花散る男女

トリヤマケイ

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第1部 アイドル編

♬ 11後方彼氏面

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 依田ちゃんと京は、奇しくも同年齢だったが、もう中年にさしかかる三十代後半のむさ苦しい孤独な男が、行く末を憂いて自殺するような事もなく、なんとか一日一日を過ごせていけているのも、ひとえにアイドルという明るく華やかで美しい花のような存在があるからだ。





 京は、依田ちゃんによってそんなアイドルという存在と出会うことが出来たが、推しメンを好きになり推すという行動は、普通の恋愛というものとはかなり異なることに気づいた。
 



 先ず一般的な恋愛ならば恋愛対象である好きな相手は、ひとりなのは当たり前の話だが、ヲタクの場合はちがうのだ。




 ヲタクはバカではない。いつでも推しメンと結婚したいと公言し憚らないが、実際にはそんな棚から牡丹餅みたいな美味しい話があるわけもないことを知っている。




 しかし、だからといって推すことをやめられないのがドルヲタなのだ。見返りなど気にしないで止むに止まれず推しているのがヲタクだ。





 ごく普通の恋愛では、YESかNOかの二者択一しかないが、ドルヲタの恋愛には永遠にNOがない代わりに永遠にYESもない。




 つまり、ごく普通の恋愛で一番ヤキモキして悩ましい部分が完全に欠落している。だから、OKをもらって天にも昇るような歓喜を味わうこともなければ、失恋して意気消沈することもない。




 有り体に言えば疑似恋愛にもなっていないのかもしれない。失恋するという地獄に堕ちるような恐怖や苦しみがないならば、それを恋愛とはいわないからだ。




 しかし、ドルヲタはしぶとい。DDではないにしても複数の推しを抱えているやつが多いのは確かだろう。




 絶対失恋しない水みたいに薄いカルピスのような恋愛なので、量により濃度を増しているつもりなのかもしれない。




 いずれにせよ、ドルヲタはまるで保険をかけるかのように推し増ししていくパターンが多いのではないだろうか。




 少し脱線したが、依田ちゃんにとって、いや、依田ちゃんに限らず生きていく上で、ある種の負荷とでもいうか進行を妨げる何らかの障害がないと逆にやっていけないということも少なからずある。




 確かにその障害があまりにも超えがたいものである場合は挫折ということになるのだが、ある程度の困難があることで、その困難を乗り越えようと力を発揮できるということはあるだろう。




 すべてが自分の思い通りになる世界なんて実につまらないものではないかと京にもわかるが、現前する如何とし難い現実を前に、ヲタクはならばこの現実を退けてしまおうと考える。




 努力によってなんとか乗り越えられそうな場合では、前進を妨げるように見えるものは、実は前進を妨げるものなどではなく、まるで準備されていたかのように忽然と姿を現わしたりする。




 だが、ヲタクは如何ともし難い厳しい現実を前にして、自らノイズが入ったフィルターをかけて補正したり歪ませたりなどして、認識をデフォルメし、ありきたりな日常の生活から脱却しようとしたのではないかと思うのだ。




 ごく普通の昼間の景色もアンバーのフィルターを通して見ることによって美しい夕景に一変させてしまうことも可能だし、なんなら原型をとどめないように、いくらでもデフォルメできる。





 依田ちゃんに限らずドルヲタは、自らバイアスをかけて、推しメンとハッピーエンドとなるというそのフィルター越しに見える二次元と三次元の狭間で夢見るように暮らしているのだ。




 京にしても依田ちゃんにしても、うだつのあがらない、結局何者にもなれない人生に蹉跌を味わっていた。




 思い通りにならない、どうにもならない現実にバイアスをかけて虚構化して現実を退け、推しメンと楽しく夢の世界で過ごすヲタク。





 そしてそこから、さらにもう一歩踏み出して虚構を現実化しようとした依田ちゃん。その行動力には感服するほかなかった。




 如月ミリア推しの連中は、悔しさに悶絶し涙しただろうが、他のヲタクにしたら、もしかしたらオレにもワンチャンあるかもと、またぞろ妄想に拍車がかかるのだ。




 依田ちゃんも罪つくりなやつだと京は思った。七十五年周期で地球に回帰するハレー彗星みたいに忘れた頃にしかし、必ず起こるアイドルとヲタクとの遭遇。




 限りなくゼロに近い確率で、推しと繋がり、悲願である結婚ができたとしても、ヲタクは、ステージの推しメンしか知らない。そんな人物に全人格を支えられるだろうか。




 京だって、そこらへんは怪しい。他のヲタク連中と五十歩百歩というところだろう。ただ、京は早乙女ゆりあの闇の部分を知っている。だから、支えられるのは自分しかいないと感じているのだ。




