着信はいつも、美味しそう

久住 小枝 (王檣媛)

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第十八話:ゆかり夏のルーティン

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立秋が過ぎ、暦の上では秋だというのに、外に出れば容赦ない夏の熱気が肌を刺す。京都の街は、まだ厳しい酷暑の真っ只中だ。

ゆかりは、朝から全身の筋肉痛にうめいていた。サマソニで2日間跳ね回った代償だ。ベッドの上でぐったりしていると、顔にフワリと重みがのる。ラテ軍曹が「朝ごはんにゃ」とばかりに、顔をゴリゴリと押し付けてくる。

「はーい、分かったよ」

重い体を起こし、猫のご飯を準備する。カリカリと音を立ててラテが食べ始めるのを確認し、自分の朝食を摂る。冷蔵庫から、昨日の夕飯の残りのおばんざいを少しずつ取り出し、ご飯と共にいただく。お皿の上に並んだ色とりどりのお惣菜は、疲れた体に優しく染み渡る。

温かいお茶を淹れ、湯呑みを両手で包み込む。じんわりと温かさが伝わり、心までほっこりと解けていくようだ。
「今日も一日、頑張ろう」
心の中でそう呟き、家を出た瞬間……

「あっっっっつい!!!」

容赦ない熱波が全身を包み込み、さっきまでの「ほっこり」は一瞬で消え去った。

そのとき、スマホがピコン、と鳴った。ワクカブさんからだ。

件名「お腹の調子が…」

メールには、少し弱々しいメッセージが綴られていた。
「ゆかりさん、おはようございます。お盆休み明けは、なぜか謎の腹痛(下痢)とともに始まりました…」
彼の言葉に、思わず笑ってしまう。彼らしい、どこか間の抜けた報告だ。
「ゆかりさんは無理されていないでしょうか?暑いけど、温かいお茶漬けをさらっと流して、これから出勤です…」

メールを読みながら、ゆかりはふと想像する。朝の喧騒の中、熱いお茶漬けをかき込むワクカブさん。きっと顔をしかめながらも、その温かさに少しだけ癒されているのだろう。
その姿を想像すると、自分の体調不良も、なんだか笑い話のように思えてきた。

お昼になり、ゆかりは冷たいお茶漬けが食べたくなった。向かったのは、京都駅近くに店を構える、京だしを使った冷やし茶漬け専門店**「京都おぶや」**だ。

店内は、白木を基調とした落ち着いた雰囲気。テーブルに置かれたガラスの器が、涼しげに光っている。ゆかりは**「鯛のお茶漬け」**を注文した。
しばらくして運ばれてきたのは、まるで京料理のように繊細で美しい一皿だった。冷たいご飯の上に、花のように並べられた新鮮な鯛。わさびと刻み海苔が添えられている。
香り高い京だしをたっぷりとかけて一口。するすると喉を通り、火照った体に涼しさが広がっていく。熱いお茶漬けを食べるワクカブさんとは対照的だが、同じ「お茶漬け」という食を通して、なんだか繋がっている気がした。

仕事中も、ふとスマホで職場の猫の様子をビデオで見ては「ほっこり」を補給する。
帰り道、ショーケースに並んだ鮮やかなかき氷に心惹かれるが、今日の夕食の献立を思い出し、ぐっと我慢する。

夜。昼間にお茶漬けを食べたので、夕食は軽めに済ませることにした。
グリルに火をつけ、酒粕付けのお魚を焼く。
すると、酒粕の芳醇な香りに誘われて、ラテが足元にやってきた。ころんころんと体を転がし、甘える。
「これはラテのじゃないよ」
微笑ましく見つめながら、香ばしく焼きあがった魚をいただく。ふっくらとした身と、酒粕の優しい風味が体に染み渡る。
食後には、秋の味覚である和梨を一切れ。シャリシャリとした歯ごたえと、上品な甘さが、一日の疲れを癒してくれる。

全てを終え、布団に入ってスマホを開く。サマソニの公式サイトやSNSで、ライブの映像や写真を見ては、余韻に浸る。
しばらくポチポチと画面を眺めていると、そのまま眠りに落ちてしまったようだ。
ふと、頬に当たる冷たい感触で目が覚める。ラテ軍曹が、ちゃんと布団をかけるように、とばかりに体を押し付けていた。
「ありがとう、ラテ」
愛おしい存在に癒されながら、ゆかりはもう一度目を閉じた。

遠く離れた二人を、今日もまた一つのおいしい「着信」が繋いだ。
夏の疲れと残暑の現実、そしてささやかな癒しと共に、一日が終わっていく。
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