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第二章 秘められた悪意
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「俺は、エフェルローン・フォン・クェンビー。憲兵隊の捜査官だ」
そう言って、憲兵証を見せるエフェルローン。
それを、軽く一瞥すると。
アダムは口笛を吹きそうなノリでこう言った。
「へぇ、あなたがあの[憲兵隊のお荷物]と名高い、[戦う魔術師]ですか。お噂はかねがね」
含むようにそう言うと。
アダムは心底感心したようにこう言葉を続ける。
「それにしても。憲兵隊は、本当にあなたを雇ってたんですね。太っ腹というか、なんというか……」
明らかに、誉め言葉ではない言葉を語尾に含ませつつ、アダムはそう言って顎に手を当てた。
そんなアダムを静かにねめつけると、エフェルローンは鼻を鳴らしてこう言う。
「ふん。まあ、それはさて置き」
そう一息つくと、エフェルローンは間髪入れずにこう凄んだ。
「お前さ……何企んでる?」
小さいながらも、凄みの効いた声音に。
アダムは苦笑しながら両手を軽く上げるとこう言った。
「そんな、企むだなんて……誰かさんじゃあるまいし」
そう言ってカラカラと笑うと、アダムは肩を竦めてこう言った。
「なに。ただ僕は、純粋にルイーズさんのお手伝いをしたいだけですよ」
「心外だ」とばかりに傷ついた表情をしてみせるアダムに。
エフェルローンは疑り深い眼差しを向ける。
「純粋に、ねぇ」
そう言って、自らの顎に片手を添えるエフェルローン。
そんな不審者でも見るようなエフェルローンの視線を前に。
アダムは深いため息とひとつ吐くと、肩を竦めてこう言った。
「伯爵こそ。あなたこそ、一体何を企んでるんです?」
その問いに。
エフェルローンは思いがけず身を固くした。
(どういう意味だ?)
エフェルローンは心の中で首をひねる。
(捜査から外されたことも、[禁書]に関する話も、ダニーとルイーズしか知らないはずだ。それなのにどうして――)
理由は分からなかったが、用心に越したことはない。
そう判断すると、エフェルローンは努めて冷静にこう言い放つ。
「俺が企むだと?」
せせら笑うようにそう言うと。
エフェルローンは敵を威嚇するような低い声音でアダムにこう尋ね返す。
「それこそ一体何を、だ」
そんな、敵意剥き出しのエフェルローンに。
アダムはというと、困ったように肩を竦め、渋るどころかあっけらかんとこう言った。
「任務を外されたって、噂がながれてますから」
その答えに、エフェルローンは思いっきり歯ぎしりする。
(くそっ、キースリーの奴め)
エフェルローンの性格を先読みしていたのだろう。
噂をいち早く拡散することで、エフェルローンの行動を抑え込みに掛かったに違いない。
(ったく、どこまで追ってくれば気が済むんだ、あの男は……)
と、そんなことをウンザリしながら考えていると。
エフェルローンを無言で注視していたアダムが、ふと思い至ったようにこう言った。
「さっき、ダニー先輩は『事件の調査のため』に、この図書館に来た、と言っていました。でも、噂ではあなたたちの班は『任務を外された』という。任務中でもないのに[調査]って、あなた方は一体、何を調べているんです?」
「…………」
痛いところを突かれ、エフェルローンは二の句が継げずに押し黙る。
そんな旗色の悪いエフェルローンに、アダムはここぞとばかりにこう言った。
「もし僕にも手伝わせてくれるなら、あなたたちの[秘密調査]のことは内緒にしておきます」
半ば強引に一方的な取引を持ち掛けてくるアダムに。
エフェルローンはチッと舌打ちすると、面白くなさそうにこう凄んだ。
「お前……俺を脅すつもりか?」
「さあ。どうでしょう?」
そう意地悪く笑うアダムに。
これ以上の抵抗は無意味だと悟ったエフェルローンは、降参とばかりにこう言った。
「分かった、いいだろう。お前の取引に乗ってやる。だが……」
そう一呼吸置くと。
エフェルローンは淡々とした口調でこう言った。
「俺たちに関わった以上、命の保証は出来ない。それでもいいのか?」
ある意味、脅しとも取れるそんな言葉に。
アダムは怯むどころか食らい付いてこう言った。
「命の危険、ね。なら、尚更ルイーズさんの力にならないと」
そう言って、ルイーズに微笑みかけるアダム。
