ツルツル宣言! 〜私たち、坊主で挑む夏〜

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ツルツル宣言! 〜私たち、坊主で挑む夏〜

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第一章 最弱主将、美琴

 市立第二中学校の女子卓球部は、地元じゃちょっとした有名校だ。去年の夏、全国大会でベスト8入りを果たしたこともあり、春先の入部説明会では、見学希望者が教室の外まであふれた。

 でも、そんな輝かしい過去とは裏腹に、今年の部の空気はどこかぎこちなかった。

 「はい、じゃあ今日のメニューは基礎打ち30分からの、ダブルス組んで実戦形式ねー」

 顧問の吉永先生が大きな声でメニューを読み上げる。エアコンの効いた部室から出てきた部員たちは、軽くストレッチを始めた。

 その中で、私は黙ってラケットのグリップを巻き直していた。テーピングをしながら、周囲をさりげなく観察する。

 2年生の澤村は、スマホをいじりながら片手でストレッチしてるし、1年生たちは固まって小声で喋ってばかり。3年の志乃はペアの相手に無言でラリーを続け、目も合わせない。

 ——やっぱり、バラバラだ。

 「水野、今日の試合形式、どう回すか決めてくれる?」

 吉永先生が私に声をかけた。主将なんだから当然なのに、私は「えっ、あ、はい」と情けない声で返してしまう。

 (こんなんで、主将って名乗っていいのかな……)

 心の中でつぶやく。だって、正直、私が一番下手なのだ。3年の中でも成績は中の下、後輩に勝てない日だってある。去年の先輩たちが引退して、顧問から「水野にやってもらいたい」と言われたときは、正直、驚いたよりも怖さが勝った。

 「私なんかが……」

 そう思いながら引き受けた主将だった。

 ラリーの音が体育館に響く。カーン、カーン……打球音は軽快だけど、どこか単調だ。ペアを組む二人の間に笑顔がない。声も飛ばない。まるで個人戦の集まりみたいだった。

 「もっと声出して!コミュニケーション!」

 そう叫ぶ自分の声が、どこか宙に浮いて聞こえる。

 放課後の空が、オレンジ色に染まり始めていた。夏休みまで、あとひと月。

 私は練習終わりの部室で一人、汗を拭きながら、壁に貼られた去年の集合写真をじっと見つめていた。

 笑ってる。去年の先輩たちは、全員が笑ってる。坊主頭なんて誰一人いない。でも、その笑顔が本物だったことは、わかる。

 「……なんで、うちらはこんなに冷たいんだろ」

 小さくつぶやいたとき、背後から聞こえたのは、副主将・一条紗良の声だった。

 「それ、美琴が自信なさげにしてるからじゃない?」

 私は、ハッとして振り向く。

 紗良はクールで、何を考えてるのかよくわからないタイプ。だけど、プレーは誰よりも正確で、全中出場の経験もある実力者。私とは……正反対だった。

 「……それ、皮肉?」

 「皮肉じゃないよ。ただ、リーダーがフラフラしてると、みんな不安になるでしょ」

 「……じゃあ、どうすればいいのよ」

 その声には、自分でも驚くほど感情がこもっていた。自分の無力さにイラついていたのだ。

 紗良は、少しだけ笑った。

 「じゃあさ、美琴……いっそ坊主にでもしてみたら? “私、本気です!”って」

 それは冗談のように聞こえた。でも、私はその場で動けなくなった。

 (坊主……?)

 なんでそれが頭から離れないのか、自分でもわからなかった。ただ、妙に心に残った。むしろ……刺さった。

 ——全部、壊してしまいたい。中途半端な自分も、誰にも届かない声も。全部。

 そして、翌朝、私は目覚ましより早く目を覚まし、ノートを開いた。

 1ページ目に書いた文字は、こうだった。

 「坊主にする」

 新しい風を起こしたい。変わるなら、今しかない。


第二章 ツルツル宣言

 次の月曜日、私は一日じゅう、心がどこか浮ついていた。教室の窓から見える夏の空は、どこまでも青くて、まぶしくて——まるで「今のままじゃダメだよ」と言っているみたいだった。

 放課後の部室。汗の染み込んだ部活Tシャツに着替えながら、私は心臓が壊れるんじゃないかってほど緊張していた。

 「なにあの顔……」
 「主将、胃でも痛いのかね~」

 2年の澤村が冗談ぽくひそひそ言っているのが聞こえた。わかってる。私、怖い顔してるんだ。でも、今日だけは譲れない。

 部室に部員がそろったところで、私は立ち上がった。

 「……ちょっと、話したいことがあります」

 その瞬間、空気がピンと張った。

 「えっ、なに? もしかして全国大会、出場できなくなったとか?」

 1年の千紘が不安そうに言った。

 私は、ギュッとラケットのグリップを握りしめて、口を開いた。

 「みんなで……坊主になろうと思います」

 数秒、静寂。エアコンの音だけがブーンと響く。

 「……は?」
 「……坊主? って、髪を……?」

 3年の志乃が眉をしかめて私を見つめる。2年の澤村は、口を開けたまま固まっていた。

 「うそでしょ、主将。何、急にそんなこと言い出して……冗談だよね?」

 「冗談じゃない」

 私は真っ直ぐ言った。声は震えてたけど、目だけは絶対に逸らさなかった。

 「今のままだと、うちは勝てない。部がバラバラで、それぞれが“自分のため”だけに卓球してる。……私が一番、そうだった。弱いくせに主将なんて引き受けて、本当は怖くて逃げたかった。だけど、今は、変わりたい」

