パサディナ空港で

トリヤマケイ

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#188 おばあちゃんを詐欺った話

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 そういえば、推しメンが結婚するらしい、その筋からの情報だから確かだが、公の発表はまだない。
 
 
 
 
 
 
 
 結婚のタイミングは来年の秋とかだろうか、とにかく今から覚悟しておかなければならない。
 
 
 
 
 覚悟したところで、その凄まじい衝撃がゆるむわけでもないだろうけれど、とにかく激烈な衝撃波の後にくる、シンドイ悲しみのダメージから抜け出すためには、新しい推しメンを見つけるしかない。
 
 
 
 
 
 
 ガチ恋だからそれはムリといっても、そのガチ恋相手がもう他の人のモノになってしまったんだから、ズルズル引きずっていても仕方ない。
 
 
 
 
 
 
 それとも、破局したり、離婚するのを待つ? 
 
 
 
 
 
 
 命短し、恋せよ乙女/オタク、なのだった。
 
 
 
 
 
 しかし、すごい時代になったもんだ、超人気アイドルが、赤裸々にタブーである結婚界隈の話題をストレートに話し、半年一年のスパンの話ではないけれど結婚願望バチクソあります、という流れはやはり特定の人がいるのだと穿った読みをしてしまうのはオレだけではないのではないか。
 
 
 
 
 
 
 しかし、そんなことよりも凄いのは、推しの幸せを願わない人は、ファンではないと、ヲタクの仕分けをしたことだろう。
 
 
 確かにそれは一理あるが、永遠の命題でもある。
 
 
 
 
 まあ、とりあえずそれは置いといて。
 
 
 
 
 
 
 

 ずっと以前の話だが、ボンビーでボンビーで仕方なかった俺は、高利貸しの婆さんが所有するマンションの家賃をだいぶ滞納している上に借金もしていた。
 
 
 
 
 で、ある時、返済がずっ滞ってしまい、にっちもさっちもいかなくなって、飛んでしまおうかと考えた末に決心したのは、高利貸しの意地悪婆さんを○してしまおう、ということだった。


 
 
 
 
 
 
 あの般若のような老婆がこの世からいなくなれば、どれだけの人が救われるだろうかと、俺はそんな大義名分を思い付いたのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、俺は、借金を手渡しで返しますからと、タワマンに住む老婆の成金趣味のギラギラした部屋に上がり込み、隠し持っていた中華包丁で首を斬り落とそうとした。








 だが、中華包丁を振り落とそうしたその刹那、何かが俺の頭の中でスパークしたのだ。
 
 
 
 

 俺はそれから婆さんを口説いている信じられない自分の声を聞いた。
 
 
 
 
 
 
 ありえないことだが、どうやら、金を返さないで済む、プランBを実行したらしい。
 
 
 
 
 

 だが、問題は業突く(ごうつく)ババアを口説き落とせるか否かなのだった。
 
 
  
  
  

 老婆は、これがむろん金目当てのプロポーズであり、正気の沙汰ではないと思うだろう。金の亡者である、その頑なで氷のように冷たいハートを、俺は溶かして見事に鷲掴みにすることはできるだろうか。
 
 
 
 
 
 俺は、振り上げた中華包丁を、ゆっくりと下ろし、今日はなぜまた着飾ってチャイナドレスなんかを着ているのか、とばあさんにきいた。
 
 
 
 
 
 
 すると、ばあさんはこう言った。
 
 
 
 
 
 
「あんたが、中華包丁を持って押し入ってくるのを夢でみたんだよ」
 
 
 
「マジかよ、大家さん」
 
 
 
「そうなのさ、あんたアタシを脅して家賃をチャラにしてもらう腹づもりなんだろ」
 
 
 
 
 
「せや、せや、せやねん、○すなんて全然思ってへんかってん」
 
 
 
 
「○す?」
 
 
 
「いや、ただの言葉の綾やんか、大家さん○すわけないやろ」
 
 
 
 
「あっそ。でもね、溜まってる家賃半年あるのよ? それに借金も。その全額チャラはね、どう考えても無理よね」
 
 
 
 
「そうなん? これでも?」
 
 
   
   
 そういって、俺はばあさんのチャイナドレスを思い切りたくし上げ、太腿のあたりで前の部分を切り落としてしまった。 
 
 
 
 
 
 ばあさんは、いきなり絶対領域を露わにされて、処女のように頬を赤らめた。
 
 
 
「な、なにをするの、警察を呼ぶわよ」
 
 
 
 
「はいはい、警察でもUberでも何でも呼んでや、せやけど、もっといいこと俺とせーへん?」
 
 
 
 
「なに、バカなこと言ってるの、年寄りをからかうもんじゃありません」
 
 
 
 
「いや、全然からこうてないやん、ほんまはな、前から好きやってん、せやから、ずっと大家さんとあんなことや、こんなことしたかってん」
 
 
 
「なんですか、あんなことや、こんなことって?」
 
 
 
「もう、生娘やあるまいし、なに気取ってんねや」
 
 
 
 
 
「気取ってなんてない」
 
 
 
 
 
「そうなんや、お金が恋人ってか、寂しないん?」
 
 
 
 
「推しメンがいたから」
 
 
 
 
 
「え~、そうなんやぁ、で、誰? サブちゃんとか、橋幸夫?」
 
 
 
 
 
「潮来(いたこ)の伊太郎、ちゃう!」
 
 
 
 
「は? ほな、誰?」
 
 
 
 
「目白くん」
 
 
 
 
 
「あー、はいはい、ほんまかいなぁ」
 
 
 
「もうヤキモキして、たまらないのよ目白担は」
 
 
 
 
 
 
 と言って大家さんは、深く嘆息した。
 
 
 
 
「わかりました、じゃ目白くんに会わせますよ? ジャーマネ知ってるんで。それで手を打ってください」
 
 
 
「それほんと、ほんとなのね、信じるわよ? 未払いの家賃と借金、全額免除するから」
 
 
 
 
 
 
 
 まあ、○すよりは、詐欺の方がましという、絵に描いたような自己欺瞞の理論だった。



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