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第一章 呪われし者
法の番人の迷い
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そして、時は流れ――。
アデラの事件から四年が過ぎた、秋も中頃のこと。
イリシア大陸極北の国――アルカサール王国・王都ファルクの王城内の会議室からは、落胆にも似たため息が幾度となく漏れ聞こえていた。
会議室に篭るは、若い国王を始めとした国の要人――執政官が一人、国の権力を預かる上級貴族三名。
そして、騎士副団長と魔術師団長が一名ずつ。
さらに、[爆弾娘]を知る参考人が二人。
彼らのため息の理由。
それは、六年越しの事件案件――[ベトフォード大量殺害事件]の犯人とされる[爆弾娘]の処刑に関し、未だその執行をどうするのかということで意見が真っ二つに分かれていたからであった。
「……という訳でして、[爆弾娘]の一件は、以前から決まっているように[執行猶予無しの有罪]という事で宜しいでしょうか」
上等な紫の布に見事な金の刺繍が施された上着を身に纏った小太りの中年男――マーロー侯爵は、相手の機嫌を伺うようにそう言った。
彼が機嫌を伺っているのは、同席している国王でも執政官でも、はたまたこの国の屋台骨である三大貴族の当主たちでも、ましてや魔術師団長や騎士副団長でもない。
侯爵であるマーロー侯爵にしてみれば、本来なら何ら恐るるに足りない人物であるはずなのだが。
それでも、その人物に機嫌を伺うマーロー侯爵の額には、病的なほどの玉の汗が浮かんでいる。
そんな彼の目の前には、赤み掛かった紫色の瞳と煉瓦色の髪色が印象的な青年が一人。
彼は、異様な威圧感を漂わせながらマーロー侯爵をねめつけていた。
(レオン・フォン・カーレンリース伯爵――またの名を[紫眼の貴公子]、[悪魔の権化]か)
エフェルローンはそんな事を思いながら、この不毛なやり取りをぼんやり眺めていた。
――レオン・フォン・カーレンリース。
通称[紫眼の貴公子]、[紫の悪魔]と呼ばれるこの[悪魔の瞳]を持つレオンは、その目で人を射殺すと恐れられる大陸最凶の魔術師である。
実際、彼のことを悪く言った者は、ほぼ何らかの死を遂げていた。
(そんな恐ろしい男に目を付けられたら、堪ったもんじゃないな)
そう心の中で小さく呟くと。
エフェルローンはいつも通り、この茶番劇の静観を決め込む。
そもそも、一憲兵でしかないエフェルローンがこの場に居ること自体、場違いとしか言い様がない。
――[爆弾娘]事件の参考人として、陛下がお前とお前の相棒の意見をご所望だ。
そんな話を上がごり押ししてきたのは、もう三年以上前のことである。
それから三年以上が過ぎているというのに。
目の前で繰り広げられるのは、カーレンリース卿がマーロー卿を脅しつけてやり込める、というおきまりの展開であった。
(そういえば、この会議に参加して、一度も意見なんて聞かれたことが無いな)
意見を乞われていたはずなのに、気づけば一度も発言したことが無いことに気づく。
(つまり、王侯貴族様方は、この事件を法に則って裁く気は毛頭無いってことか)
あらかた予想していたことではあったが、あまり気持ちの良いものではない。
――どんな罪も、金と権力があれば解決できる。
暗に、そう言われているようなものなのであった。
どんなに命を賭けて極悪人を捕らえても、決して報われない。
法の番人たる憲兵にとって、それはある意味、屈辱でしかない。
だが。
今のエフェルローンにとって、そんな憲兵の誇りなど只の無用の長物でしか無かった。
そんなものを大事に守るくらいなら、一日一日を何事も無く平穏無事に過ごしたい。
それがエフェルローンの、偽らざる今の本音であった。
