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4・強引な花嫁行列
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かっ飛ばして帰ってきたら、我が家であるグラディオーラの城館、正門ではなくていつもユーニスが使っている通用口に、馬車が列をなしている。列の後ろ、護衛と思しき騎士たちの恰好が、先ほどリオンの率いていた騎士たちと似ているような気がして警戒心がわく。
ともかくも、一先ずルスを厩舎に戻しに行くと、人の気配がない。いつもなら、誰かしらは詰めているはずなのに。
「一体なんなのかしら……」
首を傾げながらユーニスは通用口へ向かった。何か起きているのかもしれないと思うと、ますます父の所へ急がねばと気が急く。
どう説得したものか悩みながら歩いていると、通用口に目当ての人がユーニスを待ち構えていた。ダリウスが列の先頭、重厚な箱型馬車の傍らで、ひらひらと手を振ってユーニスを呼んでいるではないか。
「え、父さま? こんなところで何? ちょっと、この行列はなんなの? いろいろ話があるのだけれど――」
「ああ、帰って来たねユーニス。これ君のだったっけ? 確認してくれるかい?」
ユーニスの話を無視して、ダリウスが手にした短剣を振った。くたびれた皮鞘に収まっているその短剣は、ユーニスが初めて父に貰った刃のついた剣だ。魔物は斬れないが、人は斬れる。覚悟を認めてもらった証として、ユーニスが大切にしているものだ。
「そうよ、それ私のでしょ? 私の部屋から持ってきたの?」
「うん」
ダリウスは馬車の戸を開けると、ほいっと気軽な調子で短剣を投げ入れた。
「ちょっと父さま、何するのよ」
大事な宝物の一つなのに、なんて扱いをしてくれるのだ。
「だって君が王との結婚が嫌だっていうから、家を出てもらおうかと思って。それも持っていくんだろう?」
「……なんですって?」
まさか、結婚を拒んだら即座に勘当されるとは。いくらなんでもいきなり酷い。
ともかく一旦短剣を取りもどそうと、慌ててユーニスが馬車に身を入れると、トンと背中を押された。姿勢を崩して座り込むと、ガチャリと外から施錠される音。
慌てて振り返り、戸を開こうとするが、びくともしない。
「父さま!? 本気なの? 開けて!」
「ユーニス、馬車の行き先はね、王都だよ。王が迎えにきたんだから、このまま一緒に行っておくれ」
「は? 家を出ろってそういうこと!?」
「君の荷物は全部纏めてあるから心配しなくていいよ」
そんなまさかと思うが、他は確かに荷馬車ばかりだった。
「出してくれ」
ダリウスの命で無情にも馬車は走り出す。
「嫌よ! ちょっと! 止めて! こんな強引な花嫁行列がある? 父さま! 私は結婚なんてしないって言ってるでしょう! 」
御者は、ユーニスの声なんて聴こえていないかのように馬に鞭をいれた。
がたがたと馬車が進み始める。ユーニスは腹を決めて本気で戸に蹴りを入れた。壊すのが惜しい、いかにも貴人向けな馬車だが、本気で何度も蹴りつける。
が、扉の蝶番を狙って蹴ってもびくともしない。
「この頑丈さ、これ魔物対策されてるんだわ……」
魔物に万が一に襲われても安全なように、防御が特別に固く作られている貴人用の馬車だ。
外から鍵をかけられては、閉じこめられたも同然だった。
●
中から激しい打撃音のする馬車を、ダリウスは重い気分で見送る。
十分に言い含めてあるが、さぞかし御者は冷や汗をかくだろう。
「ユーニスに破壊される前に王都に辿り着けるかな」
手は打ってあるので大丈夫だとは思うが。
「――ごめんよユーニス。君には平穏に暮らしてもらいたいんだ」
ダリウスの呟きは誰にも聞かれることがなかった。
「お館様!」
