パサディナ空港で

トリヤマケイ

文字の大きさ
212 / 222

#211 イートイン3席

しおりを挟む
 
 
 そういえばきのうペネルペは、自分のことをボクと呼ぶペネルペの彼女であるアヤと連れ立って、というか半ばアヤに引きずられるようして、面接場所に指定された街外れのとあるビルへと歩いていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 道すがらペネルペがまったく緊張していなかったといえば嘘になるかもしれないが、面接にこれから向かおうとする人物とはとても思えないほど不謹慎な妄想に囚われていて、バイト先のえっちゃんの乳揉みてぇとか、いずみちゃんいいケツしてるなぁとか……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 まあ、それは置いといて。ペネルペたちは最寄の私鉄の駅で降りたまではよかったのですけれど、歩いても歩いてもなかなか目的のビルへと辿り着かないのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  これはもうまったくのラビリンス。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 背が低くてヘナで金髪に染めててデートのときは必ず朝シャンするから遅刻して演劇やってて御多分に洩れず寺山かぶれで歌舞伎町でやっちゃんと喧嘩して前歯を1本折られたかわりに相手のを3本へし折り、晴海埠頭から観る花火がいっとう好きで都庁の食堂が案外おいしいって知ってて、おっちょこちょいだからチャリによく轢かれて、カウアイ島生れでアストロに乗ってて、お父さんが官能小説家で自由が丘での待ち合わせが苦手でプライドがほどほど高くって、半分壊れた日立のペルソナをいつまでも大切そうに持ってて持ってるだけで全然使わなくって、桜吹雪のtattooを一緒に入れようというのが口癖で初対面の女の子にもブーツ穿いてるから足が臭いって平気でいえて、石鹸のいい匂いが好きで腰のキレがよくってマジにシャイで大食漢でラブホのボイラー室で働いてたことがあって、政治は好きだけど政治家ぶった政治屋が嫌いでネイル・アーティストの話を聞かせてくれとよくせがんで、無造作に深紅のヒューゴ・ボス特注のボクサーパンツ穿いてて、二人っきりになると暴れん坊将軍で、鳶職だから高いところもぜんぜんへっちゃらでゴロ巻くときは流暢なnative americanが出る人っぽい男の人に道を訊ねて、やっとビルを探し当てた頃にはすでに冬の日がよわよわしく西の山山の向こうへと消え入ろうとしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そんなこんなでペネルペは、もう疲れちゃったし面接どころじゃないほど腹がすいたので急遽、面接は断念して月島に100円もんじゃを食べに向かったのだが、メトロに揺られながら聴いたTai Phongの『Sister Jane』には、なぜか涙がとまらなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 以前ペネルペは、TVで信州にヘリでわざわざお蕎麦を食べにゆく素敵な小父さまを見たのだけれども、電車で月島にもんじゃ、それも100円もんじゃを食べにいくほうが、粋じゃないか、などと思ってみたり。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 かりにヘリで直接月島に飛んじゃったら情緒もなにもあったもんじゃなく、あっという間に着いちゃうので、ペネルペたちは、幾度かトランジットしながらこの小旅行を楽しもうと思ったわけだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


「あのさ、ハネムーンなんだけどモルディブ・カニフィノール島の水上コテージってのはどうだろう?」とペネルペは、中目でメトロに乗り込みながらアヤにそういった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「いいんじゃない」アヤは、笑顔で応える。「それって、ジェームス・ボンド島の近く?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「さあ? どうなんだろ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ペネルペは、ネットで検索したそのツアーの記事を読み上げる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「旅行代金には、航空運賃や宿泊費だけでなく、滞在中の全食事、ドリンク、昼・夕食時のワイン&ビール、アクティブスポーツ、マジックショーなどが含まれています。現地での追加出費の心配も少なく、ご旅行の予算が立てやすくなるほか、おふたりだけの自由なスタイルで、バカンスを過ごせるのもうれしいポイントです。だって」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 アヤは、ペネルペのラップトップを覗き込む。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ふーん。スパマッサージかぁ。いいかもぉ」
 
