sideBの憂鬱

るー

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side Aの困惑 3

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「僕から凛斗の全部が見えるよ」


 凛斗の後ろを覗き込んだ愁は、そびえ立つ凛斗の性器越しに潤んだ瞳を見つめた。まだ羞恥心が残る色っぽい顔も、ピクピク震えながら先走りを垂らす凛斗自身も、いつも愁を咥え込んでるいやらしい穴も、全部だ。


「っ……愁、愁っ」

「うん、早く触って欲しいんだよね? そんな焦らないで。ちゃんと気持ちよくしてあげるから」


 絞りだすような弱々しい声の凛斗を、宥めるように声をかけて、ちゃんとこちらを見ているか確認してから脚の間に顔を寄せた。竿の根元から先っぽに向かって舌を這わし、同時に後ろの穴を指の腹でマッサージするように揉む。何時間か前に同じことをされたばかりの穴は、その先が分かっていて待ち遠しいというようにヒクヒクしている。誘われるようにゆっくりと指を窪みに沈ませた。解さなくても使ったばかりで十分に柔らかい。いとも簡単に入り込んだそれを、温かい内壁が纏わりつくように締めてくる。愁はすぐに指を二本に増やした。


「……は、…あ」


 身体の奥から溢れでたように息が漏れ、凛斗の下半身に力が入る。指が良い所を掠めたらしい。

 性器への口での愛撫は最初は凛斗がきっかけだったが、その後はお互いの気分でしたりされたりだ。舌は手のひらや指先よりも繊細に刺激できるうえに、口腔内に収めると相手がどれだけ感じているのかとても生々しく伝わってくる。愁の場合、気分が高揚して凛斗をより一層よがらせたい時の切り札として使っている。今夜は気分が昂ぶってるわけではないが、敢えて挿入無しで凛斗を時間をかけて追い立てて行く。二ヶ所同時に攻められるのに弱い凛斗は、前を口で、後ろを指で弄られ痺れるような快感に白旗を上げた。


「愁っ…もうイきたい……っ」

「まだダメだよ。もっとたっぷり感じてからね」

「なんで、そんな焦らして……アッ…」

「前と後ろどっちが気持ちいいの?」


 言いつけを守って愁に視線を固定していた凛斗の表情が悲痛に歪む。もう少しで達するところで指が出て行ってしまい、ヒクつく入り口をソロソロとなぞるだけになったからだ。


「どっちも……」


 どちらも気持ちいい。だから早くして。このままでは苦しいと、赤くなった目尻が訴えている。


「どっちかしかダメ。どっちがいい?」

「う、うしろ……。…うの」

「ん? なに?」

「しゅうの大っきいやつがいい」


 ……なんて爆弾を落としてくれるんだ。

 理性を捨てて強請る姿があまりに可愛すぎて、鼻血が出そうで思わず天を仰ぐ。同じように下半身も天に向かって血行が良くなっているが我慢してもらう。


「欲しいの?」

「……ん」


 小さく頷く凛斗にダメだよと首を振る。脚の付け根を撫でていた手を後ろに添え、指を二本凛斗の中に沈ませた。


「……っあ! やっ、あっ、あっ」

「指でも十分気持ちよさそうだよ。中がヒクヒクしてる」


 本当は愁だって凛斗の中に入りたい。入って思いっきり突き上げたい。しかしその衝動を押さえ込んだのは訳がある。

 途中、理性が飛び始めた状態の凛斗を見て、質問攻めにしたらどうなるだろうかという考えが頭をよぎった。しかし愁はすぐ開きかけた口を閉じた。

 待ち合わせで『おまえに言う必要はない』と言われた内容ことは、凛斗が賢治を見送っていた目つきから、恐らく賢治絡みで間違いないだろう。なぜあんな冷たい言い方をしたのかはわからないが、凛斗はすぐ顔に出るので嘘や隠し事をしない。同様にやましいこともしないはずだ。凛斗本人の意思に反してやましいことが起こってしまったとしても、挙動不審になってとっくに『何かありました』とこちらにバレているはずだ。

 付き合ってみてわかったが、凛斗は思っていたより頑固だ。たとえ今、快楽を引き換えに聞きだそうとしても、きっと凛斗は口を割らない。愁は勢いに任せて問い詰めなくてよかったと思った。真実を聞き出す確率より、そういった事をしようとした愁の株が下がる確率の方がはるかに高い。