 私はひと呼吸おいて、言葉を続けた。

 「本気で変わりたいって思ったら、なにか“かたち”が欲しかった。だから、私は坊主になります。頭をまるめて、自分をゼロから始めます」

 スマホの画面をいじっていた2年の吉村が、ぽそっと言った。

 「え……それって、SNSに晒されるってことだよね。学校で拡散されたらどうすんの」

 「たぶん、されると思う。でも——それでもいい。私、それくらいの覚悟で、今年の夏を迎えたい」

 1年の朝日が、そっと手を上げた。

 「水野先輩……本当に、やるんですか?」

 私はうなずいた。朝日は唇をギュッと噛んで、それから小さく、「すごい……」とつぶやいた。

 一条紗良は、ずっと無言だった。腕を組んだまま、私のことを見つめている。

 「みんなは、無理にしなくていい。でも、私だけは坊主になる。まず私が、明日、切ってきます」

 「え、もう明日!?」
 「すご……マジもんじゃん……」

 部室内がざわざわし始めた。だけど、私は不思議と冷静だった。

 「見せるよ。覚悟ってやつを」

 その日の帰り道、私はスマホで「女性 坊主 中学生」と検索していた。髪型アプリには大人の女性の坊主スタイルも出てきたけど、中学生の例は出てこない。

 ——それくらい、珍しいのかもしれない。

 でも、誰もやらないからこそ、やる意味がある。そう信じたかった。



帰宅後

 夕飯の食卓で、母に切り出した。

 「ねえ、明日、床屋に行きたいんだけど」

 「うん? また毛先そろえるの? 部活忙しいのに、珍しいわね」

 私は箸を止め、息を吸った。

 「坊主に、しようと思ってるの」

 「……え?」

 母の箸が宙で止まる。

 「本気?」

 「うん。本気」

 母は黙って、お味噌汁をひとくち飲んだ。それから言った。

 「理由、聞いてもいい?」

 「部活を、変えたいの。自分も、変えたい。ちゃんと覚悟を見せたいんだ」

 母はじっと私の目を見ていた。そして——

 「……わかった。応援は、する。でも、恥ずかしくて泣きたくなったら、ちゃんと泣きなさいよ」

 その言葉に、思わず涙が滲んだ。

 私はうなずいた。



そして、前夜

 洗面所で鏡を見る。肩までの髪をほどいて、ブラシでとかす。

 ——明日には、これが全部なくなる。

 そう思うと、やっぱり怖くなった。でも、それ以上に、どこかワクワクしている自分がいた。

 「自分で選んだんだ。逃げないって、決めたんだ」

 小さく呟いた声が、鏡の中の私に返ってくる。

 明日、私は坊主になる。

 この髪を全部落として、新しい自分に生まれ変わるために——。


第三章 最初のバリカン

 土曜日の朝。夏休み前の太陽は、じりじりと肌を焼くように照りつけていた。

 「……ほんとに行くのね?」

 母が、日傘を差しながら私の隣を歩いている。駅前の理容店までは、自宅から徒歩10分。

 制服ではなく、白いシャツにハーフパンツ。風が通りやすい、動きやすい服を選んだのに、なんだか汗が止まらない。胸の奥がずっとモヤモヤしている。

 「……うん、行くよ。ちゃんと」

 声が、少し震えていた。でも、それを自分で受け入れたかった。

 理容店の前に立つと、ガラス越しに年配の店主の姿が見えた。白衣を着て、新聞を読んでいる。入り口の自動ドアの横には、くるくる回るサインポールが、真っ昼間の光の中で少し疲れたように回っていた。

 「じゃあ、お母さんは買い物してるから。終わったら連絡して」

 母がそう言って、肩をポンと軽く叩いた。

 「……うん。ありがとう」

 私は一人で自動ドアをくぐった。



理容店の中

 「いらっしゃい……おや、学生さんかい?」

 優しげな声の店主は、60代くらいのおじいさんだった。顔は日に焼け、目尻に深い笑いじわがある。

 「予約は……ええと、ミズノさん?」

 「はい。あの……坊主にしたいんです。できるだけ短く……全部、です」

 言った瞬間、胸がドクンと脈打った。鏡の中の自分の顔が、少し青ざめて見えた。

 店主は少しだけ目を見開いて、「……そうかい」と言って、うなずいた。

 「女の子の坊主、珍しいね。何ミリにしようか。2ミリ? それとも……」

 「いちばん短くしてください」

 「五厘か。丸坊主ってやつだな。覚悟は……できてるのかい?」

 私は、鏡越しに目を合わせて、力なく笑った。

 「……たぶん。でも、やるって決めたから」

 店主は、「いい返事だ」と小さく言って、クロスを肩にかけてくれた。ケープを巻かれた瞬間、身体が固定されるような感覚があって、急に心細くなった。



バリカンが入る

 「じゃあ、いくよ。最初は真ん中からね」

 バリカンがウィーン、と唸りを上げた。思わず目を閉じたその瞬間——

 ブイィィィィィィィン……!