そんなアダムを、眉間にしわを寄せ、複雑そうに見遣るルイーズ。
そんな二人の、嚙み合わないやり取りを冷めた目で見遣ると。
エフェルローンは眼光鋭くこう言った。
「単刀直入に言う、[禁書]を見たい」
目に力を込め、大真面目にそう言うエフェルローンに。
アダムは、呆れた様にこう言った。
「本気ですか?」
そんな気の抜けたアダムの問いに。
エフェルローンは、言葉の端々から苛立ちを迸らせつつこう言った。
「それ以外の何に見える?」
そう言って、脅すように笑うエフェルローンに。
アダムは苦笑気味にこう言った。
「そうですよね……分かりました。いいですよ。」
そう一呼吸置くと、アダムは事務的な口調でこう言った。
「それでは、[禁忌魔法管理部]の[許可証]を持ってきて下さい」
淡々とそう言うアダムに。
エフェルローンのイライラは頂点に達する。
「……そうじゃない。それを使わずに見る方法を、俺は言っている」
強い口調でそう言うエフェルローンに。
アダムはきっぱりとこう言った。
「ありません」
「そうか、ならいい」
予想していた答えに、エフェルローンは別段気にする様子も無く、図書館の出入り口へと踵を返す。
「あ、先輩!」
そんなエフェルローンを追って、ルイーズも同じく踵を返す。
ダニーも、展開の速さに戸惑いながらも出入り口の方へと方向転換した。
と、そのとき。
「あともうひとつ」
アダムが、そう声を上げた。
その言葉に、エフェルローンは足を止め、後ろを振り返る。
「僕の趣味ではありませんが、もう一つ方法が」
「なんだ……」
そんなエフェルローンの冷たい言葉にも心折れることなく。
アダムは真面目な顔でエフェルローンに尋ねて言った。
「何をくれます?」
「……何?」
アダムのその問いに。
エフェルローンは怪訝な面持ちでそう聞き返す。
そんな不信感も顕なエフェルローンに。
それでも、アダムはめげることなく続けて言った。
「もし、禁書を無事に閲覧できたなら、あなたは僕に何をくれますか?」
その問いに、エフェルローンはにやりと笑うとこう言った。
「逆に聞く、お前は何が欲しい?」
――上へのコネかそれとも金か。
しかし、そんなエフェルローンの予想とは裏腹に。
アダムはふと自嘲するも、すぐに真面目な口調でこう言った。
「僕が欲しいのは、彼女」
そう言ってアダムが指さしたその先には――。
「えっ、わ……私?」
ルイーズが慌てふためきながらそう言って自らを指さした。
その顔色は青を通り越し、白くなっている。
そんなルイーズの栗色の瞳を、情炎の灯る新緑の瞳で静かに見据えると。
アダムは、ゆっくりと、そして囁くようにこう言った。
「そう、ルイーズさん。僕は、あなたが欲しい……」
そのあまりに予想外の言葉に。
ルイーズは思いがけず、ふらりとよろめくのであった。
そう言って、憲兵証を見せるエフェルローン。
それを、軽く一瞥すると。
アダムは口笛を吹きそうなノリでこう言った。
「へぇ、あなたがあの[憲兵隊のお荷物]と名高い、[戦う魔術師]ですか。お噂はかねがね」
含むようにそう言うと。
アダムは心底感心したようにこう言葉を続ける。
「それにしても。憲兵隊は、本当にあなたを雇ってたんですね。太っ腹というか、なんというか……」
明らかに、誉め言葉ではない言葉を語尾に含ませつつ、アダムはそう言って顎に手を当てた。
そんなアダムを静かにねめつけると、エフェルローンは鼻を鳴らしてこう言う。
「ふん。まあ、それはさて置き」
そう一息つくと、エフェルローンは間髪入れずにこう凄んだ。
「お前さ……何企んでる?」
小さいながらも、凄みの効いた声音に。
アダムは苦笑しながら両手を軽く上げるとこう言った。
「そんな、企むだなんて……誰かさんじゃあるまいし」
そう言ってカラカラと笑うと、アダムは肩を竦めてこう言った。
「なに。ただ僕は、純粋にルイーズさんのお手伝いをしたいだけですよ」
「心外だ」とばかりに傷ついた表情をしてみせるアダムに。
エフェルローンは疑り深い眼差しを向ける。
「純粋に、ねぇ」
そう言って、自らの顎に片手を添えるエフェルローン。
そんな不審者でも見るようなエフェルローンの視線を前に。
アダムは深いため息とひとつ吐くと、肩を竦めてこう言った。
「伯爵こそ。あなたこそ、一体何を企んでるんです?」
その問いに。
エフェルローンは思いがけず身を固くした。
(どういう意味だ?)