 愁の愛撫でドロドロに溶けていく凛斗は、決して恋人を裏切らないと信じられる。でも、ちょっと傷付いた分は仕返しさせてもらう。


「やっ、挿れて……」

「僕のはまた明日たくさんあげるから、今はこれで気持ちよくなろ? ほら、いいところ触ってあげるから」


 露骨に避けていた凛斗のいい場所を指先で突く。すると凛斗は身体を大きくしならせた。


「あ! だめ、イっちゃう……!」

「いいよ。可愛い顔見せて」

「っは、あっっ……ん!!」



 愁に弄られてる間、凛斗は頑張って視線を愁に向けていたが、さすがに最後は快楽に抗えず目を閉じた。可愛いイき顔を見て満足した愁は、力尽きてベッドに沈む凛斗に優しくキスをした。


「最高に可愛かった。凛斗、好きだよ」


 凛斗は薄っすら目を開けると、残った余力で愁の服の裾を掴んできた。凛斗は終わった後とても甘えん坊になる。ちょっとした表情や仕草で、凛斗がなにを求めているのかがわかるようになった今、言葉は無くともそれを遂行する。愁は凛斗を腕に収め、髪を梳くように頭を撫でた。


「抱き締めて眠ってもいい?」


 凛斗は上がった息が治ると、愁の背中に手を回した。


「俺も……すき」


 もう言葉や態度だけでは表現しきれない。
 凛斗が、僕の恋人が可愛い過ぎる。


 凛斗からもくっついてきたから、朝までベッドで一緒に居てくれるという事だ。今まで親がいるときは頑なに拒否していたのに、手を出したらあっさり懐に転がり込んできた。

 これは凛斗なりに気を遣ってくれているのかと心内思う。頭がいい凛斗のことだ。愁が奥底にしまい込んだ不満を、挿入なしで凛斗をイかせる事で憂さ晴らししているとわかっているうえで乱れたのかもしれない。もしくはエッチ関係に流されやすい凛斗が、単純に快楽に従順になっただけかもしれない。


「愁、もっとぎゅってして」

「うん。ずっと離さないからね」


 もうどちらでもいい。
 愛しい人が腕の中にいて、自分を求めてくれている。



 ***


「朝ごはんは和食か洋食かどっちがいい?」


 キッチンに立ち、少し離れたソファーからこちらを見ていた凛斗に訊ねると、なぜか難しそうな顔になった。和食か洋食で悩んでるのとは違うようだ。凛斗はおもむろにキッチンに入ってくると自分より遥かに背の高い黒塗りの冷蔵庫を開けた。


「なんでこんなに食材揃ってんの? おまえン家の母親料理しないだろ。愁が用意したのか?」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

「いや、冷蔵庫ン中いっぱいだなって思って。朝メシだけど、和でも洋でも愁が作りやすい方でいいよ」

「 ?……ん、わかった」


 凛斗はまた元いたソファーに腰掛けて、愁が調理するのをジッと見ていた。愁は小首を傾げながら、すぐに食べられるようにトーストとスクランブルエッグ、サラダとフルーツを用意した。愁の母親は早朝から仕事に出て、家には愁と凛斗の二人きり。二人とも学校も用事もないので今日は一緒にダラダラ過ごすことになりそうだ。愁はパジャマのまま、凛斗は愁に借りた家着でリビングのテーブルに着くと、愁が用意した遅めの朝食に手をつけた。


