刈り上げレボリューション

S.H.L

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刈り上げレボリューション

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第一章:配信者「ヒカリ」

都会の夜はネオンが煌めき、遠くのビルの屋上には広告が静かに点滅している。東京の片隅にある小さな部屋で、ヒカリは椅子に座り、目の前のモニターを見つめていた。部屋には白いLEDライトがセットされ、彼女の顔を鮮やかに映し出している。周囲には、配信用のマイクやWebカメラ、観葉植物がさりげなく飾られている。生活感を抑えたその空間は、彼女が「ヒカリ」として生きるステージだった。

「こんばんはー、みんな元気?」
明るい声でライブ配信を開始すると、すぐにコメント欄が活気づく。

――「待ってました!」
――「今日もかわいい!」
――「ヒカリちゃん、最高!」

視聴者からの反応はいつものように熱烈だった。ヒカリは笑顔を浮かべながらカメラに向けて手を振る。その笑顔はプロのように完璧だったが、内心ではふとした違和感を覚えていた。

(これが私の「素」なのかな?)

いつもの「人生相談」のコーナーを始めようとすると、一つのコメントが彼女の目を引いた。

――「クラスでいじめられてます。どうしたら自分らしくいられるの?」

ヒカリの手が一瞬止まる。見慣れた視聴者たちの明るいコメントの中で、その言葉だけがまるで部屋の空気を変えるような重さを持っていた。彼女は少し眉をひそめたが、すぐにいつもの調子を取り戻してカメラに向き直る。

「うーん、それはすごく難しいね。でもね、私が思うのは……」

彼女は考え込むふりをして言葉を探した。視聴者の期待に応えるために、正しいことを言わなければならないというプレッシャーが彼女の心を締め付ける。

「自分らしくいるって、きっと簡単じゃないよね。特に周りから何か言われたりしたら……すごく傷つくと思う。でも、大事なのはね、誰かのために変わるんじゃなくて、自分のために動くこと。自分が本当にやりたいことを信じてあげてほしいな」

画面越しの自分の姿に目をやると、そこにはきちんとセットされた長い髪と、視聴者が「かわいい」と言う完璧な笑顔が映っている。

(私が「自分らしい」なんて言える資格、あるのかな……)

コメント欄には励ましの言葉があふれ出した。

――「ヒカリちゃんの言葉、沁みる」
――「その通りだよね!」
――「私も自分のこと、もっと信じてみる!」

その反応に、ヒカリは自然と口元をほころばせた。だが、それは視聴者たちの求める「ヒカリ」としての仮面だった。

「みんな、いつもありがとう!今日はここまで。また明日ね!」

配信を終えると、彼女は椅子に深く座り込み、大きく息を吐いた。部屋には一瞬で静寂が訪れた。ライトを消すと、窓の外には夜の街の明かりがぼんやりと映り込む。カーテンの隙間から流れる冷たい風が、彼女の頬をなでた。

(「自分らしく」なんて言っておきながら、私は……)

ふと、机の端に置かれた手鏡を手に取る。そこに映るのは配信中の「ヒカリ」とは違う、どこか疲れた顔の自分。視線をそらすようにして鏡を机に戻すと、彼女はスマホを手に取った。

「配信お疲れ様」とだけ書かれたコメントが目に留まる。送り主は「ソラ」。視聴者の中で彼女が唯一名前を覚えている存在だった。控えめで鋭い言葉を残すそのコメントは、なぜかいつもヒカリの心に刺さる。

(ソラ……あなたなら、どうする?)

その問いの答えは、自分の中にしかないのだとわかっていた。窓の外には、夜風に揺れるビルのネオンが、ぼんやりと瞬いていた。

第二章:一人のリスナー

ヒカリが配信を終えた翌朝、冬の冷たい空気が彼女の部屋を満たしていた。窓の外を見れば、薄く曇った空に太陽がぼんやりと浮かんでいる。まだ眠気の残る身体を起こし、ヒカリは机の上のスマホを手に取った。昨晩の配信後に届いたコメントを確認するためだ。