全ての馬車の姿が見えなくなってから、ディーンが駆けつけてきた。
ディーンにしては随分とゆっくりな到着だ。自分にとっては好都合だったが、ユーニスと時間差をつけて帰って来るなんて、
「……ひょっとして、外で何かあったかい?」
尋ねると、厳しい眼差しでディーンは頷いた。
「はい、『揺らぎ』が発生しました。丘の上で一つ、それに連鎖して城壁近くでも一つ。それぞれ一体ずつ魔物が出現しましたが、討伐は滞りなく。王の連れた騎士たちが処理してくれました。被害はお嬢様のロンだけです」
「そうか、本人が迎えにくるなんて何を考えてるんだと思ったけど、王も役に立ったねえ」
「お館様、お嬢様はどうなさりましたか?」
「花嫁行列は既に出発したよ」
ディーンの視線を受け止めるのが億劫で、ダリウスは目を閉じた。
「……良いのですか? お嬢様を王に、なんて」
「辺境に比べて王都は『接点』が少ないし、『揺らぎ』の発生も少ない、それが理由じゃ駄目かい?」
嘘偽りのないダリウスの本心だった。横から非難するような、賛同するような、なんとも言えない空気が漂ってくる。
浮かんでくる苦笑を飲み込んで、ダリウスは目を開けた。
「ディーン、君はどうする?」
「自分は、側仕えを解雇された覚えはありませんが」
半ば以上に予想した答えが返ってきた。
「まったく、君には苦労をかけるなあ……」
申し訳なく思いつつも、ダリウスは微笑した。
●
「ふっざけんじゃないわ!」
ユーニスの叫びと共に、部屋に破砕音が響いた。
椅子を叩きつけた先、部屋の扉には無残な傷がついたが、鍵を壊すことはできていない。これが最後の一脚だったというのに。もう扉に叩きつけるのにちょうどいい家具は存在していない。
ユーニスは、椅子の残骸を部屋の隅に積んだ。先に壊した椅子の残骸や、小さなテーブルの残骸、元は棚の引き出しだった木片、割れた花器などと一緒くたに。
改めて見回すと、部屋の中はぐちゃぐちゃだった。
勿論、ぐちゃぐちゃにしたのはユーニス自身である。
寝台を囲むカーテンもめちゃめちゃに切り裂き、食事を届けられるたびに食器は壁に投げつけて割った。フォークやナイフも、食事を差し入れられる度に丁寧に曲げた。おかげで、部屋を訪れるメイドの怯えは日に日に酷くなっていく。
手っ取り早く壊せるものは既に壊しつくしてしまって、もう手頃な物が無い。
なにせ、いきなり王都に連れてこられてから一週間、ずっとこの部屋に閉じ込められたままなのだ。ユーニスが何を言っても出してもらえない。窓には鉄格子が嵌められているし、一つきりの扉以外に出入口はない。
「いい加減出せっていうのよ!!」
ユーニスは扉を蹴りつけた。こんな風に閉じこめるなんて、罪人かなにかだと思ってるのだろうか――と、最初は憤った。
でも、きっとそうではない。一週間たって理解できた。
……この部屋、魔物対策されてるんだわ。
魔物の大群には敵わないかもしれないが、一匹が迷い混むようなことがあっても、被害を最小限に抑えることができるだろう。王城全体がそうなのか、それともこの部屋だけなのか、解らないけれど。元々の部屋の豪奢さといい、きっと良い部屋をあてがわれたのだ、とは思う。
そうだとしても、怒りは収まらないが。
……こんなことなら、王城へ入る前に、途中で逃げ出せばよかった。――それは出来なかったのだけれど。
「父さまのばか……」
グラディオーラ領から王都まで一週間、夜は街道沿いの街や、各地の領主の館に宿泊して過ごした。だから、何度となく逃げ出す機会ならあったのだ。最初に馬車が止まった時、ユーニスは逃走しようとした。なのに、馬車の戸を開けたのがロンの世話をしてくれていた馬丁だったため、ユーニスは戸惑ってしまった。
おまけに、「お嬢様が逃げ出されると、仕事を首になってしまいます」と泣きつかれたのだ。
……まさか、父さまがあんな人質を用意するなんて……!
