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プロローグ
しおりを挟むあの男の声が未だに頭のなかで木霊しつづけている。
「あなたには本当の自分と対峙する勇気がありますか?」
そう言われたぼくは、たぶん泣き笑いみたいなおかしな表情をしていたにちがいない。
自分でもそれがよくわかった。
普段ならば滅多に感情を表にだすことなどなかったが、このときばかりはちがった。
勇気を奮ったところで鏡のなかの自分と対峙することなど、到底出来そうにないことはわかっている。
正視できるはずもないからだ。
それでも怖いもの見たさ? で、鏡のなかの自分を上目遣いでちらりと盗み見てみる。
案の定、そいつは、セーラー服を着ていた。それにプリーツのミニスカ。薄化粧。でも、口紅は唇から無残にはみ出し、いぎたなく滲んでいた。
本当にこれが自分なのだろうか。
すると、おぞましい映像がメタリックな音をたてながら、脳裏にフラッシュバックした。
あまりの惨めさに鏡のなかの自分に唾を吐きかけた。不意に大きな鏡を粉々に叩き割りたい衝動にかられる。
周りを見回してみても叩きつけられそうなものは何もなかった。やがて、ごく自然に頭を鏡に打ちつけはじめる。
意味もなく涙が頬を伝い降りてゆく。
鏡が先に割れるか、額が先に割れるか、どっちに賭けようか……。
頭を打ち付ける鈍い音だけが、がらんとしたパウダールームに響いていた。
◇
タロウ・ダロワイヨは、また同じ夢をみた。
何度も何度も繰り返し同じ夢を見るので、これは過去に自分が経験したことなのだろうかと思うほどだった。
暑くなったり涼しくなったりの日々がこの頃つづいていたが、そういった温度差の激しい気候の折には倒れる人も多いらしく、大学病院の並びのマンションに住んでいるタロウは、朝からたてつづけにやってくる救急車のサイレンの音で目を醒ましたのだった。
そして、目を醒ましたとたん再び不条理な現実世界に立ち向かわなくてはならないのだという現実感が、音をたてて雪崩のように両肩に降ってきた。
ほんもののドップラー効果を伴った救急車のサイレンとともに、タロウの頭のなかでも赤色灯が回転しながら不気味な通低音を発しつづけている。
自由が丘で東横線の電車を降りて、大井町線へとつづいている階段を下りていく際に見た光景がいまだにタロウには忘れられなかった。
それは、今となってはあたり前のこととなった女性専用車輌の光景だ。
夕方のラッシュ時のことゆえ、立錐の余地のないほどぎっしりと詰まった車輌には、むろん女性だけが乗っていたのだが、それを見たタロウはなぜか怖いと感じた。
なぜまた女性だけが乗った車輌に恐怖したのか、タロウは自分のことながらわけがわからなかった。
とにかくその異様さに恐怖したのだ。
いったいあれはなんだったのか。
あのときの恐怖の正体が、自分でも説明がつかなかった。
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