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短編まとめ
ハッピーハロウィン
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僕は愛されない子供だ。
大人しい性格、そして地味な見た目と容量の悪さが気に入らなかったのか、母親に嫌われる原因となり、父親は元々、子供に興味がない人だったので、家の中に誰も味方がいなかった。
学校でもそうだ。僕には友達がいない。それどころか、いじめられていた。
視聴覚室へと向かう途中だった。クラスメイトに教材を取り上げられ、それを取り返そうとした時だ。足を踏み外して階段から落ちて怪我をした。
怪我自体は擦り傷と打撲で済んだけれど、その相手というのは父親の会社の取引先で、友達同士がふざけていて怪我をしてしまったということになった。
しかも、怪我の心配をするよりも周りの反応が気になる母親は、僕がとろくて隙があるからだと罵る。
マンションの一室と大学までの学費を与えるかわりに家を出ろと言われた。
もっとはやくそうしてくれたら、母も僕にいちいち腹を立てることもなかっただろうに。
学校も二学期がはじまるのに合わせて転校した。
そんなこともあり、人と付き合うことが怖くなった。関わらなければ攻撃されないですむ。
故に新しいクラスメイトが話しかけてくれても仲良くすることはなかった。
はじめは物珍しさもあって話しかけてくれたクラスメイトも反応のない相手にすぐに関心をなくしていく。
昼はご飯を食べてぼっとベンチに座り過ごす。授業が終わると誰も待つ人のいないマンションに真っ直ぐ帰り、食事をして寝る。毎日、それの繰り返し。
僕に話しかけてくる人はいない。それが楽だと思いながら、視線の先は友達と遊んでいる人達の方へと向いていて、本当は羨ましいんだろうと心の中で別の自分が囁く。
自分の気持ちすら拒否することができず、怖くなって身体を小さく丸めた。
今日もいつもと同じ。そう思っていたのに、誰かが僕の視界を遮るように立つ。
見上げると同じ二年である深い緑色のネクタイが目につき、そして端正な顔たちの男と視線がぶつかる。
「君はいつもここにいるな」
話しかけられて、驚いて喉がつまる。
顔を背けて身体を縮こめて警戒する僕に、まいったなというつぶやきが聞こえた。
「別にいじめるわけじゃない。僕は五組の高沢(たかざわ)だ。君は?」
と尋ねられたが、僕は何もこたえずに相手が諦めて去っていくのを待った。
ため息が聞こえ、離れていく。ようやくあきらめてくれたようだ。
だが、それが始まりだった。次の日も、また次の日も、しつこく声を掛けてくる。その度に自分自身を守り続けてきた。
名は確か、高沢だったか。
どこかで聞いたことのある名だと思っていたら、教室で話していた女子のグループからその名が出てきた。
「高沢クン、今日もカッコいい」
二階の窓から校庭を眺め話している。窓際の席なのでそちらへと視線を向ければ、ジャージを着た生徒が見えた。
毎日顔を見せるのですっかり覚えてしまった。
あの顔が、真っ直ぐに目を向けて話しかける。女子はきっと黄色い声をあげるだろうが、僕にとっては居心地が悪いものだった。
高沢は懲りずに話しかけてきて、クラスメイトはすぐに諦めてくれたのに相当しつこい性格をしている。
「一組の冴木《さえき》っていうんだな。二学期に転校してきた、と」
僕が何も答えないから、自分で調べたのだろう。
そんなことを知ってどうするのだろう。僕は仲良くする気がないのだから。
無視しても高沢は気にすることなく一方的に話していく。
「十月にハロウィン仮装パーティがあるって話は聞いたか?」
担任からチラシを貰っていていたので知っている。
参加者は仮装をするらしく、自由参加と書いてあったので行くつもりはなかった。
イベントには無縁な生活をしてきたので、特に楽しみだとはおもわないからだ。
「俺、イベントの手伝いをしているのだが、冴木にも手伝ってもらえたらなと思って」
顔を背け興味がないことを示すが、
