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葵の場合

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田中と美紗子は共に新たな生活を始めたが、ある日、美紗子には実は15歳になる娘、結花がいることが明らかになった。美紗子は若い頃にかなり自由奔放な生活を送り、若くして結花を授かり、一人で育て上げてきたのだった。

結花は、自由奔放な性格で、母親の美紗子から受け継いだ明るさと好奇心旺盛な性格を持っていた。しかし、美紗子が若いころに経験したような困難な道を結花も歩むことになるとは、彼女自身も予想していなかった。

「結花、学校はどうだった?」田中が晩餐の席で尋ねた。

「ふつうだよ、特に変わったことなんてないよ。」結花は無関心な様子で返答し、フォークをいじりながら目を伏せた。

美紗子は結花の態度の変化を感じ取り、心配そうに田中を見た。「結花が最近、夜遅くまで外出することが増えたわ。友達と遊んでいるのかしら…」

田中は結花の目をじっと見つめながら、静かに言葉を選んだ。「結花、君がどんな友達と過ごしているのか、僕たちは心配しているんだ。大切なのは、君が安全で、正しい選択をしていることだよ。」

結花は一瞬、田中の言葉に動揺したが、すぐに態度を硬化させた。「私のことは心配しないで。私は自分のことは自分で決めるから。」

ある日、結花が不良グループと一緒にいるのを田中が目撃した後、美紗子と田中は結花を家に呼び出し、真剣な話し合いを持つことにした。

「結花、私たちは君が今、どんな状況にあるのか理解しようとしているんだ。」田中は優しく言った。「君がなぜ彼らと一緒にいるのか、僕たちに話してくれないか?」

結花はしばらく沈黙した後、静かに話し始めた。「私…私はただ、居場所が欲しかっただけなの。学校で孤立していて、誰からも理解されない気がして…彼らは私を受け入れてくれたの。」

美紗子は涙を流しながら結花を抱きしめた。「結花、私も若い頃、同じような過ちを犯したわ。でも、悪い選択が私たちをどこにも連れて行かないことを、私は知っている。私たちがいるわ、いつでも支えになるから。」

田中は結花の手を取り、彼女の目を見つめた。「結花、本当の居場所はここにあるんだ。君が誰であろうと、僕たちは君を愛している。間違った道を選んでも、ここに戻って来られるんだよ。」

結花の目には涙が溢れ、彼女は初めて心から家族の愛を感じ取った。田中と美紗子の支えを受け、結花は不良グループから離れ、自分自身と向き合う勇気を持つようになった。家族の絆は試練を乗り越え、より一層強固なものとなったのだった。

結花はリビングのソファに座り、泣きじゃくりながら美紗子と田中に心の内を明かした。「ママ、田中さん、私、もうどうしていいかわからない…。あのグループから抜けたいけど、彼らが許してくれないの。脅されてるの…。」

美紗子は結花を強く抱きしめ、「大丈夫よ、結花。私たちがなんとかするから。」と慰めた。田中は深刻な表情で頷き、決意を固めた。

田中は不良グループのリーダー、葵との対面を設けた。彼女は地元で名の知れた問題児で、その冷酷な眼差しは多くの人を怯えさせた。

「葵、話がある。結花のことでな。」田中は落ち着いた声で言った。葵は嘲笑うように田中を見下ろした。「あんた誰? 結花の何なのさ?」

「結花の家族だ。彼女がお前たちのグループから抜けたいって言ってる。それを認めてやれ。」田中の声は冷静だが、その眼差しには揺るぎない決意が宿っていた。

葵は不敵に笑った。「は? うちらのグループから抜けるなんてそう簡単にいくと思ってんの?」

田中は一瞬の沈黙の後、静かに言葉を続けた。「葵、お前のしてることの証拠を握ってる。今すぐ警察に行けば、お前は逮捕される。だが、それを望んでない。結花が安心して抜けられるようにしてやれ。そうすれば、このことはこれで水に流す。」

