【完結】異世界帰りの錬金術師が、わたしを救う。

シハ

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田丸亮二と錬金術師

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(……こいつらは父さんと健斗を殺した)

 ぼくはそっと数歩後ろにさがった。
 足をとめてから、思い切って腕をふりあげる。
 シロの頭上にブラシが当たるように勢いよくブラシをふりおろす。
 ブラシの部分が女の前髪がかかった額に命中した。

「ギッ!」

 女のシロが短い甲高い悲鳴をあげる。
 よろめき、後方に倒れる。

(やった……)

 ぼくは腕力がない。
 小学五年生の弟と腕相撲をしてぎりぎり勝てるくらいだった。
 それでも、ぼくがブラシで叩いたシロの額にはおおきなくぼみができている。
 陶器のようになめらかな額の肌がひびわれている。

(どうなってるんだ)

 柄がプラスティックでできたようなブラシなのにものすごい威力だった。
 倒れた女のシロは顔を歪めている。
 痛みを感じているようだった。

「シロにダメージを与えたら、躊躇しないでスイカ割りのときみたいにやつの頭を叩いてとどめを刺せ。やつら、回復力がくそはやい。やつらが回復するまえに殺せ」

 花園くんの言葉を思いだして、倒れている女のシロの頭をブラシで叩こうとした。

「お姉ちゃんになにしてんだ!」

 すると、背後にいた少年のシロが素早い動作でぼくの前にまわり込んできた。

「お姉ちゃんの顔をよくも汚くしたな!」

 怒りで顔が歪んでいる。
 青く輝く目でぼくをにらむ。

 とっさに少年のシロに狙いをかえた。
 その瞬間、少年のシロはぼくのブラシを持つ手にタッチをするように触れる。
 それだけで、自警団の男に膝をバットで叩かれたような衝撃が腕に走った。
 腕が痺れて、手からブラシが落ちた。

 背がぼくの肩までしかない少年のシロが、片方の手でぼくの腕をつかみ、地面に引き倒す。
 つよい磁力でアスファルトに引っ張られたような力だった。
 
「死ね! おまえは苦しんで死ね!」

 地面に片膝をついたシロが片方の手で道路に倒れているぼくの首をつかむ。

「お姉ちゃんを傷つけた罰だ!」

 少年のシロの指がぼくの首にくいこむ。
 万力で絞められたようだった。
 たちまち呼吸ができなくなり、頭の血管が破裂しそうな痛みがはしった。

「やめなさい」

 意識が薄れはじめたとき、頭上で女シロの声がした。
 すると、少年のシロの手が首から離れた。 
 ぼくは目から涙を流し、喘ぐように息をし、はげしく咳きこんだ。

「この人間もわたしたちに抵抗しようとして、必死なの」

 女のシロがぼくを指さす。
 額のくぼみが小さくなっている。
 額のひびも短くなっている。

(これがシロの回復力か……)

 ぼくはたちまち絶望的な気持ちになっていた。

「仲間の人間が殺されて、わたしたちを恨んでもいるでしょう」

 女のシロが少年のシロに教え諭すようにいった。

「この人間もわたしたちと同じ生き物」

「……そうだね」

 険しい表情が消えた少年のシロが、渋々うなずく。

「……でも、驚いた。この世界にわたしたちに傷を負わせることができる武器があるなんて」

 女のシロが首をさすりながらいった。
 
「お姉ちゃん、やっぱり人間は危ないな」

「そうね、一緒に生きてはいけない」

 女のシロが爪まで白い指先をぼくにむける。

「残念ですが、わたしとあなたたちは共に生きてはいけません」

 目の前のシロが申し訳なさそうにいった。

「悪いですがあなたたちは不完全です。人間同士で憎しみあう。差別をする。争いをする。人間たちの間でもうまくやっていけていない。わたしたちは人間ではない生物です。なおさら、そのわたしたちとあなたたちは同じ土地で生きてはいけない。わたしたちがあなたたちと一緒に生きようとしても、あなたたちは人間でない生物のわたしたちを憎しむ。怖れる。迫害をするようになる」

 涙を流しながら指をぼくの額にむける。

(……むりだ。こいつらから逃げられない)

 地面に倒れて、シロたちの話を聞きながら、ぼくは抵抗する意思を失っていた。

(武器をもった自警団の三人も殺された。それなのにおれひとりでシロを倒せるわけがない……)

 女のシロに風井が作ったブラシでダメージを与えた。
 女のシロは痛みを感じていた。
 それなのに、シロは数十秒で傷が回復している。
 少年のシロには軽々と倒された。