「頼むよ。ランタン作り、一人なんだ」
と手を掴まれて、いきなりのことに驚いて、おもわず大きな声が出た。
「何するのっ」
その手を振り払うと自分の手を握りしめると高沢を睨むが、何故か嬉しそうな表情を浮かべていて、意味が解らない。
「やっと声を聞けたな。いくら話しかけても無反応だったから」
「あ……」
関わりあいたくなかったから無視していたのに。つい、触られて反応をしてしまった。
なんか、ずるい。
「絶対にやらないから」
これ以上、話をしたくはない。立ち上がると高沢から背を向けて教室へと戻った。
あの場所へはもういけない。きっと懲りずに彼は来るだろう。
どこで時間を潰そうかと、お弁当を持って教室から出ようとしたとき、女子がざわつく。
まさかと顔をのぞかせれば、そこに高沢がたって、
「一緒に昼飯を食おう」
手にしていたお弁当を掲げる。
うんざりとした顔を彼に向ければ、何故か笑われた。
「やっぱり嫌な顔されたか」
解っているのなら僕の前に現れなければいいのに。
だが、高沢は図太い性格をしているようで、僕の手を握りしめて強引に引っ張っていく。
背が低く身体の細い俺は簡単に力負けしてしまう。
「や、離して」
大きくて暖かい手。ぶわっと胸がざわついた。
手を繋いだのなんて何年振りだろうか。だから余計に緊張するんだ。
ふいに目頭が熱くなってきて、手を振り払おうとするが離れない。
「逃げない、無視しない。それを約束してくれるなら」
「わかったから」
手が離れた。温もりを消そうと握られていた手を摩り、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「空き教室を借りているから、そこへ行こう」
と目的の場所へ向かい中へと入る。
長テーブルの上にオレンジ色のかぼちゃがおいてあった。しかも、歪にくりぬかれている。
「あ、これは……」
恥ずかしそうにそれを段ボールの中へとしまった。
まさか、あれは彼が作ったジャック・オー・ランタンだろうか。
「不器用なんだ」
顔が良いだけでなく、器用になんでもこなしていたら完全に僻んでいただろうな。
欠点を見つけて少しだけ高沢を近くに感じた。
「あぁ。なぁ、冴木は器用か?」
「さぁ。作ったことがないし」
「弁当を食べたら作って見せてくれ」
どうして僕がと思ったが、作るまでしつこくされそうな気がする。
食事を終えてかぼちゃを手にて作り始める。これが意外と難しい。
結果、歪なジャック・オー・ランタンが出来上がった。
「俺と似たり寄ったりな」
確かに。だけどあそこまで酷くはない。
「僕の方がマシ」
「ほう、そういうなら、もっと作ってみろ」
とかぼちゃを渡された。
それから夢中で何個か作った。作業に慣れてきたのもあり、そこそこの出来栄えだ。
「良いじゃないか」
「高沢は駄目だな」
いつまでたっても不格好。こればかりは数をこなせばとはいかないようだ。
「いうね」
髪を乱暴に撫でられた。
「やめて」
「あ、すまん」
僕が反応するのが嬉しいのか、だからといって触らないでほしい。
こういうのには慣れていないから。
「一人で作らせるよ」
「勘弁してくれ」
「不器用なのに、何故、一人で?」
高沢が手伝ってとお願いすれば喜んで手をかしそうなのに。なぜ、そうしなかったのだろう。
そうすれば僕が手伝う必要はなかったのに。
「それは……、ほら、皆、忙しいからな」
助かったよと手を合わせる。
何か引っ掛かるけれど、詳しく知る気が無いのでそうなんだと言っておく。
「そういうことで、ランタンは俺と冴木で完成させる。昼休みと放課後はここに集合な。こないと放送で呼び出す」
なんだそれ。本当に強引だな、高沢は。
だけど逃げない、無視しないを約束してしまったからな。
「暇だったらな」
素直にうんとは言いたくなかったのでそう返事する。
「よし、明日から頼む」
決定とばかりに言われて、暇だったらなと、もう一度くちにした。
二人でお弁当を食べてランタンを作る。
一人でいる事を望んでいたはずなのに、高沢の側は居心地が良くて、いつのまにか楽しみな時間となっていた。