スクロールする指が一瞬止まる。「ソラ」のコメントが目に留まった。

「ヒカリさんは自分の言葉でみんなを救ってるけど、ヒカリさん自身はどうなの? 自分を救えてる?」

その短い一文が、ヒカリの心を深く突き刺した。思わず息を呑み、手に持ったスマホが微かに震える。部屋の中は静寂に包まれ、その静けさが彼女の動揺をさらに強調しているようだった。

「……自分を救えてるか、か……」

つぶやいた言葉は、すぐに部屋の中に溶けていった。ヒカリはため息をつき、再びスマホを置く。ソラのコメントはいつも核心を突いてくる。けれど、それはヒカリが意識したくない部分を無理やり見せつけられるようなものだった。

学校に向かう道は冷たい風が吹いていた。通学路の並木道は葉を落とした枝が空に向かって伸びている。友人のマリが合流するまでの間、ヒカリは無言で歩いた。頭の中は、今朝見たソラのコメントのことでいっぱいだった。

「おはよ、ヒカリ!」

背後から元気な声が聞こえた。振り返ると、ショートカットが似合う快活なマリが走り寄ってくる。マリの髪型は彼女の自信と個性を象徴するものだったが、それが問題になることもあった。

「おはよう、マリ。今日も元気そうだね」

ヒカリは微笑みながら返したが、マリの表情が少し曇っていることに気づいた。いつもは明るい彼女の目が、どこか気まずそうに揺れている。

「ヒカリさ……私、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」

「うん、どうしたの?」

二人は並んで歩きながら、マリが小声で話し始めた。

「昨日、クラスの子たちに言われたんだ。『髪型が男っぽい』とか『女らしくない』とか……もう、慣れてるけどさ。でも、やっぱり言われると嫌な気分になるよね」

マリの言葉に、ヒカリの胸がチクリと痛んだ。いつも強がっている彼女が、こんな弱音を吐くのは珍しい。ヒカリは立ち止まり、真剣な表情でマリを見つめた。

「マリの髪型、私はすごく素敵だと思うよ。似合ってるし、自分を表現してる感じがかっこいい」

「ありがとう。でもね、私もたまに思うんだ……これでいいのかなって。私がこの髪型を好きなだけで、周りから嫌われるのって、間違ってるよね?」

マリの言葉に、ヒカリは何も答えられなかった。彼女自身も「自分らしさ」とは何かを模索している最中だったからだ。他人を励ます言葉は簡単に出てくるのに、自分の本当の気持ちには素直になれない。

学校に着くと、ヒカリとマリは別々の教室に向かった。クラスメイトたちの笑い声が教室に響く中、ヒカリは席につき、窓の外をぼんやりと眺めていた。グラウンドでは体育の授業中らしく、生徒たちが寒さに負けず元気に駆け回っている。

(自分を救えてる……か)

ソラのコメントが再び頭をよぎる。ヒカリは視線を窓からノートに移し、授業の内容を書き写そうとするが、ペンを握る手が止まる。ノートに書かれた文字は、彼女にとってまるで他人事のようだった。

放課後、彼女はもう一度マリと話すために連絡を取った。しかし、マリは返信で「大丈夫、ありがとう」とだけ返してきた。ヒカリはそれ以上深く踏み込むことができなかった。

夜。再び配信の時間がやってきた。ヒカリはいつものようにライトをセットし、モニターに向かった。カメラに映る自分の姿は完璧だった。けれど、胸の奥に渦巻く違和感は消えない。

「こんばんはー、みんな!今日も来てくれてありがとう!」

彼女の明るい声が部屋に響き、コメント欄がすぐに盛り上がる。

――「ヒカリちゃん、かわいい!」
――「今日も楽しみにしてた!」
――「お疲れさま!」

けれど、その中に紛れていた一つのコメントが、彼女の視線を奪った。

「ヒカリさん、自分を変えるのが怖いの?」

送り主は「ソラ」。その問いは、彼女の心に鋭く突き刺さる。そしてその瞬間、ヒカリは気づいた――自分がずっと目をそらしてきたものに向き合う時が来たのだ、と。

カメラ越しの笑顔を浮かべたまま、ヒカリの心には迷いと覚悟が同時に芽生えていた。

(変わるのが怖い……?私はどうしたいんだろう?)

