スキンヘッド店長 ―髪に託した人生の選択―

S.H.L

文字の大きさ
1 / 5

第一章 成人式と約束の鋏

しおりを挟む
 やまさきまいは、高校を卒業してから三年、スーパーの制服を身にまとい、ほとんど毎日を職場で過ごしてきた。
 朝は開店準備から始まり、閉店後はレジ締めや棚卸しの手伝いまで。誰よりも動き、誰よりも声を出す。気が付けば、年下のパートやアルバイトから「まいさん」と慕われ、社員からも頼りにされる存在になっていた。

 その髪型はいつも決まっていた。
 黒々とした胸元まで伸びたストレートを、黒いゴムで高めに結ったポニーテール。制服の襟元からしなやかに垂れるその髪は、働き者の印でもあり、まい自身の“仕事の顔”でもあった。

 しかし彼女の胸の奥には、誰にも話していない決意が宿っていた。
――成人式が終わったら、ロングヘアをばっさり切る。

 高校卒業のときにそう決めたのだ。
 進学を諦め、就職を選んだとき、「大人になるために何かを区切らなければ」と思った。髪を切ることは、生活の節目を刻むための、自分なりの儀式のように感じていた。

 その思いに拍車をかけたのは、スーパーに毎日のように通ってくる常連客の一人、近所に小さな美容室を営むおばさまだった。

「まいちゃん、成人式はもうすぐだろう?」
 夕方の品出しのとき、にこやかに話しかけられる。
「はい。来月なんです」
「ふふ、せっかくだから髪も新しくしてみたらどう? あなた、ずっと長い髪を結んでるでしょう。きっと思い切って切ったほうが似合うと思うわ」

 不意に言われて、まいは驚いた。
「え……似合うと思いますか?」
「ええ、顔立ちがすっきりしてるから。ロングで隠すよりも、ショートで出したほうが映えるわよ。成人式は振袖を着るんでしょう? セミロングくらいでまとめて、そのあとで思い切ってベリーショートに。そういう節目にするといい」

 その言葉は、不思議なほど自然に胸に落ちてきた。
 成人式を機に切るつもりではいた。けれど「どう切るのか」を決めかねていたのだ。セミロングからショートへ――その流れをおばさまに示され、まいは視界が開けたような気持ちになった。

「……いいかもしれません」
「決まりね。うちの店においで。家族でやってる小さな美容室だけど、腕は確かだから安心して」

 そうして紹介された美容室へ、まいは成人式直前の日に足を運ぶことになった。



 冬の午後、暖簾のかかった小さなガラス戸を開けると、ふわりとシャンプーの香りが漂ってきた。
 白木の床は磨かれ、壁には落ち着いた絵画が飾られている。椅子は二つだけ、奥には大きな姿見。アットホームな空間に、まいの緊張も少し解けた。

「いらっしゃい、まいちゃんね。お母さんから聞いてるわ」
 迎えてくれたのは、常連のおばさまの息子で、美容師の男性だった。物腰が柔らかく、笑うと目尻にしわが寄る。

 ケープをかけられ、椅子に座る。
「成人式まではセミロング、そのあとでばっさりベリーショートですね」
「はい。自分でそう決めたので」
「素敵です。式のあとに楽しみが残っているなんて、最高じゃないですか」

 ハサミがリズムを刻み始める。
 肩に重たくかかっていた髪が、床へと落ちていく。ぱらぱらと散る毛束の感覚が心地よい。
「わぁ……軽い……」
 思わず声が漏れる。鏡の中では、顎のあたりまでのセミロングに整えられた自分が笑っていた。

