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ツルツルの絆
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第1章:いるみの新しい生活
朝日が差し込む中、いるみは黒髪のロングヘアを整えながら玄関に立っていた。
「今日もいい天気だし、頑張らなきゃ。」
心の中で自分を励まし、重たい自転車を押して家を出た。
彼女が通う高校は、市内でも有名なスポーツ強豪校。部活に励む生徒たちが多く、毎日校庭や体育館から響く練習の音が特徴的だ。
しかし、いるみはその中で少し異質な存在だった。運動も得意で、勉強もそこそこできるが、部活には入らず帰宅部を選んでいた。
「通学1時間って、やっぱりキツいなぁ。」
ペダルを踏み込む足が重くなるたびに、心の中で小さく愚痴をこぼす。けれど、その道中で見える景色には少しだけ心が癒される。
田園地帯を抜けると、川沿いに咲くコスモスが風に揺れていた。
「これ見てたら、ちょっと元気出るな。」
口元に微笑みが浮かび、いるみはペダルを踏む力を少しだけ強くした。
学校に着くと、いつも通りの賑やかな朝が始まる。
教室に入ると、男子たちがサッカーボールを机にぶつけて騒いでいた。
「おい、サッカーボールここで蹴るなって!」
クラスの女子が注意する声も聞こえる。
「いるみー!今日の数学、解き方わかった?」
「え、まだノータッチ!でも授業でなんとかなるでしょ。」
いるみはそう言いながら、カバンを椅子の背もたれにかけた。明るい性格と誰にでも同じ調子で接する姿勢で、クラスの中心に自然と溶け込んでいた。
放課後、いるみはいつも通り自転車を漕いでバイト先のコンビニへ向かった。店内に入ると、夢(ゆめ)がレジで客をさばいていた。
「いらっしゃいませー!」
元気な声が響くと、いるみは心の中で「さすがだな」と感心する。
「いるみ、今日も来たね!お疲れー!」
夢がにっこりと笑いかけてくる。その笑顔に癒されるのは、バイト仲間としてだけではなく、同い年の友達としての安心感からだった。
「お疲れ!今日はお客さん多そうだね。」
「まあね。でも大丈夫、任せて!」
夢の頼もしさに、いるみはつい笑顔がこぼれた。
制服に着替え、いるみもレジに立つ。次々と来店するお客さんに対応しながら、夢と手際よく仕事を進めた。
「このお弁当、電子レンジで温めますか?」
いつもの言葉を丁寧に繰り返す中、ふと窓の外を見ると夕陽が赤く染まり始めていた。
22時を過ぎ、いるみは自転車で再び帰路についた。
「今日も疲れたな…でも夢ちゃんがいるから頑張れる。」
漆黒の夜空には星がちらほらと瞬いていた。自転車のライトが照らす道は静まり返り、遠くから虫の声が聞こえる。
家に着くと、いるみはすぐにシャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。
「明日も学校にバイト…大変だけど、楽しいからいいか。」
手でロングヘアを触りながら、いるみは目を閉じた。
彼女にとってこの日々は忙しいものの、充実した新生活そのものだった。
第2章:体育祭&文化祭の幕開け
秋風が涼しく感じられるようになり、学校中が賑やかさを増していた。10月の恒例行事、体育祭と文化祭が1週間にわたって開催される。
「いるみ、今年はクラスでどんな模擬店にする?」
クラスメイトの美咲が笑顔で話しかけてきた。
「たこ焼きがいいと思う!ほら、みんなで焼くのも簡単だしさ。」
「それいいね!焼くの得意そうだもんね、いるみ。」
美咲の言葉に、いるみは照れくさそうに肩をすくめた。
体育祭と文化祭の準備はクラス全員が一丸となって進められた。いるみのクラスは男女混合30人で、運動部が半分以上を占めていた。帰宅部であるいるみも、その明るい性格とノリの良さでクラスのムードメーカーとして存在感を発揮していた。
体育祭の種目選びでは、男子たちが特に熱を入れていた。
「絶対優勝するぞ!1年生でもできるってところ、見せつけてやる!」
リーダー格の拓真がクラス全員を鼓舞するように言った。
「でもさ、どうやったら優勝できるかな?」
いるみが軽く手を挙げて問いかけると、拓真は自信満々に言った。
「団結力だよ!クラス全員で力を合わせれば、絶対いける。」
「なるほどね。」
いるみは納得したように頷き、少しだけ体育祭へのやる気が湧いてきた。
文化祭の模擬店の準備も順調に進んでいた。放課後、クラスの女子たちで集まって装飾を作っていた時、美咲がいるみに話しかけた。
「いるみ、帰宅部なのにこういうときめっちゃ積極的だよね。」
「えー?そんなことないよ。ただ楽しいだけ!」
はさみで紙を切りながら答えるいるみの手は器用に動き、どんどん飾りができていった。
「いるみみたいにノリがいいと、ほんと助かるよ。いつも笑わせてくれるし。」
「いやいや、みんなが面白いからだって!」
いるみの言葉に、周囲の女子たちが笑顔を見せた。
準備が進む中、クラス全員の雰囲気が少しずつ変わってきた。体育祭まで3週間を切った頃には、緊張感が高まり始め、多忙な日々に疲れが見えるようになった。
「これじゃクラス全体でまとまれないかもな…」
拓真がぼそっと漏らした言葉を聞き、いるみは内心少し不安になった。
そんな中、担任の先生が授業を使ってクラスミーティングを開いた。ホワイトボードには「団結力を高める方法」という文字が大きく書かれていた。
「みんな、体育祭で優勝を狙うなら、もっと一致団結しないといけない。でもどうしたらいいか、意見を出してみて。」
先生の言葉にクラスがざわついた。すると、バレーボール部の女子3人が前に立ち上がった。
「私たち、いい方法を思いついたんですけど…」
リーダー格の明日香が少し緊張した面持ちで口を開いた。
「クラス全員で坊主になりませんか?」
その瞬間、教室は静まり返った。誰もが耳を疑ったように、目を見開いて明日香を見つめていた。
「え、えっと、坊主って…あの、髪を全部剃るってこと?」
いるみが恐る恐る尋ねると、明日香は真剣な顔で頷いた。
「そう。髪を切ることで、優勝祈願の意味もあるし、クラス全員が本気で団結してるってアピールになると思うんだ。」
教室中から「えー!?」「それはちょっと…」といった声が上がる。
「無理無理!」「絶対やりたくない!」という反対意見も出たが、一方で「それ面白そうじゃん」という賛成の声も聞こえ始めた。
「まぁ、みんなが納得するなら…」と、担任の先生も慎重な口調で言葉を続けた。
「まずは多数決を取ってみようか。それから髪型の選択肢もアンケートで決めよう。」
こうしてクラス全員がアンケートを記入することになった。その結果、驚くべきことに過半数が断髪に賛成。しかも、髪型は坊主かスキンヘッドという結果になったのだった。
その日の帰り道、いるみは自転車を漕ぎながら何度も自分の髪を触った。
「私のこの髪…中学からずっと伸ばしてたのに。」
胸のあたりまである黒髪が風になびくたび、何とも言えない気持ちが湧き上がる。
バイト先に着いてもそのことが頭から離れず、夢に思わず打ち明けた。
「ねえ夢ちゃん、クラスで全員坊主にするって話になったんだ。」
「えっ、それ本気で言ってる?」
夢は驚きながら、でもどこか楽しそうに笑った。
「いるみ、似合うかもよ。坊主になったら!」
「いやいや、冗談でしょ…。でもどうしよう、本当にやることになりそうなんだよね。」
夢の笑顔を見ても、いるみの心は晴れなかった。
体育祭の準備が進むにつれ、バレーボール部の女子が一人ひとりに「本当に坊主にする覚悟があるか」を確認して回るようになった。いるみだけは「うん」と言えないまま、日々が過ぎていった。
「私、どうすればいいんだろう…」
いるみは鏡の前で髪を触りながら、悩み続けていた。
第3章:揺れる決意
夕陽が沈む帰り道、いるみは自転車を漕ぎながら、風に揺れる自分の髪をじっと見つめていた。
「本当に坊主にしなきゃいけないのかな…?」
体育祭で優勝するためにクラス全員が坊主になるという前代未聞の提案が決まってから、いるみの心はずっとざわついていた。
長い髪の毛は、いるみにとって中学時代から大切にしてきた宝物だった。毎月毛先を少しだけ切るのを繰り返し、大事に伸ばしてきた髪。触るたびに自分らしさを感じるものを、すべて失う覚悟を求められている。
「どうしよう…」
ため息混じりに小声でつぶやき、ペダルを踏む足が自然と重くなった。
バイト先のコンビニに到着すると、夢がすでにレジで接客をしていた。
「いるみ、お疲れ!今日も忙しそうだね。」
夢は笑顔で手を振りながら声をかけてきた。その明るさに、いるみは少しだけ心が軽くなる気がした。
「お疲れ、夢ちゃん。今日は私、ちょっと考え事ばっかりでさ…。」
「考え事?何かあった?」
いるみはロッカーに荷物を置きながら、ぽつりと答えた。
「クラス全員で坊主にすることになったんだ。」
夢は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑い出した。
「え、それ本気で言ってるの?冗談じゃなくて?」
「うん、本気。体育祭で優勝祈願だって…。」
「まじかー。いや、でも面白いクラスだね!いるみが坊主になったらどんな感じになるんだろう。」
夢は軽い冗談のつもりで笑ったが、その言葉にいるみは複雑な気持ちだった。
「私…ずっとこの髪、大事にしてきたんだよね。」
いるみは控え室の鏡で自分の髪をじっと見つめた。その視線はどこか遠くを見ているようでもあった。
