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第1部 奈美編
♬10 バンド崩壊〜ジャズに溺れて
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バンドの方は完全に座礁したままだった。
ベースのシゲルが就職のため田舎に帰ってしまったのだ。
キーボードレスのトリオだったから、ベースがいなくなってしまうのはキツかった。それまではいちばんへらへらしていたシゲルだったが、いざ大学を卒業して就職となると掌を返したようにあっさりとバンドを辞めてしまった。
シゲルの中ではバンドで食っていくか否かは、就職するまでの限定された時間枠内での話であり、就職を蹴ってまでバンドをやるつもりはさらさらなかったのだ。
まあ、それは一般人として正しい選択であるにはちがいない。なんくるないさ、なんていつまでも言ってはいられない。彼女がいればなおさらのこと現実的に物事を考えなければならない。
一方、京は就職する気などはなからまるっきりない、そういう種類の人間だった。働いたら負けというのがあるが、そんなことではなくて音楽で食べていく、京にはそれしか頭になかった。
これはまあ、関係ない話ではあるけれども、京は成人式にも出ていない。そんなもの出てなんになるのかというのが京の考えだったが、教師である母親には呆れられた。
とまれ、バンドは宙ぶらりんのまま、遅かれ早かれ潰えそうだった。というのも、タイコのサトルはいるのだから、要はメンバー募集をかけてベースを追加すればいいだけの話なのだが、肝心の京自身がロックをやりたいという気力が失せてしまったのだった。
なぜなのか自分でもよくわからない。ぶっちゃけてしまえば、京はロックが馬鹿らしく思えてきたのだった。
でも、大切な恋人のことを、ある日突然嫌いになるなんてことがあるのだろうか。あれほど京は、ロックにべた惚れだったのに。
まあ、自分ではわからないものだが、他の人たちとはかなりかけ離れた価値観の持ち主なのは確かなようであり、就職という社会人への第一歩である人生の中でもいちばんの大イベントにまったく興味がなかったのだから、ごく普通の人から見たならば単に頭がおかしい可哀想な人というのが、一番的確な京の人物像かもしれない。
そういえば、以前シゲルの後釜を捜すつもりで、音楽雑誌のメンバー募集記事を見てまったく知らない人と秋葉原の入ったこともないスタジオでセッションしたこともあった。
結構時間に余裕をもって入ったのだが、なかなかその彼は現れなかった。いや、実はひとりだけそれらしき人物に気づいてはいたのだけれど、第一印象からしてちょっと話をしたくないなと思わせる人物だった。だから、たぶんこの人なんだろうなとわかっていながら声を掛けられずにいたのだった。
そんなわけで、ギグもいい感じになるわけもない。まったく乗らないまま、ただ音を出すのみだった。だが、そんな京に業を煮やしたのだろう、彼がつまらなそうな口ぶりで何かひとこと何か言ったのだ。
その文言はもう忘れてしまったが、そのお陰で京のスイッチが切り替わった。つまり、かなり馬鹿にした発言だったのだろう。京は半ばキレて大音量でギターと共に咆哮しまくったのだった。
やがて時間となり、帰り際に彼はバンドとしては一緒にできなくても友達だったらいいんじゃないですか? と訊いてきたのだが「いや、それもいい」と一喝してしまった京は、とても心の狭い矮小な人間なのかもしれなかった。
京がロックに目覚めたのは、たしか中学一年生くらいの時で、それから音楽だけが生きがいだった。
一度、鬱になって音楽の喜びを奪われてしまった時には、ほんとうに苦しかった。どんなものを聴こうが、まったく心に響いてこなくなったのだ。それは、寒けがするほどの恐怖だった。
音楽が京の人生にとってどれほど大切なものであるのかをその時知った。音楽は、京にとって生きる喜び、そのものだったのだ。
だから、再び音楽を聴きたい、ギターを弾きたいという気持ちが蘇ってきた時には、心底安心した。
音楽の喜びがあのまま戻ってこなかったならば、自分はとうにこの人生におさらばしていたのではないかと京は思えてならない。
ジャズを聴きはじめたのは、大学に入ってからだが、きっかけは、薦めてくれた人がいたからだ。
ジャズ研にとりあえず所属していたけれど、ジャズ研というのは名ばかりで、ほとんどロックをやってる連中ばかりだった。
だから、ジャズはまったくの門外漢であったわけだ。だが、いつもキャンパスのおんぼろベンチに座って、一時間くらい平気でボーッとしている自分を見て、「おまえ、おもしろいな。ジャズ聴けよ」そう言って、何枚かのアルバムを貸してくれた人物が、なぜかいたのだった。
それは、巡り合わせとしか思えない。
音楽に優劣などなく、好きなジャンルの音楽をやればいいだけの話なのだけれど、ロック以外のものに触れて吸収したいというのが京の中にある日、芽生えてきたのかもしれない。
そして、そんなタイミングで未知の世界に連れて行ってくれる音源がちょうど手に入ったというわけなのだから、京はまったく未知の領域であるジャズをわからないなりにも、手探りで興味津々進んでいる感じなのだった。