実際、[爆弾娘]がどうなろうが、エフェルローンの知ったことでは無い。
(あー、執務室に戻りたい……)
いつもの如く、マーロー卿をこれでもかと追い込むカーレンリース卿から目を逸らすと。
エフェルローンは自分の両手と両足をじっと見つめながら、心の中でこう呟く。
(早く戻って、これを……この状況をどうにかしないと)
りんご一個掴めるかという小さな手。
そして、大人の掌にも満たないかもしれない小さな足。
四年前に受けた[呪い]のせいで、子供化してしまった身体と極度に目減りした魔力。
幼くなった容姿を揶揄されるぐらいならまだいい。
だが、それによって出来なくなったこと、失ったものの多さにエフェルローンは悔しさを覚えずにはいられなかった。
同年代の男たちがいとも簡単に出来ることが出来ない、という苛立ちと自己嫌悪。
鏡に映る力の無い自分を見る度に、吐き気を覚える毎日。
そんな生活を送るにつれ、「あの時の自分の選択は本当に正しかったのか」と問いかける自分がいる。
果たして、この現実は[名誉]なのか[不名誉]なのかと。
(納得しているのか、俺は。いや、きっと俺は……)
「……納得できない、とそう言ったら?」
苛立ちを含んだレオンのその言葉に、エフェルローンの思考は一気に現実に引き戻された。
いつもの会議室、いつもの面子。
それを確認し終えると。
エフェルローンは隣に座っているディーンにそっと状況を確認する。
ディーンは正面を向いたまま、面白くもなさそうに小声でこう答えた。
「いつもの如く、カーレンリース卿がマーロー卿に詰め寄っているところだ」
「なるほど……」
エフェルローンは視線をレオンに移す。
その表情には、噂に聞くいい加減さは微塵も無い。
それどころか、紫の双眸には理知的な光が宿り、発する言葉には隙という隙が無かった。
それだけ、この男にとって妹――[爆弾娘]はかけがえのない大事な存在なのだろう。
(悪魔と言われる男でも、血の繋がった家族は大切ってことか)
まじまじと、エフェルローンはレオンを見る。
「答えをお聞きしたい、マーロー卿?」
美しい顔立ちにしては存外低い声で威圧するレオンに、マーロー卿は思わず腰を浮かせた。
「で、ですがこれは決定事項でして、変更には国王陛下の許可が……」
そう言って国王カーレルに視線を投げかけると、全力で助けを求めるマーロー卿。
国王であるカーレルも、この件に関しては困ったように笑みを返すのみである。
(国王も、叔父に当たるカーレンリース卿には甘いからな。この場を押さえられるとすれば、ジュノバ公のみ、か)
エフェルローンの読みどおり、三大貴族のひとつ、ジュノバ公爵家のカーライルが、眉間に眉を顰めつつ、レオンを諫めてこう言った。
「止めないか、カーレンリース卿」
「始まったな」
呆れたようにディーンがそう呟く。
「止めませんよ、ジュノバ公。いくら私の義兄上とはいえ、この件に関して、私は一歩も譲る気はありません!」
腹違いの義兄であるカーライルにぴしゃりとそう言い放つと、レオンは更に言葉を続ける。
「私の妹の将来が懸かっているんです。ジュノバ公、貴方もご自分の実の姉君である王太后が同じような立場に立たされたなら、持てる力全てを尽くして状況を覆そうとするでしょう? それと同じですよ」
「…………」
明らかに、気まずい空気が室内を漂う。
(これは、カーレンリース卿のひとり勝ちだな)
と、そんなことをぼんやりと考えていると。
次の瞬間――。
「ちょっといいですか」
怒気を孕んだ聞き慣れた声が会議室に響き渡る。
「ディーン?」
そう言って、呆気に取られるエフェルローンを完璧に無視し。
ディーンは徐に椅子から立ち上がると、辺りをゆっくり一瞥してこう言った。
「憲兵隊所属のディーン・コールリッジです。この件に関して私なりの意見があります。発言してもよろしいでしょうか」
