クッカサーリ騒動記

結城鹿島

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4女王、手紙を書く

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クイ・ヴェントは放浪生活を送っているため、当然といえば当然だが、自分の食器は自分で持って歩く。
王宮に元々ある数では足りないのと、個人用の食器を使う習慣のため、王宮で過ごす間に彼らが使う器は、職人たちが仕事の少ない冬の間に新調したものだ。

「王宮の分は子供や女性たちの分ですから、色の明るいものを持ってきましたよ」
「おお綺麗だな。人気出るんじゃないか、これ」

一見膨大な出費だが、新調した皿は気に入ったら買ってもらうことになっている。そしてクイ・ヴェントの多くは収入の厳しい時期に換金する。クッカサーリで作られた食器はどこへ行っても良い値段で売れるし、それは職人たちにとってはこれ以上ない宣伝になる。
だから、職人たちにもクイ・ヴェントの来訪は待ち遠しいものだ。

「おっさんのとこは、どの位泊めるんだっけ?」
「組合の方に五十人、各職人の家にも例年通り知人を迎えます」
「おっさんも嬉しそうだなー」
「そりゃあ、そうですよ。各地の流行なんかを抑えた連中が、やってきてくれるんですからな。それに……うちは二番目が出稼ぎに行ってますし」

商人でも職人でもない、ただの人々も喜んでクイ・ヴェントを迎える大きな理由は、彼らが宿の礼として家族の手紙を運んできてくるからなのだ。大陸中で、傭兵として出稼ぎに出ているクッカサーリの男達の手紙を携えやってくる。多くは、世話になる家や施設に縁のある人間の手紙を持ってくる。
戦いの最中の戦場からだろうと、どれほど遠い場所だろうと、本来の仕事とは関係なしにクイ・ヴェント達は手紙を運んできてくれる。そして、出ていく時にも手紙を運んでくれる。
それが、古くからの約束――クッカサーリとクイ・ヴェントとの盟約だ。
あちこちの情報に通じ、活発な消費活動を起こし、大切な家族の絆を取り持ってくれる。

「まさに春を連れてやってくる鳥の群れって感じだなー」
「そうですねえ。確かに。ヨニ殿もたまには詩的なことを言うんですなあ」
「なんだと、おっさん。陛下にあることないこと吹き込むぞ」
「ヨニ殿……! なんて酷い……!」

ちょっとだけ疎外感のようなものを感じるのは、ヨニには外に手紙を送りたいような相手がいないからかもしれない。

              ●

「陛下、陛下、おれ大きくなったでしょ?」
「そうね、バルシューン、来年にはきっと抜かされてしまうわね」
「へいか! あたしのダンスみて! じょうずになったから!」
「そう、後で見せて頂戴、スヌーヌ」
「陛下! あたしとも遊んでよう」
「ナハラ、ちょっと待って、ドレスは引っ張らないでね」

ティルダは子供たちに囲まれ、嬉しくも困っていた。
大人達の挨拶合戦を一通り終えるまで朝から日暮れまでかかったと思ったら、今度は子供たちの遊んで攻撃だ。
王宮の一階の広間には、賑やかな人の塊がいくつも出来ていた。
クイ・ヴェントの中でも縄張りのような物が多少はあるらしく、盛んに情報交換があちこちで行われている。
先触れがあった四日後、朝霧の中、続々とクイ・ヴェントたちは集まって来た。
多くは徒歩で、老齢者や子供たちはどうやって崖を登ったものか、馬車で訪れた。迎えに来た滞在先の人間と連れ立って大人の男たちが散っていった後、王宮では女性と子供たちを迎え入れ――今に至る。