問答無用でユーニスを追い出したダリウスだ。本当に実行するかもしれないと思うと、逃げられなかった。
毎日一人ずつ、そんな風に泣きつかれていたら、逃げ出せずに、こうして王都にいる。
「はあ……。こうなったら、あとはもう寝台を解体するしかないかしら」
扉を開けられなくても、暴れる意味はある。
部屋を破壊するような乱暴者は王妃に相応しくない、という話になってくれる――のではなかろうか。
まあ、はじめは完全な八つ当たりだったけれど。
現状、ユーニスには他に打てる手もない。
「やるなら徹底的にやってやるんだから」
ユーニスは拳を握った。我ながら、荒れた手だと思う。剣の稽古をするようになってからは、ずっとこんな調子だけれど、この一週間は剣を握れていない。
このまま剣を、戦うことを、取り上げられたら――どうしよう。
脳裏にリオンの姿が思い浮かぶ。
いい騎士だろうとは思う。手を取られたとき、彼の手も固かった。あれは剣を握る人間の手の平だ。
きっと、いい指揮官でもあるだろう。彼が率いていた騎士たちの戦いぶりからわかる。信頼できない人間の下では、ああも見事に戦えまい。
しかし、リオンがいい王かどうなのか、ユーニスは知らない。
彼について知っているのは、王都までの道中に聞かされた年齢くらいのものだ。なんと二十三歳。その若さで見事な指揮をしていたと思うと、ちょっと――いや、かなり悔しい。だって、ユーニスが男だったとしても、リオンと同じ年齢で同じことが出来たと思わないから。
もっとも、リオンが国王である以上、ユーニスは結婚なんてしたくないのだから、どんな人だろうと一切、何にも関係はないのだけれど。
王妃になんかなったら――騎士になれない。だから嫌だ。絶対に。
ふいに、食事の時間でもないのに、扉の鍵が開けられる音にユーニスは身構えた。いっそ、メイドを人質にとってやろうかと、一瞬だけ考える。
ゆっくりと扉が開かれ、現れた顔にユーニスの戦闘意欲はたち消えた。
「ディーン!」
「遅くなりましたお嬢様。中々許しが出なかったのですが、そろそろ宥め役がいるのではと、通してもらえ……たのですが、少々遅かったかもしれませんね」
「うっ……」
部屋の惨状に、ディーンはなんとも言いづらそうな顔をしている。
「こ、これは作戦よ! 王の嫁なんかにならないっていう、断固たる意思の現れよ! ……あとでちゃんと謝るわ……メイドたちには……」
ユーニスは小さくなって言った。
ディーンが苦笑して肩を竦める。
「昔を思い出しますね」
「うぅ……」
実は、ユーニスが部屋を破壊したのは、初めてではない。かつて、父が剣の稽古を許してくれなかった時、同じように暴れたのだ。
ダリウスは、暴れるユーニスにそれぞれを作った職人を紹介し、いくらの品なのかを職人本人に説明させるという手段で娘に対抗した。物の値段がわからないユーニスではない。罪悪感で早々に折れた。説得は続行したが。
「自分は応援しますよ。言ったでしょう? 勿体無いと」
「……ありがと」
騎士になりたいとダリウスに宣言した時、ユーニスを応援してくれたのはディーンだけだった。
ディーン自身も初めは反対していたけれど、納得してくれてからはユーニスと一緒に頑固なダリウスを説得してくれた。
どんな状況でも、たった一人でも、味方がいるのだと思うとほっとする。
「いつもいつも、ありがとうディーン。感謝してもしきれないわ」
久しぶりにユーニスは笑顔を浮かべた。
「お気になさらずに。それで、伝言を頼まれたのですが――、王がお嬢様と話し合いをしたいそうです。どうなさいますか?」
「……話し合い、ね。行くわ。言いたいことは山ほどあるもの」