「切るのが怖いの?」
夢が問いかけると、いるみは小さく頷いた。
「怖いよ。だって、今の私ってこの髪と一緒にある気がして…。」
夢はしばらく考え込み、やがて優しい声で言った。
「髪は確かに大事かもしれないけど、いるみが何を大事にしたいかが一番じゃない?クラスのことも、自分のことも、どっちも大事ならちゃんと向き合ってみなよ。」
その言葉に、いるみは少しだけ背中を押されたような気がした。
数日が過ぎ、体育祭の準備が本格化していく中で、バレーボール部の女子たちがクラスメイト一人ひとりに坊主にするかどうかの確認を取っていた。
「いるみ、どうするの?まだ悩んでるの?」
バレーボール部の明日香がいるみに声をかける。
「うん…まだ決められてなくて。」
いるみは目を伏せながら答えた。
「そっか。でも大丈夫だよ、無理に決めなくても。」
明日香は優しい笑顔を見せたが、その目にはクラス全員が一致団結してほしいという強い思いが込められているように見えた。
いるみはその夜、部屋で一人鏡に向かい、髪を触りながら考え続けた。
「私にとってこの髪って、何なんだろう?」
鏡に映る自分の姿は、少し不安そうな顔をしていた。
体育祭まであと2週間になった週末、明日香からいるみに誘いがあった。
「いるみ、うちに遊びに来ない?ちょっと見せたいものがあってさ。」
その日の午後、いるみは自転車で明日香の家に向かった。明日香の部屋は、スポーツ一色の雰囲気だった。壁には数々の大会での写真やメダルが飾られており、棚にはトロフィーが並んでいた。
「これ、全部小学生の頃からの写真なんだ。」
明日香はアルバムを開きながら、楽しそうに説明した。
「私、昔からいろんな髪型してたんだよね。ショートもあればポニーテールもあって、でも結局スポーツ刈りが一番楽で気に入ってるんだ。」
いるみはページをめくりながら笑った。
「本当に色々やってるね。でも、今の髪型も似合ってる。」
「ありがとう。でもさ、髪型なんて変わるものだし、私は髪よりやりたいことを大事にしてるんだ。」
そう言うと、明日香は突然バリカンを取り出した。
「これ、触ってみる?」
「えっ、バリカンって初めて見るかも。」
いるみは少しおそるおそるバリカンを触った。冷たい金属の感触が指先に伝わる。
すると明日香は、自分でバリカンを握り、髪を刈り始めた。
「こんな感じでね、ほら、簡単に刈れるでしょ?」
バリカンが髪を滑る音が部屋に響き、明日香の後頭部があっという間に短くなっていく。
「すごい…なんかかっこいいね。」
いるみは思わず笑いながら言った。刈り上げられていく髪を見ていると、自分の中にあった恐怖心が少しだけ和らいでいく気がした。
「やってみる?」
明日香が冗談めかして言うと、いるみは少し考えてから笑顔で首を振った。
「ううん、もう少しだけ考える。でも、なんか覚悟決まりそう。」
その夜、いるみは決心した。
「私も坊主にしてみよう。きっと、何か変わる気がする。」
鏡に映る自分の髪に別れを告げる覚悟を、彼女は心の中でそっと決めたのだった。
第4章:刈り上げられる決意
日曜日の午後、明日香の家に訪れたいるみは、心臓が少し早く鼓動するのを感じながらインターホンを押した。
「いらっしゃい!準備万端だよ!」
明日香の明るい声が出迎えると、いるみは自然と笑みを浮かべた。けれど、玄関に入る足はほんの少し重い。
「本当に坊主にしちゃうんだよね…」
心の中で繰り返し自問自答しながら、明日香の部屋に通される。そこには椅子と敷物、そしてテーブルの上に置かれたバリカンと剃刀が用意されていた。窓から差し込む穏やかな秋の陽光が、静かな緊張感を包み込むようだった。
「どう?まだやるか迷ってる?」
明日香が振り返って尋ねる。いるみは深呼吸をして答えた。
「いや、もう決めたよ。やるって。」
その言葉に明日香は満足そうに頷いた。
「よし、じゃあ覚悟を見せてもらおう!」
いるみは椅子に座り、背筋を伸ばした。明日香はバリカンを手に取り、スイッチを入れると部屋に低い振動音が響いた。
「じゃあいくよ。まずは後ろからね。」
バリカンの刃が首筋に当たった瞬間、いるみはひんやりとした感触に思わず肩をすくめた。
「冷たい…!」
「最初はそんな感じ。でもすぐ慣れるよ。」
明日香は微笑みながら、ゆっくりとバリカンを動かした。
ざくざくと髪が刈られていく音が部屋に響き、ロングヘアが次々と床に落ちていく。いるみの目の前に大きな鏡が置かれていたが、彼女は鏡の中の自分を見ることがまだできなかった。
「わあ…すごい。こんなに髪が落ちるんだね。」
いるみの震えた声に、明日香が手を止めて笑った。
「そうでしょ?でもね、これがだんだん楽しくなってくるから不思議なんだよ。」
後頭部から刈り上げられたいるみの頭皮が次第に露わになり、明日香はさらに丁寧にバリカンを動かした。
「耳周り、ちょっと動かないでね。ここが一番難しいんだ。」
「う、うん。」
いるみは息を詰めながらじっと座っていた。
やがて前髪に手が伸びた。明日香はバリカンを持ち直し、いるみに尋ねた。
「準備はいい?」
「…うん、お願い。」
いるみは目を閉じた。バリカンが額に触れ、前髪が刈られる感覚がはっきりと伝わる。落ちていく髪が視界の隅で揺れるのを感じながら、いるみは覚悟を決めて目を開けた。
鏡に映るのは、ほとんど坊主に近づいた自分の姿。初めて見る自分に驚きつつも、不思議と怖さは感じなかった。
「どう?悪くないでしょ?」
明日香が声をかけると、いるみは少しだけ微笑んだ。
「うん…意外と平気かも。」
バリカンでの坊主が完成すると、明日香は剃刀を手に取り、新しいクリームを持ってきた。
「せっかくだから、スキンヘッドまでいこう。これで本当にツルツルになるよ。」
「剃るの…?」
いるみは一瞬ためらったが、明日香の自信に満ちた表情を見て、再び頷いた。
「うん、やってみる。」
明日香はクリームを手に取り、いるみの頭に優しく塗り広げた。ひんやりとした感触に、いるみは再び軽く身震いした。
「これ、なんか気持ちいいね。」
「でしょ?慣れるとクセになるよ。」
剃刀を慎重に頭に当てた明日香は、刃をゆっくり滑らせながら髪の残りを剃っていった。
「剃刀って思ったより滑らかに動くんだね。」
「コツをつかめばね。ほら、触ってみて。」
剃り終えた部分を指で触れると、ツルツルの感触が手に伝わった。
「わあ…本当に何もない!」
いるみは驚きと感動の声を上げた。
明日香は最後まで丁寧に剃り上げ、仕上げに湿らせたタオルでいるみの頭を拭き取った。
「はい、完成!見てみて。」
鏡の中に映る自分は、完全なスキンヘッド。最初は違和感があったが、いるみは鏡をじっと見つめながら思わず微笑んだ。
「これが…私か。悪くないかも。」
いるみは椅子から立ち上がり、明日香に向き直った。
「ありがとう。本当にやってよかった。」
明日香は満足げに頷いた。
「でしょ?なんかスッキリするし、新しい自分に出会えた感じがするよね。」
いるみは軽く頭を撫でながら、秋風を感じる窓の外を見た。スキンヘッドになったことで、自分の中に新しい一歩を踏み出した感覚が広がっていくのを感じていた。
「これが新しい私か…。」
軽くなった頭に触れながら、彼女はこれからの体育祭への思いを少しずつ強くしていった。
家に帰ったら、この姿を親にどう説明しようかと少し心配しながらも、いるみの中には確かな充実感が芽生えていた。
第5章:断髪式への決意
いるみが坊主頭になってから数日が経った。朝起きると、まず頭に手を触れる習慣ができた。短くなった髪のざらざらした感触に、毎朝少し驚きながらも、自分が変わったことを実感する。
「うん、今日も大丈夫。」
鏡に映る自分に小さく声をかけ、いるみは制服を着て学校へ向かった。通学路の風がこれまでとは全く違う感触で頭を撫でていく。
学校に到着すると、すでに体育祭の準備が進められていた。クラスメイトたちが飾り付けや看板の設置をしている中、いるみは自分の坊主姿をクラスにどう見せるか少しだけ緊張していた。
「おはよう!」
クラスメイトの美咲が声をかけてきたが、いるみのウィッグ越しの頭をちらりと見て、少し不思議そうな顔をした。
「いるみ、なんか雰囲気変わった?」
「う、うん、ちょっとね…。」
そう答えると、いるみは勇気を振り絞ってウィッグを外した。
「実はさ、先に坊主にしちゃった。」
教室が一瞬静まり返った。クラスメイトたちは驚いた表情でいるみのツルツルの頭を見ていたが、次の瞬間、美咲が笑顔で言った。
「えっ、めっちゃ似合ってるじゃん!いるみ、本気なんだね!」
その言葉に教室中がざわめき始め、男子たちからも声が飛んだ。
「すげえ、マジでやったんだ!」
「俺も覚悟決めなきゃな!」
その日の放課後、クラス全員が断髪式の準備を進めるために教室に集まった。体育祭の前夜、全員で教室に敷物を敷き、順番に髪を切ることに決まっていた。
いるみはクラスの中心に座り、バレーボール部の明日香がバリカンを手に持ちながら言った。
「みんな、私たちがここまで団結してきた証として、この坊主があると思う。優勝に向けて、気持ちを一つにしよう!」
「おー!」
男子も女子も声を上げて賛同し、断髪式は始まった。
最初の一人は、リーダーの拓真だった。彼は緊張した表情で椅子に座りながら、明日香に「頼む」と小さく声をかけた。バリカンのスイッチが入ると、振動音が教室中に響いた。
「よし、いくぞ!」
バリカンが彼の髪を刈り始めると、教室中から歓声が上がった。
「おー!めっちゃ似合う!」
「すごい、意外といいじゃん!」
