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しおりを挟む誰かと恋愛話をすると相手に心の中を覗かれてしまうような気がして、何となくその話題から避けるようにしていた。今回、初めて誰かと恋愛絡みの話をした気がする。
「何よ、ジッと見て。ノーメイクなんだからあんまり見ないでよ」
ムッと眉を寄せたその顔は確かにスッピンのようだ。紗希はもともと顔の造りがくっきりしていて、メイクなんかしなくても充分可愛いと思う。調子に乗るから本人には言わないが。
電話やメールで済むのに、わざわざ出向いてスッピン晒して話に来るなんて紗希も人がいい。こんなお人好しだっただろうか。
「俺に気ィつかって何も言わねぇの?」
「何を?」
「愁と俺のこと。……キモいとか思わなかった?」
「別に?恋愛は自由だし」
凛斗のストレートな質問に紗希はあっけらかんと答えた。
「最初はかなり驚いたけどね。でも凛斗って美人だし愁くんと並んでも全然違和感ないよ。お似合いお似合い」
にっこり笑った顔がなんだか怪しい。
「……面白がってるだろ」
「わかっちゃった?仲直りしたらまた色々教えてよ。そのうち三人でご飯食べに行こうね。二人が一緒にいるところ見てみたいし」
これは……『仲直りできたら私のおかげだから、あんた達でご飯のひとつくらい奢りなさいよ』という意味も含まれている気がする。
仲直りできてもできなくても、足踏みして動けずにいた場所から一歩踏み出すきっかけにはなった。結果がどうあれ紗希にはメシぐらい奢ろう。
「紗希、家を何時に出る?愁を学校で捕まえるから俺も一緒に連れてってくれ」
「愁くん家まで行けばいいじゃない。先生には愁くん欠席って伝えとくよ?」
「あいつが何時に家出るかわかんないし下手するとすれ違っちまう。学校なら確実に会えるだろ」
実は愁ン家のマンションの場所がうる覚えで、辿り着けるか自信がないのもある。
メイクが済んだらすぐ出るよ、という紗希に合わせて支度を済ませ家を出た。愁と紗希の通う専門学校まで電車で二駅。満員電車に揺られながら今日はまだ一度も鳴らない携帯をポケットから取り出した。
傷つけた……よな。
いっぱい謝らないと……。
愁から逃げた翌日はストーカー並みに愁から電話とメールの着信があった。メールの内容は、愁は何も悪くないのにひたすら謝る文面と『声が聞きたい』『会いたい』という刹那な思いが溢れていた。その次の日も着信は多かったが前日の半分ほどだった。そして今日はぱったりと連絡が来なくなった。あれだけ執拗に電話してきたのにどうして今日は何もないんだ?
愁、俺の事もう諦めてないよな……?
不安が苦しいほどに胸を締め付けた。
どうしてメールだけでも返さなかったんだろうと後悔ばかりが襲う。怖くなって逃げただけで愁の事が嫌いになったわけじゃない。素直にそう伝えればよかったのに、意気地がなくできなかった。
「凛斗、もしかしたらだけど、いつも次の駅で愁くんと待ち合わせしてたから、愁くんが通学時間を変えてなければ駅で会えるかも。凛斗、聞いてる?」
「……え?あ、うん、わかった」
電車のスピードが落ちるにつれて、ぐっと気が引き締まった。
会えたら、会って顔を見たら何て言えばいいんだろう。まず、謝るべきだよな。愁を避けまくったくせに、自分の気持ちは全て聞いて欲しいと思ってる。なんて都合のいい奴で最低な奴だと自分でわかってる。
それほど大きな駅ではないが通学時間や出勤時間なのもあり、大勢の人が流れるように移動している。改札口を出ると、その流れから外れて通路の壁際に張り付くように身を寄せた。
「こっちの路線って社会人が多いんだな。慣れなくて息がつまりそうだった」
「オフィス街があるからね。男性が多いからいつも緊張するよ。この時間だけでも女性車両作って欲しいわ」
はぁ、と紗希から心底疲れたようなため息が漏れた。緊張するというのはもしかして……。
「触られたり……するのか?」
顔を寄せてコソッと訊ねると紗希はうんざりしたように頷いた。紗希の話からすると、頻繁ではないが連れがいなくて一人の時なんかは狙われるらしい。
「今日は凛斗が一緒だったから安心して乗れたよ」
「そ、そうか……。でも友達と一緒の時も気をつけた方がいい、ぞ」
俺が大丈夫じゃなかったとは言い出せなかった。気のせいかな、と思っていたが駅に着いて降りる寸前、力任せに尻を握られた。男の俺でもかなり不快な気分だったから、女子ならかなりダメージが大きいだろう。
反対方向の路線から電車が到着して、また多くの人が続々と降りてきた。紗希は大きなくりっとした目を更に見開いて、愁の姿を探し始めた。凛斗も目的の人物を見逃さないように改札口を抜けていく人に目を凝らした。すると電車から降りてきた若い男と目が合った。男は離れた一瞬驚いたような表情を見せると人の流れを遮るように立ち止まりこちらをジッと見つめた。
「ん?なんだアイツ。こっちずっと見てるけど紗希の知り合いか?」
「……ああ、あの人は同じ専門学校の先輩。無視していいから」
「でもこっちに来るぜ」
男がすぐ近くまで来ると、紗希は見たことないくらい顔を顰めた。誰が見ても相手を嫌っているのが滲み出ている。男はそんな紗希をチラリと見た後、凛斗を品定めするように見下ろした。愁ほどではないが、この男も背が高い。薄っすらと浮かべた笑い顔が妙に威圧感があり、凛斗の足は無意識に後ろへ下がったがすでにそこは壁で、背をべったりくっつける形になった。
「紗希ちゃんおはよう。誰? コイツ。相澤と別れたって聞いたけどもう新しい男?」
「馴れ馴れしく名前呼ばないでください。それにもう話しかけないでって言ってるじゃないですか」
「長谷川さんより紗希ちゃんのほうが呼びやすいし親密度増すだろ? で、コッチは何くん? 初めて見る顔だから同じ専門学校じゃないよな? おお、よく見ると可愛いじゃん」
どうやらこの男は紗希に気があるが、紗希は嫌いで冷たくあしらっている。……みたいだが、なぜその男に俺はこんな事されてんだ?
凛斗は男に壁ドンされていた。
両腕で囲われ逃げ道がない。
ドラマなんかで見たことあったが、実際に壁ドンのんてする奴いるんだ。……っていうか見た目より相手との距離が近い。
最初脅されてるのかと思ったが、男はニヤニヤしながら凛斗の全身を舐めるように見回した後ペロリと舌舐めずりをした。
こいつ殴っていいかな……。
と、許可を求めるように紗希に視線を送ると泣きそうな顔を小さく横に振っている。凛斗の腕っぷしの弱さを知ってるから止めたのだろう。それに先輩だと言っていたから下手に揉めたりするとマズいのかもしれない。今まで人を殴ったことなんてないが、顔を寄せて来るこの男は殴りたくなった。自分を見る目が気色悪いし軽い感じが鼻につく。
「俺、男もいけるんだよね。紗希ちゃんはなかなか靡いてくれないから今度は君にしようかな。俺とどう?」
「間に合ってるよ」
今まさに言おうとした言葉が男の背後から聞こえた。
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