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執事の消えた日 ジェフリーside 4
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翌日の昼過ぎ、アレグリアとジェフリーは街の外へ向かって歩いていた。
「行く、よ……」
「はあ、どちらに」
「……ついて来れば、分かる……」
困った犬みたいな顔でジェフリーが半歩後をついてくる。ふと、周りからどう見られているのだろうかと、アレグリアは思った。お互い日光への耐性があるので日の下を平然と歩いているから、吸血鬼とは当然思われないだろう。執事の格好は目につくので、ジェフリーにはエルガーの服を着せたが、さっぱり似合っていない。へたな詐欺師のようだ。
街を出ると、すぐ街道を外れて森へ入る。それから森の中を大きく迂回して、目的地の廃教会を目指す。
「ところで、エルガーさんとやらは現在、何をしているのでしょう?」
「……囮? 捕まって殴られ、てる、かな?」
ジェフリーが険しい顔つきで黙り込んだ。
「大丈夫、エルガーは、ジェフリーと違って強い、から」
「エルガーさんを信頼しているのですね」
「……なにそれ……」
ジェフリーはまた子供を見るような微笑みを浮かべている。
殴りたくならないように、アレグリアは足を速めた。
●
「ここにしようかな……」
林の中、座り心地の良さそうな一本の木の枝に、アレグリアは一蹴りで飛び乗った。廃教会からは、相当に離れている。街の端から端までより少し遠いくらい。視界には無数の樹が茂っているが、重なった木の葉の隙間から様子は窺える。人間より遥かに身体能力の高い吸血鬼ならば。
「しばらく……待機」
「はあ」
あとからよじ登って来たジェフリーには、どうも様子が見辛いらしい。
が、アレグリアはそもそもジェフリーを戦力と考えていないので問題はない。
「あの教会……? にハンターが来るのは確実なのですか?」
確実に決まっている。そうするように、既に支配してあるハンターの一人に命令してある。
あそこに捕まえたエルガーを仲間の吸血鬼を釣るための餌として、連れてくる筈だ。
「……あのう」
うっかりエルガーに対するように内心で答えてしまったことに、ジェフリーの心許ない視線で気づいた。改めてアレグリアは首肯する。
いちいち面倒くさくて、仕方ない。
「……しばらく、黙って、て」
睨むと、悲しそうな顔をされた。
●
夕暮れ近くになるまで、木の上でアレグリアとジェフリーの二人は無言で待機中。
ふと、気に障る音と不快な匂いが流れてきた。廃教会の方で人の何か動きがある。
「アレグリアさん、向こう……人がなにか撒いていませんか?」
「うる、さい」
そんなのは見なくても分かる。ハンターの間で犬よけと呼ばれるハーブや、鶏などの血を撒いているのだ。鋭敏な吸血鬼の感覚を少しでも潰そうという小細工だ。犬とは吸血鬼のことらしいが、どっちが、とアレグリアは思う。
「ジェフリー、もぞもぞ動きすぎ……」
「す、すみません」
静かにしているつもりなのかもしれないが、尾行だけじゃなく監視まで苦手とは。
「あ、あのアレグリアさん、あれを」
「ジェフリー、呼吸音がうるさ……」
傷ついた顔のジェフリーを放置して、廃教会へ意識を戻す。複数の人間が教会へやって来た。僧服姿の一団だ。中に入って行く彼らは、縛られた男を引きずっている。エルガーだ。ハンターに引き摺られながらエルガーは、こちらへ一瞬視線を向けて微笑んだ。
馬鹿エルガー、気づかれたらどうするのだ。アレグリアは顔を顰めた。
「よく見えませんでしたが、先ほどの方がエルガーさんですか? これから助けに行くのですね?」
もはやジェフリーのことは無視して、廃教会に集中する。
ドアに、中からは開けられない法術をかけられたようだ。やっぱり事前の情報通り、高位の法術使いがいる。計画には都合がいい。出来るだけ集められるように、この辺りで暴れておいたが、同時に他の街でも作戦を進行しているので、どれだけのハンターがこちらに向かっているかは分からない。なるべく多く釣れればいいけれど。
「あ」
「どうしたのですか?」
「中で、罠を……仕込んでる。静止と……それから秘匿の、法術」
「よくわかりますね」
ジェフリーは心底感心している。しかし、
「……わからないの、が問題」
「…………申し訳ありません」
いよいよ泣きだすのではないかと言うほど、しょげかえったジェフリーにアレグリアは流石にフォローを考えた。
「でも、いい……じゃない、別に。お嬢様の……役には、立っている」
なんのことか図りかねたのか、ジェフリーは首を傾げている。それから彼にしては珍しく、口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「年長者として忠告して下さっているのなら、無意味ですよ。私は執事ですから、主の給仕をするのが役目です
あ、どうやら、お嬢様に血を差し出していることを皮肉ったと受け取られてしまったらしい。アレグリアは普通に褒めたつもりだったのだが、いつも悪い方にとられてしまう。表情のせいだから、笑えばいいよとエルガーに言われるが、そんなの無理だ。
慣れたことなので、アレグリアは発言の意図をいちいち説明しなかった。どうせなので、そのまま話を続けることにする。
「いいの……? 終わりがないのに……?」
死ぬまでその血を差し出すというのだろうか。
