パサディナ空港で

トリヤマケイ

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#203 父のフリン

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 キミと別れて実家に戻ってきた私は、もう結婚はこりごりだと思った。
 
 
 
 
 
 
 今でも何がいけなかつたのかすらわからない。ただ運命の人ではなかったというだけの話か。
 
 
 
 
 
 
 
 というか、そもそも私には運命の人などいないということなのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 犬でも飼って、一生独身で過ごそうと思った。独りがいちばん気楽でいい。
 
 
 
 
 
 
 
 世間様から、子ども部屋の出戻りおばさんと揶揄されてもかまわない。世間様に迷惑を掛けたわけでもないし、世間様が私を幸せにしてくれるわけでもないのだから、ほっといてくれ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから子ども部屋に引きこもり、鬱々とした毎日を送っていた私は、やがて簣巻きにされて真っ暗な海に投げ棄てられた木乃伊(ミイラ)みたいなって、ゆなゆなと水底まで、ゆっくり沈んでいった。
 
 
 
 


 
 
 
 そして、無呼吸のまま何年も眠っていた。しかし、禊(みそぎ)が終わったのだろうか、ようやく息を吹き返すと、自分を変えなければいけないと思い立った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして私は母にチワワを飼いたいといった。
 
 
 
 


 
 
 
「いいわね」と二つ返事で了解してくれた母だったが、それからスムースコートにするか、ロングコートにするかで意見が分かれた。
 
 
 
 


 
 
 
 でも結局、スムースにすることに落ち着き、春に彼をお迎えした。我が家に舞い降りしその天使の名前はミカエル。暗かった我が家は一変し、その日からはパラダイスになった。
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 ミカエルとの夢のような極楽生活は矢のように過ぎていったけれど、ある日、ありえべからざる事実が露呈した。父の不倫だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 真面目がスーツを着て歩いているような人だったのに、やはり、若い女性の誘惑には勝てなかったのだろうか。しかし、家庭を壊すことすら厭わないほど、父にはその愛が必要だったのかもしれない。
 
 
 
 
 


 
 
 
 理解はとてもできないが、今はそう思っている。
 
 
 
 
 

 
 
 
 私はその時、むろん父を憎んだが、母が自殺未遂してとりあえず事態は収拾したかに思われた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 だがさらに続いて不倫相手である二十歳になったばかりの子が自殺未逐をはかり、問題は落ち着くどころではなく最悪な泥沼の状況であることがわかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 はからずしもふたりの女性を自殺未遂にまで追い込んでしまった父は、その後めっきり老けこんでしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから母は身を引くことに決め、父の戸籍から籍を抜いた母と私とミカエルとで都内の小ぢんまりしたマンションで暮らしはじめた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ちようど還暦を迎えた父は、けじめをつけるべく私よりもだいぶ年下のくだんの女性と再婚した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、父はハネムーン先のアテネから絵葉書を一度送ってきたが、帰国して半年も経たないうちにぽっくりと死んでしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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