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魔術師、心を取り戻す
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観客席に戻ると既に高学年のトーナメントは始まっていた。
「ラズウェル先生!もうどこに行っていたんですか?先程の試合はとても盛り上がったんですよ!見逃してしまうなんて勿体ないです。」
「すみません。少し、用があったので。」
「さ、はやく席に着いて!次の試合はアル王子が出場するようですよ。」
「はい。」
今の僕の心はまるで深海のように深く静かだった。もう誰も僕の心へ干渉することは無く、ただ冷えた心でいつも通りに過ごす。胸を躍らせる感動も心温まる喜びも何も響くことは無い。
「選手が出てきましたよ!アル王子の剣術の腕前は素晴らしいと評判なんです。去年も参加していらっしゃっていましたが、また見られるなんて嬉しいですね!」
「それは良かったですね。」
「あらあら、あまり楽しそうじゃありませんね。何かあったのですか?」
「少し疲れが溜まっているみたいで。」
「無理してはいけませんよ。何かあったら私に言ってくださいな!」
「はい。」
旅人とは世界各地を転々とする人を指す。多くの人は旅人が経験してきた冒険物語を好み、話を聞きに来る。そしてその冒険譚から広い世界に思いを馳せる。その時決まって彼らは言う。「自分も世界中を旅してみたい。」と。だが、旅はそんな面白いことで溢れている訳がない。時には死にかけるし、未知への恐怖だってある。そう聞いたらそんなの当たり前のことじゃないかと思うだろう。
剣がぶつかり合い、金属が擦れる音が絶えず響いている。観客もアルの優美な剣術に魅了されて、言葉も出ないようだ。
だけど、僕が旅をして本当に辛かったのは旅の寂しさだ。僕のような元から故郷を持たざる者は特にそうだろう。世界中を旅しても自分の帰る場所や居場所は無い。訪れた国や街は僕を客人や外国人として扱う。どこへ行っても僕のことを知らない人が溢れている生活は、僕の心を凍らせるのに十分だった。
アルが一気に相手の脇へ滑り込む。アルの素早い動きに動揺した相手は体勢を崩し、重心が後ろへと傾く。その隙を見逃さなかったアルは切先を相手の首元にめがけて突き出す。
「そこまで!!」
審判がそう言うと、アルの剣は相手の首元に刃を当てるようにして止まった。それと同時に観客席から拍手と歓声があがる。
もう旅をして随分と経つが、最近はこの感覚を忘れていたようだ。人々の輪の外にいる旅人としての感覚。僕らは誰にも縛られない代わりに、出会いと別れが早すぎる。その寂しさは旅人しか分からないだろう。
アルは順調に試合に勝ち続けている。口角を上げ、たまにこちらへ黄金の目を向けてくる。
だから、この冷たい心を手に入れた。人々の温かい言葉と幸せそうな街の光景に自分の心が寂しさで痛まないように。なにがあっても怯むこと無く進んで行けるような冷たい心で全てを受け入れるようになった。
剣同士がぶつかり合う音と剣に反射した陽の光がぼんやりと僕の中に入ってくる。
けれど、その冷たい心を忘れてしまったのはここ最近の事だ。ゼロとのあの夜がきっかけで随分と鈍ってしまった。温かい人肌の虜になってしまった僕はこの幸せに浸り過ぎて夢から覚めた後に来る痛みを忘れていた。
どうやらもうすぐ準決勝を行うようだ。休憩時間になったのかアルは僕に手を振りながら競技場から姿を消した。
でも、もう思い出した。あの痛みとともに冷たい心も取り戻して。もう同じ轍は踏まない。これからも僕は旅人として生きていく。
「ラズウェル先生!もうどこに行っていたんですか?先程の試合はとても盛り上がったんですよ!見逃してしまうなんて勿体ないです。」
「すみません。少し、用があったので。」
「さ、はやく席に着いて!次の試合はアル王子が出場するようですよ。」
「はい。」
今の僕の心はまるで深海のように深く静かだった。もう誰も僕の心へ干渉することは無く、ただ冷えた心でいつも通りに過ごす。胸を躍らせる感動も心温まる喜びも何も響くことは無い。
「選手が出てきましたよ!アル王子の剣術の腕前は素晴らしいと評判なんです。去年も参加していらっしゃっていましたが、また見られるなんて嬉しいですね!」
「それは良かったですね。」
「あらあら、あまり楽しそうじゃありませんね。何かあったのですか?」
「少し疲れが溜まっているみたいで。」
「無理してはいけませんよ。何かあったら私に言ってくださいな!」
「はい。」
旅人とは世界各地を転々とする人を指す。多くの人は旅人が経験してきた冒険物語を好み、話を聞きに来る。そしてその冒険譚から広い世界に思いを馳せる。その時決まって彼らは言う。「自分も世界中を旅してみたい。」と。だが、旅はそんな面白いことで溢れている訳がない。時には死にかけるし、未知への恐怖だってある。そう聞いたらそんなの当たり前のことじゃないかと思うだろう。
剣がぶつかり合い、金属が擦れる音が絶えず響いている。観客もアルの優美な剣術に魅了されて、言葉も出ないようだ。
だけど、僕が旅をして本当に辛かったのは旅の寂しさだ。僕のような元から故郷を持たざる者は特にそうだろう。世界中を旅しても自分の帰る場所や居場所は無い。訪れた国や街は僕を客人や外国人として扱う。どこへ行っても僕のことを知らない人が溢れている生活は、僕の心を凍らせるのに十分だった。
アルが一気に相手の脇へ滑り込む。アルの素早い動きに動揺した相手は体勢を崩し、重心が後ろへと傾く。その隙を見逃さなかったアルは切先を相手の首元にめがけて突き出す。
「そこまで!!」
審判がそう言うと、アルの剣は相手の首元に刃を当てるようにして止まった。それと同時に観客席から拍手と歓声があがる。
もう旅をして随分と経つが、最近はこの感覚を忘れていたようだ。人々の輪の外にいる旅人としての感覚。僕らは誰にも縛られない代わりに、出会いと別れが早すぎる。その寂しさは旅人しか分からないだろう。
アルは順調に試合に勝ち続けている。口角を上げ、たまにこちらへ黄金の目を向けてくる。
だから、この冷たい心を手に入れた。人々の温かい言葉と幸せそうな街の光景に自分の心が寂しさで痛まないように。なにがあっても怯むこと無く進んで行けるような冷たい心で全てを受け入れるようになった。
剣同士がぶつかり合う音と剣に反射した陽の光がぼんやりと僕の中に入ってくる。
けれど、その冷たい心を忘れてしまったのはここ最近の事だ。ゼロとのあの夜がきっかけで随分と鈍ってしまった。温かい人肌の虜になってしまった僕はこの幸せに浸り過ぎて夢から覚めた後に来る痛みを忘れていた。
どうやらもうすぐ準決勝を行うようだ。休憩時間になったのかアルは僕に手を振りながら競技場から姿を消した。
でも、もう思い出した。あの痛みとともに冷たい心も取り戻して。もう同じ轍は踏まない。これからも僕は旅人として生きていく。
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