ベントーランカー

第二章 ちく狼。牛丼に愛を込めて

第三話 秘技⭐︎家イエホーム！

ちく狼とあんの調査は、まさに最終局面を迎えていた。あんの頭の中では、電極が外れて以来、物流データが意思を持つかのように動き、牛丼の異変の根源を指し示す。

「ここッスね。この産地の牛肉、輸送中に明らかに鮮度が落ちてるッス。どうも、途中の物流拠点で不自然な停滞が起きてるみたいッス」

あんが指し示すタブレットの画面には、複雑な物流経路と、そこにぽっかりと空いた「空白」が示されていた。ちく狼は険しい顔で頷く。

「やはりな。俺の舌が感じ取った牛丼の異変は、間違いなく『道』の異常に繋がっとる。だが、この不自然な停滞は、誰かの意図的なもんか…？」

二人の戦いは、生産地の問題から、いよいよ物流の深奥へと足を踏み入れていた。物流の非効率は改善されつつある。しかし、ちく狼は依然として拭いきれない違和感を抱いていた。牛丼の主要産地で発生している**異常気象（旱魃や長雨）**だけが、依然として解決の糸口すら見えないのだ。彼の鋭い味覚は、この不自然な天候が、牛丼の「生きてる味」を根本から蝕んでいることを感知し続けていた。

あんの物流能力が、データ分析の際に、奇妙なエネルギー反応を捉え始めた。それは、特定の時間、特定の場所から、非常に微弱だが持続的な「気の乱れ」が発せられていることを示していた。その発信源は特定できないものの、その影響範囲は、ちく狼が懸念する異常気象の発生地域と不気味なほど一致していた。

あんの能力がその「気の乱れ」の発信源をさらに絞り込むと、驚くべきことに、その反応は、かぶちょの家から強く発されていることが判明した。この予想外の結果に、ちく狼とあんは、困惑と確信を胸に、情報をもってかぶちょの元を訪れることを決意した。

⸻

その頃、かぶちょの自宅では、彼と家家による奇妙な「二人暮らし」が繰り広げられていた。

「うちの弁当、最高級牛肉のしぐれ煮！なかなかの美味よ。かぶちょ、今日の獲物も上々だったね。めいびー」

かぶちょがスーパーから帰宅し、疲れた顔でお値引き弁当を広げると、押入れの戸がスッと開き、中から「うち」と自らを呼ぶ家家が顔を出す。彼の口調は常にどこか飄々としており、目の前で弁当が手に入ることこそが、彼にとっての至福の瞬間であった。

家家は、物理的な争奪戦には一切参加しない。ただ、かぶちょが無意識のうちに、彼の食事を賄い、生活空間（押入れ）までも用意している。彼は必殺技でかぶちょを操り、自身に最高の弁当を運ばせ、さらに押入れという究極の安全地帯で生活を維持する、前代未聞の「待ちランカー」だったのだ。

かぶちょの記憶には、家家がいつから、どうやって自分の家に「棲みついた」のか定かではなかった。ただ、ある日気がつけば押入れの奥から「うち」と声をかけ、値引き弁当を要求する者がおり、そして自分はそれに従っていた。日々の弁当調達、そしてなぜか自分の私物を整理してまで用意した押入れのスペース。彼の頭の中には、家家への疑問符が常に浮かんでいたが、それを深掘りしようという「気」が、なぜか起きなかったのだ。

⸻

その日も、かぶちょが久美浜に「小判鮫」の奥義を語っていると、押入れから家家がひょっこり顔を出す。

「久美浜さん、うちの師匠は『小判鮫』が真骨頂だけど、あの技、フィジカルの消費が激しいのよね。うちなら、もっと効率的に…めいびー」

家家は、まるで二人の修行を冷笑するかのように、無邪気に言葉を紡ぐ。久美浜は家家の存在に面食らいながらも、彼の言う「効率的」という言葉に引っかかった。

「効率的？ お前、まさか自分で取りに行ったりするのか？」

久美浜の問いに、家家はにやりと笑う。

「いえいえ、うちは動かない。うちが言うのは、『いえ家イエホーム！』。つまり、最高の獲物を、向こうからうちに届ける、究極の待ちの技よ。めいびー」

その言葉に、久美浜は一瞬、眉をひそめる。彼のサブカル的な知識が、どこか違和感を覚えたのだ。

「…なんか、それ、オカルト的な波動を感じるっすね。まさか、お前が黒幕で、誰かを操ってるとか…？」

久美浜の何気ない一言が、かぶちょの脳裏に、あんのデータとちく狼の言葉を蘇らせた。天候の異常。押入れからの気の乱れ。そして、自身が家家を「受け入れている」奇妙な感覚。点と点が繋がり始めた瞬間、かぶちょは背筋に冷たいものを感じた。

「お、おい……家家…お前…まさか…」

かぶちょの顔が蒼白になる。家家は、そんな二人の様子を愉しむかのように、さらに続ける。

「やっと気づいたか、うちが、**秘技⭐︎家イエホーム！**で、最高の弁当を独占するために、天候を操ってたのよ。めいびー」

家家は、最高の値引き弁当を常に手に入れるため、陰陽道を操って特定の地域の天候を操作していたことを、悪びれる様子もなく認めた。彼の術が、偶然にも牛丼の主要産地に旱魃や長雨をもたらし、食材の魂を蝕んでいたのだ。そして、ちく狼や久美浜といった他のベントーランカーすら、彼の陰陽道による微弱な心理操作で無意識のうちに動かされ、「いえ家イエホーム！」システムの一部として最高の弁当を運ばされていたことも明かされる。

まさしくその時、緊迫した静寂を破り、家の外から力強い足音が近づいてきた。