アルカサールを支える三本柱の一柱、ジュノバ公爵と、最凶の魔術師カーレンリース伯爵の兄弟げんかに水を差したディーン。
その恐れを知らぬ勇敢さに。
会議室は、しん……と静まり返った。
それを確認すると。
ディーンは、正義感の強い彼らしい持論を展開しつつこう言った。
「この国の法律に則れば、数え切れないほどの人を殺した[爆弾娘]は執行猶予無しの有罪でしょう。本人にその気が無かったとしても、人を殺してしまったからにはそれは殺人。そして殺人はこの国では死刑が適用される。もしこの国が立憲国家であるならば、[爆弾娘]は執行猶予無しの死刑に処するべきと私は考えます」
言葉の端々から憲兵としての苛立ちを滲ませつつ、ディーンはきっぱりとそう言い放った。
確かに、ディーンの言うことは正論であろう。
だが、こうなると事態はそう簡単にはいかなくなる。
(忖度が当たり前の王侯貴族共に正論を投下するか。はぁ、長引きそうだな……)
エフェルローンは心の中でため息を吐いた。
[爆弾娘]は、アルカサールの三大貴族、国家の屋台骨のひとつであるジュノバ公爵家の当主カーライル・フォン・ジュノバの義妹であり、義弟カーレンリース伯レオンの実の妹なのだ。
さらに面倒なことに、この三大貴族、仲が良いとは到底言えない。
互いに互いの足を引っ張るために、スキャンダルを掘り出しては突き合う仲である。
つまり、この案件はさまざまな人間の不埒な政治的思惑か深く関わり合っているのであった。
そこに、ディーンは無謀にも正論をぶつけたのだから質が悪い。
これで話は更にややこしくなり、事は平穏無事に収まるはずもない。
(ほんと、無茶苦茶な奴だよな、こいつ……)
エフェルローンは呆れた顔でディーンを見る。
だが、ディーンの顔には一切の怯えはない。
それどころか、今までにないほど怒りに満ちた顔で国王カーレルを睨め付けている。
睨め付けられたカーレル国王はと言うと。
いつになく真面目な表情で腕を組み、なにやら思案し始めているようであった。
そんな王を筆頭に。
ずしり……と、重苦しい空気が会議室内にのし掛かる。
「…………」
この、あまりに意外な展開に。
エフェルローンは事の成り行きが少し気になり始めてくる。
(ディーンの言ったことはたぶん正論だろう。そんな正論を、カーレンリース伯はどう論破するつもりだ――?)
興味津々の体で、エフェルローンはカーレンリース卿の表情を盗み見る。
少し困ったように顎に片手を当てるカーレンリース伯。
その顔色は少し冴えないようにエフェルローンには見えた。
とはいえ。
(あの口達者のカーレンリース卿が、まさか手詰まり……なんてある訳ないよな)
そんなエフェルローン読み通り、カーレンリース卿はすぐに口火を開くと、ターゲットをディーンに変えてこう言った。
「ならば、君に聞きたい。ディーン・コールリッジ。その[爆弾娘]が自分の妹なら……君はどうする? その子に本当に殺意は無く、不幸な魔力の暴走が招いた事故だとしたら。それでも君は、自分の妹に罪を償えと、そう言うつもりなのか?」
([事故]か。カーレンリース卿め、上手い事言うな)
エフェルローンはそう心の中で感心すると、そう問いかけられたディーンを見る。
ディーンは、尤もらしく聞こえるカーレンリース伯レオンの言葉にも、全く動じるどころか、むしろ吐き出される言葉の至るところに苛立ちを隠す事無くこう言った。
「では、反対にお聞きしますが。その[爆弾娘]による事故のせいで亡くなった者たちの無念は、残された者たちの悲しみは、一体どうなるのです? まさか、金で解決するだなんて仰る訳ではないですよね? カーレンリース卿?」
「…………」
これにはさすがのカーレンリース伯レオンも閉口せざるを得ないようであった。
彼は、苦虫を噛み潰したような笑みを浮かべると、参りましたとばかりに諸手を挙げる。