 ——ジョリッ。

 あたたかい頭皮に、冷たい鉄の刃があたる感触。ゴソッと、何かが落ちた音がして、目を開けると——

 鏡の中の自分の前髪が、なくなっていた。

 「……わぁ……」

 思わず声が漏れる。額の中央から、地肌がはっきりと見えている。細かい産毛まで露わになっていて、自分の顔なのに、自分じゃないみたいだった。

 次の瞬間、耳の脇を、ブィィィィンと刈られる。髪がどんどん、床に落ちていく。肩に積もるように散っていく黒い毛束たち。

 (ああ、本当に……なくなっていく)

 「泣いてもいいよ」と店主が言った。

 「みんな、最初はびっくりするからね。涙が出るのも、当たり前だ」

 私は、涙が出ないように、笑って答えた。

 「……大丈夫です。泣かないって決めたから」

 その言葉が、自分の鼓動を強くしてくれるような気がした。



完成した頭

 「はい、おしまい。見てごらん」

 店主がクロスを外すと、首元にひやりとした風が通った。

 鏡の中——そこには、ツルツルの、丸坊主の私がいた。

 額も、耳も、後頭部も、全部剥き出しだ。頭の形がはっきり見える。白くて丸くて、どこか赤ちゃんみたいにも見える。

 「……ふふっ……なんか、宇宙人みたい」

 自分で言って、つい笑ってしまった。

 「似合ってるよ。なにか、変わりたかったんだろう?」

 「はい。これで……変われますかね?」

 「もう変わってるさ。鏡を見てごらん、あんたの目、すごく強くなってる」

 私はそっと頭を撫でてみた。ザラッとした感触。初めて触れる自分の地肌。

 たしかに、心の中で何かが変わった気がした。



帰り道

 帰りは、母と合流して、商店街を歩いた。最初、母は一瞬言葉を失ってたけど、すぐに微笑んでくれた。

 「……やっぱり、似合うね」

 「そう? めっちゃ変な感じなんだけど」

 「でも、美琴の目、きれいだよ。なんか、スッキリしてる」

 私はちょっと照れて笑いながら、スマホを取り出した。

 インスタグラムのストーリーに、「#坊主になった」「#卓球部の覚悟」とタグをつけて、自撮りを投稿した。

 ——もう隠さない。私、やったんだ。

 ふと通知が光って、部員の朝日からメッセージが届いていた。

 「先輩、すごいです。本気って、こういうことなんですね。私も、やりたいです」

 その言葉に、また胸がいっぱいになった。

 私は返信した。

 「明日、見せに行くね」


第四章 つるピカ美琴、降臨

 月曜日の朝。アラームが鳴るより前に、私は目を覚ました。

 カーテンの隙間から差し込む朝の光が、額にストンと落ちた。眠い目をこすって起き上がり、鏡の前に立つ。

 ——つるん。

 頭を撫でると、ほんのり伸びかけた感触がザラッと指に触れる。昨日より少しだけ、頭のかたちに慣れた気がする。

 でも、制服に袖を通した瞬間、ドクン、と心臓が跳ねた。

 (今日、学校行くんだよね……この頭で)

 冷蔵庫から出したお茶を飲んでも、緊張で喉がからからだった。



通学路

 いつもより10分早く家を出た。

 ヘルメットをかぶった小学生が、私の頭を二度見してから、そそくさと目をそらした。

 コンビニの前にいたクラスの男子が、私を見て口をポカンと開けた。——すぐにスマホを取り出して何かを打ち始めた。

 (たぶん、もう拡散されてる)

 でも、止まらなかった。足だけは、前に進んでいた。



学校の昇降口

 下駄箱の前で、私の頭は完全に目立っていた。

 「え? あれ……水野先輩じゃね?」
 「ガチで坊主じゃん! うそでしょ?」
 「髪、なに? 罰ゲーム?」

 ささやき声とスマホのシャッター音が混じり合う。視線が刺さる。笑いを堪えている子もいる。でも——私は顔を上げた。

 (いいよ、見ればいい。これが、私の覚悟)