次の配信で何かを決断しなければならないと感じるヒカリ。彼女の中で、新たな覚悟が静かに形を成し始めていた。

第三章:転機

曇りがちな冬の空は、一日を通して冷たい灰色に染まっていた。ヒカリの教室も、どこか薄暗く感じる。窓の外では木々が風に揺れ、枯れ葉が舞っている。昼休みのざわめきが教室に響く中、ヒカリは弁当を広げながらも、どこか落ち着かない気分でいた。

「ヒカリ、今日どうしたの?元気ないじゃん」

隣の席に座る友人が不意に声をかけてきた。その問いにヒカリは軽く笑顔を作り、首を横に振った。

「ううん、大丈夫。ただ、ちょっと考え事してただけ」

嘘だった。昨夜の配信でソラから受け取ったコメントが、彼女の心をずっと掴んで離さない。自分を変えることが怖いのか――その問いが頭の中をぐるぐると巡り続けている。

午後の授業が終わり、部活や帰宅のために教室から生徒たちが次々と出ていく中、ヒカリはそっと席を立ち、廊下へ向かった。静まりかえった校舎の一角、彼女は誰かを探すように目を彷徨わせる。

そして、体育館の隅にあるベンチで座り込んでいるマリの姿を見つけた。

「マリ……こんなところにいたんだ」

声をかけると、マリは驚いたように顔を上げた。いつもの自信に満ちた表情はどこか影を落としている。

「ヒカリ……何か用?」

声には力がなく、どこか冷たい響きがあった。それでもヒカリは気にせず、彼女の隣に腰を下ろした。体育館の中は広々としていて、冬の冷たい空気が静かに流れ込んでいる。

「なんとなく、ここにいる気がして……どうしたの?」

マリは一瞬黙り込んだが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。

「今日ね、また言われた。『なんでそんな髪型にしたの?』とか、『女らしくない』とか。もう慣れたって思ってたけど……やっぱりキツいよね」

そう言って視線を落としたマリの肩が小さく震えているのを見て、ヒカリの胸が締めつけられるようだった。

「私、好きでこの髪型にしてるのに、それだけで変だとかおかしいとか言われるなんて、やっぱり納得できない。でも、どんなに『私が好きだから』って言い返しても……何も変わらない気がする」

その言葉に、ヒカリはどう返していいかわからなかった。自分を変えることの怖さ、他人の目にさらされることの辛さ――それはヒカリ自身も痛いほど理解していた。

ふいに、マリが顔を上げてヒカリを見つめた。

「ねえ、ヒカリ。あなたはどう思うの?私みたいに周りに何か言われたら……どうする?」

突然の問いに、ヒカリは言葉を失った。マリの真剣な瞳が、自分の心を見透かしているような気がした。普段なら「大丈夫だよ」とか「気にしなくていい」と答えられたかもしれない。でも、今のヒカリにはそれができなかった。

「私……正直、怖いかも。自分がどう見られるかとか、何を言われるかとか。だから、マリみたいに堂々と自分を表現してるのが、すごいと思う」

ヒカリの声は自然と小さくなった。その言葉を聞いて、マリは少し目を細め、寂しそうに笑った。

「私が堂々としてる?……そんな風に見えてるんだね」

その夜、ヒカリは部屋で一人、机の上に置かれた手鏡をじっと見つめていた。そこに映るのは、いつも配信で作り上げた「ヒカリ」の顔。その顔に映る長い髪は、視聴者たちに「かわいい」と言わせるために保ってきたものだった。

(本当に、この髪型が私らしいのかな?)

鏡の中の自分を見つめるうちに、ヒカリはふいに思い出した。配信を始める前、まだ誰にも「ヒカリ」として知られていなかった頃。あの頃の自分は、もっと自由だったのではないか。

「自分らしくいるために……私は何をすればいい?」

手鏡を静かに机に戻すと、ヒカリは深く息を吸い込んだ。そしてスマホを取り出し、カメラに向かって自分の顔を映す。これが次の配信で見せる「自分」になるのだろうか――その問いの答えを探すために。

画面に映る自分を見つめ、ヒカリの中で何かが変わり始めているのを感じた。

第四章:覚悟の音

夜の東京は静かだった。窓の外にはいくつもの灯りが点滅し、冷たい風がカーテンを微かに揺らしている。ヒカリの部屋もまた静寂に包まれていた。いつものように配信の準備を整えたものの、今日のヒカリの胸には異質な緊張感が広がっていた。