「へいかっ、お歌うたおうよ!」
「ずるーい。追いかけっこがいい!」
「はいはい、順番にね」

左右から引っ張られ、ティルダが対応に苦慮しているのを視界に捉えながらヨニは悩んでいた。さて、出て行くべきか、どうするか。正直に言えば、こんなふうに大勢が自由にティルダに近づけるような状況は望ましくない。昔よりは慣れたから、口にはしないだけで。
(ほんとは止めて欲しいんだが……)
ティルダがなんの憂いもなく、子供たちと笑いあっているのを見ると小言がしぼんでいく。
皆に振る舞われている果実酒と一緒に、なんともいえない気分を飲みこもうとしたが、

「ヨニ様、子供たちが陛下を独占されているからといって、そうお怒りにならないで下さい」

背後からかけられた声に、ヨニは吹きだした。

「ごほっ。……何言ってんだよ、サクル。……アンタ相変らずだなー」

振り向かなくても分かる。人を食ったような、それでいて穏やかな笑顔をきっと浮かべている。

「二三日のことですから辛抱して下さい。すぐにお返しますよ」

隣に並んだサクルをヨニはじとっと睨んだ。

「……そうかよ」

そういうんじゃないから、とでも言えば、ますます絡まれそうなのでヨニは大人しく話を収めた。クイ・ヴェントの若頭領は人の悪い所がある。見た目通りでは、世渡り出来ないのだろうが。

「サクルも、王宮に泊まってけば? 子供たちと一緒に陛下とまくら投げしたっていいんだぜ」
「今年はアレクシス様のところへお邪魔することになっておりますし、王宮にお邪魔するのは子供だけと決まっておりますから。笑われてしまいます」
「普通に返してきたな……」
「あ、陛下と枕を交わしたことならありますよ」

「ごはっ!」

けほっけほっと再びヨニはむせた。

「ふふ。まだ陛下がよちよち歩きの小さな頃の話ですよ。ヨニ殿、何を考えていらっしゃるんですか」
「あ、あのなあ……」

流石に文句を言おうとしたが、サクルが感慨深く眺めているものを見て、ヨニは口を閉じた。ティルダがクイ・ヴェントの赤ん坊を抱っこしている。サクルが眺めっているのはその光景だった。
眩しいものを見るように、ヨニも目を細める。

「我々クイ・ヴェントはどこへ行っても余所者ですが、幼い頃に、この花の都の王宮に泊まったことがあるというのは心の慰めです。特に男にとっては、子供だからこその特権ですからね。王宮にお世話にならなくなると、大人になったな、と思うのですよ、我々は」
「へえ……そうか」

ヨニはただ、それだけ云って残り少ない果実酒を飲み干した。
先触れの知らせを鳥の鳴き真似でするのは、他所の国の人間に聞かれてもわからないようにだと聞いた。互いに家族のように深く繋がっていても、外に出たら表には出さない。
クイ・ヴェントの巡礼は知られているが、ここまで強固な関係であることは知られていない。そうやって秘めるのは互いのためだが、申し訳なさのようなものも体の底にある。

「……うちにだけじゃなく、あんたらにも良い事があるならいいんだけど」

ヨニの呟きに、サクルは目を丸くした。

「――我々にとって、魂の故郷があるというのは、いつだって支えになっておりますとも。お気遣いどうも、ヨニ様」

             ●

王宮二階の一室、普段は議場として使われている部屋は、一階の広間と違って大人ばかりで静かな夕食が始まっていた。
クッカサーリ側は十六人の議員とティルダとヨニ、クイ・ヴェントからはサクルと長老、それと数人の男たちが食卓についている。
サクルがまず一礼した。

「今年は女を二人、残していくことをお許し下さい」

長老を始め、クイ・ヴェントの男達もゆっくりと一礼する。
「旅に暮らす儂らといえど、肺を悪くしているのと、目がもう利かないのとで、二人は旅を続けられそうにないのです」
「わかったわ」

