シロツメクサの指輪

川崎葵

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再会

酔いで少し眠気を感じつつ、駅の方へと歩いていると、俯き加減だった俺は前方からの人に気づかず肩を軽くぶつけた。

 

「あ、すみません。」

 

そう言って顔を上げれば、相手は俺と同じサラリーマンのようでスーツを着いた。

ただ身長がとても高く、180を超えていそうな高身長に、平均的な俺は少し見上げなければならなかった。

足が長く、すらりとした体型はモデルのように綺麗で、見上げた顔は少し長めの黒髪をかき上げるようにして整え、見下ろすようにした流し目は落ち着いた大人の男性のように見えた。

 

「ミキちゃん?」

「え?」

 

しかしそんな見た目とは裏腹に、柔らかな口調でまるで女の子を呼ぶようにちゃん付けで呼ばれ、俺の口からは素直に疑問符が出る。

自分の苗字がたまたま三城なのでややこしいが、誰かと勘違いでもしているのだろうか。

 

「ミキちゃんだよね?うわ、久しぶり。こんなところで会うなんて。」

 

相手は完全に思い込んでいるのか勝手に盛り上がり始める。

だが俺の知り合いにこんなにでかい男はいない。

 

「あの、人違いだと思いますけど。俺、男ですし。」

「え?知ってるけど?ごめん、俺ミキちゃんと飲み直すからまた今度にしようよ。」

「分かったよ。またな~。」

 

そう言ってその人は勝手に決めつけ、一緒に飲んでいたであろう人と別れを告げた。

 

「いや、あの俺飲みに行くなんて言ってないですけど。」

「いいじゃん行こうよ。にしても変わってないね。面影残りまくりじゃん。」

「いや、だから人違いです。」

 

全く聞く耳を持とうとしない相手に、俺はため息が出そうだった。

早く帰りたくて逃げ出してきたのに、これでは終電を逃してしまう。

 

「俺のこと覚えてない?小学校まで一緒だった神田だよ。カンタって呼んでくれてたじゃん。」

 

意気揚々としているその人の顔を見ながら、俺は20年近く前の記憶を遡る。

かなり薄れつつある小学生の記憶を思い起こしていると、はっと思い出す。

女の子に混じって俺に可愛いと言っていた、神田という男の子を。

確か保育園も一緒で、幼少期の聞き間違いで神田をずっとカンタだと思い込み、気づいたその後もあだ名のようにカンタと呼んでいた。

ただ俺の知っているカンタはこんな大男ではなく、俺よりも身長の低い、それこそ女の子と変わらないぐらいの小さい男の子だったはずだ。

 

「あの身長の低かったカンタ?」

「そうそう。小学生の時は全然伸びなかったからね。今はミキちゃんより大きくなっちゃった。」

 

目を細めて人懐っこい笑みを浮かべるカンタは、当時の面影をどことなく残しているように見えた。

昔もよく笑っていて、人懐っこい印象があった。

そんなカンタは私立の中学に行ったので、公立に行った俺とは別になり、そのまま疎遠になっていた。

それなりに仲は良かったとは思うが、俺をオモチャのように扱う女の子と一緒になって可愛いと言っていたのが鬱陶しくて、高学年になる頃には違う子とつるむようになっていた。

こんな形で再会するとは夢にも思わなかった。

すっかり大人になったカンタはあまり面影を残しておらず、カンタが気づかなければ他人として別れていただろう。

 

「ねぇこの後予定ある?飲みに行かない?」

「あぁ、また今度でいい?終電逃しちゃうから。連絡先は教えるし。」

「タクシー代ぐらいなら俺が出すよ。だから、ね?お願い。ここで出会ったのも何かの運命だしさ。これ逃したらもう会えなくなりそうじゃん。」

「だから連絡先教えるって。今日じゃなくてもいいじゃん。俺、酒にあんまり強くないから。さっきまで飲んでたし、自力で帰れるうちに帰りたいんだよ。」

「俺が責任持って送るから。ソフトドリンクでもいいからさ。お願い。ちょっとだけでもいいから。」

 