そんな二人のやり取りを見ていた三大貴族のひとつ、ノリス候ウォレスは面倒くさそうにこう言った。
「……さて、答えは出ましたかな、カーレル陛下?」
「この討論で決着がついたと思われますが、如何に?」
やはり、三大貴族のひとつ、タリス候爵家の当主・レスターも、厳しい口調で国王カーレルに決断を迫る。
騎士副団長と魔術師団長も、その決断の行方を興味深そうに見守っている。
すると突然。
今まで腕を組み、思考を巡らしていた国王が、何を思ったか突然エフェルローンにこう尋ねた。
「憲兵であるディーン・コールリッジ準男爵の意見は聞いた。確かに一理あると思う。同じく、憲兵であり、しかも相手が大量殺人者であると知りながら、[爆弾娘]を命がけで助けたエフェルローン・フォン・クェンビー伯爵。君はどう思う? 彼女は死刑にすべき? それとも生かして罪を償わせるべきだろうか?」
(陛下が俺に意見を求める? 嘘だろ……)
突然の国王の質問に、エフェルローンは目を丸くした。
と同時に、心が急速にざわつき始める。
「私は……」
四年前に比べたら、格段に小さくなっている手に視線を落とす。
そして、脳裏に浮かぶのは、四年前のあの地下空洞。
自分の罪に傷つき、生きたくても死を選ぼうとしていた健気な少女の涙。
その少女こそが、街をひとつ破壊した張本人――大量殺人者[爆弾娘《リズ・ボマー》]。
(……四年前、俺はあの子の涙に自分が救ける理由を見た気がした。だから、俺はあの子を助けた)
でも、その決断は本当に正しかったのだろうか――?
本当に。
本当に――?
「私は……」
こうして、[爆弾娘《リズ・ボマー》]の一件は、多数決の結果も踏まえ、[執行猶予百年の永久封印]で落ち着くこととなる。
それは、三大貴族の筆頭であるジュノバ公爵家の面子と、国王の母である王太后がジュノバ家縁の者であることを踏まえた、国王最大の配慮の結果でもあった。
アデラの事件から四年が過ぎた、秋も中頃のこと。
イリシア大陸極北の国――アルカサール王国・王都ファルクの王城内の会議室からは、落胆にも似たため息が幾度となく漏れ聞こえていた。
会議室に篭るは、若い国王を始めとした国の要人――執政官が一人、国の権力を預かる上級貴族三名。
そして、騎士副団長と魔術師団長が一名ずつ。
さらに、[爆弾娘]を知る参考人が二人。
彼らのため息の理由。
それは、六年越しの事件案件――[ベトフォード大量殺害事件]の犯人とされる[爆弾娘]の処刑に関し、未だその執行をどうするのかということで意見が真っ二つに分かれていたからであった。
「……という訳でして、[爆弾娘]の一件は、以前から決まっているように[執行猶予無しの有罪]という事で宜しいでしょうか」
上等な紫の布に見事な金の刺繍が施された上着を身に纏った小太りの中年男――マーロー侯爵は、相手の機嫌を伺うようにそう言った。
彼が機嫌を伺っているのは、同席している国王でも執政官でも、はたまたこの国の屋台骨である三大貴族の当主たちでも、ましてや魔術師団長や騎士副団長でもない。
侯爵であるマーロー侯爵にしてみれば、本来なら何ら恐るるに足りない人物であるはずなのだが。
それでも、その人物に機嫌を伺うマーロー侯爵の額には、病的なほどの玉の汗が浮かんでいる。
そんな彼の目の前には、赤み掛かった紫色の瞳と煉瓦色の髪色が印象的な青年が一人。
彼は、異様な威圧感を漂わせながらマーロー侯爵をねめつけていた。
(レオン・フォン・カーレンリース伯爵――またの名を[紫眼の貴公子]、[悪魔の権化]か)
エフェルローンはそんな事を思いながら、この不毛なやり取りをぼんやり眺めていた。
――レオン・フォン・カーレンリース。
通称[紫眼の貴公子]、[紫の悪魔]と呼ばれるこの[悪魔の瞳]を持つレオンは、その目で人を射殺すと恐れられる大陸最凶の魔術師である。
実際、彼のことを悪く言った者は、ほぼ何らかの死を遂げていた。