 廊下を歩くたびに、その場の空気が静かになるのがわかる。クラスに入っても、会話が一瞬止まる。

 でも、私はいつも通り、机に座り、教科書を広げた。



昼休みの教室

 友達の沙耶が、おそるおそる近寄ってきた。

 「……美琴、本当に坊主にしたんだ……。SNSで見てマジかって思ってた」

 「うん。部活のために、決めたことだから」

 「すごいな……なんか、勇気っていうか……逆に似合ってるよ。美琴、顔整ってるからさ」

 「ありがとう。でも、ちょっと風が冷たい……笑」

 「そりゃそうでしょ!」

 2人で笑った。それだけで、すごくホッとした。



部活の時間

 部室のドアを開けた瞬間、全員の視線が私に集まった。

 「……っ!」

 1年生たちがざわめく。2年の吉村は、スマホを取り出しかけたが、私と目が合ってすぐにやめた。

 副主将の紗良は、腕を組んで壁にもたれたまま、何も言わない。

 私は、まっすぐ前を向いて、声を出した。

 「見ての通り、私は坊主になりました」

 少し笑いが漏れた。でも、それをかき消すように私は続けた。

 「やるって決めたから、やった。恥ずかしかったし、怖かった。でも、やってよかったって、今は思ってます」

 そのとき——

 「……私も、やります!」

 澄んだ声が響いた。

 1年の朝日だった。小柄でおとなしい子。部活ではずっと緊張した顔しか見せなかった子。

 「私も、変わりたいです。水野先輩みたいに、自分で決めたことをちゃんとやれる人になりたい」

 「朝日……!」

 私は思わず声を上げた。目頭が熱くなる。

 朝日は続けた。

 「お母さんに相談してみます。多分驚くと思うけど、ちゃんと話してみます」

 教室が静まり返る。重い沈黙のなか——

 「……私も、考える」

 ぽつりと、志乃が言った。3年生の中で一番無口で無表情な彼女が、初めて誰かの背中を見て動いた瞬間だった。

 そして、それを見た澤村が、腕を組んでうなった。

 「マジかよ……あたし、髪命なんだけどなぁ……。でも……主将がここまでやったんじゃ、ビビってられないよね」

 ふっと、笑みが広がった。



練習終わり

 その日の練習は、今までになく声が出ていた。朝日は何度も空振りしたけれど、誰よりも大きな声で「お願いします!」と叫んでいた。

 休憩時間、志乃が静かに私の隣に座った。

 「……水野」

 「うん?」

 「坊主にして、何か変わった?」

 私は即答した。

 「うん、変わったよ。……自分のこと、少しだけ好きになれた」

 志乃は驚いたように、でも嬉しそうに目を細めて笑った。

 「そっか。じゃあ、私も切る」

 ——その瞬間、胸の奥がポッと温かくなった。

 風通しのいい、静かな夏の夕暮れ。部室のカーテンが揺れ、私の頭を優しくなでる風が通った。

 坊主になって、笑われた。驚かれた。でも、仲間が一人、また一人と、私の選択に寄り添ってくれている。

 (……この夏、絶対に、何かが変わる)

 私はそう信じていた。


第五章 坊主ミーティング

 火曜日の放課後。卓球部は、いつもなら体育館の一角で打球音を響かせている時間だった。

 でもこの日は、練習を中止し、「ミーティング」が開かれることになった。

 部室には、緊張と期待が入り混じった空気が流れていた。

 正面の壁際に私、水野美琴が立ち、ぐるりと並んだ部員たちが私を囲むように座っている。制服姿、部活ジャージ、髪を下ろしたままの子もいれば、結んでいる子もいる。

 その中で、坊主頭なのは——私だけだった。

 その事実が、少しだけ、誇らしかった。



はじめに

 私は、静かに話し始めた。

 「今日は、練習を休んでもらってごめん。でも、どうしても、この話をちゃんとしたかった」

 部員たちは、じっと私を見つめている。

 「昨日、朝日が言ってくれたこと。……すごく、嬉しかった」

 1年生の朝日が、隣で小さくうなずいた。表情はまだ硬い。でも、その眼はまっすぐに私を見ている。

 「志乃も、澤村も、それぞれ考えてくれてるって聞いた。だから、今日みんなで、正直な気持ちを話し合いたい。無理に坊主になってとは言わない。でも……本気で夏を戦いたいなら、何か一つ、一緒に“捨てる勇気”を持ってほしいと思う」



それぞれの想い

 最初に口を開いたのは、2年の澤村だった。

 「正直さ……めっちゃ悩んだよ。うちの親、めっちゃ厳しくて。“女の子が髪を坊主にするなんて何事か!”って昨日も怒鳴られたし」

 「それでどうしたの?」と誰かが問いかける。

 「でも……私はやるって言った。泣かれたけど、それでも“これは私の意思です”って、ちゃんと言った。初めてだったよ、親に向かってそう言えたの」

 静かな拍手が起きた。澤村が少し照れたように笑って言う。

 「てか、意外と反抗期ってやつかな? でも、なんか自分の足で立てた気がしてさ」

 「……それ、すごくわかる」と志乃がつぶやいた。

 みんなの視線が、彼女に集まる。

 「……私はさ、家でも学校でも、ずっと“言われたとおりにやる子”だった。いい子って言われて、褒められて……でも、それって、私自身が選んできたわけじゃなかった」

 「だから、美琴が坊主になったとき、最初は引いたけど……なんか、うらやましかった」

 「うらやましかった?」

 「うん。自分で選んだってことがさ」

 彼女の言葉は、誰の心にも響いた。



静かだった紗良

 そのときまで、ずっと黙っていた一条紗良が、腕を組んで口を開いた。

 「私は、今でも坊主にする意味がわからない」

 空気が凍る。だが、誰も言い返さない。

 「坊主にしたら本気なの? しなきゃダメなの? そんなの、ただの外見でしかないじゃん」

 私は、紗良の目をまっすぐ見た。

 「うん、そう思ってもおかしくないよ。でもね、私たちは“見た目”を捨てることで、“中身”を変えようとしてる。結果がすぐに出るわけじゃない。でも、自分の中で何かを手放したら、それだけ“覚悟”が入ってくると思う」