次々とクラスメイトが椅子に座り、髪を刈られていく。みんなが楽しそうに笑い合いながらも、どこか緊張感が漂っていた。
そして最後に、クラスの女子全員が集まり、一斉に坊主に挑戦することになった。いるみは彼女たちの手を握り、「大丈夫、みんなでやれば怖くないよ」と励ました。
「いるみが先にやってくれたから、なんか勇気出たよ。」
美咲が笑いながら言うと、他の女子たちもうなずいた。
髪が刈られるたび、教室中に笑い声と歓声が響いた。
「やばい、意外と気持ちいいかも!」
「これで私たち、完全に一つになったね。」
その夜、教室には髪が散らばり、坊主になったクラスメイトたちが笑顔で並んでいた。
「これが私たちの決意だね!」
いるみがそう言うと、みんなが声を揃えて答えた。
「絶対優勝するぞ!」
その瞬間、クラスは本当の意味で一つになった。体育祭への決意を胸に抱きながら、いるみは自分が坊主になることで得たものの大きさを改めて感じていた。
第7章:坊主の誇り
体育祭がいよいよ明日に迫った朝、いるみは鏡の前で自分の坊主頭をじっと見つめていた。
「これが私の新しい姿…。」
手を頭に当て、坊主頭の感触を確認する。最初は少し違和感があったが、今は自分らしさを象徴するように思えていた。
学校に着くと、教室では準備に追われるクラスメイトたちの活気に満ちていた。すでに坊主になった男子たちは体育祭の作戦を話し合い、女子たちは模擬店の看板の仕上げをしている。
「おはよう、いるみ!」
美咲が声をかけてきた。坊主になった彼女の頭が朝日を受けて輝いている。
「おはよう、美咲。なんかすっごく似合ってるね!」
「いるみだって負けてないよ!」
二人は笑い合い、準備の手伝いに向かった。
昼休みになると、いるみはバイト仲間の夢(ゆめ)にスキンヘッド姿を初めて披露するため、隠していたウィッグをそっと外した。
「夢ちゃん、ちょっと見てほしいんだけど…。」
夢が振り返ると、いるみの坊主姿を見て目を丸くした。
「えっ、いるみ!?本当にやったの!?」
「うん。これがクラスの一体感の証なんだよ。」
夢はしばらく驚いた表情をしていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「めっちゃかっこいいじゃん!なんかいるみらしいよ!」
その言葉に、いるみは少し恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう。みんなでやったから怖くなかった。」
体育祭前夜、教室では最後の準備が進んでいた。敷物の上にはクラス全員で刈った髪の束が置かれ、それがこれまでの努力の象徴のように見えた。
「これ、どうする?捨てちゃうのもったいないよね。」
拓真が髪の束を手にして言った。
「記念に写真撮っとこうよ!」
美咲が提案し、全員で坊主姿のまま教室で集合写真を撮影することにした。
撮影が終わると、いるみがクラスの真ん中に立って声を上げた。
「みんな、これで明日私たちは一つになれたよね。絶対優勝して、最高の思い出を作ろう!」
クラス全員が拍手し、「おー!」と声を上げた。
その夜、いるみは家で準備を整えながら、明日の体育祭を思い描いていた。
「クラス全員で頑張れば、絶対優勝できる。」
鏡に映る自分の坊主頭に手を当て、自信を込めてそう言い聞かせた。
体育祭がいよいよ明日に迫った前日、いるみは家の浴室で鏡の前に立っていた。
「明日は絶対に勝ちたい。スキンヘッドも完璧に整えておかなくちゃ。」
湯気が立ちこめる浴室で、剃刀とクリームを手に取った。これまで何度か剃り直しているが、まだ少し緊張する。
鏡に映る自分の坊主頭を見つめながら、クリームを手に取って頭に塗り広げる。ひんやりとした感触が頭皮に心地よく伝わるたびに、これが自分の日常になったのだと実感する。
「これももう慣れたな…。最初は怖かったけど。」
剃刀を慎重に当て、後頭部から前へと刃を滑らせる。剃り終えた部分を指で触れると、ツルツルの感触が広がっていく。
「よし、いい感じ。」
耳の周りや側頭部は少し難しいが、手鏡を使いながら丁寧に剃り進める。剃刀を滑らせるたびに、いるみの頭はさらに滑らかになっていった。
「これで明日は完璧なスキンヘッドで行ける。」
最後に、湿らせたタオルでクリームを拭き取ると、鏡の中には輝くようなスキンヘッドが映っていた。
「うん、これで準備完了。」
いるみは満足げに微笑み、浴室を出た。
その夜、クラスメイトたちもそれぞれスキンヘッドを整えていることを想像すると、自然と笑みがこぼれた。
「みんなで明日、全力を出すんだ。」
坊主にした頭を軽く撫でながら、いるみは心の中でそう誓った。
翌朝、クラス全員がピカピカに整えたスキンヘッドで登場することになるとは、周囲の生徒たちもまだ知らない。いるみは布団に入り、明日を思い描きながら静かに目を閉じた。
翌朝、体育祭当日。学校のグラウンドは早朝から多くの生徒や保護者で賑わっていた。いるみたち1年生のクラス全員が坊主姿で登場すると、会場は一瞬静まり返り、その後大きなざわめきが起こった。
「えっ、あのクラス全員坊主だよ!」
「すごい、なんか迫力ある…!」
観客席や他のクラスの生徒たちが目を見張る中、いるみは胸を張って歩いた。
「恥ずかしくない?」
隣にいた美咲が小声で尋ねてきたが、いるみは首を振った。
「全然。これが私たちの誇りだから。」
いるみたちのクラスは競技ごとに息の合ったパフォーマンスを見せ、観客を圧倒していった。
「いけー!」「負けるな!」
応援の声が飛び交う中、クラス全員の坊主姿は一体感を感じさせ、どの競技でも一丸となった動きを見せた。
クラスリレーではいるみがアンカーを務めた。バトンを受け取った瞬間、彼女は力強く走り出した。
「負けない!」
全身を使ってゴールに向かういるみの背中には、クラス全員の思いが乗っている。観客席からは歓声と拍手が沸き上がった。
競技が全て終了し、結果発表の時間がやってきた。体育館に集まった全校生徒と教職員、そして保護者たちの前で、校長先生がマイクを握った。
「今年の体育祭、総合優勝は…1年3組です!」
歓声が体育館中に響き渡った。いるみたちのクラス全員が飛び上がり、抱き合い、涙を流した。
「やったー!優勝だ!」
拓真が拳を突き上げ、明日香がいるみの肩を抱きながら叫んだ。
「いるみ、これで私たちの坊主も最高の形になったね!」
いるみは涙を拭いながら頷いた。
「本当にみんなのおかげだよ。ありがとう。」
坊主姿のクラス全員が表彰台に並び、誇らしげにトロフィーを掲げた。その姿は、1年生ながら学校全体に強烈なインパクトを与えた。
いるみは心の中で静かに誓った。
「この坊主姿を誇りにして、もっと強くなろう。みんなと一緒に。」
新しい自分を見つめながら、彼女は体育祭の熱気に包まれていた。
第8章:輝く坊主たちの証
体育祭が終わった翌朝、いるみは久しぶりに少し遅めに目を覚ました。窓の外から差し込む秋の柔らかな陽光が、部屋を温かく包んでいる。
「昨日、優勝できたんだよね…」
ベッドの中で思い返すと、胸の中に達成感がじわりと広がった。枕元に置いていた手鏡を手に取り、自分の坊主頭を見つめる。
「もう全然違和感ないな。」
手をそっと頭に触れ、スルスルと滑る感触を楽しんだ。思い切って坊主にした自分と、クラス全員で勝ち取った優勝。そのどちらも誇りだった。
学校に着くと、昨日の熱気がまだ残っているかのように、生徒たちの間で体育祭の話題が飛び交っていた。
「1年3組、すごかったなー!」
「全員坊主って、あれ本気だったんだ。」
教室に入ると、クラスの仲間たちもそれぞれの席で思い思いに昨日の出来事を語り合っていた。坊主頭の男子たちはふざけ合いながら頭を軽く叩き合い、女子たちも笑顔で髪の感触を確かめ合っていた。
いるみも自分の席につくと、隣の美咲が話しかけてきた。
「いるみ、昨日のアンカー、本当にかっこよかったよ!」
「ありがとう。でもみんなが頑張ってくれたからだよ。」
いるみは少し照れくさそうに笑ったが、その表情には確かな自信が宿っていた。
担任の先生が教室に入ってくると、黒板に大きな文字で「祝・優勝!」と書かれていた。
「みんな、おめでとう!1年生が優勝するなんて誰も予想していなかったよ。」
先生がそう言うと、教室中から拍手が巻き起こった。
「でもさ、あの坊主は正直驚いたよ。保護者の中にもびっくりしてた人がいたけど、結果的にみんなの団結力を見て納得してた。」
先生の言葉にクラス全員が笑い合い、誇らしげに頷いた。
その日の昼休み、クラスの女子たちがいるみを囲むように集まってきた。
「いるみ、私たちも坊主になってよかったよね。」
美咲が言うと、他の女子たちも口々にうなずいた。
「そうそう。最初はめちゃくちゃ怖かったけど、やってみたら意外と悪くなかった。」
「むしろ、この髪型けっこう楽だよね!」
笑いながら話す女子たちの顔には、迷いも後悔も見られなかった。
いるみはそんな彼女たちを見て、胸が熱くなった。
「みんな、本当にありがとう。私、みんながいてくれたからここまで来れたよ。」
感謝の言葉を口にすると、周りの女子たちが「いるみもありがとう!」と声を揃えて応えた。
その後、クラス全員で体育祭の記念写真を撮ることになった。校庭の真ん中に集まり、坊主頭を光らせながら並んだクラスメイトたち。
「よし、全員入った?いくよー!はい、チーズ!」
シャッター音が響き、笑顔と坊主頭が画面いっぱいに収められた。
担任の先生がその写真を見て、感慨深そうに言った。
「こんなクラス、他にないよ。本当にすごい。」