(そんな恐ろしい男に目を付けられたら、堪ったもんじゃないな)
そう心の中で小さく呟くと。
エフェルローンはいつも通り、この茶番劇の静観を決め込む。
そもそも、一憲兵でしかないエフェルローンがこの場に居ること自体、場違いとしか言い様がない。
――[爆弾娘]事件の参考人として、陛下がお前とお前の相棒の意見をご所望だ。
そんな話を上がごり押ししてきたのは、もう三年以上前のことである。
それから三年以上が過ぎているというのに。
目の前で繰り広げられるのは、カーレンリース卿がマーロー卿を脅しつけてやり込める、というおきまりの展開であった。
(そういえば、この会議に参加して、一度も意見なんて聞かれたことが無いな)
意見を乞われていたはずなのに、気づけば一度も発言したことが無いことに気づく。
(つまり、王侯貴族様方は、この事件を法に則って裁く気は毛頭無いってことか)
あらかた予想していたことではあったが、あまり気持ちの良いものではない。
――どんな罪も、金と権力があれば解決できる。
暗に、そう言われているようなものなのであった。
どんなに命を賭けて極悪人を捕らえても、決して報われない。
法の番人たる憲兵にとって、それはある意味、屈辱でしかない。
だが。
今のエフェルローンにとって、そんな憲兵の誇りなど只の無用の長物でしか無かった。
そんなものを大事に守るくらいなら、一日一日を何事も無く平穏無事に過ごしたい。
それがエフェルローンの、偽らざる今の本音であった。
実際、[爆弾娘]がどうなろうが、エフェルローンの知ったことでは無い。
(あー、執務室に戻りたい……)
いつもの如く、マーロー卿をこれでもかと追い込むカーレンリース卿から目を逸らすと。
エフェルローンは自分の両手と両足をじっと見つめながら、心の中でこう呟く。
(早く戻って、これを……この状況をどうにかしないと)
りんご一個掴めるかという小さな手。
そして、大人の掌にも満たないかもしれない小さな足。
四年前に受けた[呪い]のせいで、子供化してしまった身体と極度に目減りした魔力。
幼くなった容姿を揶揄されるぐらいならまだいい。
だが、それによって出来なくなったこと、失ったものの多さにエフェルローンは悔しさを覚えずにはいられなかった。
同年代の男たちがいとも簡単に出来ることが出来ない、という苛立ちと自己嫌悪。
鏡に映る力の無い自分を見る度に、吐き気を覚える毎日。
そんな生活を送るにつれ、「あの時の自分の選択は本当に正しかったのか」と問いかける自分がいる。
果たして、この現実は[名誉]なのか[不名誉]なのかと。
(納得しているのか、俺は。いや、きっと俺は……)
「……納得できない、とそう言ったら?」
苛立ちを含んだレオンのその言葉に、エフェルローンの思考は一気に現実に引き戻された。
いつもの会議室、いつもの面子。
それを確認し終えると。
エフェルローンは隣に座っているディーンにそっと状況を確認する。
ディーンは正面を向いたまま、面白くもなさそうに小声でこう答えた。
「いつもの如く、カーレンリース卿がマーロー卿に詰め寄っているところだ」
「なるほど……」
エフェルローンは視線をレオンに移す。
その表情には、噂に聞くいい加減さは微塵も無い。
それどころか、紫の双眸には理知的な光が宿り、発する言葉には隙という隙が無かった。
それだけ、この男にとって妹――[爆弾娘]はかけがえのない大事な存在なのだろう。
(悪魔と言われる男でも、血の繋がった家族は大切ってことか)
まじまじと、エフェルローンはレオンを見る。
「答えをお聞きしたい、マーロー卿?」
美しい顔立ちにしては存外低い声で威圧するレオンに、マーロー卿は思わず腰を浮かせた。
「で、ですがこれは決定事項でして、変更には国王陛下の許可が……」
そう言って国王カーレルに視線を投げかけると、全力で助けを求めるマーロー卿。