 紗良は、私をじっと見つめ返していた。

 「……髪、切るかはまだわかんない。でも、今日ここにいるのは、私なりの“本気”だから」

 私は、ゆっくりと頷いた。

 「それで、十分だよ」



1年生たちの反応

 1年生の千紘が手を挙げた。

 「私は……やってみたい。髪、短くしたことないけど……先輩たちが本気なの、見てて感じた。私も、一緒に戦いたいです」

 それを受けて、もう一人の1年、綾が少しだけ口を開いた。

 「坊主にするの、正直すごく怖い。でも……カッコいいと思いました。こんな部活、見たことない。私も、やってみたい」

 1年生たちの素直な言葉が、部室の空気をやわらかくした。



決意

 「じゃあ、週末、理容店に一緒に行こうか。私が予約入れとく」

 「えっ、団体で行くの?」

 「当たり前。こっちも団体競技なんだから!」

 笑いが起きた。さっきまでの緊張が、少しずつほどけていく。

 「親への説得、必要なら一緒に行くよ」

 「……え、マジで?」

 「うん。だって“部”としてやることだから」



解散前のひとこと

 ミーティングの最後、私はこう言った。

 「髪を切ることで、自分がちょっと変われた気がした。坊主って、バカにされるかもしれない。でも、それ以上に、私たちの中には“本気”が残ると思う。——それって、すごく強い武器になるんじゃないかなって、私は思ってます」