写真は後日クラスの教室に飾られることになり、みんなの思い出の一枚として残ることになった。
その夜、いるみは家で一人、自分の坊主頭を触りながら考えていた。
「髪を切るのは怖かったけど、このクラスだからできたんだよね。」
自分の中にあった不安や迷いを乗り越えた先にある達成感と充実感。それが彼女を大きく成長させていた。
「これからも、この髪型と一緒に頑張っていこう。」
心の中でそう誓いながら、いるみはそっと目を閉じた。
翌日、学校に貼られたクラスの集合写真には、「輝く坊主たち」と題されたタイトルが添えられていた。その写真を見た生徒たちが次々と足を止め、感心したように眺めている姿を見て、いるみたちは誇らしい気持ちで胸を張った。
「これが私たちの証だね。」
美咲が写真を見ながらつぶやくと、いるみも頷いて答えた。
「うん、最高の証だよ。」
クラスの仲間たちと共に歩む新たな日常が、また静かに始まっていった。
第9章:スキンヘッドの日常
体育祭が終わり、学校にはいつもの日常が戻ってきた。けれど、いるみにとっては少し違う日々の始まりだった。毎朝、鏡の前に立つたびに、自分の坊主頭に手を触れるのが習慣になった。
「ツルツルだな…。」
いるみは小さく笑った。この感触にもすっかり慣れた。坊主にしてから1週間、彼女はこれまで以上に自分に自信を持てるようになった気がしていた。
朝の登校時間、学校の校門をくぐると、クラスの女子たちが笑顔で手を振っていた。全員が坊主頭でそろっている姿は、周囲の生徒たちから注目の的だった。
「いるみ、おはよ!」
美咲が駆け寄り、ツルツルの頭を軽く触った。
「相変わらず気持ちいいね、これ。」
「やめてよ!でも、確かに楽だよね。」
二人で笑い合いながら教室へ向かった。
教室に入ると、男子たちが坊主頭を見せ合いながらふざけていた。
「おい、見ろよ!このツルツル具合、最高だろ!」
「いやいや、俺のほうが完璧だって!」
笑い声が響く中、いるみも自然とその輪に入っていった。
「ねえ、そろそろまた剃らないと伸びてくるよね。」
男子の一人がつぶやくと、明日香が頷いた。
「そうだね。せっかくだからみんなで剃るイベントでもやろうか!」
クラス全員が笑いながら「それいいね!」と盛り上がった。
その日の放課後、クラスの女子たちはいるみの提案で、スキンヘッドの手入れについて話し合っていた。
「剃刀ってどう使うのがいいんだろう?」
美咲が尋ねると、いるみは自分の経験を思い出して答えた。
「私はシャワーの後に剃るようにしてるよ。肌が柔らかくなってるから、剃りやすいし。」
「なるほど!じゃあ今度試してみようかな。」
女子たちは楽しそうに笑いながら、スキンヘッドのケアについて語り合った。
一方、放課後のバイト先でもいるみのスキンヘッドは話題になっていた。夢はレジで忙しく働きながら、いるみに笑いかけた。
「いるみ、本当に坊主似合ってるね。最初びっくりしたけど、今じゃ自然に見えるよ。」
「そう?ありがとう。でもバイト中にお客さんに見られるの、最初はちょっと恥ずかしかったんだよね。」
「大丈夫大丈夫!むしろインパクトあっていいと思うよ。」
夢の明るい言葉に、いるみは自然と笑顔を返した。
「そっか、そうだよね。もう気にしないことにする!」
その週末、クラスの女子全員で集まり、スキンヘッドの手入れをすることになった。場所は明日香の家。広いリビングに集まった彼女たちは、それぞれ剃刀やクリームを持ち寄っていた。
「じゃあ、誰からいく?」
明日香がニヤリと笑いながら手を挙げると、美咲がすかさず答えた。
「私!自分でやるのちょっと怖いから、誰か助けて!」
「じゃあ私がやるね。」
いるみが手を挙げ、美咲の頭に優しくクリームを塗り始めた。
「冷たーい!」
美咲が声を上げて笑うと、他の女子たちも楽しそうに見守っていた。
「ほら、じっとしててね。失敗しちゃうと痛いよ?」
「わかったわかった!」
クリームを塗り終えた後、いるみは慎重に剃刀を当てた。ツルツルになっていく美咲の頭を見て、みんなが「おー!」と歓声を上げた。
「完璧!ツルツルになったよ。」
「ほんとだ!ありがとう、いるみ!」
その夜、いるみは一人でお風呂場に入り、自分の頭を剃り直していた。湯気が立ち込める中、剃刀が頭を滑るたびに心がスッキリとしていく。
「これ、もう習慣になっちゃったな。」
鏡に映る自分を見つめながら、いるみは少し誇らしい気持ちになった。
翌日、スキンヘッドをさらにツルツルにしたクラスの女子たちは、教室に入ると男子たちに自慢げに頭を見せた。
「どう?私たちのほうが綺麗でしょ!」
美咲が得意げに言うと、男子たちも負けじと頭を触りながら言い返した。
「いやいや、俺たちのほうが完璧だって!」
そんなやり取りに、いるみはクスクスと笑いながら加わった。
「みんなでこんな風に笑い合えるの、坊主になったからだよね。」
心の中でそう思いながら、彼女はクラスの一体感をさらに強く感じていた。
スキンヘッドで過ごす日々は、いるみとクラス全員にとって新しい日常となりつつあった。それは単なる髪型の変化ではなく、クラス全員が共有する特別な絆の証だった。
「坊主も悪くないよね。」
窓の外を眺めながらいるみがつぶやくと、隣にいた美咲が笑顔で頷いた。
「うん、これが私たちのスタイルだよ。」
彼女たちの新しい日常は、これからもクラス全員の笑顔とともに続いていくのだった。
第10章:新たな日常の始まり
秋の終わりが近づき、澄んだ青空が広がる朝。いるみはいつものように鏡の前に立って自分の坊主頭を見つめた。
「これが私たちの証だよね…。」
手でツルツルになった頭を優しく撫でながら、これまでの出来事を思い返していた。体育祭の優勝、クラス全員で坊主になったこと、その後の日々の楽しさ。すべてが一つの大きな思い出として心に刻まれていた。
「よし、今日も頑張ろう。」
いるみは制服を整え、自転車のペダルを力強く踏み込んで家を出た。冷たい風が頭を直接撫でていく感覚にもすっかり慣れていた。
学校に到着すると、クラスメイトたちの笑い声が聞こえてきた。坊主になったことで団結が深まったクラスは、体育祭が終わった後も以前にも増して活気に溢れていた。
「いるみー!」
教室に入ると、真っ先に美咲が駆け寄ってきた。彼女もまだツルツルのスキンヘッドを維持していた。
「おはよう、いるみ。今朝も剃ったの?」
「もちろん!これ、もう習慣だよね。」
二人は笑い合いながら席についた。
その日、担任の先生が教室に入ってくると、手に一枚の紙を持っていた。
「みんな、これ見て。」
先生が見せたのは、体育祭の集合写真だった。全員が坊主姿で笑顔を見せている写真には、「1年3組 体育祭 優勝!」と大きく文字が入れられていた。
「この写真、学校の掲示板に飾るってさ。君たち、本当に伝説のクラスになったね。」
先生の言葉に、教室中が歓声と拍手で包まれた。
「これ、最高の思い出になるよね!」
拓真が嬉しそうに言うと、クラス全員が頷いた。
「いやいや、むしろ私たちの今が最高だよ。」
明日香が笑いながら言い、それに続いてみんなが笑顔を交わした。
昼休み、クラスの女子たちは一つの机を囲んでお喋りをしていた。
「ねえ、そろそろ髪を伸ばそうかなって思ってるんだけど、どう思う?」
美咲が少し照れくさそうに言うと、周りの女子たちは「えー?」と声を上げた。
「美咲、伸ばすの?せっかく似合ってるのに!」
「まあね。でもちょっと違う自分も見たくて。」
いるみはその言葉を聞いて、優しく微笑んだ。
「それもいいと思うよ。髪型ってそのときの自分を表すものだから、好きなようにすればいいんじゃない?」
「ありがとう、いるみ!」
美咲は少し安心したように頷いた。
放課後、いるみはバイトに向かう途中、自転車を漕ぎながら考えていた。
「私もいつか髪を伸ばすのかな…。でも、今のこの坊主のままでも十分いい気がする。」
風が吹くたびに頭に心地よい冷たさが広がる。坊主になったことで、外見だけでなく、心の中にも新しい自分が生まれた気がしていた。
バイト先では夢がレジで忙しそうに働いていた。いるみが入店すると、夢がすぐに気づいて手を振った。
「いるみ、お疲れ!今日もいい感じだね、その頭。」
「ありがとう!そっちは忙しそうだね。」
「まあね。でも、いるみの坊主姿を見るとなんか元気出るんだよね。」
夢の言葉に、いるみは照れくさそうに笑った。
「そんなこと言われると嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいな。」
夜、自宅に帰ったいるみは、再び鏡の前に立った。
「この頭とも、あとどれくらい一緒にいられるんだろう。」
未来の自分を少しだけ思い描きながらも、今を大切にしようと改めて思った。
いるみはベッドに入り、体育祭での記憶を思い返した。クラス全員で髪を刈り合い、スキンヘッドにすることで得た一体感。それが彼女たちの心にどれだけ大きな力を与えたかを、今でも鮮明に感じていた。
「髪型なんてただの外見かもしれないけど、私たちの坊主はそれ以上のものだった。」
胸の中に湧き上がる誇りを感じながら、彼女は静かに目を閉じた。
次の日、学校の掲示板に飾られた集合写真を見て、他の生徒たちがざわざわと話しているのが聞こえた。
「このクラス、ほんとに全員坊主になったんだよね?」
「すごいよね。優勝するわけだ。」
いるみはその声を聞きながら、クラスメイトたちと一緒に写真を眺めた。
「これが私たちの証だよね。」
明日香がそう言うと、いるみは頷いて答えた。
「うん、絶対に忘れられない最高の思い出だよ。」