ベースのシゲルが就職のため田舎に帰ってしまったのだ。
キーボードレスのトリオだったから、ベースがいなくなってしまうのはキツかった。それまではいちばんへらへらしていたシゲルだったが、いざ大学を卒業して就職となると掌を返したようにあっさりとバンドを辞めてしまった。
シゲルの中ではバンドで食っていくか否かは、就職するまでの限定された時間枠内での話であり、就職を蹴ってまでバンドをやるつもりはさらさらなかったのだ。
まあ、それは一般人として正しい選択であるにはちがいない。なんくるないさ、なんていつまでも言ってはいられない。彼女がいればなおさらのこと現実的に物事を考えなければならない。
一方、京は就職する気などはなからまるっきりない、そういう種類の人間だった。働いたら負けというのがあるが、そんなことではなくて音楽で食べていく、京にはそれしか頭になかった。
これはまあ、関係ない話ではあるけれども、京は成人式にも出ていない。そんなもの出てなんになるのかというのが京の考えだったが、教師である母親には呆れられた。
とまれ、バンドは宙ぶらりんのまま、遅かれ早かれ潰えそうだった。というのも、タイコのサトルはいるのだから、要はメンバー募集をかけてベースを追加すればいいだけの話なのだが、肝心の京自身がロックをやりたいという気力が失せてしまったのだった。
なぜなのか自分でもよくわからない。ぶっちゃけてしまえば、京はロックが馬鹿らしく思えてきたのだった。
でも、大切な恋人のことを、ある日突然嫌いになるなんてことがあるのだろうか。あれほど京は、ロックにべた惚れだったのに。
まあ、自分ではわからないものだが、他の人たちとはかなりかけ離れた価値観の持ち主なのは確かなようであり、就職という社会人への第一歩である人生の中でもいちばんの大イベントにまったく興味がなかったのだから、ごく普通の人から見たならば単に頭がおかしい可哀想な人というのが、一番的確な京の人物像かもしれない。
そういえば、以前シゲルの後釜を捜すつもりで、音楽雑誌のメンバー募集記事を見てまったく知らない人と秋葉原の入ったこともないスタジオでセッションしたこともあった。
結構時間に余裕をもって入ったのだが、なかなかその彼は現れなかった。いや、実はひとりだけそれらしき人物に気づいてはいたのだけれど、第一印象からしてちょっと話をしたくないなと思わせる人物だった。だから、たぶんこの人なんだろうなとわかっていながら声を掛けられずにいたのだった。
そんなわけで、ギグもいい感じになるわけもない。まったく乗らないまま、ただ音を出すのみだった。だが、そんな京に業を煮やしたのだろう、彼がつまらなそうな口ぶりで何かひとこと何か言ったのだ。
その文言はもう忘れてしまったが、そのお陰で京のスイッチが切り替わった。つまり、かなり馬鹿にした発言だったのだろう。京は半ばキレて大音量でギターと共に咆哮しまくったのだった。
やがて時間となり、帰り際に彼はバンドとしては一緒にできなくても友達だったらいいんじゃないですか? と訊いてきたのだが「いや、それもいい」と一喝してしまった京は、とても心の狭い矮小な人間なのかもしれなかった。
京がロックに目覚めたのは、たしか中学一年生くらいの時で、それから音楽だけが生きがいだった。
一度、鬱になって音楽の喜びを奪われてしまった時には、ほんとうに苦しかった。どんなものを聴こうが、まったく心に響いてこなくなったのだ。それは、寒けがするほどの恐怖だった。
音楽が京の人生にとってどれほど大切なものであるのかをその時知った。音楽は、京にとって生きる喜び、そのものだったのだ。
だから、再び音楽を聴きたい、ギターを弾きたいという気持ちが蘇ってきた時には、心底安心した。
音楽の喜びがあのまま戻ってこなかったならば、自分はとうにこの人生におさらばしていたのではないかと京は思えてならない。
ジャズを聴きはじめたのは、大学に入ってからだが、きっかけは、薦めてくれた人がいたからだ。
ジャズ研にとりあえず所属していたけれど、ジャズ研というのは名ばかりで、ほとんどロックをやってる連中ばかりだった。
だから、ジャズはまったくの門外漢であったわけだ。だが、いつもキャンパスのおんぼろベンチに座って、一時間くらい平気でボーッとしている自分を見て、「おまえ、おもしろいな。ジャズ聴けよ」そう言って、何枚かのアルバムを貸してくれた人物が、なぜかいたのだった。
それは、巡り合わせとしか思えない。
音楽に優劣などなく、好きなジャンルの音楽をやればいいだけの話なのだけれど、ロック以外のものに触れて吸収したいというのが京の中にある日、芽生えてきたのかもしれない。
そして、そんなタイミングで未知の世界に連れて行ってくれる音源がちょうど手に入ったというわけなのだから、京はまったく未知の領域であるジャズをわからないなりにも、手探りで興味津々進んでいる感じなのだった。
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