 全員が、小さくうなずいていた。



夕暮れの帰り道

 私は朝日と並んで下校していた。空は赤く、アスファルトが少しだけ熱を残していた。

 「美琴先輩、今日の話……本当に、感動しました」

 「ありがとう。こっちこそ、朝日が最初に“やる”って言ってくれたの、すごく力になったんだよ」

 朝日は、照れくさそうに笑った。

 「……坊主になったら、どんな風に見えるかな」

 「きっと、思ってる以上にスッキリするよ。……頭、めっちゃ軽くなるし」

 「そんなこと言われると、ちょっと楽しみになってきました」

 そんな風に、笑い合えるようになっていた。



この夏。
私たちは、“髪”を捨てて、“本気”を手に入れる。
少しずつだけど、確かに仲間との間に橋がかかっていた。


第六章 床屋の合唱

 土曜日の午前10時。商店街の外れにある「ヘアーサロンしんどう」の前に、私たちは集まっていた。

 メンバーは6人。私、水野美琴に続き、1年の朝日と綾、2年の澤村、3年の志乃——そして最後に、なんと副主将の紗良まで。

 店の前に並んだ私たちは、まるで修学旅行の集合写真のようだった。ただし、これから向かうのは観光地じゃなくて、“覚悟”のステージだ。

 「……うわ、本当に来ちゃった」

 澤村が照れくさそうに言う。

 「来なきゃダメって言ったの、美琴でしょ」

 志乃が淡々と返すと、朝日と綾が「ははっ」と笑った。



店内

 理容店の中は、シャンプーの香りとクラシック音楽が漂っていた。

 店主の新藤さんは、私のときと同じように白衣を着て、笑顔で迎えてくれた。

 「おお、今日はにぎやかだねぇ。こんなに若いお嬢さんが一度に来るなんて、珍しいことだ」

 「すみません、今日は6人分……予約した水野です」

 「もちろん、準備はできてるよ。……さて、誰からいくかい?」



朝日の決意

 「……私、最初にやります」

 朝日が手を挙げた。指先が小刻みに震えていたが、その目には、迷いがなかった。

 椅子に座ると、新藤さんがケープをかけ、丁寧に声をかけた。

 「大丈夫。怖くなったら、すぐ言ってね」

 「大丈夫です……お願いします」

 ——ブィィィィィィン。

 バリカンの音が鳴った瞬間、他の部員たちの表情がピクッと動いた。朝日の頭に、バリカンがそっと当てられ、前髪がふわりと浮いて、床に落ちる。

 「わ……!」

 鏡の中の朝日が、驚いたように目を見開いた。

 「……ほんとに、なくなっていくんですね……」

 「うん。でも、その分、強くなっていく」

 私がそう声をかけると、朝日は頷いて、目を閉じた。

 バリカンが通るたび、細くて黒い髪が、次々に舞い落ちていく。

 「……変なかたちだったらどうしよう……」

 「大丈夫、朝日ちゃん、頭の形すっごくきれいだよ。後ろから見ると、まんまる」

 「わっ、それ嬉しいかも……!」

 切り終えた朝日が立ち上がると、ツルンとした頭がつややかに光っていた。

 「どう……ですか?」

 「めっちゃ似合ってる!!」

 「中学坊主ガール代表って感じ!」

 皆がわあっと盛り上がり、緊張が和らいだ。



澤村の番

 「よし、じゃあ次は……あたし、行く!」

 澤村はケープをかけられた瞬間、「あーやば、心臓バクバクする」と笑った。

 「うちの親ね、昨日また泣いてたよ。“あんたは何に巻き込まれてるの!?”って。『カルトじゃないよ、卓球部だよ』って返したら黙ったけどさ」

 「それカルトに似てるじゃん」と綾がツッコみ、皆で吹き出した。

 バリカンが入ると、澤村は眉を上げて「おお~っ!」と声を上げた。

 「やっば、これヤバイ。めっちゃ気持ちいいかも。風が、こう、じかに通るって感じ!」

 「スカッとするでしょ?」

 「わかるー! 頭、軽っ!」

 どんどん笑いが広がっていく中、澤村が鏡を見て真顔でつぶやいた。

 「……でも、なんかさ。自分の本当の顔、見れた気がする」

 その言葉に、場が少しだけ静かになった。



綾と志乃

 次は綾。

 「先輩、さっき“風が通る”って言ってましたけど、本当に?」

 「うん、マジで! 肌に直だよ!」

 バリカンの音に顔をしかめながらも、綾は耐えた。

 「……うわ、頭、冷たい……! でも、ちょっとクセになりそう」

 そして、志乃。

 彼女は何も言わず、静かに座り、静かに切られていった。けれど、バリカンの音に負けないほど、強く目を閉じていた。

 「怖かった?」

 私が聞くと、彼女はほんの少し笑った。

 「……でも、今、心がスーッとしてる」



最後に、紗良

 部屋が静かになった。

 「……さて、残るは副主将さんか」

 店主の声に、皆が振り向く。

 紗良は立ち上がり、鏡の前にゆっくり歩いた。

 「まさか、やると思ってなかったでしょ?」

 「正直、うん」と私。

 「私も、昨日まではやらないつもりだった。でも、ここまで来たら、さ……意地っていうか、自分に負けたくなかったの」

 「似合わなかったらどうする?」

 「そのときは、そのときだよ。帽子でもかぶる」

 バリカンが入る。鋭く整えられていた紗良のサイドの髪が、一気に消えていく。

 鏡の中で、強気だった目が、少しずつ和らいでいくのがわかる。

 「……軽い。なんだこれ」

 「新しい自分、こんにちはだね」

 「……悪くない」



帰り道

 理容店の前で、私たちは記念写真を撮った。坊主頭が6つ、並んで笑っていた。

 通りすがりの人が、何ごとかと見ていたけど、もう誰も気にしていなかった。

 「この写真、SNSに載せようよ。“坊主6連星”とかどう?」

 「名前ダサすぎ」

 「じゃあ“つるピカ戦隊”!」

 「もっとダサい!!」

 それでも私たちは、笑って笑って、肩を並べて歩いて帰った。



坊主になって、得たものがある。
見た目の勇気以上に、大切な絆。
この夏、私たちは本当に一つになった。


第七章 坊主で挑む県大会

 夏の本番を告げるような、熱い日差しが照りつける7月末。
 市内体育館のメインアリーナには、各校の女子卓球部が勢ぞろいしていた。
 ユニフォームに身を包んだ選手たちは、それぞれの学校のバナーを背負い、緊張と期待に満ちた表情をしている。

 その中で——私たち市立第二中学校卓球部は、異彩を放っていた。

 理由はただ一つ。
 全員、丸坊主だったから。



入場行進

 「やば……あの子たち、ほんとに全員坊主じゃん」
 「男子卓球部かと思った……って女子!?」「SNSで見た子たちじゃん! 本物だ!」

 入場行進が始まった瞬間から、会場の視線が一斉に私たちに集まる。
 ささやき声、カメラのシャッター、スマホのレンズがこちらを向いているのがわかる。

 「なにこれ、バズるやつじゃん……」

 前を歩く朝日が、緊張で顔をこわばらせているのが背中越しに伝わってきた。

 でも、私は言った。

 「胸張って、歩こう。うちらは、うちらの意思で、ここに立ってるんだから」

 「……はいっ!」

 みんなが一斉に、背筋を伸ばした。



控室にて

 控室の壁に貼られたトーナメント表を見ながら、紗良がつぶやく。

 「初戦の相手、強豪じゃん。去年ベスト4」

 「でも、怖がっててもしょうがないよね。やるしかない」

 「うん。うちらが本気って、見せてやろう」

 いつもは静かな志乃も、今日ばかりは拳を握っていた。

 澤村が、鏡に映った自分たちの丸坊主を見て笑った。

 「なんかさ、見慣れたよね。坊主。最初はショックだったけど、今じゃ“これがうちら”って感じ」

 「つるピカ同盟、結成してよかったですね」

 朝日が冗談を言い、みんながクスッと笑った。



試合開始

 第一試合。相手は名門・南野中学校。プレースタイルは正確無比なカウンター型。
 ネット越しに並んだ対戦相手たちは、最初、私たちを見て目を丸くしていた。

 「え、マジで? ほんとに坊主なんだ……」

 でも、サーブが始まると、その視線は戦意に変わった。
 そして——こちらも同じ。視線も、プレーも、集中していた。

 「サーッ!!!」

 志乃のドライブが一閃し、コートを切り裂く。朝日が床ギリギリのボールを拾い、綾が冷静に決める。
 見た目のインパクトだけではない。私たちは、本気の練習を積んできた。

