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待ち伏せ (2)

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「あ……」

 返事に言葉を詰まらせていると、

「先生、そろそろ部活の時間ですよ」

 背後から声を掛けられて振り向いた。そこに立っていたのは林田だ。

「大和君、部活があって戻らないといけないんだ」

 話を終えるのにタイミングが良かった。

「気を付けて帰るんだよ」

 少しだけ寄り道をしているが、ここから真っすぐ歩いていけば小学生も使う通学路へとでる。

 まだこの時間なら子供たちを見守るボランティアの方々がいるので大丈夫だろう。

 林田と共に学校へと戻ろうとするが小さな手が指を握りしめた。

「大和君!?」
「きょうちゃんにあって」

 じっと桧山を見あげるその目は、会うという答え以外は求めていなそうだ。

「わかった。時間ができたら飲みに行くよ」

 そう答えて、今度こそ気を付けて帰りなさいと大和を送り出した。

「林田先生、何か聞きたそうだな」

 いつまでも話をしていたから気になって様子を見に来たのだろう。

「え、桧山先生の隠し子って噂をしてましたよ」
「どうしてそうなるんだ」

 想像力がたくましい。

 まさかそれを聞いてここまで来たのではないだろうか。

「これ以上、噂になるのもあれかと思いまして」
「そうだな。格好の餌食でしかないか」

 明日が休みでよかった。容姿が優れているわけでもなく人気のある教師ではないから噂もすぐ消えるだろう。

「桧山先生、あの子は」
「俺の大切な……彼の甥だ」

 恋愛対象が男だということを林田に話したことがある。彼も同じであったから。

「そっか、うん、桧山先生にそう思える人ができたなんて」

 恋らしい恋など十年間したことがない。あまりに話題にならないからか、恋愛に興味を失ってしまった、そう思われていたかもしれない。

「十年、俺の中から完全に消えてはくれなかった」
「もしかして……」

 何かを思い出したような表情だ。一度だけ、あまりに苦しくて吐露してしまったことがある。

「覚えていたのか」
「俺が昼休みに先生の所へ通うようになった時に言いましたよね」

 林田との出会いは彼が一年の時に担当教師として歴史を教えていた。

 とくに話しかけてくることなどなかったのに、二学期に入ると昼休みにふらりとやってくる。

 浅木のことがあったから、授業を淡々とこなす日々を送っていた。

 だから驚いた。この頃つまらなそうだと言われたことに。

 その時に林田が歴史が好きであること、授業を楽しみにしていることを聞いた。

 そしていつも楽しそうに授業しているのに、二学期に入ってからつまらなそうだと。

 歴史を教えるのが好きだ。それなのに大勢の生徒よりも一人を選んでいる。

 それを見透かされたような気がして、つい、話してしまったのだ。

「その人だから、桧山先生が楽しそうにしていたんですね」

 前にスマホで、と付け加える。

「あぁ、そうだ。家庭を持っていると思っていたから、線を引いておかなくてはと」
「そうではなかったということですか?」
「目元がよく似ていたから子供かなと。大和君、あ、先ほどの子の名前なんだが、彼曰く、よく親子かと勘違いされるそうだ」
「諦めようとしていたところに叔父と甥だと解って、ひとまず安心したってところですか」

 図星だ。あんなに悩んでいたのに、真実を知り安堵しているのだから。

 それが表情に出てしまったか、林田がニヤニヤとしながら見ている。

「なるほど。桧山先生、部活が終わったら彼に会いに行きましょう」
「ん、んん?」

 目をぱちくりとさせて林田を見る。

「なぜ、君も一緒に会いに行くのかな」
「桧山先生をこんなふうにさせる男が気になるんです」 

 首を突っ込んでくるようなタイプではなかったはず。それともそう思い込んでいただけだろうか。

「もしかして楽しんでいるのか」
「はい。俺、思った以上に浮かれてます。もう、桧山先生の辛い顔を見るのは嫌なんです」

 そうだった。彼はこういう子だ。

 だから、桧山が浅木のことで辛かった時に側にいてくれたのだ。

「本当、いい子だな林田は」

 生徒だった頃のようにそう呼ぶと、目を細めて懐かしいと呟く。

「ひー先生、笑っている顔の方が好きだよ」
「ふっ、ありがとう」

 少しだけ身長の高い彼の頭を撫でる。

 嫌がったり子ども扱いをするなとか言わないで受け入れてくれる。

「桧山先生、相手の人に飲みに行こうと約束を取り付けてくださいね」

 先に行ってますねと足早に去っていく。

「大和君と約束したしな」

 そうわざわざ口にしたのは、自分に対する言い訳だ。

 先のことなど考えず、ただ、浅木に会いたい。

 久しぶりにメッセージアプリを開く。着信拒否を解除し、店へ行くとだけ書いてメッセージを送るとすぐに既読になり、可愛い猫のイラストと待ってるよという文字の書かれたスタンプがかえってくる。

 約束をしてしまった。これで逃げ道はなくなった。
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