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魔王編
図書室のマチエール
しおりを挟む眼前に広がっているのは、広大な図書室だった。少なくともケンジにはそう思えた。というのも何やら違和感を感じたからだけれど、現代の世界に戻ってこれたみたいで、うれしいというか懐かしい気持ちが異様さよりも勝っていた。
しかし、その不自然な、なんと言い表わせばいいのか、図書室自体がまるで生きているような、つまり、何かが図書室みたいな空間を演出しているだけなような、そんな違和感をどうしても拭えなかった。
「なんだよ、ここ? いわゆる図書館の中って設定なのか?」とユタカ。
「ユタカ、図書館知ってるんだ」
「あー。かあちゃんに聞いた」
「また、かあちゃんかよ」とケンジ。
「うっせー。とにかくこんなダンジョンあんのか、モンスターいないならいないで、つまんねー」
「いや、このだだっ広い部屋自体がモンスターなんじゃないでしょうか」とフエ。
「そうなのか?」とユタカは他人事のよう。
「そうだよね、オレも違和感ありまくりなんだよね。たとえば」
そこでユタカが「ウェッ!」と言って前につんのめって転んだ。
「キモー! いま床がグンニャリってなったぞ」
すると、そのユタカのあげた大声がまるでスイッチになったかのように床と言わず壁と言わず、部屋全体が蠕動しているかのように細かく震えはじめるのだった。
着信やら通知が来てブルブルとスマホが振動する、あれがずっと続いている感じだとケンジは思った。
そしてそれは、確かに注意喚起するようであったり、軍隊がジャングルや戦場を進軍する時のように、指揮官に「Move! Move!」と急かされているみたいだった。
ちなみにまったく関係ない話だが、氷は他動的な何かが加わらないと凍ることはないのだという。
たとえば、冷蔵庫の製氷機の水はドアの開け閉めという他動的なものがきっかけとなって液体から固体に変わる。
水から氷へと変化するには、その他動的な何かが必要であって、つまり、温度が下がっても一切の振動やら風やら衝撃がないならば、水は凍ることはないらしい。
ここでは、ユタカのバカでかい声がきっかけとなりモンスターを完璧に覚醒してしまったのかもしれない。
間断なく震える床は足を床につけるたびにブンブン足裏にくるので、その異様さに足早にならざるを得なかったが、いけどもいけども図書室の果てにたどりつけそうになかった。
「なんか、ヤバくね? もしかして、あの壁後退していってないか?」とユタカ。
「そのようですね、図書室自体が伸び縮みしてるのかもです、それに、ほら後ろ」
「あー!!!」ケンジは素っ頓狂な声をあげる。「ほんとだ、あれだけ進んできたのに、向こうの入り口の壁は全然遠のいてない」
ケンジの言う通り、図書室へと入ってきた際にあった入り口は、遠くに見えるはずなのに、薄暗がりの中にぼうっと浮かび上がるように見えるそれは、一向に遠のいていかないまま、同じ距離でついてくるかのように見えた。
「てことは、フエちゃの言う通り伸び縮みしてるってことか。つまり俺たちの進行方向に図書室はズンズン伸びて広がっていっているように見えるけど、実は後ろはその分どんどん消滅していってるってか?」
そんなことをケンジは考えるのではなくイメージで一瞬に理解した。というかコジツケたが、そんなことより床のグニャグニャがどんどん酷くなって、まともに歩けなくなってきた。
「これさ、もしかしてオレらが歩くのやめたら伸びも縮みもしないってこと?」
「そうやな、そういう理屈やろ」
「いや、そうでもないかもしれませんよ?」とフエ。
「ほな、試しに止まってみよか?」
そういえば、図書室に入ってから一度も立ち止まったことはなかった。ケンジにしても懐かしさはあったものの、図書館やら図書室の雰囲気を知っているだけに、もやもやとした原因がわからない違和感があり、ずっと急かされるように足早に歩いていた。
ロングコートのチワワであるフエに至っては、かなりの低速ではあるが走っていたらしい。現実のチワワは猛スピードで駆け回る姿がお馴染みかもしれないが、このフエの本来の姿は、地球最大の恐竜、個体差はあるだろうが、体長45メートル・体重90トンに達すると言われているアルゼンチノサウルスなのだから、無理からぬ動きだった。いや、むしろ、その質量からしたらとんでもない速度で移動しているのかもしれない。まあ、そこは反重力使いだから可能なことなのだろう。知らんけど。
ということで、3人? は、セーので同時に止まってみた。揺らぐ床は相変わらずグニャリグニャリした動きのままだから、歩いていたからこそまっすぐ立っていられたが、立ち止まってしまうともうダメだった。
壁の振動はそれほどでもないので、壁に手をつき、グニャリグニャリと波打つ床の味わったことのない異様な動きに耐えていた。
まるでディズニーのアトラクションみたいだと思えば結構これも楽しいかもしれないなんてケンジは思ったが、そんなに甘くはなかった。
「ヤバくね? 図書室自体が縮んできてるやん」
ユタカの言う通りだった。ゆっくりではあるが、図書室は生き物のように徐々に縮んできているのは間違いなかった。
ケンジは、食虫植物が獲物を捕食する際に分泌する消化液でドロドロに溶かすように、自分たちも図書室の蠕動する幾千幾万もの襞という襞からじわじわと分泌される消化液によって皮膚がケロイド状に灼け爛れていくさまをまざまざと想像した。
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