sideBの憂鬱

るー

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side Aの困惑 4

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 凛斗と一緒にいると時間なんてあっという間に過ぎて行く。付き合って半年、愁は「もう半年? 」と感じていたが、凛斗は「まだ半年」と言った。

 しかもあの照れ屋の凛斗が「俺たちこの先もずっと一緒にいるんだろ?」とプロポーズ紛いなセリフを真面目な表情で言った。

「まだ半年」と捉えたのは、今後長く寄り添う時間に対しての「まだ半年」と受け取っていいのだろうか。


 ***


 賢治のアパートに向かう途中二人はドラッグストアに寄り、おかゆのレトルトと風邪薬、額に貼る冷却シートや飲み物などを買った。

 おかゆなら作ろうか? と愁が冷凍してあった白米を持って行こうとすると、凛斗は外で買うからと愁の手からそれを取り上げ冷凍庫に戻した。普段買い物をしない凛斗はドラッグストアで商品を探して売り場をあちこち歩き回り、結局愁がほとんど見つけてカゴに入れた。ついてきてよかった……。と、初めてのおつかいに出した親の心境で隣を歩く凛斗をちらりと見る。

 愁がついていくと言った時、凛斗は一瞬困ったような表情を見せたが、今はいたって普通だ。そんな顔されたらやはり賢治くんと何かあるのかと思ってしまう。複雑な道順を何の迷いもなく歩いていく凛斗に、また勝手に一人でモヤモヤする。

 そうだよな。仲のいい友達だから家を行き来したりしてるよな……。

 凛斗の交友関係がどんなものなのか、はっきり言って詳しくない。会話の端々でチラリと聞くぐらいで、愁から追求したりしないし凛斗からいちいち説明があるわけではない。よく知っているのは幼馴染の紗希と、今から看病しに行く賢治だけだった。


 凛斗曰く、賢治は前日から風邪の予兆があった。朝から寒気がすると言って、夕方の講義が終わる頃には自分で「熱があるかも」と急に入ってしまったバイトを休もうか迷っていたらしい。結局無理してバイトに行き、ぶっ倒れた。「あまりにも体調が悪くなったら電話しろ」と言ってあったんだ、と凛斗は二人の休日が潰れた事を謝ってきたが、形はどうあれ一緒にいられるのだから愁はこれっぽっちも怒ってなどいない。今思えば駅での態度や持ち歩いていたスマホは、賢治の体調を心配してのことだったのだ。凛斗の優しさや友人を大切にする心を恋人としてとても誇らしく思う。でもやはり嫉妬は拭えない。


 それらしき古びたアパートに着き、チャイムを鳴らす前、扉の前で凛斗が何か言いたげに愁を見上げた。


「ん? なに?」

「いや……なんでもない」


 何でもなくないだろう。何ださっきから不意に見せるその不安そうな顔は。

 問いただす前に凛斗がチャイムを押し、直後にガチャリと音を立てて勝手に中に入った。鍵はかかってないのかと愁が驚いている間に、凛斗は狭く短い廊下の奥の扉を開けた。


「賢治、生きてるか?」

「あ、凛斗ぉ……もうダメ、死ぬ」


 六畳ほどのワンルームの中央で、賢治は布団にくるまってゼェゼェ言っていた。死にはしないだろうが相当気分が悪そうだ。愁の存在に気づくと「どうも」と言うように弱々しく笑った。愁がついてくるのは凛斗がメールで知らせてあったので、特にそれ以外のやり取りはない。したくてもできなさそうだが。凛斗は賢治の枕元にしゃがんで先ほど買った物を袋から取り出した。


「熱はどれくらいあんの?」

「測ってない。体温計持ってないもん」

「はぁ? それならそうと電話ン時に言えよ。ついでに買ってきたのに」


 凛斗はぶっきらぼうに言いながら冷却シートを開封している。普段通りの凛斗だ。直前のあの顔はもう微塵もない。凛斗も気になるが、今は想像以上にぐったりしている賢治が優先だ。


