パサディナ空港で

トリヤマケイ

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#119 まゆみさん ②

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*月*日

*リング

   まゆみさんは、大きなリングをしていると書いたが、まゆみさんと隣同士になった時点で、そのリングに気づきそうなものだった。

  ところが、実際には気づかなかった。ということは、パソコンの入力の際にそれほど目立っていなかったということだろうから、指輪をしていなかったのかもしれないし、していたとしても、目立たないものだったのだろう。
 
   その極太のリングをネットで調べてみたら、ボリュームリングというものらしいことがわかった。

   おそらくまゆみさんのパンツスタイルを見た記憶はない。が、たとえば和装に似合うリングであるとかデニムに映えるリングはないとしても、まゆみさんはスカートやらアウターのカラーに合わせてリングを替えているような気もする。

  朝目覚め、その日の体調や気分によって服装も決めていくのだろうから、とどのつまりその日はめていくリングも、その際の感情やら気分、体調あるいは、約束がある等予定するTPOによって左右されるわけだ。

   つまり。エンゲージリングをいちいち外して寝るわけもないのだから、まゆみさんのあのボリューミーなリングは、どう考えてもファッションなのではないのかという考えに帰結する。

   そもそもエンゲージリングとしてボリュームリングを想定する人はまずいない。

  とまれ、それほど気になるのかというと、そんなこともなく、ただ事実確認をしたいだけというか、推理することが好きだからだ。

   というと、まあ聞こえはいいかもしれない。ほんとうのところは、ただの詮索好きに過ぎないのかもしれない。

   ただし、詮索したくなる事象が左手の薬指に関する事のみに集中するケースは、人はそれを恋と呼ぶのではないか。

   スレンダーなまゆみさんは、どんなものも上手に着こなしていたし、そのセンスは育ちの良さからきているように思えた。

   当初は、シェルに覆われた少し硬いような感触も、じょじょに薄れ、今ではもうまゆみさんに対して敬語を一切使っていない自分がいた。

   しかし、それは一概にいいことであるとは言えない。

   まゆみさんが、いわゆるタメ口を容認し、自らもくだけた調子で話してくれるようになってきたのは、うれしいことでもあるけれど、女友達と軽口をたたきあうような、そんな会話は、そもそも自分が異性として見られていないことを暗に示唆しているのかもしれないからだ。

   隣合わせという、まゆさんとのその蜜月は、実質三月と続かなかった。ふたりは物理的に引き剥がされたのである。

   どういう理由によるのか、まったく知らされないのでわからないが、ここの職場では頻繁に席が変わり、酷い時には月が変わるごとに席替えをする。

   わけがわからない。そういったわけがわからないというものは、大抵理不尽な理由があるものだ。

   制度や決まり事は、作る側が管理しやすいようにする縛りだからだ。理不尽とは、たしかに管理する側と管理される側とでは、理不尽か否かは異なる。

   しかし、会社やら国は、社員やら国民の存在により初めて成り立つものであって、先ず企業なり国家があるのではない。

   そんなこんなで、まゆみさんとの恋は、まったく進展しないまま、時間だけが過ぎていったが、まゆみさんと席が離れることによって逆に恋心は募るばかりなのだった。

   そして、執務室以外でばったり出くわした際には、以前よりも親密な感じで話すようになっていた。

   一向に進展しない恋は、しかし、あたりまえなのである。こちらからアプローチしないのだから。

   とどのつまりは、いい歳して恋に恋しているだけなのだ。

   何の責任も負う必要のない、今の付かず離れずの距離感が、いいのだろう。

   しかし...…。

   恋は意外な局面へと突き進んでいくのだった。という風にTVドラマでは展開していくのだが、そんな風になるわけもなかった。

   行動しなくてはどうにもならないのは、わかってはいるのだけれど、アプローチできない。

   実は、アプローチするつもりはない。デートして楽しく会話しているふたりを妄想しているだけで幸せなのだから...…。

   等々思考は、行動を起こさない言い訳ばかりを考えて堂々めぐりを繰り返すばかりなのだった。

  ところで、自分の事を少し話すと、これが趣味といえるようなものは別段ないのだが、映画が好きで、休日は録画した映画を朝から晩まで観ていることもある。

   完璧なインドア派というわけではないのだが、一本観たらもう昼で、きのうの晩炊いた冷や飯と缶詰の鯖味噌なんかでお昼を済ませ、食後にコーヒーを飲みながらまた観はじめて、気づけば夕方になっていたということになり、もうこれから出かけてもしょうがないのでカップ麺をズルズルしながら、また次の録画を観はじめてしまうというパターンだ。

