正義の剣は闘いを欲する

水杜 抄

文字の大きさ
上 下
64 / 127
第二章 秘められた悪意

奇妙な問いかけ

しおりを挟む
 エフェルローンは、娼婦の女が言っていた言葉を思い出す。

――あとギルはね、こんなことも言っていたわ。『やっと、[爆弾娘リズ・ボマー]に罪を償わせる道具が揃う』ってね。

「[永久《とわ》の眠り]の魔術って……あの女の人が言っていた、[爆弾娘《リズ・ボマー》]に対する復讐の方法のことなんでしょうか?」

 ルイーズが、不安そうな面持ちでそう尋ねた。

「たぶんな」

 エフェルローンは簡潔にそう答える。
 迷いなくそう答えるエフェルローンに、ダニーは「うーん」と悩むような仕草をするとこう言った。

「じゃあ、なぜ[爆弾娘《リズ・ボマー》]を殺すのではなく、眠らせようと考えたのでしょうか? こう言っては何ですが、眠らせるより殺してしまう方が簡単な気がするんですけど……」

 おずおずとそう質問するダニーに、エフェルローンは答えて言った。

「[永久の眠り]の魔法は、実際に犯罪者――特に、貴族で重大な罪を犯した者に与えられる刑罰だ。それを、自分たちで行おうと考えた結果なのかもしれないな。それに、[爆弾娘《リズ・ボマー》]を殺そうと考えなかったってことは、彼らにも一応、[憲兵魂]が残っていたってことだろう。幸か不幸かは別としてな」

 エフェルローンのその答えに、ダニーは神妙な顔でこう言った。

「それでも、彼らは[爆弾娘《リズ・ボマー》]を[私刑]にしようとしたわけですよね。事情は分からなくはないですけど……それでも、憲兵ともあろう者がやっぱり私情で人を裁こうだなんて……」
「でも、ギルやディーンの気持ちも分からなくはない。家族の無念を、自らの憤りを晴らしてくれるはずの[法律]が、完璧じゃないんだ。自らの手で刑を執行したいと思うのは、当然と言えば当然なのかもしれない……」

 そう言葉を切るエフェルローンに。
 今まで、話の成り行きを静かに見守っていたアダムが、突然口を開いてこう言った。

「そう言って、あなたは友人を庇われる。それなのに、あなたは二度も[爆弾娘《リズ・ボマー》]を助けた。伯爵、あなたは矛盾している。友人の家族が殺されているのを知っていながら、なぜあなたは[爆弾娘《リズ・ボマー》]を助けたりしたんです、それも二度も」

――なぜ[爆弾娘《リズ・ボマー》]を助けた?

 その問いに。
 エフェルローンはアダムの顔を思わず凝視する。

 触れられたくはない、心の奥の深い傷――。

「…………」

 ズカズカと、その傷の上を土足で犯そうとするアダムに。
 エフェルローンは青灰色はいあおいろの瞳を怒りに染めがら、思い切りすげなくこう言った。

「上からの命令だったから。他に理由はない」

 感情をひた隠し、そう強引に押し切ろうとするエフェルローンに。
 アダムは、尚も食らい付いてこう言った。

「そんな理由ごときで、人が、自分の命を懸けることが出来るとは、僕は決して思わない!」

 そう、強く断言するアダムに。
 エフェルローンはうんざりした表情を浮かべると、それでも、しぶしぶながらこう答えた。

「なら正直に言うが。俺だって、もし[爆弾娘《リズ・ボマー》]のせいで姉のリアを失っていたら、きっと彼女を許せはしなかっただろう。だが、法が彼女の罪を[推定無罪]と定めるのなら、俺はそれに従う。なぜなら、俺は一人の人間である前に、人の罪を裁く[憲兵]だからだ。俺には、彼らを法に則り公正に扱う義務がある。たとえそれが、法を守ることによって自分の命を失うことになったとしてもな……」

 吐き捨てる様にそう言うエフェルローンに。
 ダニーは、ギルやディーンたちの気持ちもおもんばかるようにこう言った。

「ギル先輩たちにそれを言っては酷なんでしょうけど。でも[憲兵]ってそういうものなんですよね。基本、自分主体じゃありませんから。とはいえ、[爆弾娘《リズ・ボマー》]本人に悪気は無かったとは言え、多くの人を殺したという事実は消えません。殺人は殺人、罪は罪ですからね。そこで生まれた悲しみや憤りは、やはり事件の張本人――[爆弾娘《リズ・ボマー》]に向くのでしょう。他に何処にも向けようがないですから。[推定無罪]を勝ち取った[爆弾娘《リズ・ボマー》]にしてみれば、ある意味理不尽かもしれないですけれど、どうしようもないですよね。こればっかりは……」

 そう言ったものの、ダニは自分の言ったことに肩を落としながら、神妙な顔で沈黙する。
 そんなダニーに、アダムは挑戦的とも言えるきつい口調でこう言った。

「つまり、自分たちの悲しみや憤りをぶつける場所が無いから、未だに[爆弾娘《リズ・ボマー》]を標的にしていると。そういう訳ですか? でもそれって、おかしくないですか?」
「…………」
 
 沈黙が更に度合いを増し、重苦しい空気が室内全体に圧し掛かる。

 そんな沈黙する三人に、アダムはさらに言葉を重ねてこう言った。

「非難する標的が[爆弾娘《リズ・ボマー》]以外にいないから、彼女を非難する。確かに、彼女がべトフォードの人間を消し去ったのは事実です。非難の標的となるのもしょうがないかもしれません。でも、もし[爆弾娘《リズ・ボマー》]事件の裏に黒幕がいて、そいつが[爆弾娘《リズ・ボマー》]を利用して事件を引き起こしたのだとしたら? もしそうだとしたならば、非難されるべきは[爆弾娘《リズ・ボマー》]だけではなく、その黒幕も……という事になりませんか。悪いのは何も[爆弾娘《リズ・ボマー》]だけじゃない。しかも、[爆弾娘《リズ・ボマー》]が黒幕に利用されていたとなれば、事件の概要はまた変わってくるんじゃないですか?」

 アダムはそう熱く語ると、乾いた唇を一舐めする。
 エフェルローンはそんなアダムを冷静に見つめると、たしなめるようにこう言った。

「まあそれは、黒幕が実際にいればの話だがな。それに、その話はあくまでも仮説であって事実ではない。仮説と事実を混同するのはあまり感心しないな、アダム」

 エフェルローンは眉を顰め、不愉快そうにそう忠告する。
 だが、そんなエフェルローンの答えなど想定済だとでも云うように。
 アダムは皮肉な笑みを口元に浮かべると、声を潜めてこう言った。

「もし[爆弾娘《リズ・ボマー》]の事件の裏に、本当に[黒幕]がいたら?  
 もし、それを証明できると言ったら? あなたはそいつを……その[黒幕]を、捕まえてくれますか?」

 その奇妙で不気味な問い掛けに。
 エフェルローンは即答することも質問することも出来ず、ただ、無言でアダムを凝視することしか出来ないのであった。
しおりを挟む

処理中です...