笑顔と誇りを胸に、いるみたちの新たな日常は静かに続いていくのだった。
朝日が差し込む中、いるみは黒髪のロングヘアを整えながら玄関に立っていた。
「今日もいい天気だし、頑張らなきゃ。」
心の中で自分を励まし、重たい自転車を押して家を出た。
彼女が通う高校は、市内でも有名なスポーツ強豪校。部活に励む生徒たちが多く、毎日校庭や体育館から響く練習の音が特徴的だ。
しかし、いるみはその中で少し異質な存在だった。運動も得意で、勉強もそこそこできるが、部活には入らず帰宅部を選んでいた。
「通学1時間って、やっぱりキツいなぁ。」
ペダルを踏み込む足が重くなるたびに、心の中で小さく愚痴をこぼす。けれど、その道中で見える景色には少しだけ心が癒される。
田園地帯を抜けると、川沿いに咲くコスモスが風に揺れていた。
「これ見てたら、ちょっと元気出るな。」
口元に微笑みが浮かび、いるみはペダルを踏む力を少しだけ強くした。
学校に着くと、いつも通りの賑やかな朝が始まる。
教室に入ると、男子たちがサッカーボールを机にぶつけて騒いでいた。
「おい、サッカーボールここで蹴るなって!」
クラスの女子が注意する声も聞こえる。
「いるみー!今日の数学、解き方わかった?」
「え、まだノータッチ!でも授業でなんとかなるでしょ。」
いるみはそう言いながら、カバンを椅子の背もたれにかけた。明るい性格と誰にでも同じ調子で接する姿勢で、クラスの中心に自然と溶け込んでいた。
放課後、いるみはいつも通り自転車を漕いでバイト先のコンビニへ向かった。店内に入ると、夢(ゆめ)がレジで客をさばいていた。
「いらっしゃいませー!」
元気な声が響くと、いるみは心の中で「さすがだな」と感心する。
「いるみ、今日も来たね!お疲れー!」
夢がにっこりと笑いかけてくる。その笑顔に癒されるのは、バイト仲間としてだけではなく、同い年の友達としての安心感からだった。
「お疲れ!今日はお客さん多そうだね。」
「まあね。でも大丈夫、任せて!」
夢の頼もしさに、いるみはつい笑顔がこぼれた。
制服に着替え、いるみもレジに立つ。次々と来店するお客さんに対応しながら、夢と手際よく仕事を進めた。
「このお弁当、電子レンジで温めますか?」
いつもの言葉を丁寧に繰り返す中、ふと窓の外を見ると夕陽が赤く染まり始めていた。
22時を過ぎ、いるみは自転車で再び帰路についた。
「今日も疲れたな…でも夢ちゃんがいるから頑張れる。」
漆黒の夜空には星がちらほらと瞬いていた。自転車のライトが照らす道は静まり返り、遠くから虫の声が聞こえる。
家に着くと、いるみはすぐにシャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。
「明日も学校にバイト…大変だけど、楽しいからいいか。」
手でロングヘアを触りながら、いるみは目を閉じた。
彼女にとってこの日々は忙しいものの、充実した新生活そのものだった。
第2章:体育祭&文化祭の幕開け
秋風が涼しく感じられるようになり、学校中が賑やかさを増していた。10月の恒例行事、体育祭と文化祭が1週間にわたって開催される。
「いるみ、今年はクラスでどんな模擬店にする?」
クラスメイトの美咲が笑顔で話しかけてきた。
「たこ焼きがいいと思う!ほら、みんなで焼くのも簡単だしさ。」
「それいいね!焼くの得意そうだもんね、いるみ。」
美咲の言葉に、いるみは照れくさそうに肩をすくめた。
体育祭と文化祭の準備はクラス全員が一丸となって進められた。いるみのクラスは男女混合30人で、運動部が半分以上を占めていた。帰宅部であるいるみも、その明るい性格とノリの良さでクラスのムードメーカーとして存在感を発揮していた。
体育祭の種目選びでは、男子たちが特に熱を入れていた。
「絶対優勝するぞ!1年生でもできるってところ、見せつけてやる!」
リーダー格の拓真がクラス全員を鼓舞するように言った。
「でもさ、どうやったら優勝できるかな?」
いるみが軽く手を挙げて問いかけると、拓真は自信満々に言った。
「団結力だよ!クラス全員で力を合わせれば、絶対いける。」
「なるほどね。」
いるみは納得したように頷き、少しだけ体育祭へのやる気が湧いてきた。
文化祭の模擬店の準備も順調に進んでいた。放課後、クラスの女子たちで集まって装飾を作っていた時、美咲がいるみに話しかけた。
「いるみ、帰宅部なのにこういうときめっちゃ積極的だよね。」
「えー?そんなことないよ。ただ楽しいだけ!」
はさみで紙を切りながら答えるいるみの手は器用に動き、どんどん飾りができていった。
「いるみみたいにノリがいいと、ほんと助かるよ。いつも笑わせてくれるし。」
「いやいや、みんなが面白いからだって!」
いるみの言葉に、周囲の女子たちが笑顔を見せた。
準備が進む中、クラス全員の雰囲気が少しずつ変わってきた。体育祭まで3週間を切った頃には、緊張感が高まり始め、多忙な日々に疲れが見えるようになった。
「これじゃクラス全体でまとまれないかもな…」
拓真がぼそっと漏らした言葉を聞き、いるみは内心少し不安になった。
そんな中、担任の先生が授業を使ってクラスミーティングを開いた。ホワイトボードには「団結力を高める方法」という文字が大きく書かれていた。
「みんな、体育祭で優勝を狙うなら、もっと一致団結しないといけない。でもどうしたらいいか、意見を出してみて。」
先生の言葉にクラスがざわついた。すると、バレーボール部の女子3人が前に立ち上がった。
「私たち、いい方法を思いついたんですけど…」
リーダー格の明日香が少し緊張した面持ちで口を開いた。
「クラス全員で坊主になりませんか?」
その瞬間、教室は静まり返った。誰もが耳を疑ったように、目を見開いて明日香を見つめていた。
「え、えっと、坊主って…あの、髪を全部剃るってこと?」
いるみが恐る恐る尋ねると、明日香は真剣な顔で頷いた。
「そう。髪を切ることで、優勝祈願の意味もあるし、クラス全員が本気で団結してるってアピールになると思うんだ。」
教室中から「えー!?」「それはちょっと…」といった声が上がる。
「無理無理!」「絶対やりたくない!」という反対意見も出たが、一方で「それ面白そうじゃん」という賛成の声も聞こえ始めた。
「まぁ、みんなが納得するなら…」と、担任の先生も慎重な口調で言葉を続けた。
「まずは多数決を取ってみようか。それから髪型の選択肢もアンケートで決めよう。」
こうしてクラス全員がアンケートを記入することになった。その結果、驚くべきことに過半数が断髪に賛成。しかも、髪型は坊主かスキンヘッドという結果になったのだった。
その日の帰り道、いるみは自転車を漕ぎながら何度も自分の髪を触った。
「私のこの髪…中学からずっと伸ばしてたのに。」
胸のあたりまである黒髪が風になびくたび、何とも言えない気持ちが湧き上がる。
バイト先に着いてもそのことが頭から離れず、夢に思わず打ち明けた。
「ねえ夢ちゃん、クラスで全員坊主にするって話になったんだ。」
「えっ、それ本気で言ってる?」
夢は驚きながら、でもどこか楽しそうに笑った。
「いるみ、似合うかもよ。坊主になったら!」
「いやいや、冗談でしょ…。でもどうしよう、本当にやることになりそうなんだよね。」
夢の笑顔を見ても、いるみの心は晴れなかった。
体育祭の準備が進むにつれ、バレーボール部の女子が一人ひとりに「本当に坊主にする覚悟があるか」を確認して回るようになった。いるみだけは「うん」と言えないまま、日々が過ぎていった。
「私、どうすればいいんだろう…」
いるみは鏡の前で髪を触りながら、悩み続けていた。
第3章:揺れる決意
夕陽が沈む帰り道、いるみは自転車を漕ぎながら、風に揺れる自分の髪をじっと見つめていた。
「本当に坊主にしなきゃいけないのかな…?」
体育祭で優勝するためにクラス全員が坊主になるという前代未聞の提案が決まってから、いるみの心はずっとざわついていた。
長い髪の毛は、いるみにとって中学時代から大切にしてきた宝物だった。毎月毛先を少しだけ切るのを繰り返し、大事に伸ばしてきた髪。触るたびに自分らしさを感じるものを、すべて失う覚悟を求められている。
「どうしよう…」
ため息混じりに小声でつぶやき、ペダルを踏む足が自然と重くなった。
バイト先のコンビニに到着すると、夢がすでにレジで接客をしていた。
「いるみ、お疲れ!今日も忙しそうだね。」
夢は笑顔で手を振りながら声をかけてきた。その明るさに、いるみは少しだけ心が軽くなる気がした。
「お疲れ、夢ちゃん。今日は私、ちょっと考え事ばっかりでさ…。」
「考え事?何かあった?」
いるみはロッカーに荷物を置きながら、ぽつりと答えた。
「クラス全員で坊主にすることになったんだ。」
夢は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑い出した。
「え、それ本気で言ってるの?冗談じゃなくて?」
「うん、本気。体育祭で優勝祈願だって…。」
「まじかー。いや、でも面白いクラスだね!いるみが坊主になったらどんな感じになるんだろう。」
夢は軽い冗談のつもりで笑ったが、その言葉にいるみは複雑な気持ちだった。
「私…ずっとこの髪、大事にしてきたんだよね。」
いるみは控え室の鏡で自分の髪をじっと見つめた。その視線はどこか遠くを見ているようでもあった。
「切るのが怖いの?」
夢が問いかけると、いるみは小さく頷いた。
「怖いよ。だって、今の私ってこの髪と一緒にある気がして…。」
夢はしばらく考え込み、やがて優しい声で言った。