「ええ」
ジェフリーは清々しく断言した。
「行く、よ……」
「はあ、どちらに」
「……ついて来れば、分かる……」
困った犬みたいな顔でジェフリーが半歩後をついてくる。ふと、周りからどう見られているのだろうかと、アレグリアは思った。お互い日光への耐性があるので日の下を平然と歩いているから、吸血鬼とは当然思われないだろう。執事の格好は目につくので、ジェフリーにはエルガーの服を着せたが、さっぱり似合っていない。へたな詐欺師のようだ。
街を出ると、すぐ街道を外れて森へ入る。それから森の中を大きく迂回して、目的地の廃教会を目指す。
「ところで、エルガーさんとやらは現在、何をしているのでしょう?」
「……囮? 捕まって殴られ、てる、かな?」
ジェフリーが険しい顔つきで黙り込んだ。
「大丈夫、エルガーは、ジェフリーと違って強い、から」
「エルガーさんを信頼しているのですね」
「……なにそれ……」
ジェフリーはまた子供を見るような微笑みを浮かべている。
殴りたくならないように、アレグリアは足を速めた。
●
「ここにしようかな……」
林の中、座り心地の良さそうな一本の木の枝に、アレグリアは一蹴りで飛び乗った。廃教会からは、相当に離れている。街の端から端までより少し遠いくらい。視界には無数の樹が茂っているが、重なった木の葉の隙間から様子は窺える。人間より遥かに身体能力の高い吸血鬼ならば。
「しばらく……待機」
「はあ」
あとからよじ登って来たジェフリーには、どうも様子が見辛いらしい。
が、アレグリアはそもそもジェフリーを戦力と考えていないので問題はない。
「あの教会……? にハンターが来るのは確実なのですか?」
確実に決まっている。そうするように、既に支配してあるハンターの一人に命令してある。
あそこに捕まえたエルガーを仲間の吸血鬼を釣るための餌として、連れてくる筈だ。
「……あのう」
うっかりエルガーに対するように内心で答えてしまったことに、ジェフリーの心許ない視線で気づいた。改めてアレグリアは首肯する。
いちいち面倒くさくて、仕方ない。
「……しばらく、黙って、て」
睨むと、悲しそうな顔をされた。
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夕暮れ近くになるまで、木の上でアレグリアとジェフリーの二人は無言で待機中。
ふと、気に障る音と不快な匂いが流れてきた。廃教会の方で人の何か動きがある。
「アレグリアさん、向こう……人がなにか撒いていませんか?」
「うる、さい」
そんなのは見なくても分かる。ハンターの間で犬よけと呼ばれるハーブや、鶏などの血を撒いているのだ。鋭敏な吸血鬼の感覚を少しでも潰そうという小細工だ。犬とは吸血鬼のことらしいが、どっちが、とアレグリアは思う。
「ジェフリー、もぞもぞ動きすぎ……」
「す、すみません」
静かにしているつもりなのかもしれないが、尾行だけじゃなく監視まで苦手とは。
「あ、あのアレグリアさん、あれを」
「ジェフリー、呼吸音がうるさ……」
傷ついた顔のジェフリーを放置して、廃教会へ意識を戻す。複数の人間が教会へやって来た。僧服姿の一団だ。中に入って行く彼らは、縛られた男を引きずっている。エルガーだ。ハンターに引き摺られながらエルガーは、こちらへ一瞬視線を向けて微笑んだ。
馬鹿エルガー、気づかれたらどうするのだ。アレグリアは顔を顰めた。
「よく見えませんでしたが、先ほどの方がエルガーさんですか? これから助けに行くのですね?」
もはやジェフリーのことは無視して、廃教会に集中する。
ドアに、中からは開けられない法術をかけられたようだ。やっぱり事前の情報通り、高位の法術使いがいる。計画には都合がいい。出来るだけ集められるように、この辺りで暴れておいたが、同時に他の街でも作戦を進行しているので、どれだけのハンターがこちらに向かっているかは分からない。なるべく多く釣れればいいけれど。
「あ」
「どうしたのですか?」
「中で、罠を……仕込んでる。静止と……それから秘匿の、法術」
「よくわかりますね」
ジェフリーは心底感心している。しかし、
「……わからないの、が問題」
「…………申し訳ありません」
いよいよ泣きだすのではないかと言うほど、しょげかえったジェフリーにアレグリアは流石にフォローを考えた。
「でも、いい……じゃない、別に。お嬢様の……役には、立っている」
なんのことか図りかねたのか、ジェフリーは首を傾げている。それから彼にしては珍しく、口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「年長者として忠告して下さっているのなら、無意味ですよ。私は執事ですから、主の給仕をするのが役目です
あ、どうやら、お嬢様に血を差し出していることを皮肉ったと受け取られてしまったらしい。アレグリアは普通に褒めたつもりだったのだが、いつも悪い方にとられてしまう。表情のせいだから、笑えばいいよとエルガーに言われるが、そんなの無理だ。
慣れたことなので、アレグリアは発言の意図をいちいち説明しなかった。どうせなので、そのまま話を続けることにする。
「いいの……? 終わりがないのに……?」
死ぬまでその血を差し出すというのだろうか。
「ええ」
ジェフリーは清々しく断言した。
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