クッカサーリ騒動記

結城鹿島

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1女王、議会をボイコットされる

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「さー陛下、次は? ライモのおっさんは、いつもその辺をふらふらしてるから最後だろ? やっぱ商業組合長んとこか? エルンストさんも、どうせ一緒にいるだろうし」
「そうね……マルッティにするわ」

クッカサーリは農業に適した土地が少なく、食料は多くを輸入に頼っている。
穀物などの生活に欠かせない物は国が他国から買いつけているが、取引は現場の商人に任せている。
マルッティ・トゥオモは、その商人たちを束ねる商業組合の長だ。バレンティンとはまた違う方向の大物議員である。後回しには出来ない。

「自宅……じゃなくて一番可能性が高いのは組合会所かしら。さほど離れてもないし、まずは組合会所へ行って」
「はいはいっと」

             ●

商業組合の会所は、教会へ続く大通りに面した一等地にある。
マルッティに会いに来たと言ったら、素直に通された。隠す気はないらしい。
しかも案内をするのが議員の一人、エルンスト・ライモだ。予想していたとはいえ、目の泳いでいるエルンストに罪悪感が見うけられ、ティルダは逆にほっとした。今日初めて、理解ができる反応だったから。
(議会を無断欠席したことに良心の呵責を感じている議員が一人でもいてよかったわ……)

「ここ、いつ来ても豪華だよな」

ヨニが感心しながら見上げる壁には、名だたる芸術家の絵画が飾られている。それだけでなく、彫像や東方大陸から運んだらしい焼き物など、様々な美術品が陳列されている。椅子の一つ、ドアノブの一つも王宮の物より豪華だ。
クッカサーリでは組合に所属せず商売はできない。
他国の商人たちは教会へ行くことがなくとも、ここへは必ず訪れる。よその人間に舐められることがないようにということで、ティルダも承知の上の贅沢だ。
決して、財に溺れて国家転覆なんて計ったりはしないはずだ。そんなことは割に合わない。
会所の中には人がそれなりに居た。みな仕事をしているようだが、ちらちらと視線を感じる。ティルダは、まるで気にしない風を装って毅然と歩いた。
組合長の部屋は長い廊下の突き当たりだ。
エルンストが部屋のドアを叩こうとした瞬間、

「うっせえクソ餓鬼、ボケたこと抜かしてんじゃねえぞ!!」

中から怒鳴り声が漏れてきた。
ティルダとヨニとエルンスト、全員が廊下で硬直する。しばし、気まずい時間が流れた。
ややあって、エルンストが空咳をして、改めてドアをノックする。

「組合長、陛下がいらっしゃいました」
「おう」

部屋の中には、マルッティと泣き出しそうな少年がいた。怒られていたのはその少年だったようだ。
胸を撫で下ろすティルダを見て、ヨニが肩を震わせこっそり笑った。

「煩くしてすみませんな、丁稚が品を駄目にしてしまったのに言い訳ほざくもんで、叱ってたんですわ」

肩を竦めてマルッティが続ける。
マルッティは二十代半ばでありながら、商業組合長におさまっているだけあって有能だ。冷静沈着を絵に描いたような人間で普段は怒鳴り声を上げることなんて、少ない。
ティルダだけでなくヨニもどこか気圧されている。

「そうだ、良かったら、これをお持ち下さい陛下」
「……」

ずいと押し出された箱の中には、こなごなになった色とりどりの破片が入っている。

「なんです、これ?」

横からヨニが手を伸ばし、箱の中身を一つ手に取った。

「メレンゲを使った細工菓子……の残骸ですか?」
「そうですヨニ殿」

破片はよく見れば、羽や鳥の頭をしているようだ。

「それが丁稚が駄目にした品なんですわ。わざわざ早馬でゴルトザッカ―から取り寄せたんですがね。まったく」

 ゴルトザッカ―はルグリス公国の菓子作りが盛んな街だ。遠くもないが近くもない。

「腹に入れりゃあ味は変わりませんからな。どうぞ陛下」

受け取っていいのか、悪いのか。――意図が掴めない。
わざわざ国外から早馬で取り寄せたのなら、よけいな金額がかかっているはずだ。しかし、割れている物を渡されるとは何か含むところがあるのでは?マルッティの顔を凝視しても何も読めない。
本来ならこちらが相手を非難する立場なのに、あまりに平然としているので、自分が間違っているような気がしてくる。
ティルダは唇を噛んだ。
(間違いたくない。――でも正解が全然分からない)

「あーじゃあ、俺が運びますんで。どうも」

ヨニが箱を受け取るのを、ティルダはただ見ていた。
聞けばいいじゃないか、そうヨニが視線で訴えてくるが、どうしてもティルダは嫌だった。

「それを持って今日はお引き取り下さい。どうせまだ全を員見つけてはいないでしょう?」

断言するマルッティに、返事はしない。
静かに深呼吸して、ティルダは笑顔を作った。

「有難く頂戴するわね」

惨めたらしい振る舞いをしたくなかった。

「ヨニ。行くわよ」

会所を出るまで、ティルダは口元に微笑みを作り続けた。

            ●

「次は伯父さんの家でいいんだな?」
「さっさと行って」

見事なまでに投げやりな気分でティルダは命令した。
アレクシス・トーバルスはティルダの伯父だ。
これで、アレクシスの家に行った途端に、「みなと最後の別れを済ませて来たようですな、くくく」とか言われていきなり縛り上げられたなら、いっそのことすっきりする。叔父による王位簒奪、それに議員が全員乗った、そんな筋書だったらどれだけ分かりやすいだろうか。

