銀の魔術師の恩返し

喜々

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月下の旅人の正体

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 銀の魔術師は競技場に飛び降り、ゆっくりとゼロへ近づいてきた。

「お疲れ様。もう休んでいいよ。ありがとう」

「お前は…」

 ゼロの言葉に、にんまりと笑った彼は袖から回復薬を取り出すとゼロの体にかけた。

 体が軽くなっていく感覚と同時に眠気がしてきた。視界は徐々に瞼で狭まって行き暗転した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜が来た。ラズウェルは眠っているゼロを競技場の端まで運んで、後ろを振り返った。視線の先にはユールが座ってこちらを黙って見ている。ラズウェルは杖を担ぐとゆっくりとユールへ近づいていく。

「ラズ先生、貴方もまだ戦うというのですか?あんな回復薬で彼の体が完全に治る訳無いんですよ。」

「そうかもしれないね。」

「なら、」

「お前を倒してから彼を治療してもらおうと思っているんだ。」

「私を倒す?あはっ!まだそんなことを、」

 ユールの言葉を遮るようにしてラズウェルが杖を地面につくと、地面に大きな六芒星が現れた。その瞬間、上空にあった六芒星はパキンと割れ粉々になってしまった。

「っ!なにを!」

 ユールは羽をはばたかせ空へと飛び上がる。

「僕は影を扱うのが得意なんだ。」

 競技場には光源が無い。暗い競技場を照らすのは星と月のみ。

「だけど、影を扱うには光が必要なんだ。光があるから影ができる。影があるから光が存在する。相容れぬものはけして混じらない。けれどお互いにお互いを必要としている。」

 旅人もそうであってほしい。街に住む人々と、生き方も考え方も経験も違うかもしれない。だけどお互いがお互いを理解し合えたなら、きっと幸せだろう。

 ラズは火の魔術を唱えるとランタンの中へ移す。

 ランタンの中へ火が移された瞬間ラズウェルの周りに光が溢れた。ランタンの光によって生まれた影をラズは器用に扱い始めた。

「影の魔術…、3年前のことを思い出しますね」

「あの時は、まだよくこの魔術の使い方を分かっていませんでした。」

「……もしそうならば貴方は、本物の……」

「月下の旅人だなんて、恥ずかしい二つ名にも程があるね。」

「………」

 何本もの黒く長い影がユールへと伸びて行く。ユールは風の魔術を駆使して素早く空中を飛び回り攻撃を避けていく。

「貴方に媚薬を飲ませた後すぐに殺しておけば良かったですね!」

「やはりお前がやったのか」

「ああ、ゼロとか言う男がお前に惚れているのを知ってあのまま情事に縺れ込んだ所を殺そうと思ったんです」

「何故殺さなかったんだ?」

「まさか、アル王子があのような事をしでかして緊急事態だとか言って生徒たちは自室に待機するように言われ寮から下手に出れなかった訳ですよっ!」

 ユールが風の刃を飛ばしてきたのを、影を盾にして避ける。

「お前はゼロを殺したかったのか?」

「ははっ!この学園にいる全員ですよ!でもゼロさえ殺してしまえば比較的簡単に全員を殺すことができると思ったんです!」

 ユールの翼がバサバサと音を立ててラズの頭上を飛び回る。ユールは水の魔術を唱えラズウェルの頭上に巨大な水の塊を作って落とし、ランタンの火を消そうとしたが影がラズウェルを守るようにドーム型に変形した。

 水が引いて行くと影は消え、再びラズが現れた。

「じゃあ何故学園を襲うんだ?」

「はあ?そんなことを聞いて何になるのですか?」

「いいじゃないか。どうせ死ぬのだし」

「ふふっそうですね!どうせ死ぬのなら言ってあげてもいいでしょう!」

 ユールは複数の魔術を展開して空から氷や炎、雷の魔術を降らせる。ラズウェルは杖を一振りして影で相殺させる。

「スタンピードを起こそうとしたんです。しかし、学園が国境の側にある為、簡単には攻められない。学園には優秀な教師が多く、彼らはいい兵力になるはずです。」

「なるほど、だから内部から壊そうとしたのか」

「ええ!そうですよ!」

 ユールは炎の渦を作り出すと瓦礫を巻き込みながらラズウェルへと近づけてくる。ラズウェルは水の魔術を影に纏わせて炎の渦へと突っ込ませる。次第に渦は小さくなり消えていった。

