銀の魔術師の恩返し

喜々

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魔術師、懐かれる

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 明るい日差しと小鳥の囀りで目を覚ました。あの後、ゼロと二人でお喋りしていたけれど、どうやら疲れてそのまま寝てしまっていたようだ。隣に居たはずのゼロはいなくなっている。しぱしぱとした目で辺りを見渡すと必要な物以外何も無い殺風景な部屋が広がっていた。床に敷かれている深い緑の絨毯がこの部屋で一番色鮮やかな物だろう。

 窓の外を見るともう太陽は高い位置にあった。

「うわぁ…もうこんな時間だ…」

 僕の授業は遅い時限のため、まだ自分の授業が始まるまで時間は沢山ある。だが、この時間帯に寮から来たとなると不審に思われるだろうしそれに食堂がこの微妙な時間帯で開いているかも怪しい。こんな事になるんだったら、ゼロのやつ、僕を起こしてくれたっていいのに。

 不満に思いつつもベッドから降りようとする。絨毯に足をつき立ち上がろうとしたその瞬間、ぺたんと床に座り込んでしまう。

「うう、今気付いた…腰がすごく痛い…」

 このままだと授業もまともにできないんじゃないか。いや、流石にそれは良くない。生徒たちに次回も来てねと自分で言ったのに、自分自身が休むなんてもっての外だ。

 ドアノブがガチャリと回される。

「…何してるんだ?」

 ゼロが部屋に入ってきて僕の様子を見て口を開く。

「腰が痛くて、うまく力が入らないんだよね…」

「疲れているなら無理に動かなくていい。」

 ゼロは僕を抱き上げ、ベッドの上に下ろしてくれる。そのままゼロは僕の隣へ腰掛け話を続ける。

「学園長に報告してきた。今日は授業を休んでいい。」

「生徒たちに申し訳無いな」

「あんな事があったんだ、仕方がない。…それより体調はどうだ?熱はないか?」

 ゼロが僕の額に掌を当ててくる。ゼロに触れられると昨日のコトを思い出してしまい、顔が熱くなる。

「…ん?熱いな。まだ、寝ていたほうが……あ、お前、さては恥ずかしいんだな?」

「…うぅ、いやだってさ、昨日僕たち…」

「セックスしたな。」

「何でそんなに恥ずかしげも無く言えるの!?」

「お前こそ、いつもと違って恋愛はウブなんだな。」

 ゼロは、ははっと笑うと僕の額に口づけをする。優しい目で見つめられ、さらに顔が赤くなっていくのを感じる。

「ゼロはそういう事を自然にするのか!?なんという天然たらしなんだ!」

「あはは!余裕のないラズもかわいいな。さて、お前まだ風呂に入ってないよな?」

「えっ…そうだけど、まさか…っ!待って、自分で入るからゼロは、ああぁぁ!」

「遠慮するな。隅々まで洗ってやるからな」

 ゼロはラズウェルを片手で脇に抱えると、隣のバスルームへと消えていった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ、疲れた…」