「顔真っ赤だね。結構熱高いんじゃないの?」


 どれどれ? と愁は賢治の額に手をあてた。かなり熱いし、本人も辛そうだ。これは病院に連れて行った方がいいのではと考えていると、額に置いた手を凛斗に掴まれ引き剥がされた。


「凛斗?」

「あ……の、これ貼るから」

「そっか、邪魔してごめんね。あのさ凛斗、病院で点滴打ってもらった方が早く回復すると思うけど」

「そうなのか? 俺あんまり風邪引かねーからよくわかんなくて」


 そうだろうと思ってた。この半年凛斗が体調崩したなんて聞いたことない。愁が抱き潰した時くらいだ。


「賢治くん保険証どこにある?」

「愁さん、病院はいいっス。俺今手元に金ないんで」

「それくらい貸すよ。行った方がいい。インフルエンザだったらどうするの? 市販の薬じゃ効かないし、凛斗に感染うつるよ」


 インフルエンザという単語に反応して、賢治はあっさり引き下がった。タクシーはすぐに呼べたが、熱でフラフラの賢治を車内まで移動させるのに苦労した。玄関までは肩を貸せば自力で立てたが、その先は愁がおんぶした。ついてきてよかった……。サイズ的に凛斗は賢治をおんぶできない。


 土曜日の午後だったので夜間休日扱いになって診察料は高くついたが、検査の結果やはりインフルエンザだったので受診させて正解だった。


 賢治をアパートまで連れて帰り、布団で寝付いたのを確認して部屋を後にした。ちなみにドアの鍵は施錠した後、ドアの郵便受けから部屋の中に入れた。来た時開いていたのは賢治が凛斗に救済の電話を入れた後、這って移動して自力で開けたらしい。

 賢治のアパートから離れると凛斗は疲れたように息を吐いた。もう夜の八時だ。慣れない事だらけできっと肉体的よりも精神的に疲れただろう。

 お互い言いたい事は言い合おうと約束事はしたが、実際腹の内を全て相手に明かしているわけではない。それは凛斗もきっと同じだ。時折見せる凛斗の不安な顔は、まだ言葉として形にならない何かを抱えているのかもしれない。凛斗の意思で凛斗のタイミングでいつか聞かせてくれるのを待つしかない。


「結構遅い時間になっちゃったね。凛斗もうこのまま家に帰る?」

「……。」


 少し迷っていたようだが黙って頷いた。もう少し一緒にいたいと凛斗も思ってくれたのだろうか。静かに俯いている凛斗の前髪を掬い、そのまま少し伸びた髪を撫でた。耳に髪をかけると凛斗は気持ちよさそうに目を細めた。そんな表情されたら帰したくなくなる。


「送って行っちゃダメ?」

「……おまえの電車代、俺が払うのが条件だ」

「う……」


 そうきたか。送迎は愁が勝手にしていたことだから、今まで凛斗に払わせなかったのに……!


「あともう一つ条件がある」

「え、なに?」


 何だかんだ言っても、凛斗の要求なら愁は受け入れるに決まってる。惚れた弱みだ。


「料理の材料、今度からは俺も一緒に買い物行きたい」

「……え?」


 思ってもない事を言われ、愁はキョトンとする。


「嫌ならいいけど……」

「行くっ! 買い物一緒にしよう! うん!」


 材料費くらいは支払おうと考えている凛斗に対して、愁の頭の中は……


 なにそれ! もうラブラブの新婚じゃん!


 と、春真っ盛りだった。



 ***



 愁が自宅に戻ると、母親が先に帰宅していてリビングで寛いでいた。ちょうど風呂から出たらしく、上下真っ白なモコモコのパジャマに身を包み、濡れた髪をタオルで拭いていた。


「おかえりー愁。グットタイミング! 髪やってよ」

「はいはい。ダメ出しはお手柔らかにお願いします……」


 愁が洗面所からドライヤーを持ってくると、母親はすでにソファーの前に座り、スタンばっていた。タイミングが悪いと愁はいつもこうやって捕まり腕試しをされる。そういえば最近凛斗以外の人で練習してないな、と妙に緊張しながらソファーに腰を下ろした。


