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#211 イートイン3席
しおりを挟むそういえばきのうペネルペは、自分のことをボクと呼ぶペネルペの彼女であるアヤと連れ立って、というか半ばアヤに引きずられるようして、面接場所に指定された街外れのとあるビルへと歩いていった。
道すがらペネルペがまったく緊張していなかったといえば嘘になるかもしれないが、面接にこれから向かおうとする人物とはとても思えないほど不謹慎な妄想に囚われていて、バイト先のえっちゃんの乳揉みてぇとか、いずみちゃんいいケツしてるなぁとか……。
まあ、それは置いといて。ペネルペたちは最寄の私鉄の駅で降りたまではよかったのですけれど、歩いても歩いてもなかなか目的のビルへと辿り着かないのでした。
これはもうまったくのラビリンス。
背が低くてヘナで金髪に染めててデートのときは必ず朝シャンするから遅刻して演劇やってて御多分に洩れず寺山かぶれで歌舞伎町でやっちゃんと喧嘩して前歯を1本折られたかわりに相手のを3本へし折り、晴海埠頭から観る花火がいっとう好きで都庁の食堂が案外おいしいって知ってて、おっちょこちょいだからチャリによく轢かれて、カウアイ島生れでアストロに乗ってて、お父さんが官能小説家で自由が丘での待ち合わせが苦手でプライドがほどほど高くって、半分壊れた日立のペルソナをいつまでも大切そうに持ってて持ってるだけで全然使わなくって、桜吹雪のtattooを一緒に入れようというのが口癖で初対面の女の子にもブーツ穿いてるから足が臭いって平気でいえて、石鹸のいい匂いが好きで腰のキレがよくってマジにシャイで大食漢でラブホのボイラー室で働いてたことがあって、政治は好きだけど政治家ぶった政治屋が嫌いでネイル・アーティストの話を聞かせてくれとよくせがんで、無造作に深紅のヒューゴ・ボス特注のボクサーパンツ穿いてて、二人っきりになると暴れん坊将軍で、鳶職だから高いところもぜんぜんへっちゃらでゴロ巻くときは流暢なnative americanが出る人っぽい男の人に道を訊ねて、やっとビルを探し当てた頃にはすでに冬の日がよわよわしく西の山山の向こうへと消え入ろうとしていた。
そんなこんなでペネルペは、もう疲れちゃったし面接どころじゃないほど腹がすいたので急遽、面接は断念して月島に100円もんじゃを食べに向かったのだが、メトロに揺られながら聴いたTai Phongの『Sister Jane』には、なぜか涙がとまらなかった。
以前ペネルペは、TVで信州にヘリでわざわざお蕎麦を食べにゆく素敵な小父さまを見たのだけれども、電車で月島にもんじゃ、それも100円もんじゃを食べにいくほうが、粋じゃないか、などと思ってみたり。
かりにヘリで直接月島に飛んじゃったら情緒もなにもあったもんじゃなく、あっという間に着いちゃうので、ペネルペたちは、幾度かトランジットしながらこの小旅行を楽しもうと思ったわけだった。
「あのさ、ハネムーンなんだけどモルディブ・カニフィノール島の水上コテージってのはどうだろう?」とペネルペは、中目でメトロに乗り込みながらアヤにそういった。
「いいんじゃない」アヤは、笑顔で応える。「それって、ジェームス・ボンド島の近く?」
「さあ? どうなんだろ」
ペネルペは、ネットで検索したそのツアーの記事を読み上げる。
「旅行代金には、航空運賃や宿泊費だけでなく、滞在中の全食事、ドリンク、昼・夕食時のワイン&ビール、アクティブスポーツ、マジックショーなどが含まれています。現地での追加出費の心配も少なく、ご旅行の予算が立てやすくなるほか、おふたりだけの自由なスタイルで、バカンスを過ごせるのもうれしいポイントです。だって」
アヤは、ペネルペのラップトップを覗き込む。
「ふーん。スパマッサージかぁ。いいかもぉ」
「垢すりもあるよ? あと、岩盤浴なんかよさげじゃね?」
と、そこで。疾走するメトロのたぶん車輪のあたりから、カリカリという変な音が聞こえてきた。
それはちょうどパソコンのHDDが立てる音に似ていたけれど、もっと重々しい感じでじょじょにそれが大きくなってきて、ペネルペは、なぜか子供の頃に見たアメリカの怪奇ドラマ(トワイライト・ゾーンだったけかな?)のワンシーンを想い出してしまい、もうそうなったら恐怖に囚われた当時の思い出がフィードバックしてペネルペを離さず、目を固く瞑って恐怖の過ぎ去るのを待っていたんだけれど、カリカリという異音は、一向に収まる様子がなく更に大きく鋭くなっていき、やがて耳を聾さんばかりに車輌内を覆い尽くすのだった。
でも、アヤも周りのお客さんも、全然気にしていないことにやっと気付き、実は、この音がペネルペだけに聞こえているということがわかった。
すると、アヤは、ペネルペが目を白黒させているのにも一向に気づかず、ペネルペから奪い取って覗き込んでいたラップトップの画面を見ながら、「ねえ、ここ面白いかも。ドイツなんだけれど、ボーフムって知ってる?」と、なんか宝物を見つけたように急にはしゃぎだした。
ペネルペは、両耳に指で栓をして、仕方なくそれを見てみると、とてつもなくでかい工場跡地をバックにして、ロックコンサートが行われている画像に目を奪われた。
そして、その画像の下にはキャプションとして、こんなことが書き込まれていた。
ドイツ西部のボーフムは、鉄や石炭の採掘で栄えた重工業の町でした。灰色、あるいは鉄錆色の鉱業の町というのが、多くの人の思い浮かべるボーフムのイメージですが、当時は、石炭の採掘と鉄・鉄鋼の加工により、住人の生活が成り立っていましたが、その鉱工業も下火になり、1960年から10年あまりのうちに、17あったすべての鉱山が閉鎖され、新しいサービス業の町、ボーフムとして生まれかわりました。
いまもなお溶鉱炉、鉄鋼の鍛造工場などの昔を偲ばせる光景が現存しており、さびついた産業時代の建物や、すすけた街角の飲み屋、炭鉱で働いていた労働者たちの家屋、あるいは、工場跡地など、それら廃墟を目的に写真家や、アーティストたちが口コミで集まってくるようです。
ペネルペは耳栓するのをやめて腕組みし、何やら考えはじめた。
新興の街と廃墟と化した工場跡地というふたつの顔を持つボーフム。ペネルペは、なにか強烈に惹かれるものを感じたのだった。
「よし、決めた! モルディブはやめてドイツに飛ぼう!」
アヤも満足そうに頷きました。その後、100円もんじゃを食べながら、ふたりはボーフムの話で盛り上がったのはいうまでもなかった。
しかし。とはいいつつ、実のところ結婚の予定などまだまったく立っていないのでした。まあ、それはそれとして、モチベーションを高めるためにも、とにかくハネムーン先をあらかじめ決めておくに越したことはない、というだけの話なのだった。
ていうか、実のところアヤなんていう可憐な女子は、どこにも存在していなかった。すべてはぺネルペの脳内での話。
リアルのペネルぺの出来ることといえば、いい年して仕事もせずに子ども部屋にこもって、昼夜逆転した晩から朝までのゲーム三昧、たまに勇気をふりしぼり大冒険家みたいな気持ちになって、家の隣のビルの1階にあるコンビニに行き、3席だけあるイートインでカップ麺をすするくらいが関の山だった。
「でも」とペネルぺは、溜め息まじりにそっとつぶやく。
「やっぱり、結婚したいなぁ」
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