   殊にスカッとするアクションものが好きだが、最近観たサスペンスもので、それほど面白くはない作品だったにもかかわらず、エンディングがとても気になって考えさせられたという映画があった。 

   大したことではないのだが、最後のワンカットで、ヒロインは拳銃の引鉄を引くのではなく、リモコンのボタンを押し、それと同時にフィルムを遮断=映画が終わる。

   それは、まるで映像の中の作られたキャラクターが、自身で映像を終わらせたかのように見えた。

   つまり、そこには視る者と見られる者の逆転が起こっているわけだ。

   私たちは、映画を観ているつもりなのだが、ヒロインが画面の中でリモコンのボタンを押すことにより、映像が切れるということは、観ている私たち観客が実は、映像の中の存在であり、画面の中というバーチャルな世界から現実を見ていたという暗示めいたエンディングとなっていた。

   ほんとうのところ、そこまで考えての最後のワンカットではなく、他人の生活を「覗き見」するということが映画の骨子というかテーマになっていたため、観客の皆さんも実は「覗き見」しているんですよという意識を喚起したい狙いがあってのカットだと思った。

  そんなこんなで、休日は瞬く間に過ぎ去り、再び現実へと僕は戻っていく。毎日が休日であるならば、土日の休みは楽しみでもなんでもなくなるように、厳しい現実があるからこそ、ゲームであるとか映画であるとかの夢のような世界も輝いてくる。

   年がら年中、現実から逃避することは楽しくはないだろう。その現実逃避が、今度は現実に取って代わるだけに過ぎないからだ。

   その後、恋は何の進展のないまま夏を迎えたが、とんでもない展開が待ち受けていた。

  それは、仕事自体がなくなってしまうという死活に関わることだった。プロジェクト自体が消えてなくなってしまうらしい。

   数社入っている派遣会社のすべてがクライアントからの契約を解かれるのだから、もうどうしようもない。

   ある日、チームごとに間仕切りされた奥の部屋に呼ばれ、そこで派遣側の責任者から僕たちは引導を渡された。

   文字通りのクビである。みな元より知ってはいたのだが、期日が切られ、その期日を知らされたのは、それがはじめてだった。 ✓

    カウントダウンは、有無を言わせずすでに始まっていた。焦ることもないのだが、というのは、どうせ仕事などすぐに決まるわけもないのだから、といつもは思い、行動には移さないのに、今回はなぜか早速夜でも面接可能な会社を見つけ、さっさと面接を受けた。

   この行動は、自分でも信じられない早技だった。思考から行動へと移すスピードが、尋常ではなかった。

   いったいどうしたというんだろうかと、自分のことながら、いぶかしんだ。

   物事というのは、なんでもそうだが、うまくいくものはトントン拍子にいくものだ。

   なにかにつまずいて、あるいは、なにかにはばまれて、さらには邪魔が入って等々、結局うまくいかないものは、はじめからうまくいかない。

    だが、そこには落とし穴があって、ずいぶんとスムーズに事が運びすぎるものは、却ってあぶない。

   まったくお話にもならない、つまり、対象外といったケースでは、概して拍子抜けするほど、物事がうまく運んでいるかに見える。

   夜間に面接を受ける人が、思いのほかたくさんいて、同じような事を考える人が、やはりいるんだなあと変に感心してみたりした。

  というのは、夜間には正面玄関の入り口はすでに閉まっていて、夜間専用の通用口があり、つまりはただの裏口だが、そこでは警備員さんが待ち受けていて名前を言って臨時の認証カードを受け取ることになっていたが、その認証カードが、溢れかえるようにして受付のテーブルをほとんど占拠していたからだった。

   まず、本日の面接の前説みたいな、おおまかな面接の流れを説明するお兄さんのお話を聞くのだけれど、そのお兄さんは、夜間専用の前説のみのパートタイマーではないのかなと思った。

   自分でもやはり馬鹿なのかもしれないとは思うのだけれど、どんなものでもそれなりに楽しんでしまう自分がいて、その日も面接官と間近で対座して面接を受けるまでは、筆記試験をやっていたのだが、結構ワクワクしながらやっていたのだった。

   簡単な筆記試験とタイピングのテスト、それから面接という流れだったが、なんなくこなしていくそのスムーズさに逆に採用はないのではないか、とうすうす感じてはいたのだった。

  その勘はあたり、三社受けたが、案の定どれも結果は同じことだった。すべては掬いあげようとする水のように掌からつるつるとこぼれ落ちてゆくだけだった。





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