未だツンとした態度をとってしまう僕に、いつでも優しくしてくれる。
そして、時折、感じる視線。
心が落ち着かなくなるからやめて欲しいけれど、けして嫌なものではなかった。
金曜日は体育が終わってから空き教室へ向かうことになるので少し遅れる。
それまでお弁当を食べずに待っていてくれる。だから少しでも早くと思ってきたのに。
中から話し声が聞こえる。一人は高沢のモノ、そしてもう一人は……。
「お前も下手じゃないか」
「うるさいなぁ」
そっとドアを開き、隙間から中を窺う。
綺麗な人だ。楽しそうにランタンを作っていて、二人はとても良い雰囲気だった。
胸が痛い。
二人で完成させると言ったのは高沢だ。なんだか裏切られた気がした。
それに、楽しそうな二人を見ていると、僕の居場所はもうないように思えて、そっとその場を離れた。
あの日から僕は空き教室に行っていない。
体調が悪く、学校を休んでいからだ。
どうして高沢に心を許してしまったんだろう。
悲しい、悔しい、こんな感情を味わいたくなど無かった。
自分が判断を誤ったから、馬鹿な自分、と、頭の中でそんな事ばかり考えている。
このままパーティが終わるまで学校にはいかない。
逃げないという約束は反故することになるが、もう、高沢の傍にいたくない。
胸が痛むのも今だけ。すぐに慣れるだろうと布団の中でまるくなった。
※※※
ハロウィン仮装パーティ当日。
ランタン作りはどうなっただろうか。きっと誰かに手伝ってもらっているよな。
僕なんて居ても居なくても大丈夫だったんじゃないかと、気持ちは落ち込むばかり。
仮装だって、高沢が僕の分も用意するからと言っていたが、結局、なんの衣装だったのか知らずに終わった。
ランタンを作っているうちに、高沢と一緒ならパーティも楽しいだろうと思うようになっていた。
そんな事を思っては、自分自身を叱咤する。
インターホンが鳴る。
家を訪ねてくる人は滅多にいない。まさか高沢と思い、そんなはずはないとそれを否定する。
だって、ハロウィンパーティはすでにはじまっている。誰かと楽しんでいるはずだ。
再びインターホンが鳴る。
それを無視していると、
「約束したよな。逃げない、無視しないって」
と高沢の声が聞こえて、僕は玄関へと向かい開錠しドアを開けた。
「なんで?」
「悪いな。お前の家の場所は先生に聞いた」
信用があるからなと手が僕の額に触れ、それにビクッと肩が震え、その手はすぐに離れた。
「熱はないようだな」
「……帰って」
「ジャック・オー・ランタン」
「いらない」
見たくもなかった。
差し出されたランタンを受け取らずに顔を背ける。
「何か怒らせるようなことをしたか」
「べつに。僕がランタン作りを嫌になっただけ。元々、ハロウィンに興味もないし」
「嘘を言うな。お前、いつも楽しそうにランタンを作っていた」
「嘘をいうな」
「本当だ」
スマートフォンの画像を見せる。いつの間に撮ったのか、そこには楽しそうな自分の姿がある。
「あ……」
こんな顔をしていたなんて。顔が熱くなる。
「ハロウィンパーティ、冴木と一緒に楽しみたかったのに」
袋から取り出したのは狼の耳だ。これを身に着けた高沢を見たら女子が喜びそうだ。それにあの綺麗な人も。
そんな事を考えていたら胸が痛みだした。
「お前にはこれを用意していたんだ」
袋の中から赤い頭巾をとりだした。
「なぁ、パーティをしないか?」
二人だけで。そういわれて、目を見開く。僕とパーティしても楽しくないだろう。
「学校のパーティに一人でいきなよ」
その方がいいに決まっている。
出て行けと彼の身体を押すが、その手を掴まれてしまう。
「ちょ、離し……」
「トリック・オア・トリート」
「え?」
玄関のドアと鍵が閉まる音がする。
いつのまにか中へと入り込み、僕との距離が縮まっていた。
「俺に、お菓子を渡さないでくれ」
しかも、変な事を言い出した。
「それをいうならお菓子をよこせじゃ……、あっ」
いたずらをさせろと言いたいのか。
それって……、つまり、そういうこと?
