パサディナ空港で

トリヤマケイ

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#192 謎解きは朝飯前に 『クォ・ヴァディス』の謎+

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 北脇昇という日本のシュルレアリスムの画家を知った。


 自分は不勉強で知らないが、彼の『空港』という作品は、村上春樹の短編集『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社、2000年2月)の装画に使われているようだ。



 亡くなる前年に描いた『Quo Vadis』が遺作らしい。




 このクォ・ヴァディスは、ラテン語で「どこへ行く?」の意味で、新約聖書『ヨハネによる福音書』13章36節において、ペトロが最後の晩餐でイエスに問いかけた「Quo vadis, Domine?」(主よ、どこに行かれるのですか?)に由来するらしい。




 それで、北脇昇の描いたクォ・ヴァディスは、北脇本人らしい人物をカンバスの中央に置いて、どこへ行こうかと立ち止まって思い悩んでいるかのように見える。



 右の足もとに小さな道標があり、これが二方向を指し示しているため、二者択一の岐路に立たされているかのようにも見える。



 そして、男の見つめる前方には、道標が指し示すかのようにふたつの事象が描かれている。




 それは、左にデモをしているらしき一団と、右奥に嵐のような荒天の情景。




 そのため、あたかもどちらかを選択しなければならない場面に直面し、さてクォ・ヴァディスどちらへ行こうか? とストレートに解釈するのが大方の判断だと思う。



 だが、そうではないのではないか。そう考えるのは先ず男の左の足もとにある巻き貝みたいなものは、この男の過去だと思うからだ。



 そして、男はいま、その過去を振り返っているのではないか。過去の出来事であるからこそ鮮明にわかるが、男に、いや、全人類誰ひとりとして未来が明瞭に見える人などいない。




 男は、巻き貝から出てきた過去を振り返り、嵐もあったなぁ、いろいろと小競り合いや揉めた事もあったなぁ、と感慨に耽っているのではないか。




 即ち、男は前方を見ているのではなく、彼が後ろ姿なのは過去の事象を、今まで歩んできた道を振り返って見ていることの証左であることがわかるだろう。




 この絵のタイトルが、ラテン語の『どこへ行く?』なので、どうしても誘導されてしまうが、彼は前方に進もうとしているのではなく、振り返っている。彼のこれから進むべき道は、私たち鑑賞者の見つめるこちら側なのだ。




 右の足もとにある道標にわざわざ花が手向けられているように見えるのもまた、その事を裏付けている。




 花を手向けるという行為は、過ぎ去った過去であることを証し立てているからだ。つまり、この道標は、これから進むべき道を指し示すものではない。終わった過去を弔っている。




 それは、過去と訣別し、さて、これからどこへ向かおうか、という、前進する画家の決意表明ともとれるが、




 「どこに行く?」という問いには、選択肢が幾つもある場合と、どこにも行くあてのない場合、或いは既に決まっている場合でも、動かし難く抵抗し得ない決定事項だからこそ、敢えてシニカルに「どこに行く?」と自虐的に問うこともある。



 亡くなる前年に人生を振り返って描いた遺作という観点からすると、生きとし生けるものすべてが、逃れることの出来ない死という自然の摂理を既に意識していたのかもしれない。








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