葵は自信満々の態度を崩さずにいたが、田中の言葉に少し動揺したのが見て取れた。「証拠だって? そんなの本当にあるのかよ?」

田中は静かながらも確固たる意志で葵に向き合った。「葵、お前が最近やってる薬物の売買、そして未成年を使った犯罪行為の証拠を握ってる。街の防犯カメラ、目撃者の証言、それにお前の指紋がついた物証もある。今すぐ警察に行けば、お前は逮捕されるだろう。」

葵は一瞬たじろぎながらも、すぐに反発した。「警察なんか怖くねえよ。証拠があるなら持って来いよ。」

田中は冷静に対応し、「証拠を出す前に、お前に選択肢を与えてやる。警察に行って長い間塀の中で過ごすか、あるいはここで坊主になって、結花がお前たちのグループから抜けることを認め、新しい人生を歩むチャンスをつかむかだ。」

葵は不敵な笑みを浮かべたが、田中の目の奥にある真剣さと、自分が置かれている状況の重大さを理解し始めた。「お前、本気でそんなこと言ってんのか?」

田中は動じずに答えた。「ああ、本気だ。お前にとっても、これが最後のチャンスだ。自分の未来を、今ここで選べ。」

沈黙が続いた後、葵はゆっくりと頭を下げた。「くそっ…分かったよ。坊主にする。だが、その証拠、本当に消すんだぞ。」

田中は頷き、「約束する。結花が安全に抜けられること、それだけが俺たちの望みだ。」と言い、葵は渋々ながらも、自らの運命を受け入れ、坊主になることで結花の離脱を認めたのだった。

田中は葵を自分の経営する小さな床屋に連れて行った。店内に入ると、葵は周囲を警戒するようにキョロキョロと見回したが、田中は落ち着いた様子でバーバーチェアに葵を座らせた。

「大丈夫だ、ここは誰もお前を傷つけたりしない。ただ、約束を守るためにここにいるんだ。」田中は葵にそう言いながら、床屋の道具を手に取った。

葵は少し緊張した様子で、「本当にやるのか?」と小声で尋ねた。

田中は一言も発せず、確かな手つきでバリカンを葵の頭にあてがった。バリカンが鳴り始めると、その振動が静かな店内に響き渡る。彼は葵の頭のてっぺんからゆっくりとバリカンを滑らせ始めた。長く美しい金髪が、刃の前に無力であるかのように切り落とされていく。

葵の髪は柔らかく、太陽の下で輝くような金色に染められていた。それが一束、また一束と、田中の手によって容赦なく削ぎ落とされていった。バリカンが通るたびに、長い髪が切り離され、重力に従って床に落ちていく。床屋の床は、まるで金色の絨毯のように、葵の髪で覆われていった。

葵自身、この瞬間をどう受け止めていいかわからないまま、静かに座っていた。彼女の心は複雑な感情で満ち溢れていたが、田中が握る証拠の重みが、彼女の声を封じ込めていた。バリカンが彼女の頭を滑るたびに、彼女は小さく身じろぎし、その冷たさと現実の厳しさを身体全体で感じていた。

バリカンの音とともに、葵の過去も少しずつ削り取られていくようだった。彼女の美しさの象徴であった長い金髪が、今や無機質な機械の前には無力で、ただ無情に床に落ちていくのを、葵はただ黙って見守るしかなかった。その過程で、彼女は自分の中にある何かを失っていく感覚を強く感じていた。

「これで終わりだと思ったのか?」田中の冷静な声が店内に響き渡る。

葵はほとんど声を出すことができず、かすかにうなずいただけだった。「…証拠が…あるなら…」彼女の声は恐怖で震えていた。

田中はバリカンにより短いアタッチメントを取り付けた後、再び葵の頭に手をかけた。五分刈りにされたばかりの葵の金髪は、すでにかなり短くなっていたが、田中はさらにその長さを削ることにした。「これで終わりだと思うなよ。」彼の声には冷たさが混じり、その言葉が葵の心をさらに重くした。

バリカンが動き出すと、葵の短くなった金髪が跳ねるようにして床に落ちていった。その度に、葵の頭からはますます髪が失われ、地肌が青々と見え始めた。彼女のかつての金髪の美しさは、もはや影も形もなく、ただ削り取られた頭皮が残るのみだった。

