クリシェ

トリヤマケイ

文字の大きさ
32 / 73

ナオト再び講演会にいく

しおりを挟む



   ケンと久しぶりに会ったその翌週。十月の最後の週だったか、ナオトはブログのネタほしさに懲りずにまた別な講演会を物色していた。

   毛糸のパンツ作戦は見事にコケてしまったが、次には渋谷地下にあるという巨大ダンジョンを調べようとケンと約束をした。

   街に出て、ふと空を見あげると秋空に地震雲が、くっきりと現れていた。

   ナオトは、さかきばら先生の講演会に急いだ。先生は、介護記録の教科書としてつとに有名な入門書の著者であり、介護の仕事に就きたいと考え、また、さかきばら先生をリスペクトしているナオトにとって、見逃せない講演だったのだ。

   ナオトは、タイムカードの存在をすっかり忘れていて、朝も帰りも打刻してないという今朝方みた変な夢を思い出したところで、会場についたらしかった。会場?

   数秒、タイムラグはあったものの、ナオトはなんとか現実に追いついた。会場、さかきばら先生、講演会?   だが、なかなか現実を認識できない。点と点が線として結びつかないのだ。

   不思議な感じがした。解離というのだろうか、ナオトにはパラノイア的なアレはないはずなのだけれど、分裂していたもうひとりの自分がいま、スッとこの身体に戻ってきたような感覚があった。

   ま、そんなこんなで。講演会が始まった。講演会のタイトルは、介護記録のイロハ。 

  それにしても、さかきばら先生がヌイグルミを抱えスコップを片手に登場したのには、びっくりした。それは、クマのヌイグルミだった。

 会場がざわついたのをナオトは、よく憶えている。やはり、どれほど贔屓目に見てもさかきばら先生の講演会に似合わない。

  クマのヌイグルミとプラスチック製のスコップという取り合わせもわけがわからない。

 まあ、それも演題に関連する小道具なのだろうとは、うっすらと想像はできたのだけれど、一方では、なにやらいやな予感がしたのもたしかだ。

 さかきばら先生は、ステージ中央の演壇ではなく、演壇の横に設置された横長の机の横に1メートルあまりのスコップを立てかけたのだが、うまく安定せずに取っ手側の大きな穴の部分を机の角にひっかけるようにして、斜めに立て掛けた。

   クマのヌイグルミもスコップとはちがう角の方に座らせた。

 そして、机に手をついて一礼をした。その刹那、机がバタン! と真ん中のところで割れるようにして閉じはじめ、つんのめって倒れた先生の全体重が、そのV字に閉じた机にかかったものだから、机はさらに閉じて先生は完全に挟み込まれてしまった。

 机の上にのっていたガラスの水差しも、床に落ちて割れ、さらにはヌイグルミが跳ね上げられて、左から右へと空を切って飛んでいくという、図らずもサーカスのピエロまがいのパフォーマンスを演じてしまったさかきばら先生なのだった。

 机のロックがしっかりかかっていなかったのが原因だろう。

 会場のどよめきはすごかった。スタッフがあわてて先生を助け起こして、机をしっかりとロックし直し、ガラスの破片をかたづけ、床をモップで拭いて、講演会は、なにもなかったかのように再スタートした。
 
   さかきばら先生も何事もなかったかのように、にこやかな笑顔を見せて、今度は演壇の前に立って話しはじめたが、やがて異変が起こった。

   横長の机に置かれたあったヌイグルミが最初は右端にいたはずなのに、いつしかするするとゆっくりと左に移動しはじめたのだった。会場は再びざわつきはじめた。

   もう、こうなると講演どころではない。どうやらクマのヌイグルミはさかきばら先生が話しはじめると、ジリジリと横に動いていくようなのだ。

   会場がざわつきさかきばら先生が話をやめて、観客の視線の先にあるクマのヌイグルミを見遣ると、ピタリとその動きは止まってしまうのが、面白かった。

  まるで、というか、まさにそれは『だるまさんがころんだ』をクマのヌイグルミはやっているとしか思えなかった。

   というわけで、なかなか斬新な演出が新鮮だったが無事に先生の講演も拝聴させていただき、とても思い出深い素晴らしい秋の深い素晴らしい秋の深い深い素晴らしい思い出の素晴らしい講演会秋の……

   思考がショートしているようだ。ていうか、言語中枢?  がいかれてしまったのか。

  どどどどどどどもってしまってっどどどどどどうもすいません、てか。ナオトは、緊張すると噛んでしまったり、どもったりしてしまう経験はない。

  しかし、贖う、いや、なにかに抗っているかのようにナオトはどもってしまう自分が不思議でならなかった。

  その後、何日か経てナオトは再び先生とお会いする僥倖を得て、不躾ながら質問をさせていただいた。

「先生、前回の講演は、ほんとうに勉強になりました。ありがとうございました。しかしながら、スコップやヌイグルミに関連することなど、なにもお話のなかには出てこなかったと記憶しているのですが、なぜまたあの場にあの小道具が必要だったのでしょうか」

 さかきばら先生は、実に涼しげな眼差しで、こうおっしゃった。

「きみは、あの一部始終を見ていたんでしょう? じゃあ、スコップやヌイグルミはなんのためにあったのか、疑う余地もないじゃないですか」

 いやあ、まいった。これにはグーの音もでなかった。そのことをナオトはまた、ブログに書いた。
 
    《まったくわからない。小道具はまったく無関係なものならなんでもよく、ヌイグルミが動き廻るのもすべては演出だったということなのだろうか》

   こうなるとさかきばら先生は、次に何を見せてくれるのか、ナオトは、俄然興味が湧いてくるのだった。

   そういえば、先生の小学生の頃の夢はマジシャンだったような。たしか卒業アルバムの寄書きにそんなことを書いたと先生がおっしゃっていたような記憶があった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...