そうしてユーニスは一週間ぶりに、その部屋を出ることになったのだった。
ともかくも、一先ずルスを厩舎に戻しに行くと、人の気配がない。いつもなら、誰かしらは詰めているはずなのに。
「一体なんなのかしら……」
首を傾げながらユーニスは通用口へ向かった。何か起きているのかもしれないと思うと、ますます父の所へ急がねばと気が急く。
どう説得したものか悩みながら歩いていると、通用口に目当ての人がユーニスを待ち構えていた。ダリウスが列の先頭、重厚な箱型馬車の傍らで、ひらひらと手を振ってユーニスを呼んでいるではないか。
「え、父さま? こんなところで何? ちょっと、この行列はなんなの? いろいろ話があるのだけれど――」
「ああ、帰って来たねユーニス。これ君のだったっけ? 確認してくれるかい?」
ユーニスの話を無視して、ダリウスが手にした短剣を振った。くたびれた皮鞘に収まっているその短剣は、ユーニスが初めて父に貰った刃のついた剣だ。魔物は斬れないが、人は斬れる。覚悟を認めてもらった証として、ユーニスが大切にしているものだ。
「そうよ、それ私のでしょ? 私の部屋から持ってきたの?」
「うん」
ダリウスは馬車の戸を開けると、ほいっと気軽な調子で短剣を投げ入れた。
「ちょっと父さま、何するのよ」
大事な宝物の一つなのに、なんて扱いをしてくれるのだ。
「だって君が王との結婚が嫌だっていうから、家を出てもらおうかと思って。それも持っていくんだろう?」
「……なんですって?」
まさか、結婚を拒んだら即座に勘当されるとは。いくらなんでもいきなり酷い。
ともかく一旦短剣を取りもどそうと、慌ててユーニスが馬車に身を入れると、トンと背中を押された。姿勢を崩して座り込むと、ガチャリと外から施錠される音。
慌てて振り返り、戸を開こうとするが、びくともしない。
「父さま!? 本気なの? 開けて!」
「ユーニス、馬車の行き先はね、王都だよ。王が迎えにきたんだから、このまま一緒に行っておくれ」
「は? 家を出ろってそういうこと!?」
「君の荷物は全部纏めてあるから心配しなくていいよ」
そんなまさかと思うが、他は確かに荷馬車ばかりだった。
「出してくれ」
ダリウスの命で無情にも馬車は走り出す。
「嫌よ! ちょっと! 止めて! こんな強引な花嫁行列がある? 父さま! 私は結婚なんてしないって言ってるでしょう! 」
御者は、ユーニスの声なんて聴こえていないかのように馬に鞭をいれた。
がたがたと馬車が進み始める。ユーニスは腹を決めて本気で戸に蹴りを入れた。壊すのが惜しい、いかにも貴人向けな馬車だが、本気で何度も蹴りつける。
が、扉の蝶番を狙って蹴ってもびくともしない。
「この頑丈さ、これ魔物対策されてるんだわ……」
魔物に万が一に襲われても安全なように、防御が特別に固く作られている貴人用の馬車だ。
外から鍵をかけられては、閉じこめられたも同然だった。
●
中から激しい打撃音のする馬車を、ダリウスは重い気分で見送る。
十分に言い含めてあるが、さぞかし御者は冷や汗をかくだろう。
「ユーニスに破壊される前に王都に辿り着けるかな」
手は打ってあるので大丈夫だとは思うが。
「――ごめんよユーニス。君には平穏に暮らしてもらいたいんだ」
ダリウスの呟きは誰にも聞かれることがなかった。
「お館様!」
全ての馬車の姿が見えなくなってから、ディーンが駆けつけてきた。
ディーンにしては随分とゆっくりな到着だ。自分にとっては好都合だったが、ユーニスと時間差をつけて帰って来るなんて、
「……ひょっとして、外で何かあったかい?」