田中は淡々と作業を続けながらも、葵に対する同情の念を隠せなかった。「お前が結花にしたことを忘れるわけにはいかないんだ。これがお前の罰だ。」

五厘刈りが終わると、葵の頭はもはや金髪だったことがわからないほど地肌が露わになっていた。葵は自分の変わり果てた姿に言葉を失い、ただ無力感に包まれていた。

田中はバリカンを置き、葵に向き直った。「これで結花が抜けることを認めるんだな。お前のこれからの行動が、お前自身を変える第一歩になることを願うよ。」

葵は鏡を見て、自分の変わり果てた姿に驚愕したが、田中の言葉にはある種の救いを感じていた。彼女は深く頷き、新しい人生への第一歩を踏み出す覚悟を固めたのだった。

田中は一旦深呼吸をし、葵の頭に温かいタオルを優しく巻きつけた。その暖かさに葵は少し安堵したが、その後に待ち受けることを思うと、心は再び重く沈んだ。「お前が結花にしたことを忘れるわけにはいかない。証拠がある。これがお前の罰だ。」田中の言葉は静かだが、その意志は固く、葵には逃れる術がなかった。

タオルを取り除いた田中は、丁寧に葵の頭皮に剃刀用の泡を塗り始めた。泡の冷たさが葵の頭を覆い、彼女はぞっとした。「やめて…お願い…」彼女の懇願は弱々しく、田中の心を動かすことはなかった。

田中はカミソリを手に取り、葵の頭皮にそっと当てた。「動かないでくれ。怪我はさせたくないからな。」彼の声は冷静だったが、その中には微かな後悔の色も見え隠れしていた。カミソリが頭皮を滑るたびに、葵はその冷たく鋭い感触に身を硬くした。彼女は自分の無力さを痛感しつつも、奇妙な解放感を覚えていた。この刑罰が終われば、少なくとも証拠による脅威からは解放されるのだから。

田中は慎重に、しかし確実に葵の髪を剃り落としていった。彼の手つきは機械的で、まるでこの行為にすべての感情を切り離しているかのようだった。葵は目を閉じ、その刃の動きに身を委ねた。

やがて、田中が仕上げに顔を上げると、鏡には葵のスキンヘッドが映し出されていた。彼女はその姿を見て、深い屈辱と同時に、何かを清算したような感覚を覚えた。

「これで結花のことは終わりだ。お前の新しいスタートだ。」

葵は黙って頷き、田中がとった厳しいが仕打ちを受け入れるしかなかった。彼女の中で新たな決意が芽生え始めていた。これが本当の新しい始まりであり、もう後戻りはできないということを、彼女は深く理解していた。

葵はスキンヘッドにされた頭を抱えながら、田中の床屋を後にした。彼女の心には田中の言葉が響き続けていた。「これで結花は新しいスタートを切れる。お前もだ。」この言葉が決定的な転換点となり、彼女は自分の過去の行動に対する深い反省と共に、警察に自首をする決心を決めた。

警察署の冷たい取調室で、葵は向かい合う刑事の視線を直視しながら、自分の過去を語り始めた。

「私がここにいるのは、自分のしたことを正すためです。私は…多くの間違いを犯してきました。」

刑事は、葵の坊主頭を見て一瞬驚いたが、すぐに真剣な表情に戻り、「具体的にどのような間違いですか?」と尋ねた。

葵は深呼吸をし、決意を固めた。「不良グループの一員として、たくさんの人を傷つけてきました。特に結花という少女に…彼女の人生に大きな影を落としてしまいました。」

刑事がメモを取りながら、「結花とは?」と質問した。

「彼女は…私たちのグループにいたんですが、本当には居場所がなかったんです。彼女を辞めさせてあげたかった。でも、力では解決できないことを知りました。」

「それで、どうやって解決したんですか?」刑事が興味深げに尋ねた。

葵は一瞬ためらったが、田中のことを話し始めた。「田中さんという人がいて、彼が…彼が私を変えてくれたんです。私をスキンヘッドにして、自分の行動を真剣に反省するきっかけを与えてくれました。」