国王であるカーレルも、この件に関しては困ったように笑みを返すのみである。
(国王も、叔父に当たるカーレンリース卿には甘いからな。この場を押さえられるとすれば、ジュノバ公のみ、か)
エフェルローンの読みどおり、三大貴族のひとつ、ジュノバ公爵家のカーライルが、眉間に眉を顰めつつ、レオンを諫めてこう言った。
「止めないか、カーレンリース卿」
「始まったな」
呆れたようにディーンがそう呟く。
「止めませんよ、ジュノバ公。いくら私の義兄上とはいえ、この件に関して、私は一歩も譲る気はありません!」
腹違いの義兄であるカーライルにぴしゃりとそう言い放つと、レオンは更に言葉を続ける。
「私の妹の将来が懸かっているんです。ジュノバ公、貴方もご自分の実の姉君である王太后が同じような立場に立たされたなら、持てる力全てを尽くして状況を覆そうとするでしょう? それと同じですよ」
「…………」
明らかに、気まずい空気が室内を漂う。
(これは、カーレンリース卿のひとり勝ちだな)
と、そんなことをぼんやりと考えていると。
次の瞬間――。
「ちょっといいですか」
怒気を孕んだ聞き慣れた声が会議室に響き渡る。
「ディーン?」
そう言って、呆気に取られるエフェルローンを完璧に無視し。
ディーンは徐に椅子から立ち上がると、辺りをゆっくり一瞥してこう言った。
「憲兵隊所属のディーン・コールリッジです。この件に関して私なりの意見があります。発言してもよろしいでしょうか」
アルカサールを支える三本柱の一柱、ジュノバ公爵と、最凶の魔術師カーレンリース伯爵の兄弟げんかに水を差したディーン。
その恐れを知らぬ勇敢さに。
会議室は、しん……と静まり返った。
それを確認すると。
ディーンは、正義感の強い彼らしい持論を展開しつつこう言った。
「この国の法律に則れば、数え切れないほどの人を殺した[爆弾娘]は執行猶予無しの有罪でしょう。本人にその気が無かったとしても、人を殺してしまったからにはそれは殺人。そして殺人はこの国では死刑が適用される。もしこの国が立憲国家であるならば、[爆弾娘]は執行猶予無しの死刑に処するべきと私は考えます」
言葉の端々から憲兵としての苛立ちを滲ませつつ、ディーンはきっぱりとそう言い放った。
確かに、ディーンの言うことは正論であろう。
だが、こうなると事態はそう簡単にはいかなくなる。
(忖度が当たり前の王侯貴族共に正論を投下するか。はぁ、長引きそうだな……)
エフェルローンは心の中でため息を吐いた。
[爆弾娘]は、アルカサールの三大貴族、国家の屋台骨のひとつであるジュノバ公爵家の当主カーライル・フォン・ジュノバの義妹であり、義弟カーレンリース伯レオンの実の妹なのだ。
さらに面倒なことに、この三大貴族、仲が良いとは到底言えない。
互いに互いの足を引っ張るために、スキャンダルを掘り出しては突き合う仲である。
つまり、この案件はさまざまな人間の不埒な政治的思惑か深く関わり合っているのであった。
そこに、ディーンは無謀にも正論をぶつけたのだから質が悪い。
これで話は更にややこしくなり、事は平穏無事に収まるはずもない。
(ほんと、無茶苦茶な奴だよな、こいつ……)
エフェルローンは呆れた顔でディーンを見る。
だが、ディーンの顔には一切の怯えはない。
それどころか、今までにないほど怒りに満ちた顔で国王カーレルを睨め付けている。
睨め付けられたカーレル国王はと言うと。
いつになく真面目な表情で腕を組み、なにやら思案し始めているようであった。
そんな王を筆頭に。
ずしり……と、重苦しい空気が会議室内にのし掛かる。
「…………」
この、あまりに意外な展開に。
エフェルローンは事の成り行きが少し気になり始めてくる。
(ディーンの言ったことはたぶん正論だろう。そんな正論を、カーレンリース伯はどう論破するつもりだ――?)