ティルダは頷いて、隣の席の聖神教会総司教バレンティンへ視線をやった。

「はい。既にお世話しておりますよ」

大っぴらに解放している訳ではないが、教会には傷病者を受け入れる施設がある。
老いた者や病んだ者を受け入れるのも盟約の内だ。

「ありがとうございます陛下」
「いいのよ。で、どうなの? 北の話を聞かせて頂戴」

豆の塩煮をつつきつながら、ティルダは尋ねた。クイ・ヴェントたちは体が重くなるからと、あまり肉類を食べない。日頃から食べろ食べろと、煩く言われるティルダとしては同じメニューは嬉しい。

「北方は相変わらずキナ臭いですなあ。ヤローニャとラズワルディアで小競り合いがしばしば」
クイ・ヴェントの長老が真白い眉を顰めた。サクルが話を引き継ぐ。
「皆の話を纏めますと、どうやら、どうも先にラズワルディアに下ったグリシア公国が後ろで武器を流しているようで」
「それはまた不穏な話しね……。でも、グリシア公国はいい鉱山を持っているものね。独立したいけど、単独では怖いから隣を巻き込もうってことなのかしら。でも、ラズワルディアが大人しく座視しているとも思えないのだけれど」

ヤローニャもグリシア公国もクッカサーリよりは当然大きいものの、ラズワルディアからしたら足元に纏わりつく子犬ぐらいなものだろうに。

「鉱山での採掘を地元のグリシア公国がやっているため、強くも出られないようです」
「ああ……なんだったら力で自分の物にしてもいいけれど、ラズワルディアの人間がわざわざ鉱山で働こうなんて思わないから、だったら地元民にやらせて買った方がいいって、そういうこと。それが不満の一端でもあるのでしょうね……」
「新たに外に働きに行く方々にお伝えして下さい」
「ええ、そうね……」

クイ・ヴェントの情報は、商業の取引や職人の参考にされるだけでなく、傭兵として勤め先を選ぶ際の決め手にもなる。出稼ぎに行った先で、クッカサーリの人間同士が戦う羽目にならないように。
ティルダは勿論、争いよりも平和を望んでいるが、それは傭兵として働く先がなくなるということでもある。

「――難しいわねぇ……」

溜息を漏らした瞬間、部屋の中で無言の圧力が縦横無尽に飛び交ったことを本人だけが気づかない。
圧力は「この重い空気を誰か変えろ。陛下を楽しませろ」といったものだったので、最終的にヨニに集約された。

「えーっと、なあサクル、宿代の手紙って本当にどこにでも届けてくれるのか?」
「ヨニったら、今さら何言ってるのよ」

ティルダは呆れてヨニの顔を見やった。前に説明したことがあった筈だが、忘れたんだろうか。
くすりと笑ってサクルが答える。

「ええ、海を渡った者もいるのですよ、ヨニ殿。届ける相手がいるなら海の底でも、空に浮かぶ月にでも我々は向かいますとも」

サクルの冗談に議員の大半は小さく笑ったが、ティルダはこめかみを抑えて溜息を吐いた。

「サクルってば、やめて頂戴、王家の恥をさらすのは」

その昔、茶目っ気があるといえば可愛げがあるが、考えなしの王がクイ・ヴェントを困らせようと東方大陸の名前しか知らない国の王への手紙を預けたことがあるのだ。

「一年以上かけて届けてくれたのに、その王は嘘だろって驚いたって伝わっているのよ……」

無理難題を言いつけたくせに、そんな反応するのは人としてどうかと思う。

「いえいえ、王家の恥などではなく、我らの誇りですよ、その言い伝えは。託された物は必ず届けるという信頼を裏切らなかったのですから」

クイ・ヴェントの男達が一様に頷いた。

「陛下、お手紙は今年も自分が届けますので任せて下さい。明後日にはまた、旅に戻りますから、それまでに用意をお願い致します」

サクルの言葉にティルダは一層深いため息を吐いた。

「ええ――わかったわ」

ヨニへ冷たい視線が集まり、会食は終了したのだった。

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