正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第二章 秘められた悪意

後ろめたい取引

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「ル、ルイーズさん!」

 アダムの毒気に当てられ、ふらりとよろめくルイーズを。
 ダニーの骨ばった両手がとっさに支える。

 そんなアダムの、告白にしてはあまりに乱暴すぎるやり方に。
 ダニーが思わず抗議の声を発した。

「アダム君! 君は、ルイーズさんになんて失礼なことを……謝って下さい!」
 
 そんなダニーの抗議の声など気にする様子も無く。
 アダムはふと視線を足元に落とすと、独り言のようにこう言った。

「別に、恋人にしたいとかそう云うんじゃない。ただ一日、一日だけでいい。彼女と二人だけで過ごしたい」

 そう言って、胸元に手を当てるアダムに。
 ルイーズは視点の定まらない目で懸命にアダムを見据えると、声を震わせこう言った。

「い、嫌です。そんな好きでもない人と二人だけで一日過ごすだなんて」

 そう憤りに顔を紅潮させるルイーズに、アダムは傷ついたような笑みを浮かべてこう言った。

「好きでもない、か。それでも……」

 気持ちを切り替える様に顔を上げると、アダムは真面目な顔でこう言った。

「もしこの取引に乗って貰えるなら、そうしたら、[禁書]の話……僕がなんとかする」
「なんとかって……出来るんですか、アダム君」

 ダニーが、疑いの眼差しでアダムを見る。
 そんなダニーの懐疑的な視線にも、アダムは気後れすることなくこう言った。

「[禁忌魔法管理部]のハインツって人。その人、その部のおさの奥さんと出来てるらしくて。だから、ちょっと脅せば[許可証]は簡単に手にると思います」

 憐みの欠片など微塵も感じさせず、アダムはそう淡々と語る。

(なーにが、「ではありませんが……」だ。「ちょっと脅せば」って、ハインツにも俺にも、端から脅す気満々じゃないか)

じゃない」といいつつ、全く悪びれた様子のないアダムのそのやり口に。
 エフェルローンはそう心の中で愚痴ると同時に、うすら寒いものも感じる。

「さて、どうします? 僕と取引しますか、それとも禁書の閲覧は諦めますか?」

 エフェルローンは沈黙した。

 正直、この取引にエフェルローンは大きな魅力を感じていた。
 とはいえ、ルイーズの意志を無視して取引を成立させるわけにはいかない。

 もしかしたら。

 エフェルローンが懇願すれば、ルイーズは折れるかもしれない。
 だがそれは、相手の弱みに付け込んだ下劣な行為だ。

 それでも、とエフェルローンは思う。
 
(それでも俺は、ギルを殺した犯人をこの手で捕え、その無念を晴らしたいと思っている)
 
そんな自分に、エフェルローンは心の中で苦笑う。

(下衆だな、俺は……)

 とはいえ。

 持ち前の正義感と、憲兵としての微かな誇りが、エフェルローンにそれを許しはしなかった。

(俺にもまだ、人の心は生きている、か)

 そう心の中で嗤うと、エフェルローンは迷いなくこう言った。

「アダム、悪いがこの件は――」

 と、そう言葉を口にした、まさにその時。

「……私、付き合います」

 突然、ルイーズがそう声を上げる。

「え」
 
 その予想だにしていなかった答えに。
 エフェルローンは思わずそう声を上げた。

「ル、ルイーズさん……良いんですか?」

 ルイーズの体を支えていたダニーも。
 今までのルイーズの反応からは考えられない展開に、かなり戸惑っているようである。
 と、そんなダニーの心配をよそに。
 ルイーズはというと。
 自分を賭けの対象にしたアダムの双眸をしっかり見つめながら、気丈にもこう言い切った。

「はい、もう決めました。やります」

 そのきっぱりとした答えに。
 アダムが満足そうにこう言った。

「じゃあ、決まりかな? 禁書を見た時点で、契約成立ってことで。それでいいですか、伯爵?」

 アダムの再度の念押しに。
 エフェルローンは、ルイーズの目をしっかり見つめながらこう問いかける。

「良いのか、本当に」

 その問いに、ルイーズは青白い顔に懸命に笑みを作ってこう言った。

「女に二言はありません。一日だけ、ですよね」

 そのルイーズの問いに、アダムが苦笑気味にこう答える。

「もちろん、一日だけだよ。約束する」

 その答えにルイーズが頷くと。
 エフェルローンは、大きなため息と共にこう決断を下す。
 
「……分かった、良いだろう。交渉成立だ。よろしく頼む」

 そう言って差し出されるエフェルローンの小さな片手を、アダムはしっかりと握る。

「で、いつ頃見られる?」

 その問いに。
 アダムは苦笑しながらこう答える。

「早くて今日のお昼過ぎかな。そのぐらいに来てくれれば[禁書室]にご案内しますよ」
「分かった、じゃあ午後の二の刻にここで」
「午後の二の刻ですね。分かりました。それでは僕は、これから一仕事あるのでこの辺で。それと、ルイーズさん」

 その声に。
 ルイーズの肩がピクリと反応する。
 そんなルイーズを困ったように見つめながら。
 アダムは、手を伸ばせばすぐにでも触れられそうな距離までルイーズに近づくと、念を押すようにこう言った。
 
「約束、忘れないでね。それと、僕のことはアダムって呼ぶように」

 そう言うと、アダムはルイーズの髪に愛おしそうに触れると、足取りも軽く図書館を後にするのであった。
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