「昨日は大変だったからな」

「さっきの方が疲れた気がするよ…」

 ゼロにまるでペットを洗うように全身をくまなく洗われ、最後の方は恥ずかしさも感じなくなっていた。今は、実験室で次回の授業の準備と生徒の提出レポートを確認している。

「そういえば、ゼロの授業はどうしたの?」

「俺の授業は一限目だからお前が寝ている間に終わらせた。」

「そうだったのか。」

 ゼロの授業はいつもどんな感じなんだろうか。今度、見学させてもらおう。

 ゼロは隣で剣の手入れをしている。何本もの剣が机の上に置いてあるため、生徒たちが授業で使った剣を手入れしているようだ。

 ゼロと会話しながらレポートに目を通していると、コンコンとドアをノックする音が部屋に響いた。

 ラズウェルが椅子から立ち上がりドアを開けると赤髪の青年アルが立っていた。

「あ、君…」

「…先日はごめん、なさい。」

 昨日の恐怖で動けなくなっていた様子は消え、どこか寂しそうな雰囲気がする。

「まぁ、色々大変だったけど反省したならいいよ。」

「これ…」

 アルの手には反省文が握られており、おずおずと僕に差し出してくる。

「おお!ちゃんと書いてきたのか。偉いな!」

 昨日の態度とは打って変わってこんなに礼儀正しくなったことに感動して、思わず背伸びしてアルの頭を撫でた。

「なっ!!」

 ラズウェルの行動を見ていたゼロは驚いて立ち上がる。

「おい!そいつは昨日お前に毒薬を飲ませたやつだぞ。」

 ゼロは二人の間に入ると、アルを警戒するようにラズウェルの腰に手を回す。

「まぁ確かにそうだったけど、結果的に大丈夫だったし。それに本人もこんなに反省してるし。」

「本当にごめんなさい。」

 シュンとしてしまったアルを見て、だんだん可哀そうに思えてくる。

「ここで話しているのもあれだし、中に入ってよ。」

 部屋の入口で話していたが、この会話が他の生徒に聞かれたら面倒なことになると思い部屋の中へ入るように促す。

 ゼロは溜め息をついたあとラズウェルから手を離し、元の椅子に座った。

「お茶を淹れてくるよ。あの席で待ってて。」

 ラズウェルはパタパタとどこかへ走って行ってしまった。

 数分経つとラズウェルは戻ってきて三人分のお茶を淹れる。少し離れた所にいるゼロにカップを渡すと、アルの所へ来て隣に腰掛けた。

「さあ、温かい内に飲んでね。今回は上手く淹れられたんだよ」

 そう言ってラズウェルはお茶を飲む。

「君はあの後大丈夫だったの?」

「あ、はい。先生は大丈夫だ…でした?」

「まぁ、色々あったんだけど君のせいじゃないし…うん、大丈夫だったよ。」 

「良かった…。」

「なんで、あんな薬を僕に飲ましたの?」

「…先生はいつも笑顔ですよね。それが俺にとっては気に食わなくて、毒を飲ましてその笑顔を崩してやろうと思って…こんな道理ですることじゃ無いっすよね…」

「人にはそれぞれの考え方があるから君の道理を理解できない人が居てもおかしくないさ。でも、理解ができないとしてもその道理が絶対に間違っているという訳でもないし、他の誰かが断罪する権利なんて無いよ。」

「先生は優しいっすね。」

「君にそう言われると嬉しいな。…それじゃなんで笑顔が嫌いなの?」

「それは俺を馬鹿にしているように感じるからっす。俺はアドラサの第三王子で、その王子という肩書から沢山の生徒に纏わり付かれるんすよ。それで、俺の顔色を伺って調子の良いことを言ってきたりするやつがいて、そういうやつに限って、俺の国は小国だと陰で馬鹿にしてるんす。」

「…アドラサ……。なるほどね、確かにそんな生徒ばっかり自分の周りにいたら笑顔が嫌いになるのも分かるなぁ。でもきっと純粋に君に話しかけた人もいるはずだよ。君は自分に話しかけてくる人は何か思惑があって話しかけて来たと思い込んでいるけど、本当にそうなのか証拠は無いんだし。今度から話しかけられたら少し会話を続けてみなよ。」

「…そうっすよね。分かったっす。なんか相談に乗ってもらっちゃって、ごめんなさい。」

「あは!いいよ。僕は先生だからね!あと、敬語で話しにくいんだったら普通に喋ってもいいよ。」

「いいんすか?あ、いや、いいのか?」

 その後もアルとラズウェルの会話は続いたが、途中で授業の終わりを告げる鐘が鳴ってしまった。飲みきったカップをトレーに乗せる。

「そういえば、剣闘士大会が近いけど、先生はなんかするのか?」

「剣闘士大会?なにそれ」

「知らないのか?名前の通り、剣術の大会だ。各学年で選抜された10人が剣の腕前を競って闘う大会。ただし、4年生から6年生はトーナメント式で優勝者が出るようになっているんだ。」

「へー。なんか面白そうだね。アルも出るの?」

「ああ。」

「楽しみにしているよ。」

「ああ!当日は応援してくれよ!」

 アルはラズウェルの手を笑いながら握ってそう言った。

 穏やかなお茶会はお開きになった。







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