髪に刻まれた記憶

S.H.L

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第3章

閉ざされた記憶

第3章 閉ざされた記憶



 「姉さん……」

 七瀬は社殿の前で膝をついたまま、震える声でそうつぶやいた。

 ――確かに見た。
 社殿の奥に立っていた、白い着物の少女。
 あれは……幻覚だったのか?

「七瀬、大丈夫か?」

 橘晶哉がそっと肩を支える。
 七瀬はふらつきながら顔を上げた。

「確かに……そこにいたんです」

「誰が?」

「姉さんが……」

 橘が視線を落とした。

「……こんな場所で幻覚を見てもおかしくはない」

「でも……確かに、あれは……」

「一度、戻った方がいい」

 橘は七瀬を促した。
 悠真は扉の近くで黙ったまま佇んでいる。

「大丈夫です……もう少しだけ……」

 七瀬は床に散らばった髪を見つめた。
 どれも黒く艶やかで、まだ新しい。

 「これ……いつの髪ですか?」

 悠真が目を伏せた。

「……つい最近のものだ」

「どういうこと?」

「……髪を剃る儀式は、今でもこの村で続いている可能性がある」

 七瀬は息を呑んだ。

「まだ……儀式が?」

「50年前に儀式は終わったはずだった。でも、今でも神社に髪が供えられている」

「……じゃあ、少女を生贄にした『犯人』は?」

 悠真がゆっくり顔を上げる。

「……成宮家の人間だ」

「誰が?」

 悠真の顔が強張った。

「……祖父だ」



「……どういうこと?」

 七瀬が問いかけると、悠真はゆっくりと話し始めた。

「50年前の事件が起きたとき、成宮家が村をまとめていた。祖父――成宮惣一(なるみや そういち)は村を守るため、儀式を受け継いでいたんだ」

「受け継いでいた……?」

「儀式で髪を剃ることが『神への供物』とされていた」

「でも……50年前の事件では少女が殺されています」

「儀式が『途中で失敗した』からだ」

「どうして?」

 悠真は目を伏せた。

「途中で誰かが儀式を止めた。それが……俺の父だ」

「あなたのお父さんが?」

「父は儀式の途中で逃げた。生贄の少女を助けようとした……でも、助けきれなかった」

「それで……少女は殺された?」

「父は事件のあと、村から逃げるように出ていった。
 祖父は事件を隠し、村人たちに『事故』だったと説明した。
 でも……祖父が事件の真相を知っていたことは間違いない」

 悠真は苦しそうに息をついた。

「だから……祖父は今でもこの村を支配しているんです」



 七瀬はゆっくりと立ち上がった。

「……成宮惣一さんに会わせてください」

「会ってどうする?」

「真実を知る必要があります」

「祖父が話すと思うか?」

「……話してもらいます」

 七瀬は社殿の外へと歩き出した。
 橘と悠真が、黙ったまま後ろをついてくる。



成宮家の屋敷

 成宮家の屋敷は、村の中心からさらに山奥に入った場所にあった。
 古びた門の奥には、かつての名家を思わせる広大な庭が広がっている。
 冬の枯れ木がうねり、冷たい風が石畳を這っていた。

「ここが……成宮家……」

 悠真が門を押し開けた。
 重く軋む音が響く。

 玄関に入ると、使用人の女性が出迎えた。

「おじい様は、奥にいらっしゃいます」

 七瀬は悠真と共に廊下を進む。
 廊下の壁には無数の「家族写真」が並んでいた。

 モノクロの写真。
 家族が整然と並んで微笑んでいる。
 だが、ある写真には――髪のない少女が写っていた。

「……これ……」

「50年前の写真です」

「この子が……事件の犠牲者?」

 悠真は頷いた。

「……祖父が話してくれるといいが……」



「よく来たな」

 襖が開くと、成宮惣一が畳に正座していた。
 年老いた男。
 白髪がきっちりと撫でつけられ、和服を着ている。
 鋭い目が七瀬を見据えていた。

「何の用だ」

「……50年前の事件について話を聞きにきました」

「事故だ」

「事故ではありません。
 少女の髪は剃られていた。
 そして今でも神社に髪が供えられている」

 惣一の目が細くなった。

「お前は……何を知っている?」

「すべてです」

 惣一はじっと七瀬を見据えた。
 そして――

「……出ていけ」

「話してもらいます」

「お前が何を知ろうと、村の掟は変わらん」

「掟が少女を殺したんですか?」

 惣一の目が鋭くなった。

「この村を守るためだった」

「儀式の途中で逃げたのは、あなたの息子です」

 惣一は表情を変えなかった。

「……間違っていたのかもしれんな」

 惣一は立ち上がった。

「だが、儀式をやめたことで村は不安定になった。
 だから……儀式は続けた」

「今も?」

「……そうだ」

 七瀬の背筋が凍った。

「では……少女を殺したのは――」

 惣一の目がぎらりと光った。

「知りたければ……自分で確かめるがいい」



 七瀬は拳を握った。

 「……話はこれで終わりだ」

 惣一はゆっくりと襖を閉じた。



「どうする?」

 橘が低く言った。

「……儀式を終わらせる」

「終わらせる……どうやって?」

「私が……髪を剃る」

 七瀬は震える声で言った。

「自分自身を『供物』にすることで……儀式を終わらせる」
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