机の上には見慣れた配信機材の隣に、ひときわ異彩を放つものが置かれている――シルバーの光を放つバリカンだ。ヒカリはそれをじっと見つめ、何度も深呼吸を繰り返した。

「本当にやるのか……」

彼女はつぶやいた。鏡の中に映る自分の顔は硬く、いつもの笑顔はどこにもない。長い髪が肩にさらりとかかり、配信では「かわいい」と言われ続けた自分がそこにいる。だが、その髪を失うことで何かが変わると信じていた。

部屋をぐるりと見渡す。ライトに照らされた観葉植物、カメラの隣に立てかけられた鏡、そして机の上に置かれたバリカン――そのすべてが彼女の中で一つのステージを構成していた。バリカンは、怖れと覚悟の狭間に置かれた象徴のように見える。

配信開始――。

「こんばんは、みんな!」

いつものように明るい声を出してみるものの、視聴者たちはすぐに異変に気づいた。

――「ヒカリちゃん、緊張してる?」
――「今日、雰囲気違くない?」
――「なんか大事な話があるの?」

画面越しに流れるコメントを見て、ヒカリは思わず苦笑した。鋭い視聴者たちは、彼女の微妙な違和感をすぐに察知していた。彼女は一呼吸置き、カメラに向き直った。

「うん、今日はね……ちょっと特別な配信になると思う」

そう言って、机の上に置いたバリカンを手に取った瞬間、コメント欄が一気にざわめき始める。

――「え?それバリカン?」
――「まさか髪を切るとか……?」
――「冗談だよね?」

ヒカリはそっと手を伸ばし、バリカンを掴んだ。その冷たい金属の感触が、彼女の手のひらに直接不安と覚悟を伝えてくるようだった。重さを感じながら、彼女は手元をじっと見つめた。

「私ね、ずっと考えてたんだ。『自分らしくいる』ってどういうことなのか。ずっと、視聴者のみんなに強い言葉を届けてきたけど……自分が本当に『自分らしい』かどうか、最近わからなくなってた」

静かな語りの中、コメント欄も次第に真剣な雰囲気に包まれていく。

「だから、今日は決めたの。この髪を……切ります」

机に置かれた大きな鏡を前に、ヒカリは椅子に座り直した。配信画面に映る彼女の長い髪が、今この瞬間の重みを象徴しているようだった。バリカンのスイッチを入れると、低く唸るような音が部屋中に響く。

「これで、私も変わる。自分を変えるって怖いけど……怖いままでいたくないから」

彼女はバリカンの刃を慎重に髪に近づけた。恐る恐る、サイドの髪に刃が触れる瞬間――初めての振動が頭皮に伝わり、長い髪の束がバリカンに切り取られていく。ざり、とした音とともに一房の髪が床へと落ちた。その髪がまるで古い自分の象徴のように見え、一瞬手が止まる。

「……意外と、あっさり落ちるもんだね」

自嘲するように言葉を漏らしながらも、再び手を動かす。右半分の髪が次々と短く刈り取られていき、耳元がすっきりと現れ始める。鏡に映る自分の姿が変わっていくたび、ヒカリの胸の奥で何かが軽くなっていく。

「……すごい、不思議な気分。こんなに軽くなるなんて」

髪を落とし終えた後、最後に彼女はバリカンを再び持ち直し、左側も慎重に刈り上げていった。前髪は少し残し、トップの髪も短めに整えたことで、全体がシンプルながらも力強いショートスタイルに仕上がった。

最終的に完成した髪型は、サイドと後頭部をしっかりと刈り上げたアンダーカットスタイル。刈り上げた部分は地肌がほんのり透けて見え、滑らかなラインが美しいコントラストを作っている。トップには少しボリュームを持たせており、自然に流れる前髪が女性らしい柔らかさを残している。

最終的に鏡に映る自分を見たヒカリは、これまで見たことのない新しい自分と向き合っていた。

「……私、こんな顔してたんだ」

彼女の声には少し驚きと、それを上回る満足感が滲んでいた。長い髪に隠れていた輪郭や首筋が現れ、その表情はどこか清々しく見えた。

鏡に映る自分をじっと見つめる。その短い髪は、ただの変化ではない。恐れを振り払った証であり、これから歩む道を切り開く象徴のように思えた。首筋のラインが浮き彫りになり、今まで隠されていた自分の本質が見えるような気がする。