「愁さ、最近料理の幅も広がったけど、栄養バランスとか考えて作ってんの?」


 凛斗はサラダの皿をフォークでつつきながら愁に訊ねた。


「そうだね、時間に余裕があればだけど。何か苦手なものあった?」

「ねぇよ。あったとしてもおまえが作ったんなら食うよ」

「え? そんな無理しなくていいよ? もしかして今までも嫌いな物とか食べてたの?」


 好き嫌いは聞いてあったが、そういえば大まかだったかもしれない。愁は思わず今並んでいる料理を見下ろした。


「例えばの話だよ。ここには嫌いな物は入ってない。愁、もう一回言うぞ。俺はおまえが作ったものなら湯を入れただけのものでも、あっためて皿に乗せたものでもいいんだ」

「それ作ったって言える? 凛斗、何が言いたいの?」


 回りくどい言い方しないでストレートに言って欲しい。別に怒ってる様子でもないが、明るくもない。何か思いつめたような凛斗の雰囲気に、愁は自然と身構える。


「料理作ってくれるのはすげー嬉しいんだけど、負担になってないか?」

「負担?」


 凛斗は食べていた手を止め、愁を正面から真っ直ぐ見た。愁が気を遣って嘘をつかないか見張られてるみたいだ。凛斗に手料理を振る舞うのがどう負担になっているというのか。


「なってないよ? さっき料理するところ見てたよね? 僕大変そうだった?」

「いや……も○みちかと思った」

「凛斗……他の男を僕に重ねないで」


 半眼で睨むと凛斗は口元を緩めて「冗談だよ」と小さく笑った。冗談でも自分以外の男の名前を凛斗の口から聞きたくない。こんな些細な事でも嫉妬心がチラつくなんて、どんだけ凛斗に惚れてるんだといつも思う。


「おまえさ、家まで迎えに来たり、会うと必ず俺を家まで送ってくれるだろ。あれって何で?」

「僕が少しでも凛斗と一緒にいからだけど……?」


 いきなり話が変わって驚いたが、話に続きがあるようなので返事をしつつ耳を傾ける。


「やっぱそうか。だったらもう送ってくれなくていいし、料理も時々でいい」

「えっ!? なっ、なんで!?」


 ガタンと音を立てて椅子から立つと、凛斗が迷いのない瞳で見上げてきた。料理は美味しいと言ってくれていたのにどういった心の変化だ。それにどうして送っていく件も出てきた? 愁が顔色を青くすると凛斗は「言い方が悪かった。座って」と手を伸ばして愁の手を取った。座っても重ねられたままの掌から、凛斗の体温がじんわりと伝わってくる。


「俺たちまだ半年だぜ? こんなに一緒にいたらおまえ俺に飽きちゃったりしないか……?」

「飽きる? 飽きるわけないよ。僕は足りないくらいだよ!」


 最初の頃、凛斗は愁の部屋以外では居心地悪そうにしていたのに、今ではリビングでもお風呂でも、自分の家みたいにリラックスしてくれている。もうこのままここに住んじゃえばと何度言いかけたか。足りないくらいと聞いた凛斗は「そうなのか」と若干驚いていた。


「料理もさ、すげぇ美味いし嬉しいけど、俺が何をリクエストしてもいいように準備したりとか大変だろ。今から無理して、途中で疲れて離れていく愁の姿を見たくないんだよ。愁には自然体でいて欲しい。だって、……俺たちこの先もずっと一緒にいるんだろ?」


 ちょっと待って、ちょっと待って!
 今、ものすごく衝撃的な言葉を聞いたような……。


 凛斗は思っても見ない時に大きな爆弾を投げてくる。愁から迫って交際が始まり、凛斗からの好意も見て取れるようになったが、好きの比率は愁の方が圧倒的に多いと思っていた。


 凛斗は、思っていたよりもずっと自分を想っていてくれてるかもしれない。

 真っ直ぐ見つめる澄んだ瞳に、胸を焦がされる。


 ああどうしよう。今すぐ抱き締めてキスしたい。食事中だけど許してくれるかな……?


「凛斗……」

「っと、悪い。電話だ」


 今まさに、指を絡めて繋ぎなおした手を引き寄せようとした瞬間、凛斗のスマホの着信音が響いた。珍しい出来事に愁は目を丸める。愁以外へのメールやメッセージの返信は相変わらず遅くて無頓着だ。凛斗が愁の家に来ても鞄の中に入れっぱなしで、持ち歩くなんてしたことない。電話が来る事に心当たりがあったのか、凛斗はスマホの画面を見て「やっぱりな」と小さく呟いた。


「賢治からだけど、出ていい?」


 愁がどうぞと笑うと凛斗はその場で通話表示をタップした。愁にとっては好ましくない相手から最悪のタイミングでかかってきた電話。なるべく気にしないフリをして、心の中では最大限に聞き耳を立てている。しかし凛斗は相槌を打つだけで会話らしい会話をしない。何度目かの相槌の後、凛斗は愁に向かって訊ねてきた。


「賢治が風邪引いて動けないらしいんだ。今日この後、アイツんとこ行ってもいい?」

「えっ? あ、……うん」


 そんな理由、ダメなんて言えない……と愁は首を縦に振ったが、得体の知れぬモヤモヤが腹の底で渦巻く。普段気にしないスマホを持ち歩いたりしたのは、賢治くんのためだったのか。

 凛斗が通話を終えると、愁は間髪入れずに言った。


「僕も一緒に行く!」

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