尋ねると、厳しい眼差しでディーンは頷いた。
「はい、『揺らぎ』が発生しました。丘の上で一つ、それに連鎖して城壁近くでも一つ。それぞれ一体ずつ魔物が出現しましたが、討伐は滞りなく。王の連れた騎士たちが処理してくれました。被害はお嬢様のロンだけです」
「そうか、本人が迎えにくるなんて何を考えてるんだと思ったけど、王も役に立ったねえ」
「お館様、お嬢様はどうなさりましたか?」
「花嫁行列は既に出発したよ」
ディーンの視線を受け止めるのが億劫で、ダリウスは目を閉じた。
「……良いのですか? お嬢様を王に、なんて」
「辺境に比べて王都は『接点』が少ないし、『揺らぎ』の発生も少ない、それが理由じゃ駄目かい?」
嘘偽りのないダリウスの本心だった。横から非難するような、賛同するような、なんとも言えない空気が漂ってくる。
浮かんでくる苦笑を飲み込んで、ダリウスは目を開けた。
「ディーン、君はどうする?」
「自分は、側仕えを解雇された覚えはありませんが」
半ば以上に予想した答えが返ってきた。
「まったく、君には苦労をかけるなあ……」
申し訳なく思いつつも、ダリウスは微笑した。
●
「ふっざけんじゃないわ!」
ユーニスの叫びと共に、部屋に破砕音が響いた。
椅子を叩きつけた先、部屋の扉には無残な傷がついたが、鍵を壊すことはできていない。これが最後の一脚だったというのに。もう扉に叩きつけるのにちょうどいい家具は存在していない。
ユーニスは、椅子の残骸を部屋の隅に積んだ。先に壊した椅子の残骸や、小さなテーブルの残骸、元は棚の引き出しだった木片、割れた花器などと一緒くたに。
改めて見回すと、部屋の中はぐちゃぐちゃだった。
勿論、ぐちゃぐちゃにしたのはユーニス自身である。
寝台を囲むカーテンもめちゃめちゃに切り裂き、食事を届けられるたびに食器は壁に投げつけて割った。フォークやナイフも、食事を差し入れられる度に丁寧に曲げた。おかげで、部屋を訪れるメイドの怯えは日に日に酷くなっていく。
手っ取り早く壊せるものは既に壊しつくしてしまって、もう手頃な物が無い。
なにせ、いきなり王都に連れてこられてから一週間、ずっとこの部屋に閉じ込められたままなのだ。ユーニスが何を言っても出してもらえない。窓には鉄格子が嵌められているし、一つきりの扉以外に出入口はない。
「いい加減出せっていうのよ!!」
ユーニスは扉を蹴りつけた。こんな風に閉じこめるなんて、罪人かなにかだと思ってるのだろうか――と、最初は憤った。
でも、きっとそうではない。一週間たって理解できた。
……この部屋、魔物対策されてるんだわ。
魔物の大群には敵わないかもしれないが、一匹が迷い混むようなことがあっても、被害を最小限に抑えることができるだろう。王城全体がそうなのか、それともこの部屋だけなのか、解らないけれど。元々の部屋の豪奢さといい、きっと良い部屋をあてがわれたのだ、とは思う。
そうだとしても、怒りは収まらないが。
……こんなことなら、王城へ入る前に、途中で逃げ出せばよかった。――それは出来なかったのだけれど。
「父さまのばか……」
グラディオーラ領から王都まで一週間、夜は街道沿いの街や、各地の領主の館に宿泊して過ごした。だから、何度となく逃げ出す機会ならあったのだ。最初に馬車が止まった時、ユーニスは逃走しようとした。なのに、馬車の戸を開けたのがロンの世話をしてくれていた馬丁だったため、ユーニスは戸惑ってしまった。
おまけに、「お嬢様が逃げ出されると、仕事を首になってしまいます」と泣きつかれたのだ。
……まさか、父さまがあんな人質を用意するなんて……!