意味に気が付いてしまい顔が熱くてたまらない。
「い、今、お菓子、用意するからっ」
慌てて部屋の中へと引き返そうとしたら、そのまま腕を掴まれ引き寄せられた。
ぱたんとドアが閉まり、僕の身体は後ろから高沢にだきつかれている。
「俺の愛おしい赤ずきん」
頭巾をかぶせられ、首にふっと息がかかる。
やっぱりそういうことなのか。緊張して身体を硬くした。
「悪戯、させてもらうよ」
と腕の脇をくすぐりだした。
「や、脇はだめぇっ」
かなり弱いんだ、そこは。くすぐられて涙が浮かんできた。
「うっ」
高沢の手が止まる。口元を押さえて頬を赤く染める。
笑いたくて我慢をしている、そんな風に見えた。
「酷い」
やっぱり警戒した方がいいかと思っていたら、
「好きだ。君の全てを食べてしまいたいくらいにな」
さりげなく首筋を舐められた。優しいと思った男は狼さんでした。
僕に惚れる理由が解らない。
見た目がいい訳でもない。ずっとつれない態度をとりつづけていたのに。
「寂しそうにしている冴木が気になった。声を掛けたら無視されて、絶対に仲良くなろうと思った」
あれが逆に燃え上がらせてしまったようだ。
「態度はツンとしているけど、日がたつごとに心を許してくれているのを感じて、それが嬉しかった」
「そうなんだ」
「さっき画像をみせただろう? 時折見せる楽しそうな表情が可愛くてな。気がついたら愛おしくなっていた」
「……もういいよ」
恥ずかしい。
これ以上は言わないでほしい。
だって、素直に彼の気持ちが嬉しいと思っているのだから。
「顔、真っ赤だな」
「え、ちが、これは……」
顔を隠そうとするが、暖かな腕に抱き寄せられた。
高沢の匂い。見上げれば顔がすぐ近くにある。
「俺のこと、好きになって?」
もう、これ以上は俺の心が持たない。
「ほら、パーティ、するんでしょ?」
と離れろと彼の身体を押した。
「そうだった。じゃぁ、冴木も言って。あの言葉を」
とにかく、今はこの甘い雰囲気から逃げ出したい。だから素直にあの言葉を口にする。
「高沢、トリック・オア・トリート」
すると、ポケットからカラフルな包装紙のものをとりだす。
用意してあった事に気が抜けた。例の言葉を言ってから気が付いたんだけど、悪戯されたかったのかと思って。
ポケットの中から取り出したカラフルな包装紙の中身は飴玉で、それを手渡されるのかとおもいきや、高沢は自分の口の中へといれた。
「え?」
まさか悪戯を望むのかと彼を見れば、唇が触れて口の中にイチゴ味の飴玉が入り込む。
近くで微笑む高沢の顔。
「んっ」
キスされた。口元を押さえて目を見開く。
「ハッピーハロウィン」
かたまる僕に、高沢はウィンクをしてみせた。
大人しい性格、そして地味な見た目と容量の悪さが気に入らなかったのか、母親に嫌われる原因となり、父親は元々、子供に興味がない人だったので、家の中に誰も味方がいなかった。
学校でもそうだ。僕には友達がいない。それどころか、いじめられていた。
視聴覚室へと向かう途中だった。クラスメイトに教材を取り上げられ、それを取り返そうとした時だ。足を踏み外して階段から落ちて怪我をした。
怪我自体は擦り傷と打撲で済んだけれど、その相手というのは父親の会社の取引先で、友達同士がふざけていて怪我をしてしまったということになった。
しかも、怪我の心配をするよりも周りの反応が気になる母親は、僕がとろくて隙があるからだと罵る。
マンションの一室と大学までの学費を与えるかわりに家を出ろと言われた。
もっとはやくそうしてくれたら、母も僕にいちいち腹を立てることもなかっただろうに。
学校も二学期がはじまるのに合わせて転校した。
そんなこともあり、人と付き合うことが怖くなった。関わらなければ攻撃されないですむ。
故に新しいクラスメイトが話しかけてくれても仲良くすることはなかった。
はじめは物珍しさもあって話しかけてくれたクラスメイトも反応のない相手にすぐに関心をなくしていく。
