短編集

希紫瑠音

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素直になれない恋心

虎(3)

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 詩の部屋に入った途端、玄関のドアに背中を押し付けるように腕に囲い込まれる。

「何」
「何、じゃないよ。さっきの、なんなの?」
「……お前、鈴木さんのこと、嫌いなのか」
「あぁ、なんだ、聞いたんだ」

 先ほど見た虎治は、本当の姿だった。

「どうして」
「だって。詩にぃ、好きでしょう、ああいう子」

 確かに鈴木は可愛い。あの時、虎治が邪魔をしなかったら抱きしめていたかもしれない。

「まぁ、嫌いじゃない」
「だからだよ。詩にぃは、俺のモノなのにっ」
「なんだって!?」

 その言葉に詩は目を瞬かせる。

 それは、大好きな兄をとられてしまった弟のような感情か。

 かわいい嫉妬だと、口元に笑みを浮かべる。

「お兄ちゃんをとられたくないってか?」

 詩は虎治の頭を撫でるが、その手を掴まれてしまう。

「詩にぃ、全然わかってない!!」

 唇に柔らかなものが触れる。

「ん、とら、じ」

 キスをされたことに驚いて目を見開くと、虎治の唇は離れ、親指が濡れた唇をぬぐう。

「なんだ、お前、そういう意味で俺が好きなのか」

 そこではじめて虎治の気持ちに気がついた。

「そうだよ。小さいころからずっと詩にぃしか見ていなかったのに」

 真剣な顔に、詩はドキッと胸を高鳴らせる。だからずっと詩を追いかけ続けてきたのか。

「気が付かなくてごめん」

 詩は胸元に手を当てて目を閉じる。

 真っ直ぐな言葉は胸に届いて、じわりと熱がこみ上げる。

「俺はずっと勘違いしていたよ。だって俺だよ? 惚れる要素が解らねぇ」
「なんで? 詩にぃの良さ、気が付いている人はいっぱいいるよ。鈴木さんだって」

 虎治は鈴木が恋をする目で詩を見ていたことに気が付いていたという。

 同じ人に恋をしているから、わかるのだと。

「詩にぃは女の人のほうが好きでしょ。だから、鈴木さんに嫉妬してた」

 みるみるうちに表情が怖くなる。

 これを向けられたら、誰だって怖いと思うだろう。しかも相手は大柄ってだけで怖がる女の子なのだから。

「嫉妬してても、怖がらせるのはダメだ」

 虎治の額にデコピンを食らわせた。すると、痛いと額を手で押さえる。

「詩にぃ、ひどい」
「怖いお前は嫌いだ」
「えぇっ」

 その言葉にショックをうけたようで、嫌わないでと詩にすがりつく。

「俺に嫌われたくなければ、もうそんな顔をするなよ」

 言い聞かせるように両方の頬をはさみ、

「虎治は笑っている顔が可愛いんだから」

 そう額をくっつけた。

 互いの顔が近い。

「ねぇ、もう一回、キスしていい?」
「ん……、どうすっかなぁ」

 じっと甘えるように虎治が詩を見つめる。

 ずるい奴だ。その目に詩が弱いことを知っていてするのだから。

「詩にぃ」
「いいよ」

 虎治はキスの雨を降らせはじめた。

 やめさせようと、それを拒否するように顔をふるうが、後頭部を押さえつけられ口づけはより深くなる。

「ふぁっ」

 舌が歯列をなぞり、絡みつく。

 甘いしびれと共に、身体の奥のほうで芯をもちはじめる。

 このまま共に蕩けてしまいたい。そう思うほどに気持ちが良かった。

 虎治の手が服の下へとはいりこみ、腹から胸へと伸び、乳首を摘ままれて、我に返った。

「ひゃっ、こら、虎治。そこまでは許してないぞ」

 手を叩いて止めると、しゅんと落ち込む虎治に、幻の垂れた耳と尻尾が見える。

「そんな顔をしても駄目」

 顔を真っ赤に染めて、これ以上は駄目というように自分の服を掴む。

「じゃぁ、詩にぃ。俺のこと、どう思っているかを教えてよ」

 じっと詩を見つめ答えを待つ。そもそも、嫌だったら受け入れたりしない。なぜ、気が付かないのだろう。

「さぁな」
「えぇ、詩にぃ~」

 詩に甘えようとする虎治の額を手で押さえて引き離す。そして、詩はタイガの元へと向かう。

「タイガ、おやつの時間だぞ」
「みぎゃぁ」

 大きな身体を抱き上げてキッチンへと向かう。

「詩にぃ!!」

 虎治がその後につづく。

 くすっと詩は笑い、振り返ってタイガを虎治に預ける。

「おっきいのも、可愛いんだろ?」

 前に虎治が口にした言葉だ。それに気が付いたか、虎治が嬉しそうな表情を浮かべた。

 虎治とタイガを抱きしめると、視線が同じくらいなので目があう。

「大好きだよ、詩にぃ」
「……俺もだよ」
「~~~~!!」

 喜びのあまり、じたじたと脚をならす虎治に、腕の中のタイガが驚いて飛び降りた。

「こら、虎治」
「ごめーん」

 そして、二人顔を見合わせて笑いあう。手を握り指を絡ませあいながら……。
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