(……こいつらの他にもシロはまだまだいる。今、逃げてもいつかはべつのシロに殺される。アメリカの軍艦がやってくる横浜までたどりつけない……)

 風井はシロの寿命は一年だといっていた。
 あと、一年近くシロから逃げられる気がしない。

(今、死ぬか、数日後に死ぬか。それくらいのちがいしかない……)

 頭が絶望的な考えでいっぱいになって、無力さに身体が支配された。

(だったら、はやくおわらせてしまったほうがいいんじゃないか……)

 その間に、ぼくの顔の前にある女のシロの五本の指先から透明な液体が飛びだす。
 液体が髪と額にかかった。
 毒は温かくも冷たくもない。
 液体が顎まで流れ落ちる。
 たちまち、強い眠気に襲われる。
 恐怖心が消え、深い眠りに落ちる前のような心地よさを感じる。

(……おれは死ぬんだ)

 重いまぶたを閉じ、暗闇にのみこまれた。


「バカ野郎」

 目をひらくと頭上で花園くんがぼくをにらみつけている。
 さっきより花園くん顔の傷と痣が増えている。

「なんで、外にでた」

 風井と小坂さんもぼくの顔をのぞきこんでいる。 
 ぼくはゆっくり身体を起こした。
 よく眠れた朝のように意識がはっきりしている。

 外は陽が沈み、薄暗くなっていた。
 風井たちの姿が影に覆われている。

 シロと遭遇したときの恐怖が瞬時によみがえり、肌が粟だった。
 慌てて周りと見ると、シロの姿はない。

 (……どうなってる?)

 状況が把握できない。
 道路に倒れている人達が視界にはいる。
 自警団の連中の死体が変化している。

 それを目にするとたちまち吐き気がこみあげた。
 三人の男たちの死体は所々、服が破れている。
 破れた服からえぐられた身体の肉が露出している。
 深くえぐられた肉の中に骨、内臓らしいものが見える。

 死体の周りの地面が血で濡れていて、内臓の破片らしいものが散乱している。
 若い母親と娘らしい女の子は、ぼくが最後に見たときとおなじように血を流すことなく路肩に倒れたままだった。

「残念だけど、あのひとたちは犬に食べられてしまった」

 風井が自警団の連中を見ながらうんざりしたようにいった。

「シロは殺した人間を犬、猫とかの動物に食べさせるんだ。人間の肉の味を覚えた動物は死体を探して、食べるようになる」

(……くそ、ほんとうだったんだ)

 風井の話はネットの噂で知っていた。

「あのひとたちはもう生きかえることはできない。身体が破損してしまったら蘇ることはできないんだ」

「あんたも小型犬に食われそうになってたんだぞ」

 花園くんがいった。

「おれたちが戻ってくるのが遅かったら、餌になってた。おれたちが犬の群れを追い払ったんだ」

「心配した。わたしたち、ビルの中に戻ったらあなたがいないから。外に探しにでたんだよ。そうしたらあなたが倒れていた」

 小坂さんがいった。
 
「シロにやられたんだろう。なにがあった?」

 風井がぼくにきく。

「ごめん」

 勝手に外にでたことを風井たちに謝って、シロと出くわした経緯を説明した。

「……おれはシロに殺されたと思った」

「風井くんがおまえのこと、生きかえらせたんだよ。錬金術のアイテムで」

 花園くんがいった。
 驚きながらも、風井によって生きかえったことに実感がわかない。
 それでも、死なずにすんだ安堵感が胸に広がった。
 同時に、少年のシロに地面に倒されて、殺されたときのことが頭によぎった。

(……おれはあきらめと恐怖で、シロに殺されることを望んだ)

 そのことに自己嫌悪とくやしさを感じて、自分が恥ずかしくなった。

(健斗を生きかえらせる気でいたのに……)

「……あのふたりを生きかえらせることはできないのかな?」

 いやな気持ちをふり払うように道路に倒れている女の人と女の子に顔をむけ、風井にきいた。

「できるよ。異世界で素材を十分に集めてきた」

 風井は腰に提げた布袋を叩く。

「田丸くんはビルに戻ってくれ。おれはこの人たちを生きかえらせてから、健斗くんを蘇らせる」

「また、シロが現れたら、あんたは足手まといだ」

 花園くんがいった。

「いきましょう」

 小坂さんがほっそりとした手でぼくを手招きして、ビルのほうへ歩きだす。
 風井がどうやって人間を生きかえらせるのか見たかったけれど、シロと出くわしたくないと思って、ぼくは地面に落ちているブラシを拾って、ビルに戻った。
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