瞳の石と魔女の物語

結城鹿島

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2章 鏡の瞳のイジュア

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聖カニアの祭りの日、客は中々の人数が集まった。将来王になるだろう弟に対する期待の現れだ。ウルリカの舞と琴は、初めから演目のトリに決まっていた。誰が選んだのかは分からないが、それでいいとイジュアは思った。腕にはなんの問題もないし、あの響きを皆に聴かせたかった。奥底に沈む怒りを僅かでも感じればいいのだ。

ウルリカが選んだのは銀湖琴ぎんこきんだった。
彼女の演奏を初めて聴く人間全てが息を飲んだのが聴こえた。
世界を憎む氷の旋律が観衆を圧倒していく。
自惚れかもしれないが、彼女はただイジュアのために奏でている。
お互いのことをまともに話したことはなかった。何を知っているのかと、自分に問うてみれば、ウルリカのことをほとんど知らない。何にこんなにも惹かれたのか、奔流のような感情の嵐をそのまま形にした音の中、考えてみれば思い当たるのは一つだけ。
心の奥底に、決して解けることのない氷のように存在する怒りが、イジュアと彼女の共通点だった。怒りの生まれるところも、その大きさも何もかも違うだろう。けれど、その冷たさだけは通じていたような気がする。
怒りで繋がりを感じるなんて、愚かな話かもしれない。
燃えるような演奏は終盤に差し掛かる。
イジュアは今、自分の中に満ちていく感情に愛と名付けようと思った。惹かれたのは怒りだが、その名前は美しい響きで呼びたかった。

演奏は淀みなく終わり、津波のような拍手が湧きあがる。
「見事だ!これまでで最高の音色だったよ」

本当に見事な演奏だった。人生で二度と聴くことは出来ないだろう、神がかった演奏だった。
演奏の奥にあるものを読み取れはしない客人たちは、さぞ凡庸に満足しただろう。

「何か……世紀の名演奏に褒美をあげたいな」

「それでは褒美に、イジュア様のご尊顔を拝見したく思います」

周囲が僅かにざわつくが、ウルリカはいつも通り氷のような声音で言葉を続けた。
「実は私、間近に近づいて見れば微かに物を見ることは出来るのですが、瞳の色が不吉なのでこうして目隠しを暮らしております。どうか、思い出のよすがに、お姿を拝見させてください」
イジュアは目を見張り、それから少し俯いた。苦笑を堪えているのが周りにバレないように。

(――ウルリカも盲目だったとは)

言われて初めて気がつくなんて。

(これでは弟も苦言を呈するわけだ)

同病相哀れむと思われたのだろう。
だが、嬉しい言葉だ。こんな自分の顔が褒美になるなら、いくらでも見ればいい。
ウルリカの瞳の色を想像してイジュアは胸を高鳴らせた。
自分には見えないのが口惜しい。

「……わかった。構わないよ」
言うと、ウルリカがこちらに近づいてきた。小さな足音で距離を測る。数歩踏み出せば手の届く距離。目隠しを解いているのだろう、布を解く音が聴こえる。

そして、悲鳴が上がった。

「何が起きている?!」
周囲の悲鳴に負けぬように大声を張り上げ、側仕えの者に尋ねる。

「女が、燃えています!!」
馬鹿な、と一蹴することができない。
爆ぜる音、燃える肉の臭い。そして眼前に迫る熱。
そこにウルリカが居た筈の場所で、何かが燃えている。

――私は貴方の顔を見たわ

ウルリカの声が聴こえた。
気のせいかもしれない。だが、聞こえた。

「ウルリカ……!」

イジュアは遮る側仕えを押しのけ、手を伸ばした。指先に僅かに熱が伝わったが、何も掴むことはできず、虚しく空を切る。
そして、何か硬い物が落ちる冷たい音が連なって響いた。
悲鳴の渦から一転、辺りが静まった。まるで目の錯覚だったと、幻を見たのだと思い込みたいというように。誰も声をあげる者のないまま、時が氷ついたような時間が過ぎ――それをくつくつと陰気に響く笑い声が打ち破った。

「誰だ」
まっすぐ正面をイジュアは睨んだ。見えないが、そこに人ならざる気配がある。

「これはこれは、幸運な王子様。ご機嫌麗しゅう」

誰何の声と怒声が上がり、剣と槍の音が怪しい気配を囲んで輪を作る。
兵に囲まれている気配からは、人間らしさを一切感じない。目が見えないからこそ、この場の誰よりもわかる。

「きさまは……魔女か?」
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