「…ねえ、ユール…」

「なんですか?まさかラズ先生もとうとう私に恐れ始めましたか!」

「…お前、もう限界なんだろう?」

「……どういう意味ですか?」

「魔族だと言うのに魔力の減りが早すぎる。大掛かりな魔術を繰り出すのはもう無理だろう?」

「…私を知ったような口ぶりで!……人間のお前に何が分かる!!」

 翼を閉じ急降下し始めたユールは炎を爪に纏わせラズウェルを狙う。

 ラズウェルは影でその爪を受け止める。

「分かるさ。魔族は元々人なのだからな。」

「……ラズ先生はなんでも知っているのですね」

「魔王の配下だったとしても魔族は人の心を持っている。お前達は人が魔素の多い地域に住み、進化した種族だろう?けして、悪として産まれてきた訳では無い。だが、この大陸に住む多くの人はお前達を敵だと思っている。……きっとお前は人々に迫害されて生きてきた。違うか?」

「…母も父も何も悪いことなどしていないのに人間に殺され、私にはもう復讐しか残っていません。」


 700年も前ではあるが、魔王の誕生と討伐は誰もが知っている話である。かつての魔族や魔物の恐ろしさは人間の心に深く傷をつけた。いまだ、人々が魔族を恐れるように。その傷をすぐに治すことは不可能だろう。相容れぬ人間と魔族。お互いを恐れることなくお互いを必要とすることができたらいいのに。


「ラズ先生、どうか私と戦ってください。私の復讐の相手になってください。」

 旅人は国や街から離れた存在だ。どの地域の人々とも価値観を共有しない。世界を旅していると偏見も無くなっていく。だから魔族を人だと知っている。理解することができる。

「分かった。お前がそう言うのならそうしよう」


 ユールは一際大きな六芒星を上空に描く。炎の竜巻を起こし風の魔術でさらに大きくして行く。

 ラズウェルは杖を握りしめ、魔術を唱える。地面に六芒星が現れランタンの光によって現れた無数の影がユールへと勢いよく伸びて行く。

 どちらが先に届くのか。ラズウェルもユールも笑いながら魔術を展開していた。

 誰にも縛られないが誰とも深い縁を結べない寂しい旅人と人の心を持ち、魔術が少し優れているだけなのに迫害される魔族の戦いは激しく、痛ましかった。

 炎の竜巻が目の前まで接近している。だが、ラズウェルは魔術の展開を止めなかった。肌が燃えていくように感じる。それでも、あと少しでユールに届く。もう少し手を伸ばしたら彼を楽にしてやれる。彼もこの世界の孤独な復讐者なのだから。彼を完全にわかってやれる人が一人でも彼に居たのなら、この様な騒動は起きなかっただろう。

 影がユールの足へと絡みつく。シュルシュルと体全体に巻き付いていく。そして首まで巻き付くと、影がユールを力強く締め付けた。

 その瞬間炎の竜巻は霧のように消え去った。

 静寂が競技場に訪れる。

 ラズウェルは火傷を負いながらもユールへと近づいていく。

 ユールは途端に灰になって消えた。

「……もう少しお前と早く出会っていれば未来は変わったのだろうか。」

 そうだとしても、魔族は安全だと言う旅人を信じる人はいないだろう。

「どちらにせよ結果は同じなのかもしれない。」


 救われ無い結末なんてこの世に溢れかえっている。幸せな終わりなどほんの一握りだけだ。


 ラズウェルは回復薬を自分の皮膚にかけると杖を振り、影でゼロと学園長を外へと連れて行った。



















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