「みんな、どう思う?」

カメラに向かって笑顔を見せた瞬間、コメント欄は大きな反応を見せた。

――「めっちゃ似合う!」
――「前よりカッコいい!」
――「すごい勇気……尊敬する」
――「新しいヒカリだ!」

ヒカリはコメントを見て、自然と笑みを浮かべた。その笑顔は、今までの「かわいい」と言われるための笑顔ではなく、自分を肯定するための本当の笑顔だった。

「……すごい、不思議な気分。こんなに軽くなるなんて」

髪を落とし終えた後、最後に彼女はバリカンを再び持ち直し、左側も慎重に刈り上げていった。前髪は少し残し、トップの髪も短めに整えたことで、全体がシンプルながらも力強いショートスタイルに仕上がった。

最終的に完成した髪型は、サイドと後頭部をしっかりと刈り上げたアンダーカットスタイル。トップには少しボリュームを持たせ、女性らしさと大胆さが絶妙に調和している。

鏡越しに自分を見たヒカリは、これまで見たことのない新しい自分と向き合っていた。

「……私、こんな顔してたんだ」

彼女の声には少し驚きと、それを上回る満足感が滲んでいた。長い髪に隠れていた輪郭や首筋が現れ、その表情はどこか清々しく見えた。

「みんな、どう思う?」

カメラに向かって笑顔を見せた瞬間、コメント欄は大きな反応を見せた。

――「めっちゃ似合う!」
――「前よりカッコいい!」
――「すごい勇気……尊敬する」
――「新しいヒカリだ!」

彼女はコメントを見て、自然と笑みを浮かべた。その笑顔は、今までの「かわいい」と言われるための笑顔ではなく、自分を肯定するための本当の笑顔だった。

配信の終わり際、ヒカリはカメラに向かって一言を残した。

「髪を切るのは怖かったけど、私、今すごく自由な気分。これが『自分らしい』かどうかは、これから探していく。でも、そのために怖いことを乗り越える勇気……それだけは忘れないでいたいな」

視聴者たちの応援のコメントを背に、彼女は静かに配信を終了した。部屋の静寂が戻ると、彼女はふと鏡を見つめ、手を髪にそっと触れた。

「これが、私の新しいスタートだね」

冷たい夜の空気が、短くなった髪を撫でていく。彼女は窓の外を見上げ、ネオンに輝く都会の夜景の中に、自分の未来を重ねていた。

第五章:刈り上げレボリューション

ヒカリの部屋には、配信を終えた余韻がまだ漂っていた。静まり返った空間の中で、彼女は鏡越しに自分を見つめていた。短く刈り上げた髪は、これまでの自分とは全く違う印象を与える。

壁の時計は夜中の12時を指している。外の街灯がカーテン越しに差し込み、彼女の新しいシルエットを淡く照らしていた。窓を少し開けると、冷たい夜風が部屋に流れ込む。風が短髪を撫でる感触は、まるで新しい自分を祝福してくれているようだった。

「……これが私なんだ」

つぶやいた声は、自分に言い聞かせるようでもあり、驚きを隠せないものでもあった。

翌朝――。

ヒカリはいつもより早く目が覚めた。新しい髪型に慣れないせいか、それとも昨夜の緊張がまだ残っているのか。ベッドの中で少しの間ぼんやりと天井を見つめていたが、意を決して布団を跳ね除けた。

窓の外には冬の朝特有の淡い光が広がり、街は静かに目覚めつつあった。彼女は洗面台の鏡を再び見た。昨夜見たときと同じ新しい自分がそこに映っている。それでもまだ、少しの違和感が残っていた。

「学校のみんな、なんて言うかな……」

一瞬の不安が胸をよぎる。マリにさえもまだ見せていないこの姿を、クラスメイトたちにどう受け止められるだろうか。けれどその後、彼女はふっと笑った。

「いいや、もう気にしないって決めたんだ。これは私の髪だし、私の選んだことだもん」

学校――。

ヒカリが教室に入ると、一瞬でその場の空気が変わった。机に座っていたクラスメイトたちが次々と顔を上げ、彼女に視線を向ける。その視線には驚き、好奇心、そしてわずかな戸惑いが混じっていた。