刑事は眉をひそめながら、「スキンヘッドにしたことで、どうして自首を決意したんですか?」と尋ねた。

葵は静かに答えた。「スキンヘッドにされたことで、私はすべてを失ったような気がしました。でも、それが私に自由を与えてくれたんです。過去から解放されて、正しいことをする勇気が湧いてきたんです。田中さんのおかげで、自分の罪を償うために自首することが、正しいスタートだと確信しました。」

葵の告白を聞いた後、刑事は深刻な表情で彼女を見つめた。「葵さん、あなたの反省は理解できますが、法律には従わなければなりません。あなたの行為は罪に問われます。」

葵は頷き、覚悟を決めたように言った。「はい、私は自分のしたことの全てに責任を取ります。」

刑事は一呼吸置いてから、「しかし、田中さんの行動についても見過ごすわけにはいきません。彼があなたをスキンヘッドにしたことは、法的には傷害事件に該当する可能性があります。」と続けた。

葵は驚きと戸惑いで言葉を失った。「でも、田中さんは…私が自分を変えるきっかけをくれたんです。」

刑事は厳しい声で言った。「良い意図があったとしても、法に触れる行為は許されません。我々は田中さんにも事情を聞く必要があります。」

その後、警察は田中を呼び出し、葵がスキンヘッドにされた経緯について詳しく尋ねた。

田中は冷静に事の経緯を説明し、「私は結花を守りたかっただけです。葵に対する行動は過激でしたが、それ以外に方法が見つからなかった。」と主張した。

警察官が目を細めて言った。「田中さん、あなたの行動は善意から出たものかもしれませんが、法的には傷害行為になります。残念ながら、あなたも逮捕されることになります。」

田中は深くため息をついた。「理解しています。私も自分の行動に責任を取ります。」

警察官が手錠をかけると、田中は静かに言った。「葵が正しい道を歩めるようになったのなら、これでいい。彼女の未来が明るいものであることを願います。」

田中は警察に逮捕され、裁判の日が設定された。裁判官は田中と葵の事情を深く聞き入れ、証拠と証言を検討した。

裁判の中で、田中は落ち着いた態度で自分の行動について話し始めた。「私は結花と葵の将来を思い、衝動的な行動をとってしまいました。私の行いは法に触れることを理解していますが、葵が更生の道を歩むきっかけになったと信じています。」

葵も証人台に立ち、涙ながらに田中に感謝の意を表した。「田中さんがいなければ、私は今でも暗い道を歩んでいたかもしれません。彼の行動は過激でしたが、私にとっては大きな転機となりました。」

裁判官が静かに言葉を続けた。「田中被告の行動は確かに法に反していますが、葵証人の証言を踏まえると、田中被告の行為がもたらした結果には肯定的な側面も見受けられます。」

そして、裁判の最後に裁判官は田中に対する判決を下した。「田中被告の行動には明らかに法的な責任がありますが、その行動が葵証人の人生に与えた肯定的な影響を考慮し、執行猶予を付けることにします。」

田中は深く頭を下げ、「ありがとうございます。私は自分の行いから多くを学びました。これからは、法を守りながら、正しい方法で人々を支えていきたいと思います。」

この裁判は、一人の人間が過ちを犯したとしても、その行動が他人の人生に肯定的な影響を与える可能性があるという複雑な事実を浮き彫りにした。田中の行為は法に触れるものでありながら、葵の更生に向けた重要な一歩となったのだ。

裁判後、田中は美紗子と結花に対して、自分の行動がもたらした結果について語った。「私のやり方は間違っていたかもしれない。でも、結花が幸せな人生を歩むきっかけになったなら、それだけで意味があったと思う。」

美紗子は田中を温かく抱きしめ、「あなたがいてくれて、本当に良かったわ。結花も、あなたのおかげで安心して新しいスタートが切れるわ。」

結花も感謝の気持ちを込めて田中に対して言葉を返した。「田中さん、私のためにこんなにしてくれてありがとう。これからは、正しい道を歩んでいくから、見守っていてね。」

この事件を通して、田中、美紗子、結花の家族は一層強い絆で結ばれることとなり、葵も新たな人生の道を歩み始める決意を固めた。田中の行動は問題を引き起こしたが、最終的には彼の意図していたように、周りの人々にとって良い方向への変化をもたらしたのだった。
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