「ウンウン。いい感じ。前より良くなったわね!」

「そりゃどうも……」


 テーブルの上にはビールの缶が二本も置いてある。褒めてるのは単に機嫌がいいだけじゃないのかと思ってしまう。髪をブローしながら目線が髪からモコモコパジャマに移った。

 凛斗が着ても似合いそう……。

 凛斗は肌も白いし、こんなモコモコしたの着てゴロンとベッドで横になったら、白うさぎみたいで可愛い。可愛すぎる。

 鼻血が出そうな想像をしていると、母親が急に振り向いた。そんなわけないのに、考えを読まれたかと挙動不審になる。


「な、なななななにっ?」

「愁さ、最近変わったよね」


 しみじみ言うその顔はやはり母親。どこか遠い目をして何かを思い出しているようだ。

 母親に言われたセリフは、かなり前に兄の亘からも言われていた。忘れもしない、凛斗と風呂でイチャイチャしてる最中に邪魔された数日後だ。


『おまえ変わったよなぁ。爽やか青年って感じだったのに、風呂場で見た時、俺に警戒心剥き出しの男って顔してたぜ』

 その頃自分では自覚がなかったので、そんな風に言われたのが不思議だった。だが今、母親から変わったと言われるのは自分でも同意できる。


「妙に色気付いてきたし男っぽくなったわよね。彼女の影響とか? そういえばあんた一度も紹介してくれた事ないじゃないのよ」


 イジメたりしないから見せなさいよ、とひやかすように笑いかける母親に、心の中で『何度もここで顔をみてるだろ』と返答する。


「まぁ、そのうち……」

「照れた顔しちゃって。あと一番驚いたのはあれよね、料理! 冷蔵庫に物が入るようになったなーって思ってたら、まさか愁が料理してるなんて! 私はてっきり凛斗くんが色々作ってるのかと思ってたわ」

「凛斗は食べる専門。ちなみに冷蔵庫の中だけど、手をつけて欲しくない物にはわかるようにメモでも貼っておくから、それ以外の作り置きは勝手に食べていいよ」

「あら、じゃあ今度から酒のつまみにしょーっと。あんたの嫁になる子はラッキーね。掃除洗濯料理が標準装備で顔も私に似て造りはいいし、性格もおとなしめだしね」


 おとなしめ……かな? 凛斗に煽られると、時々スイッチ壊れて凶暴化しますけど……。



『変わった』と自他共に認めるが、もしかして変わったのではなく成りを潜めていただけで、今の姿が本来の自分なのかもしれない。


 会えない時間相手に思いを馳せたり、会ったら会ったで触りたくて疼いて、何度抱いても湧いてくる飢餓感なんて凛斗に逢うまでは知らなかった。凛斗は愁に絶倫だと言うが、何度も求めるのは凛斗にだけで、過去に付き合った女性相手には淡白なものだった。

 凛斗への気持ちが今後変わらないと自信を持って言える。だから今付き合っているのは凛斗だと目の前の母親に宣言しても後悔はないが、それはただの独りよがりで言われた側の気持ちを考えていないし、何より凛斗の意思を確認していない。二人の問題なのに勝手に打ち明けていいわけない。



「母さん、先に言っておくけど俺結婚式とかは挙げないって決めてるんだ。でも恋人を紹介する時は一緒になるって決めてる子だから」

「そっか、それでもいいんじゃない? ウチは本人達がやりたい事をやりたいようにっていう教育方針なんだしパパも反対しないわよ。でも、そっかぁ……早く会ってみたいなその子」


 顔をキラキラさせて話す母親にまたもや心の中で答える。

 この前『可愛いからウチの子になっちゃいなよ~』って頭撫でてた子だよ。


 その後、ビール一本分の母親の仕事の愚痴に付き合った。自分の目指す場所から聞こえてくるのはいい話ばかりじゃない。それてもそこに向かっているのは父や母、兄達が誇らしげに仕事をしているからだと思う。


 俺も風呂入ろっと、と愁は立ち上がってリビングを後にしようとして振り返る。


「あ、そうだ母さん。そのモコモコのパジャマどーゆうどこで売ってんの?」

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