「……ヒカリ!?その髪……どうしたの?」

友人の一人が声を上げると、他の生徒たちも次々と話し始めた。

「めっちゃ似合ってるじゃん!」
「すごい思い切ったね!」
「何があったの?」

最初の緊張とは裏腹に、クラスメイトたちの反応は予想以上にポジティブだった。ヒカリは少し照れながらも笑顔を見せた。

「昨日、思い切って切っちゃったんだ。自分を変えたくてさ」

その言葉に、一瞬の静けさが教室を包む。けれど、それを破ったのはマリだった。彼女は席を立ち、まっすぐヒカリに近づいてきた。

「……ヒカリ、あんた本当にやるなんて」

近くに来たマリは、じっとヒカリの顔を見つめた。その目には驚きと尊敬、そして少しの羨望が混じっていた。

「似合ってるよ。めっちゃカッコいい」

その一言が、ヒカリの中にあった緊張を完全に溶かした。彼女は安堵の笑顔を浮かべた。

「ありがとう、マリ。実は、あんたの言葉がきっかけだったんだよ。自分らしくいるって、こういうことかなって思って」

マリは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いた。

「そっか……じゃあ、私ももう少し頑張れるかな」

その日の昼休み、ヒカリとマリは校舎裏の階段に座って話していた。冬の冷たい風が二人の間を通り抜けるが、その空気はどこか心地よかった。

「ねえ、ヒカリ。どうして本当に髪を切ろうって思ったの?」

マリがそう尋ねると、ヒカリは少し空を見上げてから答えた。

「怖かったんだよね。周りの目が。でも、それ以上に、自分を変えるのが怖かった。でもさ、それをずっと怖がってたら、私は何もできないままだって思ったの」

「だから、やったんだね」

「うん。やってみたら、すごく楽になった。髪型を変えるだけでこんなに違うなんて、自分でも驚いてるよ」

マリはヒカリの横顔を見つめながら、そっと自分の髪に触れた。彼女の短い髪もまた、自分自身を表現するために選んだものだった。

「私もさ、もうちょっと自分を信じてみようかな」

「うん。マリなら絶対できるよ」

二人の間に自然と笑顔が広がる。空は少しだけ晴れ間が見え、冷たい風もどこか優しく感じられた。

夜――配信。

その日の夜、ヒカリは配信を再び始めた。画面に映る新しい自分に、視聴者たちの反応は大きなものだった。

――「めっちゃ似合う!」
――「本当に切ったんだ!すごい!」
――「勇気もらった!」

彼女はカメラ越しに語りかけた。

「髪を切るのは、正直めちゃくちゃ怖かった。でもね、やってみたらすごく気持ちが軽くなった。みんなも、何か怖いことがあったら、それを乗り越えた先に何があるか想像してみて。きっと、新しい景色が見えるはずだから」

視聴者たちの応援のコメントが画面に流れ続ける。その中には、いつもの「ソラ」のコメントもあった。

「本当のヒカリが見えた気がする。これからも応援してるよ」

そのコメントを見た瞬間、ヒカリは静かに頷いた。そして、いつもの笑顔でカメラに向かって言った。

「これが、私の新しいスタート。これからもよろしくね!」

配信を終えた部屋には、静けさが戻っていた。窓の外には都会の夜景が広がり、冷たい風が静かに吹いている。ヒカリは窓を開け、夜空を見上げた。

(これでいい。これが私なんだ)

新しい自分とともに、ヒカリは未来へと歩み始めた。彼女の短髪は、ただの髪型ではない。自分自身と向き合い、新しい一歩を踏み出すための象徴だった。

エピローグ:刈り上げた光

冬の終わりが近づくころ、ヒカリは再び街を歩いていた。冷たい風はまだ肌を刺すようだが、空気の中にはわずかに春の匂いが混じり始めていた。街路樹には新芽がつき始め、太陽の光が建物の隙間から顔をのぞかせる。

その日、ヒカリはいつもより少し早起きして家を出た。特別な予定があるわけではない。ただ、この新しい自分の髪を思い切り外の光の下で感じたかったのだ。彼女の短い髪は、朝日を受けて繊細な影を作り出していた。刈り上げたサイドはすっきりとしたラインが際立ち、トップに残した少し長めの髪が自然に風に揺れている。