「髪は確かに大事かもしれないけど、いるみが何を大事にしたいかが一番じゃない?クラスのことも、自分のことも、どっちも大事ならちゃんと向き合ってみなよ。」
その言葉に、いるみは少しだけ背中を押されたような気がした。
数日が過ぎ、体育祭の準備が本格化していく中で、バレーボール部の女子たちがクラスメイト一人ひとりに坊主にするかどうかの確認を取っていた。
「いるみ、どうするの?まだ悩んでるの?」
バレーボール部の明日香がいるみに声をかける。
「うん…まだ決められてなくて。」
いるみは目を伏せながら答えた。
「そっか。でも大丈夫だよ、無理に決めなくても。」
明日香は優しい笑顔を見せたが、その目にはクラス全員が一致団結してほしいという強い思いが込められているように見えた。
いるみはその夜、部屋で一人鏡に向かい、髪を触りながら考え続けた。
「私にとってこの髪って、何なんだろう?」
鏡に映る自分の姿は、少し不安そうな顔をしていた。
体育祭まであと2週間になった週末、明日香からいるみに誘いがあった。
「いるみ、うちに遊びに来ない?ちょっと見せたいものがあってさ。」
その日の午後、いるみは自転車で明日香の家に向かった。明日香の部屋は、スポーツ一色の雰囲気だった。壁には数々の大会での写真やメダルが飾られており、棚にはトロフィーが並んでいた。
「これ、全部小学生の頃からの写真なんだ。」
明日香はアルバムを開きながら、楽しそうに説明した。
「私、昔からいろんな髪型してたんだよね。ショートもあればポニーテールもあって、でも結局スポーツ刈りが一番楽で気に入ってるんだ。」
いるみはページをめくりながら笑った。
「本当に色々やってるね。でも、今の髪型も似合ってる。」
「ありがとう。でもさ、髪型なんて変わるものだし、私は髪よりやりたいことを大事にしてるんだ。」
そう言うと、明日香は突然バリカンを取り出した。
「これ、触ってみる?」
「えっ、バリカンって初めて見るかも。」
いるみは少しおそるおそるバリカンを触った。冷たい金属の感触が指先に伝わる。
すると明日香は、自分でバリカンを握り、髪を刈り始めた。
「こんな感じでね、ほら、簡単に刈れるでしょ?」
バリカンが髪を滑る音が部屋に響き、明日香の後頭部があっという間に短くなっていく。
「すごい…なんかかっこいいね。」
いるみは思わず笑いながら言った。刈り上げられていく髪を見ていると、自分の中にあった恐怖心が少しだけ和らいでいく気がした。
「やってみる?」
明日香が冗談めかして言うと、いるみは少し考えてから笑顔で首を振った。
「ううん、もう少しだけ考える。でも、なんか覚悟決まりそう。」
その夜、いるみは決心した。
「私も坊主にしてみよう。きっと、何か変わる気がする。」
鏡に映る自分の髪に別れを告げる覚悟を、彼女は心の中でそっと決めたのだった。
第4章:刈り上げられる決意
日曜日の午後、明日香の家に訪れたいるみは、心臓が少し早く鼓動するのを感じながらインターホンを押した。
「いらっしゃい!準備万端だよ!」
明日香の明るい声が出迎えると、いるみは自然と笑みを浮かべた。けれど、玄関に入る足はほんの少し重い。
「本当に坊主にしちゃうんだよね…」
心の中で繰り返し自問自答しながら、明日香の部屋に通される。そこには椅子と敷物、そしてテーブルの上に置かれたバリカンと剃刀が用意されていた。窓から差し込む穏やかな秋の陽光が、静かな緊張感を包み込むようだった。
「どう?まだやるか迷ってる?」
明日香が振り返って尋ねる。いるみは深呼吸をして答えた。
「いや、もう決めたよ。やるって。」
その言葉に明日香は満足そうに頷いた。
「よし、じゃあ覚悟を見せてもらおう!」
いるみは椅子に座り、背筋を伸ばした。明日香はバリカンを手に取り、スイッチを入れると部屋に低い振動音が響いた。
「じゃあいくよ。まずは後ろからね。」
バリカンの刃が首筋に当たった瞬間、いるみはひんやりとした感触に思わず肩をすくめた。
「冷たい…!」
「最初はそんな感じ。でもすぐ慣れるよ。」
明日香は微笑みながら、ゆっくりとバリカンを動かした。
ざくざくと髪が刈られていく音が部屋に響き、ロングヘアが次々と床に落ちていく。いるみの目の前に大きな鏡が置かれていたが、彼女は鏡の中の自分を見ることがまだできなかった。
「わあ…すごい。こんなに髪が落ちるんだね。」
いるみの震えた声に、明日香が手を止めて笑った。
「そうでしょ?でもね、これがだんだん楽しくなってくるから不思議なんだよ。」
後頭部から刈り上げられたいるみの頭皮が次第に露わになり、明日香はさらに丁寧にバリカンを動かした。
「耳周り、ちょっと動かないでね。ここが一番難しいんだ。」
「う、うん。」
いるみは息を詰めながらじっと座っていた。
やがて前髪に手が伸びた。明日香はバリカンを持ち直し、いるみに尋ねた。
「準備はいい?」
「…うん、お願い。」
いるみは目を閉じた。バリカンが額に触れ、前髪が刈られる感覚がはっきりと伝わる。落ちていく髪が視界の隅で揺れるのを感じながら、いるみは覚悟を決めて目を開けた。
鏡に映るのは、ほとんど坊主に近づいた自分の姿。初めて見る自分に驚きつつも、不思議と怖さは感じなかった。
「どう?悪くないでしょ?」
明日香が声をかけると、いるみは少しだけ微笑んだ。
「うん…意外と平気かも。」
バリカンでの坊主が完成すると、明日香は剃刀を手に取り、新しいクリームを持ってきた。
「せっかくだから、スキンヘッドまでいこう。これで本当にツルツルになるよ。」
「剃るの…?」
いるみは一瞬ためらったが、明日香の自信に満ちた表情を見て、再び頷いた。
「うん、やってみる。」
明日香はクリームを手に取り、いるみの頭に優しく塗り広げた。ひんやりとした感触に、いるみは再び軽く身震いした。
「これ、なんか気持ちいいね。」
「でしょ?慣れるとクセになるよ。」
剃刀を慎重に頭に当てた明日香は、刃をゆっくり滑らせながら髪の残りを剃っていった。
「剃刀って思ったより滑らかに動くんだね。」
「コツをつかめばね。ほら、触ってみて。」
剃り終えた部分を指で触れると、ツルツルの感触が手に伝わった。
「わあ…本当に何もない!」
いるみは驚きと感動の声を上げた。
明日香は最後まで丁寧に剃り上げ、仕上げに湿らせたタオルでいるみの頭を拭き取った。
「はい、完成!見てみて。」
鏡の中に映る自分は、完全なスキンヘッド。最初は違和感があったが、いるみは鏡をじっと見つめながら思わず微笑んだ。
「これが…私か。悪くないかも。」
いるみは椅子から立ち上がり、明日香に向き直った。
「ありがとう。本当にやってよかった。」
明日香は満足げに頷いた。
「でしょ?なんかスッキリするし、新しい自分に出会えた感じがするよね。」
いるみは軽く頭を撫でながら、秋風を感じる窓の外を見た。スキンヘッドになったことで、自分の中に新しい一歩を踏み出した感覚が広がっていくのを感じていた。
「これが新しい私か…。」
軽くなった頭に触れながら、彼女はこれからの体育祭への思いを少しずつ強くしていった。
家に帰ったら、この姿を親にどう説明しようかと少し心配しながらも、いるみの中には確かな充実感が芽生えていた。
第5章:断髪式への決意
いるみが坊主頭になってから数日が経った。朝起きると、まず頭に手を触れる習慣ができた。短くなった髪のざらざらした感触に、毎朝少し驚きながらも、自分が変わったことを実感する。
「うん、今日も大丈夫。」
鏡に映る自分に小さく声をかけ、いるみは制服を着て学校へ向かった。通学路の風がこれまでとは全く違う感触で頭を撫でていく。
学校に到着すると、すでに体育祭の準備が進められていた。クラスメイトたちが飾り付けや看板の設置をしている中、いるみは自分の坊主姿をクラスにどう見せるか少しだけ緊張していた。
「おはよう!」
クラスメイトの美咲が声をかけてきたが、いるみのウィッグ越しの頭をちらりと見て、少し不思議そうな顔をした。
「いるみ、なんか雰囲気変わった?」
「う、うん、ちょっとね…。」
そう答えると、いるみは勇気を振り絞ってウィッグを外した。
「実はさ、先に坊主にしちゃった。」
教室が一瞬静まり返った。クラスメイトたちは驚いた表情でいるみのツルツルの頭を見ていたが、次の瞬間、美咲が笑顔で言った。
「えっ、めっちゃ似合ってるじゃん!いるみ、本気なんだね!」
その言葉に教室中がざわめき始め、男子たちからも声が飛んだ。
「すげえ、マジでやったんだ!」
「俺も覚悟決めなきゃな!」
その日の放課後、クラス全員が断髪式の準備を進めるために教室に集まった。体育祭の前夜、全員で教室に敷物を敷き、順番に髪を切ることに決まっていた。
いるみはクラスの中心に座り、バレーボール部の明日香がバリカンを手に持ちながら言った。
「みんな、私たちがここまで団結してきた証として、この坊主があると思う。優勝に向けて、気持ちを一つにしよう!」
「おー!」
男子も女子も声を上げて賛同し、断髪式は始まった。
最初の一人は、リーダーの拓真だった。彼は緊張した表情で椅子に座りながら、明日香に「頼む」と小さく声をかけた。バリカンのスイッチが入ると、振動音が教室中に響いた。
「よし、いくぞ!」
バリカンが彼の髪を刈り始めると、教室中から歓声が上がった。
「おー!めっちゃ似合う!」
「すごい、意外といいじゃん!」
次々とクラスメイトが椅子に座り、髪を刈られていく。みんなが楽しそうに笑い合いながらも、どこか緊張感が漂っていた。
そして最後に、クラスの女子全員が集まり、一斉に坊主に挑戦することになった。いるみは彼女たちの手を握り、「大丈夫、みんなでやれば怖くないよ」と励ました。