何をそんなに必死になっているのか分からないが、カンタは懇願するように手を顔の前に合わせて硬く目を瞑った。

正直合コンよりも厄介だと思ってしまったが、懐かしい友人でもあるので、俺はその誘いに乗ることにした。

どうせ明日は休日で、することがあるわけでもない。

ただ終電に間に合わせようとしていただけなので、時にはこんなイレギュラーを楽しもうと思ったのだ。

 

 

カンタの提案でデートにでも使いそうオシャレなバルに案内され、カウンターに並んでカンタおすすめのお肉を食べる。

それは今まで食べてきたどのお肉よりも美味しく、頬が緩むのを止められないほど美味しい料理に俺の口は饒舌になっていく。

カンタも久々の再会を楽しんでいるのか、俺たちは今までの時間を埋めるように話し込んでいた。

 

「これ、一口だけでも飲んでみる?ここのカクテル美味しいんだよ。」

 

そう言ってソフトドリンクで済ませていた俺にお酒を差し出してきた。

話が盛り上がって気分が乗っていたこともあり、少しだけならと勧められるがままに口にする。

 

「ホントだ。美味しい。ここはご飯も美味しいし、いいとこ知ってるんだな。」

「飲みにはよく行くからね。ミキちゃんは行かないの?」

「俺は付き合い程度かな。強いわけじゃないから、飲みたいとも思わないし。」

「そっか。じゃあ今日は付き合いで?」

「そうだな。同僚が俺の名前を使って合コンセッティングしたから、無理やり。途中で逃げ出して帰ってたとこだよ。」

 

先ほどの合コンを思い出しながら、もうそろそろ解散して、人によっては持ち帰っているだろうと考えながら再度カクテルを口に含む。

そこで、それがただ勧められただけであったことを思い出す。

 

「ごめん、つい飲んじゃった。」

「いいよ。気に入ったならそのまま飲んで。俺は違うの頼むから。それも飲んでみる?」

「俺は強くないって言ってるだろ。」

「味見だけだよ。全部って訳じゃないから。それより無理やりってことは、合コンとかあんまり行かないの?」

 

カンタは次のを頼みつつ話を戻すので、俺はそのカクテルを有り難く頂戴することにした。

 

「全然。正直、女の子苦手なんだよ。かといって男が好きなわけじゃないけどな。」

「そうなんだ。どうして苦手なの?」

「学生の頃、可愛いって言われて女の子みたいにメイクされたり、セーラー着させられたりして、何かトラウマなんだよね。それ言ったらそうだよ、カンタも昔よく俺に可愛いって言ってたよな。あれ嫌だったんだからな。」

「ごめんね。口に出さずにはいられなくて。でも今でも思うよ、可愛いなって。」

 

肩肘で頬杖をつき、柔らかく笑みを浮かべてこちらを見るカンタに俺はあからさまに顔を顰めて嫌悪を示す。

それにカンタは吹き出すようにして笑った。

 

「そんなに嫌そうな顔しないでよ。」

「お前人の話聞いてたのかよ。嫌だって言っただろ。」

「ごめんごめん。もしかして、それが理由で俺避けられてた?」

「今更気づいたのかよ。俺やめろって言わなかったっけ?」

「言ってたかなぁ。ごめんね、その辺あんまり覚えてないや。ただ、その時は言いたくて仕方なくて。」

「気持ち悪いな。俺は男だぞ。」

「知ってるよ。誰よりも男気があったのも知ってる。ミキちゃん、可愛い顔しながら腕っ節強かったもんね。悪口言ってきた子を容赦なく殴ってたよね。」

 

そう言われてそんなこともしていたなと思い出す。

小さい頃から俺の女顔は健在で、いじめっ子に『スカート履けよ女男』とか言われてむかついた俺は、容赦なく返り討ちにしていた。

だから俺は女の子にオモチャにされながらでも虐められたことはないし、どちらかといえば友達は多かったほうだ。

 

「あの時は子供だったからな。気に食わなかったら言い返すのは今も変わってないよ。」

「そんな感じする。これも飲んでみる?」

 