 何より、心がつながっていた。



会場の反応

 観客席の中学生や保護者のざわつきが、試合が進むごとに変わっていくのがわかった。

 「坊主だけど……うまいな」
 「なんか……気迫が違うっていうか」
 「本気って、こういうことかも……」

 SNSでも「#坊主女子卓球部」がトレンド入りしはじめていた。



インターバル

 1セット目を取ったあと、私たちは円陣を組んだ。

 「いい流れ来てる。最後まで攻めよう!」

 「はい!」

 皆の目に、迷いはなかった。

 「ちなみにさ、坊主だからって負けられないよね」

 「それな!」

 「こんだけ目立ってて1回戦敗退とか、ださすぎ!」

 笑いの中にも、熱があった。



勝利

 スコア:11-7、11-8。

 2セット先取で勝利が決まった瞬間、皆が一斉に跳ね上がった。

 「やったーっ!!!」
 「やばい、ほんとに勝っちゃった……!」
 「坊主パワー、最強じゃん!」

 誰も髪をかきあげない。代わりに、互いのツルツル頭をバシバシ叩き合った。

 「おい、痛いって!」

 「でも嬉しいでしょ!?」



敗戦と涙

 その日の午後、私たちは準々決勝で惜しくも敗れた。
 最後は逆転負け。チーム全体で力を尽くしたが、一歩及ばなかった。

 泣きながらコートにしゃがみこむ綾。静かに涙をぬぐう志乃。
 朝日は目を真っ赤にして言った。

 「悔しいけど……でも、今までで一番いい試合だった」

 私は、ベンチでタオルを握りしめながら言った。

 「うん。これが、私たちの答えだと思う。髪を捨てて、自分を見つめ直して、戦えた。だから——悔しいけど、後悔はない」



観客の声

 試合後、控室へ戻る途中、他校の選手や観客が次々に声をかけてきた。

 「坊主、かっこよかったです!」
 「最初びっくりしたけど、見てるうちにすごく素敵に見えてきました」
 「見た目じゃなくて、覚悟ってこういうことなんですね」

 それらの声が、何よりのご褒美だった。



坊主になったことで、笑われた。
注目された。
でも、それ以上に、誰かの心を動かせた。

私たちはもう、外見で戦っていない。
心で、チームで、戦っている。

そして——この夏は、まだ終わっていなかった。


第八章 別れと未来

 県大会が終わって、部室には静けさが戻った。

 夏休みの後半。午後の太陽が校舎をゆっくりと照らし、蝉の声だけが響いている。
 あの熱気と歓声が嘘だったみたいに、机の上にはタオルと水筒だけが並んでいた。

 私たち3年生にとっては、今日が「引退の日」だった。



静かな着替え

 部室のロッカーを開けると、卓球シューズや練習用のTシャツが、まるで「まだここにいていいよ」と語りかけてくるようだった。

 志乃が、髪のない頭にハチマキを当てて「……なんかもうクセで巻きそうになっちゃうね」と笑った。

 「あるある。私も今朝、鏡の前でヘアゴム探しちゃったもん」

 「うちなんてさ、母親が“ヘアアイロン使わないからあげるわよ”って……もはや拷問かって」

 澤村の冗談に、みんなが笑った。

 その笑いの中に、ほんの少しだけ、寂しさが混じっていた。



引退の言葉

 床に円になって座り、私は最後の主将としての挨拶をした。

 「みんな、本当にありがとう。この夏、私にとって一生忘れられない時間になった。坊主になって、試合に出て、泣いて、笑って……全部、全部、本物だったと思う」

 「部長ー……泣かないでよ……」と澤村が目をこする。

 「だって、みんな……すごかったもん。ちゃんと本気になってくれて。すごく、嬉しかった」

 私の涙は、止まらなかった。
 丸坊主の頭を、ポロポロと涙が流れ落ちていった。

 それは、悔しさじゃない。誇りだった。



未来を託す

 「これからは、1・2年生に任せます。朝日、綾、頼むね」

 朝日は目を潤ませながらも、しっかりと頷いた。

 「はい……。私たちも、先輩たちみたいに、覚悟を持ってやります。髪があっても、なくても」

 「その言い方だと、また全員坊主にされそうなんだけど!」と綾が笑って突っ込み、場の空気が和んだ。



坊主、それぞれの選択

 その日の夕方、私たちはそれぞれの“今”を選んでいた。

 澤村は「夏休み終わったらウィッグにするかも~」と笑い、志乃は「このまま伸びるの待つのも悪くない」と静かに言った。

 そして私は——

 「私は、もうちょっとこのままでいたい。なんかね、頭が軽いと、気持ちも軽くなる気がするから」

 紗良がぽつりと口を開いた。

 「私も……自分を守るために髪を伸ばしてたけど。いまは、髪がなくても堂々とできるって思えるようになった」