「こんなに髪って軽かったんだな……」

ふと、ヒカリは自分の頭に手を触れた。刈り上げた部分は滑らかな感触で、そこに触れるたびに新しい自分を実感する。彼女はふわりと笑みを浮かべ、街のガラス窓に映る自分を確認した。

「私、変わったよね」

誰に言うでもなくつぶやいたその言葉には、少しの誇らしさと新たな期待が込められていた。

その日、ヒカリはカフェに立ち寄ることにした。窓際の席に座り、コーヒーを一口飲みながら、スマホを取り出す。配信アプリ「ストリームスタジオ」の通知欄を開くと、昨夜の配信に寄せられたたくさんのコメントが目に飛び込んできた。

――「ヒカリちゃんの話、すごく心に刺さった」
――「髪型、マジで似合ってるよ!」
――「私も怖いことに挑戦してみようかなって思った!」
――「次の配信楽しみにしてるね!」

読みながら、彼女の指先が自然と笑顔を作った。これまで、配信は「視聴者のために」やっていると思っていた。でも、今は違う。配信は自分自身を解放し、視聴者とともに成長するための場所だと気づいたのだ。

「よし、次のテーマは『新しい一歩を踏み出す』ってことで話してみようかな」

メモアプリに次回の配信内容を書き込みながら、ヒカリは目の前に広がる街の風景を眺めた。人々が忙しそうに行き交う中で、自分が少しだけ新しい景色を見ているような気がした。

カフェを出た後、彼女は近くの公園に足を向けた。冬枯れの木々の間から差し込む日差しが、公園のベンチを温かく照らしている。ヒカリはそこに座り、風を感じながら空を見上げた。

すると、不意に後ろから声をかけられた。

「……ヒカリ?」

振り返るとそこに立っていたのは、マリだった。彼女もまた少し驚いた表情を浮かべている。

「偶然だね。何してるの?」

「ちょっと散歩してたの。新しい髪型、外で感じたくて」

ヒカリが笑うと、マリはその髪型をじっと見つめた。そして、ふっと微笑んだ。

「やっぱり似合ってる。自分の覚悟が見えるっていうか……すごく堂々としてるよ」

その言葉に、ヒカリは少しだけ頬を赤くした。

「ありがとう。最初は怖かったけど、今は本当に良かったって思えるよ。なんか、自分の輪郭がちゃんと見える気がするんだ」

ヒカリの言葉に、マリも自分の髪を軽く撫でながら頷いた。

「私も、もっと堂々としなきゃな。ヒカリみたいに」

「そんなことないよ。マリも十分、自分らしいじゃん」

二人はしばらく笑い合い、寒空の下でもどこか暖かい時間を過ごした。

夜――配信後。

その日の夜、ヒカリはまた配信を終えたばかりだった。視聴者たちからのコメントは、彼女の髪型についても、語った内容についても好意的なものばかりだった。だが、彼女が特に目を止めたのは、いつもの「ソラ」からのコメントだった。

「新しい髪型、素敵です。本当のヒカリが見えるような気がします。これからも、あなたらしくいてください」

その言葉に、ヒカリは小さく微笑んだ。刈り上げた髪を指先で撫でながら、画面越しに小さくつぶやく。

「ありがとう、ソラ。私もそう思うよ」

配信機材を片付けた後、窓の外に目を向ける。夜の街はネオンに輝き、冷たい風が窓をかすかに揺らしている。その中で、ヒカリは鏡に映る自分を見つめた。短く刈り上げた髪型がライトに照らされ、どこか誇らしげに見える。

「これが、私なんだ」

その言葉はもう迷いではなく、確信に満ちていた。刈り上げた髪のラインは彼女の決意そのものであり、新しい自分を象徴するものだった。

ヒカリは窓を開け、冷たい夜風を感じながら空を見上げる。彼女の髪はこれからも伸び続けるだろう。けれど、その根底にある自分らしさは決して揺らぐことはない。

そして、静かな夜の中で、彼女は一歩前へ進む自分を感じていた。

「これからも、私らしくいこう」

その声は夜空に溶け込み、次の新しい朝を迎える準備をする街に響いていった。
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