 元アイドルでみんなが振り返ってみるほど綺麗な女性と付き合っている自分を想像するだけでも何か不思議な感じがするが、アイドルとか関係なくひとりの女性を支え幸せにしていくということは、生半可なことではないだろうと京は思う。





 義理や同情で人を幸せに出来るわけもない。京は、早乙女ゆりあの底無し沼のような闇を知った上で、サイリウムを振ったり、ピョンピョン跳ねたりして応援はするが、現実世界の早乙女ゆりあ、その全人格を支えていく自信はない。





 だが、京にとってアイドル『早乙女ゆりあ』を支えていたいと思うのは偽善的な義務感ではない。京にとって早乙女ゆりあを支えることが喜びなのだ。




    支えることが喜びでないならば、早乙女ゆりあのブラックホールのような暗黒に京は早晩呑み込まれてしまうことだろう。





 そして、京は考える。





 早乙女ゆりあのバイアスは、いったい何だろう。人は誰しも何らかのバイアスを呪いのように自ら己にかけている。




 だから世界はひとつだが、一人ずつ世界に対する認識は異なる為、人類の数だけ世界が存在している。




 色眼鏡という認識のバイアスをかけ世界を見るということ。世界は非情で残酷だと思って眺める世界は、確実に非情で残酷だろう。





 早乙女ゆりあには世界がどう見えていたのか?   そして、今はどう見えているのか?




 京は、ゆりあが緊急搬送された病院のロビーで途方にくれボーっとしていた時のことを思い出した。
 



 面会は叶わなかったが、ゆりあが眠っている病室にいる自分を空想していたら、なぜか気持ちが安らいだ。




   京は、窓側の椅子に座ってゆりあの穏やかな寝顔を見ているのだった。




 それは、声を発しての物理的な会話ではないが、濃密な会話をしたという印象が京にはある。





 京にとってそれは、とても自分に都合のいい、身勝手この上ない解釈だが、早乙女ゆりあと俺は、心の深いところでは繋がっているのではないか、そう思えるのだった。





 だが。確かにヲタクという生き物は、みながみなそうなのかもしれない。握手ひとつにしても、剥がしにせっつかれて手を離すか離さないかのその刹那に少しだけ強く手を握られたというだけで、結婚したいというふたりだけの合図だと天にも舞い上がってしまう、それがヲタクという生き物だからだ。それがヲタクの仕様であるらしい。





 京はいとも容易く手折れてしまいそうな、荒野に咲く華奢な一輪の花のような早乙女ゆりあに、腫れ物に触るようにして接したわけではない。




 早乙女ゆりあにしてもそうだろう。消そうとしても消せない黒歴史とでもいうべき過去を京は知っている。




 そして、その果てに一度は一緒に死のうと考えた相手なのだ。それがたまたま京が身近にいたからというだけの理由からだとしても、憎からず思っていてくれているのではないか、京はそう感じていた。




 男と女の関係なんて、それこそ理屈を超えたところにあり、答えはひとつしかない、などということはありえない。




 見てくれがどうだとか、釣り合いそうにないだとか、いわゆる先入観に人は縛られていることが多い。世間の秤で物事を計り諦めてしまうようならば、とどのつまりその程度のものだったということだろう。




 世間に迷惑をかける行為は慎むべきだが、世間はいつまでたっても自分を幸福になどしてはくれない。自分が行動するのは当たり前の話。




 依田ちゃんも推しをグイグイ押して寄り切ってしまった行動力はすごいと言わざるを得ないが、京にしても、かなり図々しい行動には違いなかった。




 病みあがりで何をするにも無気力、無関心なだけならまだいいが、希死念慮が僅かでも未だにあるかもしれないゆりあに、京が会うことはあの黒歴史を思い出させてしまうことになるやもしれなかったからだ。





    しかし、だからといって京は病院に駆けつけないわけにはいかなかったのだ。













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