だ。
その後、凛斗が髪を染めた美容院まで案内した。コーヒー店からは歩いていける距離で、まっすぐ歩けば15分くらいで着くのに、愁があちこち目に入った店に入り寄り道したため結局倍の30分くらいかかった。特に何も買わなかったが、雑貨屋やら服屋やらで愁が楽しそうにしていたので凛斗も一緒に楽しめた。
美容院の前まで来ると、それまでにこやかだった愁の顔つきが急に変わった。今までになく真剣な表情で店全体を見つめる姿に、凛斗は声をかけられずただ黙って隣に立っていた。
暫くしてハッと我に返った愁は焦ったように辺りを見回した。
「おい、ここ、後ろにいる」
愁が立っている場所から少し離れた街路樹の下にいる凛斗を見つけた愁は、ホッと安心したように息を吐くと駆け寄ってきた。
「すみませんでした。色々考え事していて凛斗を放ったらかしにしてしまいました」
「別にいいよ。俺こそ自分だけ日陰にいて悪りぃな。陽に当たりすぎると後で肌が火傷したみたいに痛むからさ」
「えっ、そうなんですか?尚更すみませんでした。ちょっと赤くなっちゃいましたね」
心配そうな表情で見下ろした愁は凛斗の頬を指の背で軽くなぞった。その途端、凛斗は胸の辺りが騒ついた。喉が詰まったように息も一瞬できない。
(な、何だこれ……?)
何でこんなに動揺してんだ?
愁が他の友達と違って大人びた雰囲気なのもあるが、一番の要因はスキンシップだろう。愁は凛斗に躊躇いもなく触れてくる。しかもその触れ方が、まるで付き合っている彼女に対してするような優しいものだ。こんなの、もし自分が女性だったら絶対勘違いしてしまう。
愁は背が高い。凛斗は決して低いわけじゃないが、愁と並ぶとその身長差は情けないくらいある。自分より背が高い愁に近い距離感で優しく扱ってもらい、きっと女性側の気分を味わってしまっただけだ。
凛斗は自分に何度もそう言い聞かせた。
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