問答無用でユーニスを追い出したダリウスだ。本当に実行するかもしれないと思うと、逃げられなかった。
毎日一人ずつ、そんな風に泣きつかれていたら、逃げ出せずに、こうして王都にいる。
「はあ……。こうなったら、あとはもう寝台を解体するしかないかしら」
扉を開けられなくても、暴れる意味はある。
部屋を破壊するような乱暴者は王妃に相応しくない、という話になってくれる――のではなかろうか。
まあ、はじめは完全な八つ当たりだったけれど。
現状、ユーニスには他に打てる手もない。
「やるなら徹底的にやってやるんだから」
ユーニスは拳を握った。我ながら、荒れた手だと思う。剣の稽古をするようになってからは、ずっとこんな調子だけれど、この一週間は剣を握れていない。
このまま剣を、戦うことを、取り上げられたら――どうしよう。
脳裏にリオンの姿が思い浮かぶ。
いい騎士だろうとは思う。手を取られたとき、彼の手も固かった。あれは剣を握る人間の手の平だ。
きっと、いい指揮官でもあるだろう。彼が率いていた騎士たちの戦いぶりからわかる。信頼できない人間の下では、ああも見事に戦えまい。
しかし、リオンがいい王かどうなのか、ユーニスは知らない。
彼について知っているのは、王都までの道中に聞かされた年齢くらいのものだ。なんと二十三歳。その若さで見事な指揮をしていたと思うと、ちょっと――いや、かなり悔しい。だって、ユーニスが男だったとしても、リオンと同じ年齢で同じことが出来たと思わないから。
もっとも、リオンが国王である以上、ユーニスは結婚なんてしたくないのだから、どんな人だろうと一切、何にも関係はないのだけれど。
王妃になんかなったら――騎士になれない。だから嫌だ。絶対に。
ふいに、食事の時間でもないのに、扉の鍵が開けられる音にユーニスは身構えた。いっそ、メイドを人質にとってやろうかと、一瞬だけ考える。
ゆっくりと扉が開かれ、現れた顔にユーニスの戦闘意欲はたち消えた。
「ディーン!」
「遅くなりましたお嬢様。中々許しが出なかったのですが、そろそろ宥め役がいるのではと、通してもらえ……たのですが、少々遅かったかもしれませんね」
「うっ……」
部屋の惨状に、ディーンはなんとも言いづらそうな顔をしている。
「こ、これは作戦よ! 王の嫁なんかにならないっていう、断固たる意思の現れよ! ……あとでちゃんと謝るわ……メイドたちには……」
ユーニスは小さくなって言った。
ディーンが苦笑して肩を竦める。
「昔を思い出しますね」
「うぅ……」
実は、ユーニスが部屋を破壊したのは、初めてではない。かつて、父が剣の稽古を許してくれなかった時、同じように暴れたのだ。
ダリウスは、暴れるユーニスにそれぞれを作った職人を紹介し、いくらの品なのかを職人本人に説明させるという手段で娘に対抗した。物の値段がわからないユーニスではない。罪悪感で早々に折れた。説得は続行したが。
「自分は応援しますよ。言ったでしょう? 勿体無いと」
「……ありがと」
騎士になりたいとダリウスに宣言した時、ユーニスを応援してくれたのはディーンだけだった。
ディーン自身も初めは反対していたけれど、納得してくれてからはユーニスと一緒に頑固なダリウスを説得してくれた。
どんな状況でも、たった一人でも、味方がいるのだと思うとほっとする。
「いつもいつも、ありがとうディーン。感謝してもしきれないわ」
久しぶりにユーニスは笑顔を浮かべた。
「お気になさらずに。それで、伝言を頼まれたのですが――、王がお嬢様と話し合いをしたいそうです。どうなさいますか?」
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