エフェルローンは心の中で首をひねる。
(捜査から外されたことも、[禁書]に関する話も、ダニーとルイーズしか知らないはずだ。それなのにどうして――)
理由は分からなかったが、用心に越したことはない。
そう判断すると、エフェルローンは努めて冷静にこう言い放つ。
「俺が企むだと?」
せせら笑うようにそう言うと。
エフェルローンは敵を威嚇するような低い声音でアダムにこう尋ね返す。
「それこそ一体何を、だ」
そんな、敵意剥き出しのエフェルローンに。
アダムはというと、困ったように肩を竦め、渋るどころかあっけらかんとこう言った。
「任務を外されたって、噂がながれてますから」
その答えに、エフェルローンは思いっきり歯ぎしりする。
(くそっ、キースリーの奴め)
エフェルローンの性格を先読みしていたのだろう。
噂をいち早く拡散することで、エフェルローンの行動を抑え込みに掛かったに違いない。
(ったく、どこまで追ってくれば気が済むんだ、あの男は……)
と、そんなことをウンザリしながら考えていると。
エフェルローンを無言で注視していたアダムが、ふと思い至ったようにこう言った。
「さっき、ダニー先輩は『事件の調査のため』に、この図書館に来た、と言っていました。でも、噂ではあなたたちの班は『任務を外された』という。任務中でもないのに[調査]って、あなた方は一体、何を調べているんです?」
「…………」
痛いところを突かれ、エフェルローンは二の句が継げずに押し黙る。
そんな旗色の悪いエフェルローンに、アダムはここぞとばかりにこう言った。
「もし僕にも手伝わせてくれるなら、あなたたちの[秘密調査]のことは内緒にしておきます」
半ば強引に一方的な取引を持ち掛けてくるアダムに。
エフェルローンはチッと舌打ちすると、面白くなさそうにこう凄んだ。
「お前……俺を脅すつもりか?」
「さあ。どうでしょう?」
そう意地悪く笑うアダムに。
これ以上の抵抗は無意味だと悟ったエフェルローンは、降参とばかりにこう言った。
「分かった、いいだろう。お前の取引に乗ってやる。だが……」
そう一呼吸置くと。
エフェルローンは淡々とした口調でこう言った。
「俺たちに関わった以上、命の保証は出来ない。それでもいいのか?」
ある意味、脅しとも取れるそんな言葉に。
アダムは怯むどころか食らい付いてこう言った。
「命の危険、ね。なら、尚更ルイーズさんの力にならないと」
そう言って、ルイーズに微笑みかけるアダム。
そんなアダムを、眉間にしわを寄せ、複雑そうに見遣るルイーズ。
そんな二人の、嚙み合わないやり取りを冷めた目で見遣ると。
エフェルローンは眼光鋭くこう言った。
「単刀直入に言う、[禁書]を見たい」
目に力を込め、大真面目にそう言うエフェルローンに。
アダムは、呆れた様にこう言った。
「本気ですか?」
そんな気の抜けたアダムの問いに。
エフェルローンは、言葉の端々から苛立ちを迸らせつつこう言った。
「それ以外の何に見える?」
そう言って、脅すように笑うエフェルローンに。
アダムは苦笑気味にこう言った。
「そうですよね……分かりました。いいですよ。」
そう一呼吸置くと、アダムは事務的な口調でこう言った。
「それでは、[禁忌魔法管理部]の[許可証]を持ってきて下さい」
淡々とそう言うアダムに。
エフェルローンのイライラは頂点に達する。
「……そうじゃない。それを使わずに見る方法を、俺は言っている」
強い口調でそう言うエフェルローンに。
アダムはきっぱりとこう言った。
「ありません」
「そうか、ならいい」
予想していた答えに、エフェルローンは別段気にする様子も無く、図書館の出入り口へと踵を返す。
「あ、先輩!」
そんなエフェルローンを追って、ルイーズも同じく踵を返す。
ダニーも、展開の速さに戸惑いながらも出入り口の方へと方向転換した。
と、そのとき。
「あともうひとつ」
アダムが、そう声を上げた。
その言葉に、エフェルローンは足を止め、後ろを振り返る。
「僕の趣味ではありませんが、もう一つ方法が」
「なんだ……」
そんなエフェルローンの冷たい言葉にも心折れることなく。
アダムは真面目な顔でエフェルローンに尋ねて言った。
「何をくれます?」
「……何?」
アダムのその問いに。
エフェルローンは怪訝な面持ちでそう聞き返す。
そんな不信感も顕なエフェルローンに。
それでも、アダムはめげることなく続けて言った。
「もし、禁書を無事に閲覧できたなら、あなたは僕に何をくれますか?」
その問いに、エフェルローンはにやりと笑うとこう言った。
「逆に聞く、お前は何が欲しい?」
――上へのコネかそれとも金か。
しかし、そんなエフェルローンの予想とは裏腹に。
アダムはふと自嘲するも、すぐに真面目な口調でこう言った。
「僕が欲しいのは、彼女」
そう言ってアダムが指さしたその先には――。
「えっ、わ……私?」
ルイーズが慌てふためきながらそう言って自らを指さした。
その顔色は青を通り越し、白くなっている。
そんなルイーズの栗色の瞳を、情炎の灯る新緑の瞳で静かに見据えると。
アダムは、ゆっくりと、そして囁くようにこう言った。
「そう、ルイーズさん。僕は、あなたが欲しい……」
そのあまりに予想外の言葉に。
ルイーズは思いがけず、ふらりとよろめくのであった。
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