 その言葉に、私は深くうなずいた。



あの夏の坊主たち

 私たちの坊主姿は、あの大会以来、SNSを通じて広まり、たくさんのコメントが寄せられた。

 《勇気をもらいました》
 《本気って、姿にも出るんですね》
 《坊主女子、かっこいいです!》

 中には心ないコメントもあったけれど、それ以上に、多くの“届いた”という声があった。

 それは、私たちが坊主になった意味を、改めて教えてくれた。



放課後のグラウンドで

 最後の部活を終えたあと、グラウンドで一人、私は空を見上げていた。

 風が吹く。
 スースーと頭皮に感じる風。あの瞬間から、ずっとこの風は私に寄り添っている。

 ふと、志乃がやってきて言った。

 「来年の大会、客席から“あの坊主たちがいた”って噂されてるかもね」

 「そうだったら嬉しいな」

 「伝説になるかもよ。“つるピカ旋風”って」

 「それ、絶対綾がつけた名前でしょ……!」

 また笑った。



坊主になったから、変われたわけじゃない。
変わりたかったから、坊主になった。

そしてその“変わりたい”って気持ちを、仲間と分かち合えたことこそ——
この夏の、いちばんの宝物だった。


エピローグ もう一度、坊主に

 八月の終わり。風が少しだけ涼しくなり、夕暮れが早くなってきた。

 セミの声も、どこか名残惜しげに聞こえるこの日、私はまた「ヘアーサロンしんどう」の前に立っていた。

 Tシャツと短パン。スニーカーの紐を結び直しながら、私はドアの前で深呼吸した。

 (今日は、誰に見せるためでもない。ただ、自分のために——)

 ガラス戸を開けると、カラン、とドアベルが鳴った。

 「いらっしゃい。……おや、君か。夏の坊主娘さん」

 店主の新藤さんは、私の頭を見てニコッと笑った。

 「……少し伸びたね。そろそろ“もっさり”の入口だ」

 「はい。またお願いします。もう一度、スッキリしたくて」

 椅子に座ってクロスを巻かれる。前回ほどの緊張はなかった。ただ、少しの期待と、懐かしさがあった。



再びのバリカン

 「じゃあ、五厘でいいかい?」

 「お願いします」

 ——ブイィィィィィン……

 耳にバリカンの音が近づく。前より短くなった髪が、ザザッと落ちていく。

 鏡の中の私は、笑っていた。

 不思議だった。あのときは涙をこらえていたのに、今回は、心の奥からあたたかい気持ちがあふれていた。

 「坊主ってさ、“始まり”の形ですね」

 私がぽつりと言うと、新藤さんはハサミを止めずに言った。

 「なるほど。誰かの真似でもなく、流行でもなく、自分で決めた“ゼロ”ってやつか」

 「はい。私は、ここから始められた気がします」



鏡の中の私

 刈り終わった頭は、初めて坊主にしたときと同じようにツルツルだった。
 でも、鏡の中にいる私は、もう“あのときの自分”じゃなかった。

 自信のない目じゃない。
 他人の顔色を気にしていた私じゃない。
 少しずつだけど、私は、私自身を選べるようになった気がした。



外に出ると

 日が暮れ始めた街に出ると、風が頭皮にスッと触れた。

 「おおっ……やっぱ気持ちいい」

 頭を軽く撫でながら、私は歩き出した。コンビニの前で、見知らぬ女子中学生たちが私の坊主を見てヒソヒソ話していたけれど、もう動じない。

 ——見てくれてもいいよ。

 だって、これは私の“覚悟の形”だから。



そして、また新学期へ

 制服のスカートが風に揺れる。校舎の階段を登るたび、すれ違う後輩たちがぺこっと頭を下げてくれる。

 「あ、美琴先輩だ……」「まだ坊主なんだ……」

 でもその声には、かすかな尊敬の響きすらあった。

 朝日が駆け寄ってきた。

 「先輩、また切ったんですか?」

 「うん。なんか落ち着かなくてね。やっぱりこの感じ、好きなんだ」

 朝日は少し笑って、言った。

 「じゃあ、私はもう少し伸ばしてみようかな。でも……また、みんなで丸くなれる日が来たら、切りますよ」

 「そのときは、また“つるピカ戦隊”復活かな」

 「……やっぱその名前ダサいです」

 私たちは笑い合いながら、昇降口へ向かって歩いていった。



坊主になった夏。
髪を失ったことで、私は何かを得た。
仲間との絆、声を出す勇気、自分を信じる強さ。

たった一度の中学生活の、たった一度の夏。
その真ん中に、ツルツルの頭があったこと。
それを、私はずっと——誇りに思う。




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