 
 
 
 
「垢すりもあるよ? あと、岩盤浴なんかよさげじゃね?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 と、そこで。疾走するメトロのたぶん車輪のあたりから、カリカリという変な音が聞こえてきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それはちょうどパソコンのHDDが立てる音に似ていたけれど、もっと重々しい感じでじょじょにそれが大きくなってきて、ペネルペは、なぜか子供の頃に見たアメリカの怪奇ドラマ(トワイライト・ゾーンだったけかな?)のワンシーンを想い出してしまい、もうそうなったら恐怖に囚われた当時の思い出がフィードバックしてペネルペを離さず、目を固く瞑って恐怖の過ぎ去るのを待っていたんだけれど、カリカリという異音は、一向に収まる様子がなく更に大きく鋭くなっていき、やがて耳を聾さんばかりに車輌内を覆い尽くすのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 でも、アヤも周りのお客さんも、全然気にしていないことにやっと気付き、実は、この音がペネルペだけに聞こえているということがわかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 すると、アヤは、ペネルペが目を白黒させているのにも一向に気づかず、ペネルペから奪い取って覗き込んでいたラップトップの画面を見ながら、「ねえ、ここ面白いかも。ドイツなんだけれど、ボーフムって知ってる?」と、なんか宝物を見つけたように急にはしゃぎだした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ペネルペは、両耳に指で栓をして、仕方なくそれを見てみると、とてつもなくでかい工場跡地をバックにして、ロックコンサートが行われている画像に目を奪われた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、その画像の下にはキャプションとして、こんなことが書き込まれていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ドイツ西部のボーフムは、鉄や石炭の採掘で栄えた重工業の町でした。灰色、あるいは鉄錆色の鉱業の町というのが、多くの人の思い浮かべるボーフムのイメージですが、当時は、石炭の採掘と鉄・鉄鋼の加工により、住人の生活が成り立っていましたが、その鉱工業も下火になり、1960年から10年あまりのうちに、17あったすべての鉱山が閉鎖され、新しいサービス業の町、ボーフムとして生まれかわりました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 いまもなお溶鉱炉、鉄鋼の鍛造工場などの昔を偲ばせる光景が現存しており、さびついた産業時代の建物や、すすけた街角の飲み屋、炭鉱で働いていた労働者たちの家屋、あるいは、工場跡地など、それら廃墟を目的に写真家や、アーティストたちが口コミで集まってくるようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ペネルペは耳栓するのをやめて腕組みし、何やら考えはじめた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 新興の街と廃墟と化した工場跡地というふたつの顔を持つボーフム。ペネルペは、なにか強烈に惹かれるものを感じたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「よし、決めた! モルディブはやめてドイツに飛ぼう!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 アヤも満足そうに頷きました。その後、100円もんじゃを食べながら、ふたりはボーフムの話で盛り上がったのはいうまでもなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 しかし。とはいいつつ、実のところ結婚の予定などまだまったく立っていないのでした。まあ、それはそれとして、モチベーションを高めるためにも、とにかくハネムーン先をあらかじめ決めておくに越したことはない、というだけの話なのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ていうか、実のところアヤなんていう可憐な女子は、どこにも存在していなかった。すべてはぺネルペの脳内での話。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 リアルのペネルぺの出来ることといえば、いい年して仕事もせずに子ども部屋にこもって、昼夜逆転した晩から朝までのゲーム三昧、たまに勇気をふりしぼり大冒険家みたいな気持ちになって、家の隣のビルの1階にあるコンビニに行き、3席だけあるイートインでカップ麺をすするくらいが関の山だった。
 
 
 
 
 
 
 
「でも」とペネルぺは、溜め息まじりにそっとつぶやく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「やっぱり、結婚したいなぁ」
 















 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...