新しく届いたカクテルをカンタは再度差し出してくるので、俺はそれも素直に口に運ぶ。

それもやはり美味しく、付き合いでしか飲んでこなかった酒だったが、進んで飲みたくなるほどである。

おかげで俺はカンタに進められるがまま酒を口に運び続け、セーブしていたことも忘れて話が盛り上がるままに飲み続けた。

 

 

 

「子供の頃はさ、拳で全部どうにかなってたから、本当に楽だったなって思うんだよね。」

 

酔いが回った俺はいつしかそんなことを口走り始めていた。

 

「今も何か言われたりするの?」

「女みたいな顔だなとか、そういうのはたまに言われるけど、それは別にいいんだよ。さすがにこの年になったら聞き流せるようにはなったけどさ、朝の電車は本当に地獄なんだよ。女の子はもっと大変なんだろうなって、つくづく思う。」

「それ、痴漢ってこと?」

 

眉間に皺を寄せるカンタの顔を見て、自分が口を滑らせたことに気づく。

酒が入るとどうも思考が鈍って、いらないことを口走ってしまう。

思った以上に酔いがきているのかもしれない。

 

「そんな、毎日じゃないから。たまにだよ。」

「たまにって1回じゃないの?今まで何回されたの?」

 

そこでもまた俺は口を滑らせてしまい、カンタの眉間のしわは深まる一方だ。

男のくせにと思われているのかも知れないと思ったら、逃げ出したい気分だった。

 

「ごめん、忘れて。酔ってていらないことを口走ってるだけだから。済んだことだし、気にしてないから。」

「俺が気にする。ミキちゃん家どの辺?」

「○○だけど、それが何?」

「会社この辺だって言ったよね?じゃあ7時半ぐらいの電車に乗るよね?」

「そうだけど、それがどうしたんだよ。」

「俺が朝一緒に乗る。俺が守ってあげる。」

「はぁ?何言ってんだよ。カンタ乗る駅違うんじゃないの?」

「一駅前だけど、俺が迎えに行くよ。降りる駅は一緒だから一緒に行こう。」

「何言ってんだよ。俺が言えた義理じゃないけど、お前も酔ってんじゃないの?」

「酔ってないよ。俺は強いから。ミキちゃんが痴漢に遭ってるって知ってほっとけると思う?」

「俺は男だから。そんな守って貰うほどのことでもないよ。どうせ、乗ってる時間なんて知れてるし。」

「男とか時間とか関係ないよ。それに俺が我慢できない。ミキちゃんに触る奴がいることが許せない。」

 

カンタは何故か腹を立てているようで、少し興奮気味に見える。

俺はこれ以上いらないことを口走る前に帰ったほうが良さそうだ。

 

「大丈夫だから。別に減るもんじゃないし。俺、酔ってきたから帰るよ。また飲みに行こうぜ。」

 

そう言って席から立ったが、俺が思っていた以上に酔いが来ていたのか足元がふらつき、それをカンタに腕を掴まれて支えられる。

 

「ごめん、飲みすぎたみたい。」

「まぁ、俺が飲ませたからね。ミキちゃん、あんまり人に勧められるがまま飲んじゃダメだよ。持ち帰られても文句は言えないよ。」

「何言ってんだよ、男同士だろ。御代いくら?」

「いいよ、もう払ったから。タクシーも呼んであるから、ちゃんと歩ける?」

「はぁ?いつ払ったんだよ。俺も出すって。」

「付き合って貰ったから。ほら、忘れ物はない?」

「俺はガキじゃない。」

「知ってるよ。段差あるから気をつけてね。」

 

俺はカンタに介抱されながら、呼んでいたというタクシーへと乗り込む。

その隣にカンタは当然のように乗り込んできた。

 

「お前も一緒に帰んの?」

「責任持って家まで送るって言ったでしょ。○○方面にお願いできますか。」

 

先ほど話していた俺の家辺りを告げ、タクシーは走り始めた。

足元がふらつくほど飲んだのは大学生以来であり、そんなに飲んだつもりはなかったのだが、話に夢中で気づかずうちに飲みすぎたようだった。

合コンでの席で既に軽く酔っていたのが仇となったのだろう。

その酔い方は気分が悪くなるようなものではなく、程よい酔い方で気持ちよく、俺は知らず知らずのうちに眠りへと落ちてしまっていた。

 

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