「いるみが先にやってくれたから、なんか勇気出たよ。」
美咲が笑いながら言うと、他の女子たちもうなずいた。
髪が刈られるたび、教室中に笑い声と歓声が響いた。
「やばい、意外と気持ちいいかも!」
「これで私たち、完全に一つになったね。」
その夜、教室には髪が散らばり、坊主になったクラスメイトたちが笑顔で並んでいた。
「これが私たちの決意だね!」
いるみがそう言うと、みんなが声を揃えて答えた。
「絶対優勝するぞ!」
その瞬間、クラスは本当の意味で一つになった。体育祭への決意を胸に抱きながら、いるみは自分が坊主になることで得たものの大きさを改めて感じていた。
第7章:坊主の誇り
体育祭がいよいよ明日に迫った朝、いるみは鏡の前で自分の坊主頭をじっと見つめていた。
「これが私の新しい姿…。」
手を頭に当て、坊主頭の感触を確認する。最初は少し違和感があったが、今は自分らしさを象徴するように思えていた。
学校に着くと、教室では準備に追われるクラスメイトたちの活気に満ちていた。すでに坊主になった男子たちは体育祭の作戦を話し合い、女子たちは模擬店の看板の仕上げをしている。
「おはよう、いるみ!」
美咲が声をかけてきた。坊主になった彼女の頭が朝日を受けて輝いている。
「おはよう、美咲。なんかすっごく似合ってるね!」
「いるみだって負けてないよ!」
二人は笑い合い、準備の手伝いに向かった。
昼休みになると、いるみはバイト仲間の夢(ゆめ)にスキンヘッド姿を初めて披露するため、隠していたウィッグをそっと外した。
「夢ちゃん、ちょっと見てほしいんだけど…。」
夢が振り返ると、いるみの坊主姿を見て目を丸くした。
「えっ、いるみ!?本当にやったの!?」
「うん。これがクラスの一体感の証なんだよ。」
夢はしばらく驚いた表情をしていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「めっちゃかっこいいじゃん!なんかいるみらしいよ!」
その言葉に、いるみは少し恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう。みんなでやったから怖くなかった。」
体育祭前夜、教室では最後の準備が進んでいた。敷物の上にはクラス全員で刈った髪の束が置かれ、それがこれまでの努力の象徴のように見えた。
「これ、どうする?捨てちゃうのもったいないよね。」
拓真が髪の束を手にして言った。
「記念に写真撮っとこうよ!」
美咲が提案し、全員で坊主姿のまま教室で集合写真を撮影することにした。
撮影が終わると、いるみがクラスの真ん中に立って声を上げた。
「みんな、これで明日私たちは一つになれたよね。絶対優勝して、最高の思い出を作ろう!」
クラス全員が拍手し、「おー!」と声を上げた。
その夜、いるみは家で準備を整えながら、明日の体育祭を思い描いていた。
「クラス全員で頑張れば、絶対優勝できる。」
鏡に映る自分の坊主頭に手を当て、自信を込めてそう言い聞かせた。
体育祭がいよいよ明日に迫った前日、いるみは家の浴室で鏡の前に立っていた。
「明日は絶対に勝ちたい。スキンヘッドも完璧に整えておかなくちゃ。」
湯気が立ちこめる浴室で、剃刀とクリームを手に取った。これまで何度か剃り直しているが、まだ少し緊張する。
鏡に映る自分の坊主頭を見つめながら、クリームを手に取って頭に塗り広げる。ひんやりとした感触が頭皮に心地よく伝わるたびに、これが自分の日常になったのだと実感する。
「これももう慣れたな…。最初は怖かったけど。」
剃刀を慎重に当て、後頭部から前へと刃を滑らせる。剃り終えた部分を指で触れると、ツルツルの感触が広がっていく。
「よし、いい感じ。」
耳の周りや側頭部は少し難しいが、手鏡を使いながら丁寧に剃り進める。剃刀を滑らせるたびに、いるみの頭はさらに滑らかになっていった。
「これで明日は完璧なスキンヘッドで行ける。」
最後に、湿らせたタオルでクリームを拭き取ると、鏡の中には輝くようなスキンヘッドが映っていた。
「うん、これで準備完了。」
いるみは満足げに微笑み、浴室を出た。
その夜、クラスメイトたちもそれぞれスキンヘッドを整えていることを想像すると、自然と笑みがこぼれた。
「みんなで明日、全力を出すんだ。」
坊主にした頭を軽く撫でながら、いるみは心の中でそう誓った。
翌朝、クラス全員がピカピカに整えたスキンヘッドで登場することになるとは、周囲の生徒たちもまだ知らない。いるみは布団に入り、明日を思い描きながら静かに目を閉じた。
翌朝、体育祭当日。学校のグラウンドは早朝から多くの生徒や保護者で賑わっていた。いるみたち1年生のクラス全員が坊主姿で登場すると、会場は一瞬静まり返り、その後大きなざわめきが起こった。
「えっ、あのクラス全員坊主だよ!」
「すごい、なんか迫力ある…!」
観客席や他のクラスの生徒たちが目を見張る中、いるみは胸を張って歩いた。
「恥ずかしくない?」
隣にいた美咲が小声で尋ねてきたが、いるみは首を振った。
「全然。これが私たちの誇りだから。」
いるみたちのクラスは競技ごとに息の合ったパフォーマンスを見せ、観客を圧倒していった。
「いけー!」「負けるな!」
応援の声が飛び交う中、クラス全員の坊主姿は一体感を感じさせ、どの競技でも一丸となった動きを見せた。
クラスリレーではいるみがアンカーを務めた。バトンを受け取った瞬間、彼女は力強く走り出した。
「負けない!」
全身を使ってゴールに向かういるみの背中には、クラス全員の思いが乗っている。観客席からは歓声と拍手が沸き上がった。
競技が全て終了し、結果発表の時間がやってきた。体育館に集まった全校生徒と教職員、そして保護者たちの前で、校長先生がマイクを握った。
「今年の体育祭、総合優勝は…1年3組です!」
歓声が体育館中に響き渡った。いるみたちのクラス全員が飛び上がり、抱き合い、涙を流した。
「やったー!優勝だ!」
拓真が拳を突き上げ、明日香がいるみの肩を抱きながら叫んだ。
「いるみ、これで私たちの坊主も最高の形になったね!」
いるみは涙を拭いながら頷いた。
「本当にみんなのおかげだよ。ありがとう。」
坊主姿のクラス全員が表彰台に並び、誇らしげにトロフィーを掲げた。その姿は、1年生ながら学校全体に強烈なインパクトを与えた。
いるみは心の中で静かに誓った。
「この坊主姿を誇りにして、もっと強くなろう。みんなと一緒に。」
新しい自分を見つめながら、彼女は体育祭の熱気に包まれていた。
第8章:輝く坊主たちの証
体育祭が終わった翌朝、いるみは久しぶりに少し遅めに目を覚ました。窓の外から差し込む秋の柔らかな陽光が、部屋を温かく包んでいる。
「昨日、優勝できたんだよね…」
ベッドの中で思い返すと、胸の中に達成感がじわりと広がった。枕元に置いていた手鏡を手に取り、自分の坊主頭を見つめる。
「もう全然違和感ないな。」
手をそっと頭に触れ、スルスルと滑る感触を楽しんだ。思い切って坊主にした自分と、クラス全員で勝ち取った優勝。そのどちらも誇りだった。
学校に着くと、昨日の熱気がまだ残っているかのように、生徒たちの間で体育祭の話題が飛び交っていた。
「1年3組、すごかったなー!」
「全員坊主って、あれ本気だったんだ。」
教室に入ると、クラスの仲間たちもそれぞれの席で思い思いに昨日の出来事を語り合っていた。坊主頭の男子たちはふざけ合いながら頭を軽く叩き合い、女子たちも笑顔で髪の感触を確かめ合っていた。
いるみも自分の席につくと、隣の美咲が話しかけてきた。
「いるみ、昨日のアンカー、本当にかっこよかったよ!」
「ありがとう。でもみんなが頑張ってくれたからだよ。」
いるみは少し照れくさそうに笑ったが、その表情には確かな自信が宿っていた。
担任の先生が教室に入ってくると、黒板に大きな文字で「祝・優勝!」と書かれていた。
「みんな、おめでとう!1年生が優勝するなんて誰も予想していなかったよ。」
先生がそう言うと、教室中から拍手が巻き起こった。
「でもさ、あの坊主は正直驚いたよ。保護者の中にもびっくりしてた人がいたけど、結果的にみんなの団結力を見て納得してた。」
先生の言葉にクラス全員が笑い合い、誇らしげに頷いた。
その日の昼休み、クラスの女子たちがいるみを囲むように集まってきた。
「いるみ、私たちも坊主になってよかったよね。」
美咲が言うと、他の女子たちも口々にうなずいた。
「そうそう。最初はめちゃくちゃ怖かったけど、やってみたら意外と悪くなかった。」
「むしろ、この髪型けっこう楽だよね!」
笑いながら話す女子たちの顔には、迷いも後悔も見られなかった。
いるみはそんな彼女たちを見て、胸が熱くなった。
「みんな、本当にありがとう。私、みんながいてくれたからここまで来れたよ。」
感謝の言葉を口にすると、周りの女子たちが「いるみもありがとう!」と声を揃えて応えた。
その後、クラス全員で体育祭の記念写真を撮ることになった。校庭の真ん中に集まり、坊主頭を光らせながら並んだクラスメイトたち。
「よし、全員入った?いくよー!はい、チーズ!」
シャッター音が響き、笑顔と坊主頭が画面いっぱいに収められた。
担任の先生がその写真を見て、感慨深そうに言った。
「こんなクラス、他にないよ。本当にすごい。」
写真は後日クラスの教室に飾られることになり、みんなの思い出の一枚として残ることになった。
その夜、いるみは家で一人、自分の坊主頭を触りながら考えていた。
「髪を切るのは怖かったけど、このクラスだからできたんだよね。」
