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第10章
第10章 新しい月
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第10章 新しい月
夜明けが来た。
天窓の紅は砕け散り、空には蒼月だけが残っている。王城の大広間に立ち尽くした人々は、まだ呆然としたまま、互いに視線を交わし合っていた。長く垂れた髪をそっと結い直す者、紅油を洗い落とそうと水を求める者、そして――短く刈ろうと決意する者。
リィナは広間の真ん中に立っていた。頭皮は冷たい朝風に撫でられ、薄く汗が光っている。髪はもう一筋も残っていない。スキンヘッドの肌に映るのは、光だけだった。
胸の刻印は、深い眠りについたように静まり返っている。
「……終わったんだね」
ミリアが隣に立ち、微笑んだ。その声には、祈りを終えた人の安らぎがあった。
「うん。でも、終わりじゃなくて……始まり」リィナは答える。自分の声が、以前よりも落ち着き、揺れないことに気づいた。
ジークが肩をすくめて笑う。
「俺たちの旅はこれからだろ。紅はまたどこかで芽吹くさ。その時、今度は俺たちが“椅子”になる」
「椅子?」ミリアが首をかしげる。
「そうさ。リィナがもう一度座れる場所。礼を取り戻せる場所。……俺たちがそういう存在にならなきゃな」
リィナは胸の奥が温かくなるのを感じた。
(髪を断ち、剃り落とし、すべてを削いでも……残るものがある。仲間と誓い。――それは決して消えない)
やがて王が近づいてきた。昨夜まで紅油に濡れていた長髪は、藍の理容師が整え、肩までに切り揃えられていた。首筋は清められ、うなじが風を受けている。
「リィナ。民を救ってくれて感謝する」
彼は深く頭を下げた。
「だが、この国にはまだ紅の名残がある。私はこれから、礼を一から学び直す。……どうか、お前も旅を続けてくれ」
リィナは頷いた。
「はい。私の髪はもうないけど……新しい私がここにいます。これからは、この姿で歩いていきます」
広間を出ると、朝の光が街を照らしていた。人々は広場に集まり、互いに髪を結い直し、短く切り揃えはじめている。昨日まで紅油に塗れていた髪が、少しずつ清められていく光景だった。
トゥーラ婆も、セラも、藍も――それぞれの床屋で、きっと今日も首巻とケープを整え、人々の“昨日”を床に落としているだろう。
リィナは頭を撫でた。なにもない。ただ風だけが走り抜けていく。
それでも、心は軽い。
「行こう」
ジークとミリアに向けて言うと、二人は力強く頷いた。
三人は城門を抜け、蒼月の下を歩き出した。
砂漠の風がリィナの頭を冷たく撫でる。もう髪は戻らない――そう思うと不安もある。けれど、彼女は知っている。髪はまた伸びる。だが、誓いは残る。
新しい月が、東の空に昇り始めていた。
それは光を持たない新月ではなく、彼女たちの旅を見守る、まったく新しい時代の月だった。
⸻
🌙 完 🌙
夜明けが来た。
天窓の紅は砕け散り、空には蒼月だけが残っている。王城の大広間に立ち尽くした人々は、まだ呆然としたまま、互いに視線を交わし合っていた。長く垂れた髪をそっと結い直す者、紅油を洗い落とそうと水を求める者、そして――短く刈ろうと決意する者。
リィナは広間の真ん中に立っていた。頭皮は冷たい朝風に撫でられ、薄く汗が光っている。髪はもう一筋も残っていない。スキンヘッドの肌に映るのは、光だけだった。
胸の刻印は、深い眠りについたように静まり返っている。
「……終わったんだね」
ミリアが隣に立ち、微笑んだ。その声には、祈りを終えた人の安らぎがあった。
「うん。でも、終わりじゃなくて……始まり」リィナは答える。自分の声が、以前よりも落ち着き、揺れないことに気づいた。
ジークが肩をすくめて笑う。
「俺たちの旅はこれからだろ。紅はまたどこかで芽吹くさ。その時、今度は俺たちが“椅子”になる」
「椅子?」ミリアが首をかしげる。
「そうさ。リィナがもう一度座れる場所。礼を取り戻せる場所。……俺たちがそういう存在にならなきゃな」
リィナは胸の奥が温かくなるのを感じた。
(髪を断ち、剃り落とし、すべてを削いでも……残るものがある。仲間と誓い。――それは決して消えない)
やがて王が近づいてきた。昨夜まで紅油に濡れていた長髪は、藍の理容師が整え、肩までに切り揃えられていた。首筋は清められ、うなじが風を受けている。
「リィナ。民を救ってくれて感謝する」
彼は深く頭を下げた。
「だが、この国にはまだ紅の名残がある。私はこれから、礼を一から学び直す。……どうか、お前も旅を続けてくれ」
リィナは頷いた。
「はい。私の髪はもうないけど……新しい私がここにいます。これからは、この姿で歩いていきます」
広間を出ると、朝の光が街を照らしていた。人々は広場に集まり、互いに髪を結い直し、短く切り揃えはじめている。昨日まで紅油に塗れていた髪が、少しずつ清められていく光景だった。
トゥーラ婆も、セラも、藍も――それぞれの床屋で、きっと今日も首巻とケープを整え、人々の“昨日”を床に落としているだろう。
リィナは頭を撫でた。なにもない。ただ風だけが走り抜けていく。
それでも、心は軽い。
「行こう」
ジークとミリアに向けて言うと、二人は力強く頷いた。
三人は城門を抜け、蒼月の下を歩き出した。
砂漠の風がリィナの頭を冷たく撫でる。もう髪は戻らない――そう思うと不安もある。けれど、彼女は知っている。髪はまた伸びる。だが、誓いは残る。
新しい月が、東の空に昇り始めていた。
それは光を持たない新月ではなく、彼女たちの旅を見守る、まったく新しい時代の月だった。
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