昼はご飯を食べてぼっとベンチに座り過ごす。授業が終わると誰も待つ人のいないマンションに真っ直ぐ帰り、食事をして寝る。毎日、それの繰り返し。
僕に話しかけてくる人はいない。それが楽だと思いながら、視線の先は友達と遊んでいる人達の方へと向いていて、本当は羨ましいんだろうと心の中で別の自分が囁く。
自分の気持ちすら拒否することができず、怖くなって身体を小さく丸めた。
今日もいつもと同じ。そう思っていたのに、誰かが僕の視界を遮るように立つ。
見上げると同じ二年である深い緑色のネクタイが目につき、そして端正な顔たちの男と視線がぶつかる。
「君はいつもここにいるな」
話しかけられて、驚いて喉がつまる。
顔を背けて身体を縮こめて警戒する僕に、まいったなというつぶやきが聞こえた。
「別にいじめるわけじゃない。僕は五組の高沢(たかざわ)だ。君は?」
と尋ねられたが、僕は何もこたえずに相手が諦めて去っていくのを待った。
ため息が聞こえ、離れていく。ようやくあきらめてくれたようだ。
だが、それが始まりだった。次の日も、また次の日も、しつこく声を掛けてくる。その度に自分自身を守り続けてきた。
名は確か、高沢だったか。
どこかで聞いたことのある名だと思っていたら、教室で話していた女子のグループからその名が出てきた。
「高沢クン、今日もカッコいい」
二階の窓から校庭を眺め話している。窓際の席なのでそちらへと視線を向ければ、ジャージを着た生徒が見えた。
毎日顔を見せるのですっかり覚えてしまった。
あの顔が、真っ直ぐに目を向けて話しかける。女子はきっと黄色い声をあげるだろうが、僕にとっては居心地が悪いものだった。
高沢は懲りずに話しかけてきて、クラスメイトはすぐに諦めてくれたのに相当しつこい性格をしている。
「一組の冴木《さえき》っていうんだな。二学期に転校してきた、と」
僕が何も答えないから、自分で調べたのだろう。
そんなことを知ってどうするのだろう。僕は仲良くする気がないのだから。
無視しても高沢は気にすることなく一方的に話していく。
「十月にハロウィン仮装パーティがあるって話は聞いたか?」
担任からチラシを貰っていていたので知っている。
参加者は仮装をするらしく、自由参加と書いてあったので行くつもりはなかった。
イベントには無縁な生活をしてきたので、特に楽しみだとはおもわないからだ。
「俺、イベントの手伝いをしているのだが、冴木にも手伝ってもらえたらなと思って」
顔を背け興味がないことを示すが、
「頼むよ。ランタン作り、一人なんだ」
と手を掴まれて、いきなりのことに驚いて、おもわず大きな声が出た。
「何するのっ」
その手を振り払うと自分の手を握りしめると高沢を睨むが、何故か嬉しそうな表情を浮かべていて、意味が解らない。
「やっと声を聞けたな。いくら話しかけても無反応だったから」
「あ……」
関わりあいたくなかったから無視していたのに。つい、触られて反応をしてしまった。
なんか、ずるい。
「絶対にやらないから」
これ以上、話をしたくはない。立ち上がると高沢から背を向けて教室へと戻った。
あの場所へはもういけない。きっと懲りずに彼は来るだろう。
どこで時間を潰そうかと、お弁当を持って教室から出ようとしたとき、女子がざわつく。
まさかと顔をのぞかせれば、そこに高沢がたって、
「一緒に昼飯を食おう」
手にしていたお弁当を掲げる。
うんざりとした顔を彼に向ければ、何故か笑われた。
「やっぱり嫌な顔されたか」
解っているのなら僕の前に現れなければいいのに。
だが、高沢は図太い性格をしているようで、僕の手を握りしめて強引に引っ張っていく。
背が低く身体の細い俺は簡単に力負けしてしまう。
「や、離して」
大きくて暖かい手。ぶわっと胸がざわついた。
手を繋いだのなんて何年振りだろうか。だから余計に緊張するんだ。
ふいに目頭が熱くなってきて、手を振り払おうとするが離れない。
「逃げない、無視しない。それを約束してくれるなら」
「わかったから」