自分の中にあった不安や迷いを乗り越えた先にある達成感と充実感。それが彼女を大きく成長させていた。
「これからも、この髪型と一緒に頑張っていこう。」
心の中でそう誓いながら、いるみはそっと目を閉じた。
翌日、学校に貼られたクラスの集合写真には、「輝く坊主たち」と題されたタイトルが添えられていた。その写真を見た生徒たちが次々と足を止め、感心したように眺めている姿を見て、いるみたちは誇らしい気持ちで胸を張った。
「これが私たちの証だね。」
美咲が写真を見ながらつぶやくと、いるみも頷いて答えた。
「うん、最高の証だよ。」
クラスの仲間たちと共に歩む新たな日常が、また静かに始まっていった。
第9章:スキンヘッドの日常
体育祭が終わり、学校にはいつもの日常が戻ってきた。けれど、いるみにとっては少し違う日々の始まりだった。毎朝、鏡の前に立つたびに、自分の坊主頭に手を触れるのが習慣になった。
「ツルツルだな…。」
いるみは小さく笑った。この感触にもすっかり慣れた。坊主にしてから1週間、彼女はこれまで以上に自分に自信を持てるようになった気がしていた。
朝の登校時間、学校の校門をくぐると、クラスの女子たちが笑顔で手を振っていた。全員が坊主頭でそろっている姿は、周囲の生徒たちから注目の的だった。
「いるみ、おはよ!」
美咲が駆け寄り、ツルツルの頭を軽く触った。
「相変わらず気持ちいいね、これ。」
「やめてよ!でも、確かに楽だよね。」
二人で笑い合いながら教室へ向かった。
教室に入ると、男子たちが坊主頭を見せ合いながらふざけていた。
「おい、見ろよ!このツルツル具合、最高だろ!」
「いやいや、俺のほうが完璧だって!」
笑い声が響く中、いるみも自然とその輪に入っていった。
「ねえ、そろそろまた剃らないと伸びてくるよね。」
男子の一人がつぶやくと、明日香が頷いた。
「そうだね。せっかくだからみんなで剃るイベントでもやろうか!」
クラス全員が笑いながら「それいいね!」と盛り上がった。
その日の放課後、クラスの女子たちはいるみの提案で、スキンヘッドの手入れについて話し合っていた。
「剃刀ってどう使うのがいいんだろう?」
美咲が尋ねると、いるみは自分の経験を思い出して答えた。
「私はシャワーの後に剃るようにしてるよ。肌が柔らかくなってるから、剃りやすいし。」
「なるほど!じゃあ今度試してみようかな。」
女子たちは楽しそうに笑いながら、スキンヘッドのケアについて語り合った。
一方、放課後のバイト先でもいるみのスキンヘッドは話題になっていた。夢はレジで忙しく働きながら、いるみに笑いかけた。
「いるみ、本当に坊主似合ってるね。最初びっくりしたけど、今じゃ自然に見えるよ。」
「そう?ありがとう。でもバイト中にお客さんに見られるの、最初はちょっと恥ずかしかったんだよね。」
「大丈夫大丈夫!むしろインパクトあっていいと思うよ。」
夢の明るい言葉に、いるみは自然と笑顔を返した。
「そっか、そうだよね。もう気にしないことにする!」
その週末、クラスの女子全員で集まり、スキンヘッドの手入れをすることになった。場所は明日香の家。広いリビングに集まった彼女たちは、それぞれ剃刀やクリームを持ち寄っていた。
「じゃあ、誰からいく?」
明日香がニヤリと笑いながら手を挙げると、美咲がすかさず答えた。
「私!自分でやるのちょっと怖いから、誰か助けて!」
「じゃあ私がやるね。」
いるみが手を挙げ、美咲の頭に優しくクリームを塗り始めた。
「冷たーい!」
美咲が声を上げて笑うと、他の女子たちも楽しそうに見守っていた。
「ほら、じっとしててね。失敗しちゃうと痛いよ?」
「わかったわかった!」
クリームを塗り終えた後、いるみは慎重に剃刀を当てた。ツルツルになっていく美咲の頭を見て、みんなが「おー!」と歓声を上げた。
「完璧!ツルツルになったよ。」
「ほんとだ!ありがとう、いるみ!」
その夜、いるみは一人でお風呂場に入り、自分の頭を剃り直していた。湯気が立ち込める中、剃刀が頭を滑るたびに心がスッキリとしていく。
「これ、もう習慣になっちゃったな。」
鏡に映る自分を見つめながら、いるみは少し誇らしい気持ちになった。
翌日、スキンヘッドをさらにツルツルにしたクラスの女子たちは、教室に入ると男子たちに自慢げに頭を見せた。
「どう?私たちのほうが綺麗でしょ!」
美咲が得意げに言うと、男子たちも負けじと頭を触りながら言い返した。
「いやいや、俺たちのほうが完璧だって!」
そんなやり取りに、いるみはクスクスと笑いながら加わった。
「みんなでこんな風に笑い合えるの、坊主になったからだよね。」
心の中でそう思いながら、彼女はクラスの一体感をさらに強く感じていた。
スキンヘッドで過ごす日々は、いるみとクラス全員にとって新しい日常となりつつあった。それは単なる髪型の変化ではなく、クラス全員が共有する特別な絆の証だった。
「坊主も悪くないよね。」
窓の外を眺めながらいるみがつぶやくと、隣にいた美咲が笑顔で頷いた。
「うん、これが私たちのスタイルだよ。」
彼女たちの新しい日常は、これからもクラス全員の笑顔とともに続いていくのだった。
第10章:新たな日常の始まり
秋の終わりが近づき、澄んだ青空が広がる朝。いるみはいつものように鏡の前に立って自分の坊主頭を見つめた。
「これが私たちの証だよね…。」
手でツルツルになった頭を優しく撫でながら、これまでの出来事を思い返していた。体育祭の優勝、クラス全員で坊主になったこと、その後の日々の楽しさ。すべてが一つの大きな思い出として心に刻まれていた。
「よし、今日も頑張ろう。」
いるみは制服を整え、自転車のペダルを力強く踏み込んで家を出た。冷たい風が頭を直接撫でていく感覚にもすっかり慣れていた。
学校に到着すると、クラスメイトたちの笑い声が聞こえてきた。坊主になったことで団結が深まったクラスは、体育祭が終わった後も以前にも増して活気に溢れていた。
「いるみー!」
教室に入ると、真っ先に美咲が駆け寄ってきた。彼女もまだツルツルのスキンヘッドを維持していた。
「おはよう、いるみ。今朝も剃ったの?」
「もちろん!これ、もう習慣だよね。」
二人は笑い合いながら席についた。
その日、担任の先生が教室に入ってくると、手に一枚の紙を持っていた。
「みんな、これ見て。」
先生が見せたのは、体育祭の集合写真だった。全員が坊主姿で笑顔を見せている写真には、「1年3組 体育祭 優勝!」と大きく文字が入れられていた。
「この写真、学校の掲示板に飾るってさ。君たち、本当に伝説のクラスになったね。」
先生の言葉に、教室中が歓声と拍手で包まれた。
「これ、最高の思い出になるよね!」
拓真が嬉しそうに言うと、クラス全員が頷いた。
「いやいや、むしろ私たちの今が最高だよ。」
明日香が笑いながら言い、それに続いてみんなが笑顔を交わした。
昼休み、クラスの女子たちは一つの机を囲んでお喋りをしていた。
「ねえ、そろそろ髪を伸ばそうかなって思ってるんだけど、どう思う?」
美咲が少し照れくさそうに言うと、周りの女子たちは「えー?」と声を上げた。
「美咲、伸ばすの?せっかく似合ってるのに!」
「まあね。でもちょっと違う自分も見たくて。」
いるみはその言葉を聞いて、優しく微笑んだ。
「それもいいと思うよ。髪型ってそのときの自分を表すものだから、好きなようにすればいいんじゃない?」
「ありがとう、いるみ!」
美咲は少し安心したように頷いた。
放課後、いるみはバイトに向かう途中、自転車を漕ぎながら考えていた。
「私もいつか髪を伸ばすのかな…。でも、今のこの坊主のままでも十分いい気がする。」
風が吹くたびに頭に心地よい冷たさが広がる。坊主になったことで、外見だけでなく、心の中にも新しい自分が生まれた気がしていた。
バイト先では夢がレジで忙しそうに働いていた。いるみが入店すると、夢がすぐに気づいて手を振った。
「いるみ、お疲れ!今日もいい感じだね、その頭。」
「ありがとう!そっちは忙しそうだね。」
「まあね。でも、いるみの坊主姿を見るとなんか元気出るんだよね。」
夢の言葉に、いるみは照れくさそうに笑った。
「そんなこと言われると嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいな。」
夜、自宅に帰ったいるみは、再び鏡の前に立った。
「この頭とも、あとどれくらい一緒にいられるんだろう。」
未来の自分を少しだけ思い描きながらも、今を大切にしようと改めて思った。
いるみはベッドに入り、体育祭での記憶を思い返した。クラス全員で髪を刈り合い、スキンヘッドにすることで得た一体感。それが彼女たちの心にどれだけ大きな力を与えたかを、今でも鮮明に感じていた。
「髪型なんてただの外見かもしれないけど、私たちの坊主はそれ以上のものだった。」
胸の中に湧き上がる誇りを感じながら、彼女は静かに目を閉じた。
次の日、学校の掲示板に飾られた集合写真を見て、他の生徒たちがざわざわと話しているのが聞こえた。
「このクラス、ほんとに全員坊主になったんだよね?」
「すごいよね。優勝するわけだ。」
いるみはその声を聞きながら、クラスメイトたちと一緒に写真を眺めた。
「これが私たちの証だよね。」
明日香がそう言うと、いるみは頷いて答えた。
「うん、絶対に忘れられない最高の思い出だよ。」
笑顔と誇りを胸に、いるみたちの新たな日常は静かに続いていくのだった。
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