「これなら成人式で華やかにアップにもできますし、その後切るのも楽しみになりますよ」
 美容師の言葉に、まいは頷いた。



 成人式当日。
 振袖の袖を通し、髪を結い上げてもらい、鏡を覗き込む。
「……大人になった、かな」
 呟いた声は、自分でも少し照れくさい。

 会場に足を踏み入れると、旧友たちの視線が一斉に集まった。
「えっ、まい!? 髪切ったの?」
「ロングだったのに! すごい似合ってる!」
「大人っぽいね!」

 皆の反応に、胸の奥がくすぐったくなる。ロングでなければと思い込んでいた自分が、もういなかった。

 写真を撮り、懐かしい話で盛り上がり、笑い声が絶えなかった。
 その一方で、夕方が近づくにつれ、まいの胸は再び高鳴っていた。
――今日は、あの約束を果たす日。



 式が終わると同時に、まいは親友を誘い、美容室へ直行した。
「ほんとに切るの? ベリーショートに?」
「うん。もう決めたから」
 親友は目を丸くしていたが、興味も隠せない様子だった。

 美容室の戸を開けると、美容師が笑顔で出迎えた。
「いらっしゃい。いよいよですね」
「はい、お願いします」

 ケープがかけられた瞬間、心臓が大きく跳ねた。

 ハサミが動き、肩まであったセミロングが次々と切り落とされていく。
「うわぁ……!」
 鏡の中に現れたのは、首筋がはっきりと見える自分。
「似合いますよ。ここからもっと短くしますね」

 鋏の音が軽やかに響く。耳の横が次々に切り落とされ、やがて顎のラインがくっきりと浮かび上がる。
 残された毛束をすき鋏で整えると、鏡にはベリーショートのまいが映っていた。
 大人びた輪郭、きりりとした瞳。今まで以上に自分がはっきりと姿を現した気がした。

 隣では親友もカットされていた。
「すごい……まいに似合ってる。私もショートにしちゃおうかな」
 そう言って笑った彼女は、そのままベリーショートに挑戦した。

 しかし、その時。
 美容師が台の上に置いたバリカンを見て、親友は目を輝かせた。
「ねえ……それで、刈り上げてみたい!」
「えっ!? 本当に!?」
 まいは驚き、声を上げた。

 美容師はにやりと笑い、アタッチメントを外した。
「じゃあ、いきますよ」
 ウィーン……と低いモーター音が響き、親友の耳の横にバリカンが当てられる。

 ぞりっ、と髪が削がれ、白い地肌が現れる。
「きゃーっ! でもすごい、気持ちいい!」
 親友が笑い声をあげる。黒髪がばさばさと床に落ちていくたび、まいの胸も高鳴った。

――刈り上げ。
 鏡越しに親友の首筋を見つめながら、まいは強く思った。
「私も……次は、やってみよう」

 その決意が芽生えた瞬間、成人式という節目が、彼女にとって本当の意味を持ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

坊主という選択

S.H.L
恋愛
髪を剃り、自分自身と向き合う決意をした優奈。性別の枠や社会の期待に縛られた日々を乗り越え、本当の自分を探す旅が始まる。坊主頭になったことで出会った陽介と沙耶との交流を通じて、彼女は不安や迷いを抱えながらも、少しずつ自分を受け入れていく。 友情、愛情、そして自己発見――坊主という選択が織りなす、ひとりの女性の再生と成長の物語。

刈り取り

S.H.L
大衆娯楽
広告代理店で「美しさ」を武器に成功していた彩夏(あやか)は、自分が評価される理由が外見だけであることに苦しみ、虚しさを感じていた。そんなある日、彩夏はこれまでの自分を捨て去る決意を固め、長かった髪をバリカンでスポーツ刈りにする。美しさを手放したことで、本当の自分を見つけようと模索し始める彩夏。新たに介護助手として働き始めた彼女は、患者との触れ合いを通じて「見た目」ではなく「心」で人と向き合うことの意味を知っていく——。髪を刈り取り、人生をリセットした彩夏が、新しい自分と未来を切り開いていく再生の物語。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

坊主女子:スポーツ女子短編集[短編集]

S.H.L
青春
野球部以外の部活の女の子が坊主にする話をまとめました

初体験の話

東雲
恋愛
筋金入りの年上好きな私の 誰にも言えない17歳の初体験の話。

処理中です...