僕はバス停だから、

結城鹿島

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 今日もあの子が僕の元にやってくる。
 いつもどおり制服の折り目は正しく、少し重そうな鞄を左手に持って、律動的な足取りで僕の元へやってくる。

「今日は寒いですね」

 呼びかけても返事はない。

――ええ、そうですね。雨になりそうですね。

 僕は彼女の返事を夢想する。
 もうしばらく声を聞いてないから、ぼんやりとしか想像することができない。
 彼女は黙って僕の隣にそっと並んだ。昨日とおなじように。
 その視線は常に低い。ただでさえ長い睫毛が強調されている。滑らかな黒髪が横からの突風に吹かれ、僕にほんの少し毛先があたった。
 それだけで僕は全身が痺れた。
 けれど、彼女は僕をちらりとも見ようとしない。

 そして今日も、彼女は僅かな時間で僕の元を離れていく。
 僕はそれをただ見送った。昨日と同じように。

 だって、――そうすることしかできない。
 
 なぜなら僕は――バス停だから。

 時刻表とバス停名の書かれた丸いアルミ複合板、それを支えるアルミパイプと土台が僕の身体だ。バス停名は白谷町。
 しかし、この辺りの人間はただ『バス停』とだけ僕を呼ぶ。
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