「陛下―、変なこと考えてんじゃないだろうな」

馬を速足で駆けさせながら、ヨニが声をかけてくる。ティルダは何も聞えなかったフリをした。別に逃げではない。舌を噛んだりしないように口を閉じただけだ。
アレクシスの屋敷へ着くと、門番と共に家令が待ち構えていた。

「主人は在宅しておりません。申し訳ありません陛下」

アレクシスの家令が恭しく頭を下げる。幼い頃から知った顔だが、読めない。

「……」

ここに来て、居留守を使われるだろうか。何を企んでいるのかわからない以上、その可能性は十分にある。
だが、らしくないと思う。もし、何か企てているのなら叔父は隠れないだろう。
そういう人だ。

「ここに来て謎解きがあるとは思わなかったな、陛下」

ヨニはさして深刻にもなってない。というか、最初から今までずっと気の抜けた顔だった。
一瞬よりも短い間、侍従もグルなのではという思いが過り、ティルダは苦笑を零した。
(そんなわけないわ。絶対に)
自覚しているより疲れている。考えすぎもいいところだ。
今まで探してきた議員たちは、そう意表をつく場所にいたわけではない。アレクシスも縁のある場所にいるだろう。後ろ盾として、政に不慣れなティルダを支えてくれた伯父だ。一番は縁があるのは王宮だが、どこにも姿はなかった。農場をいくつか管理しているが、それは違う気がする。

「ま、でもそんなに深く考えることないと思うぜ」

ヨニの声が耳について、ふっと心あたりが浮かんだ。
きっと、そう考える必要はないのだ。

「……死者の谷へ行って頂戴、ヨニ」

             ●

狭いクッカサーリでは、国土が厳重に管理されている。埋葬も国が決めた墓地以外には、たとえ個人の土地であっても許されない。
死者の谷は、亡くなったクッカサーリの国民が眠る場所だ。王家の人間も死者の谷に埋葬される。例外は、聖職者たちだけ。聖職者の遺骸は聖遺物として祀られることがあるため、遺骸を奪われないように教会の敷地に弔われる。
一つの墓の前に敷布を広げ、男が座っていた。

「来たね」

父に似た顔のアレクシスが振り向いた。
墓はティルダの父のものだ。敷布の上には空になった食器がある。視界の隅、離れた場所にアレクシスの従者たちが控えている。墓の前で食事をしていたのかもしれない。故人を偲んで墓所で飲食することは、クッカサーリでは一般的だ。こんな冬の時期には珍しいけれども。

「君があまりにおそいから、もう干し杏しか残っていないよ」

厳しい顔でアレクシスが言った。

「……っ」

(開口一番の言葉がそんなだなんて)
酷い。どうして優しくしてくれないの。そんな子供のような甘えた思いが浮かんでしまって、たまらなく悔しい。
普段は容赦なくも優しくティルダを支えてくれている伯父でも、今は国王として議会をさぼった議員として会いに来たのだ。
アレクシスにだけは理由を聞かずに済ます訳にはいかない。

「伯父様、どうして議会に出ずにこんなところにいらっしゃるの?」
「君は今日一日なにをしてきたの」

問われて、思わず激昂しそうになるのをティルダは堪えた。
一日を無駄にしたのだ。訳のわからぬ理由で。故の無い怒りではない。
けれど、怒鳴ったら負けだ。そう思って、見えぬように拳を握る。

「……今日は、冬期の商業活性化に関しての話合いをするはずだったのですよ?」

夏の涼しさのおかげもあって、聖神教の信者でない者にもクッカサーリは避暑地として持てはやされている。
しかし、観光業の細る季節でも、穀物の多くを輸入しなければならない問題は常につきまとう。工芸品や家具など凝った細工品は他国の富裕層に受けがいいが、輸出と輸入のバランスは取れていない。
そのため、クッカサーリの男たちは周辺の国へ出稼ぎにいく。若者の働き口が慢性的に不足しているから年をとるまで外で働き、故郷へ仕送りするのだ。
もっと、稼げる産業があれば、出稼ぎになんて行かせずにすむかもしれない。
その、打開案を話し合う予定だったのだ。

「大事なことでしょう……?」

アレクシスの顔色は変わらない。
どうだっていいことだと言うのだろうか。

「君は何を見ているの? 僕は弟に申し訳ないよ」
「――っ」

アレクシスの言葉に、手酷く裏切られたように思うのは間違っているだろうか。
ティルダはもう何もかも放り出して泣き出したかった。

「陛下」

ヨニに背中をとんと叩かれ、体の緊張が解ける。ティルダは詰まりそうだった息をどうにか吐いた。
(後ろにヨニがいる)
だから――泣かない。

「いきましょう、ヨニ。最後の一人を探さなきゃね」
「いいのかよ陛下」
「いいのよ」

これ以上伯父と会話をしたって、きっと埒が明かない。どうせ、明日になれば何もかもわかるはず。
――例え、それが終わりの宣告だとしても。
ティルダは後ろを見ずに死者の谷を後にした。

             ●

最後の一人、ライモ・ティッカは酒場で高いびきをかいていた。

「お、おまえだけは今すぐ牢獄に送ってやるううううう!!」
「陛下、落ち着け、陛下っ! そんな石投げたら危ないって!」

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