着信はいつも、美味しそう

第八話：土用の丑の日

うだるような京都の夏の日差しが、アスファルトをじりじりと焼く。祇園祭の前祭りも終わり、街は少し落ち着きを取り戻しつつあるけれど、真夏の気配は日々濃厚になっていた。
今日のランチは、気分転換に洋食が食べたくなった。祇園から少し離れた路地裏にある、昔ながらの洋食屋さんへ。懐かしい雰囲気の店内で、頼んだのはじっくり煮込まれたデミグラスソースが決め手のハンバーグだ。熱々の鉄板でジュージューと音を立てるハンバーグに、添えられたポテトとインゲン。一口食べれば、肉の旨味が口いっぱいに広がり、濃厚なソースが絡みつく。
「んー、美味しい……！」
満足げにフォークを進めていると、スマホがピコン、と鳴った。
差出人は、ワクカブさん。
件名「土用の丑の日、ひつまぶし！」
メールの件名を見た瞬間、ゆかりは「あ」と小さく声を上げた。
そうか、今日は土用の丑の日だった。全く頭になかったことに、少しだけ苦笑する。
メールを開くと、添付されていたのは、紛れもない「ひつまぶし」の写真だった。
香ばしく焼き上げられたうなぎがびっしりと敷き詰められ、きざみ海苔と三つ葉が彩りを添えている。薬味のネギやワサビ、そして出汁の入ったポットも添えられており、名古屋名物の豪華さが伝わってくる。
「ゆかりさん、今日は土用の丑の日ですよ！名古屋では、やっぱりひつまぶしをいただきます。一杯目はそのまま、二杯目は薬味と、三杯目はお茶漬けで。色々な食べ方が楽しめて、暑い日には最高なんですよ。」
なるほど、これが「ひつまぶし」。
ゆかりの目の前には、デミグラスソースのハンバーグ。
メールの中には、香ばしいタレのひつまぶし。
どちらも食欲をそそるけれど、このタイミングでうなぎを見せつけられると、脳は完全にうなぎモードになってしまう。
「あー……うなぎ、食べたかったかも……」
ハンバーグは美味しかったけれど、この後味は、どうにも抗えない「飯テロ」の後遺症だ。
食べ終えて、お店を出る。夏の京都の空気は、日中の熱気をまだ帯びていた。
もうすぐ祇園祭も終盤の後祭り（あとまつり）がやってくる。前祭りの喧騒とはまた違う、静かで厳かな雰囲気が京都の街を包むだろう。
「後祭りは、どんなうなぎ屋さんに行こうかな……」
早くも、ゆかりの頭の中は次の「食の野望」でいっぱいになっていた。
ワクカブさんのメールは、いつもそう。
気づけば、心は美味しそうなものへの期待で満たされている。
そして、その先には、また新しい「ひと息」が待っているのだ。