パサディナ空港で

トリヤマケイ

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#108 ヒトガタ

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*月*日

   ある日、玄関のところで青竹踏みしていると、愛と熱とミョウバンで出来ている人型が、はしごを上ってきて、少年を喰いにきたといった。
 
 四郎ダロワイヨは、人型のことはほっといて、青竹をしまうと、アディダスのトラックジャケットをはおり、ジョギングに出かけた。

 ジョギングなんてやったこともなかったのにもかかわらずにだ。走りながら、なぜまた走っているのか自分でも気になった。

 それに、あの人型が、なぜまた愛と熱とミョウバンで出来ているなんてわかったのだろうか。

 まあ、そういったものだけに限らず、人生とはわからないことばかりなのだ。

 バス道路からわき道にそれ、公園をめざして走った。公園にはフィールドアスレチックがあって、土日ともなると親子連れでけっこう賑わっていた。

 きょうは、三連休のど真ん中で、天気も上々だから、子供たちの元気な声が公園に入る前から四郎の耳にも聞こえてきたほどだった。

 四郎は、根性で長い橋を渡りきり、公園へと入っていった。

 橋といえば先月、日本へ帰国する前々日にタロウは、再びサンフランシスコへ戻り二泊したが、その際、ホテルのコンシェルジュにゴールデンゲートブリッジは、歩いて行ける距離だということを聞いていた。

 そして、翌日、ポテトとバゲットが付いたボリューム満点なオムレツのランチを食べてから、四郎は、橋に向かった。

 憧れの全長二千七百三十七メートルにも及ぶこの吊り橋は、suicideの名所でもあるという。

 ゆうべ、ホテルで[SF Gate:Suicide by location]というページを見て四郎は、愕然とした。こんな分布図がなんの役に立つというのだろうか。抑止どころか逆効果ではないのか。

 Golden Gate Bridge is the most popular suicide location in the world!! という悲しい文句を、一日も早く返上してほしいと四郎は思った。

 公園に入ると子供たちの楽しげな声のする方へと四郎は走った。

 そして、アスレチック用に掘られた池に落ちて全身ずぶ濡れになっている親子を見た。

 着替えを持ってないということなのに、お花見でのヨッパの大学生のような後先考えないそのノリ。

 子連れの三十歳前後の女性だったけれど、近くのドンキにでもいって下着やらズボンやらを買うつもりなのだろうか。

 だが、そんな人の心配をしている余裕など四郎にはないことに気づいた。

 人型が、ぴたりと後をつけてきていた。

 人型は、タロウの影の真似をして足から地面へと平らに伸びている。少年を喰いにきたと人型はいっていたが、もう四郎の影は、喰らってしまったらしい。

 ほんとうの自分の影を失ってしまった四郎は、急に覇気がなくなり、ヒッチハイクしたくなって、親指を立てた。

 が、停まってくれたのは、なんのことはないただの個人タクシー。

 タロウは、タクシー独特の匂いを嗅ぎながら、首都高にのって赤坂に向かってくださいとだけ告げる。

 あの『惑星ソラリス』の撮影のロケーションとして使われた千九百七十年前後の赤坂周辺の首都高の風景を想い出しながら、現在の首都高と頭のなかで重ね合わせてみたかったのだ。

 ローバート・ジョンソンが四辻で悪魔と取引したといわれているように、人型と取引してみようかな、などと四郎は考える。

 果たして人型は、魂とひきかえに何を要求してくるのだろうか。すると四郎には、首都高がソラリスでなく、ゴールデンゲートブリッジに見えてくるのだった。
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