興味津々の体で、エフェルローンはカーレンリース卿の表情を盗み見る。
少し困ったように顎に片手を当てるカーレンリース伯。
その顔色は少し冴えないようにエフェルローンには見えた。
とはいえ。
(あの口達者のカーレンリース卿が、まさか手詰まり……なんてある訳ないよな)
そんなエフェルローン読み通り、カーレンリース卿はすぐに口火を開くと、ターゲットをディーンに変えてこう言った。
「ならば、君に聞きたい。ディーン・コールリッジ。その[爆弾娘]が自分の妹なら……君はどうする? その子に本当に殺意は無く、不幸な魔力の暴走が招いた事故だとしたら。それでも君は、自分の妹に罪を償えと、そう言うつもりなのか?」
([事故]か。カーレンリース卿め、上手い事言うな)
エフェルローンはそう心の中で感心すると、そう問いかけられたディーンを見る。
ディーンは、尤もらしく聞こえるカーレンリース伯レオンの言葉にも、全く動じるどころか、むしろ吐き出される言葉の至るところに苛立ちを隠す事無くこう言った。
「では、反対にお聞きしますが。その[爆弾娘]による事故のせいで亡くなった者たちの無念は、残された者たちの悲しみは、一体どうなるのです? まさか、金で解決するだなんて仰る訳ではないですよね? カーレンリース卿?」
「…………」
これにはさすがのカーレンリース伯レオンも閉口せざるを得ないようであった。
彼は、苦虫を噛み潰したような笑みを浮かべると、参りましたとばかりに諸手を挙げる。
そんな二人のやり取りを見ていた三大貴族のひとつ、ノリス候ウォレスは面倒くさそうにこう言った。
「……さて、答えは出ましたかな、カーレル陛下?」
「この討論で決着がついたと思われますが、如何に?」
やはり、三大貴族のひとつ、タリス候爵家の当主・レスターも、厳しい口調で国王カーレルに決断を迫る。
騎士副団長と魔術師団長も、その決断の行方を興味深そうに見守っている。
すると突然。
今まで腕を組み、思考を巡らしていた国王が、何を思ったか突然エフェルローンにこう尋ねた。
「憲兵であるディーン・コールリッジ準男爵の意見は聞いた。確かに一理あると思う。同じく、憲兵であり、しかも相手が大量殺人者であると知りながら、[爆弾娘]を命がけで助けたエフェルローン・フォン・クェンビー伯爵。君はどう思う? 彼女は死刑にすべき? それとも生かして罪を償わせるべきだろうか?」
(陛下が俺に意見を求める? 嘘だろ……)
突然の国王の質問に、エフェルローンは目を丸くした。
と同時に、心が急速にざわつき始める。
「私は……」
四年前に比べたら、格段に小さくなっている手に視線を落とす。
そして、脳裏に浮かぶのは、四年前のあの地下空洞。
自分の罪に傷つき、生きたくても死を選ぼうとしていた健気な少女の涙。
その少女こそが、街をひとつ破壊した張本人――大量殺人者[爆弾娘《リズ・ボマー》]。
(……四年前、俺はあの子の涙に自分が救ける理由を見た気がした。だから、俺はあの子を助けた)
でも、その決断は本当に正しかったのだろうか――?
本当に。
本当に――?
「私は……」
こうして、[爆弾娘《リズ・ボマー》]の一件は、多数決の結果も踏まえ、[執行猶予百年の永久封印]で落ち着くこととなる。
それは、三大貴族の筆頭であるジュノバ公爵家の面子と、国王の母である王太后がジュノバ家縁の者であることを踏まえた、国王最大の配慮の結果でもあった。
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