手が離れた。温もりを消そうと握られていた手を摩り、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「空き教室を借りているから、そこへ行こう」
と目的の場所へ向かい中へと入る。
長テーブルの上にオレンジ色のかぼちゃがおいてあった。しかも、歪にくりぬかれている。
「あ、これは……」
恥ずかしそうにそれを段ボールの中へとしまった。
まさか、あれは彼が作ったジャック・オー・ランタンだろうか。
「不器用なんだ」
顔が良いだけでなく、器用になんでもこなしていたら完全に僻んでいただろうな。
欠点を見つけて少しだけ高沢を近くに感じた。
「あぁ。なぁ、冴木は器用か?」
「さぁ。作ったことがないし」
「弁当を食べたら作って見せてくれ」
どうして僕がと思ったが、作るまでしつこくされそうな気がする。
食事を終えてかぼちゃを手にて作り始める。これが意外と難しい。
結果、歪なジャック・オー・ランタンが出来上がった。
「俺と似たり寄ったりな」
確かに。だけどあそこまで酷くはない。
「僕の方がマシ」
「ほう、そういうなら、もっと作ってみろ」
とかぼちゃを渡された。
それから夢中で何個か作った。作業に慣れてきたのもあり、そこそこの出来栄えだ。
「良いじゃないか」
「高沢は駄目だな」
いつまでたっても不格好。こればかりは数をこなせばとはいかないようだ。
「いうね」
髪を乱暴に撫でられた。
「やめて」
「あ、すまん」
僕が反応するのが嬉しいのか、だからといって触らないでほしい。
こういうのには慣れていないから。
「一人で作らせるよ」
「勘弁してくれ」
「不器用なのに、何故、一人で?」
高沢が手伝ってとお願いすれば喜んで手をかしそうなのに。なぜ、そうしなかったのだろう。
そうすれば僕が手伝う必要はなかったのに。
「それは……、ほら、皆、忙しいからな」
助かったよと手を合わせる。
何か引っ掛かるけれど、詳しく知る気が無いのでそうなんだと言っておく。
「そういうことで、ランタンは俺と冴木で完成させる。昼休みと放課後はここに集合な。こないと放送で呼び出す」
なんだそれ。本当に強引だな、高沢は。
だけど逃げない、無視しないを約束してしまったからな。
「暇だったらな」
素直にうんとは言いたくなかったのでそう返事する。
「よし、明日から頼む」
決定とばかりに言われて、暇だったらなと、もう一度くちにした。
二人でお弁当を食べてランタンを作る。
一人でいる事を望んでいたはずなのに、高沢の側は居心地が良くて、いつのまにか楽しみな時間となっていた。
未だツンとした態度をとってしまう僕に、いつでも優しくしてくれる。
そして、時折、感じる視線。
心が落ち着かなくなるからやめて欲しいけれど、けして嫌なものではなかった。
金曜日は体育が終わってから空き教室へ向かうことになるので少し遅れる。
それまでお弁当を食べずに待っていてくれる。だから少しでも早くと思ってきたのに。
中から話し声が聞こえる。一人は高沢のモノ、そしてもう一人は……。
「お前も下手じゃないか」
「うるさいなぁ」
そっとドアを開き、隙間から中を窺う。
綺麗な人だ。楽しそうにランタンを作っていて、二人はとても良い雰囲気だった。
胸が痛い。
二人で完成させると言ったのは高沢だ。なんだか裏切られた気がした。
それに、楽しそうな二人を見ていると、僕の居場所はもうないように思えて、そっとその場を離れた。
あの日から僕は空き教室に行っていない。
体調が悪く、学校を休んでいからだ。
どうして高沢に心を許してしまったんだろう。
悲しい、悔しい、こんな感情を味わいたくなど無かった。
自分が判断を誤ったから、馬鹿な自分、と、頭の中でそんな事ばかり考えている。
このままパーティが終わるまで学校にはいかない。
逃げないという約束は反故することになるが、もう、高沢の傍にいたくない。
胸が痛むのも今だけ。すぐに慣れるだろうと布団の中でまるくなった。
※※※
ハロウィン仮装パーティ当日。
ランタン作りはどうなっただろうか。きっと誰かに手伝ってもらっているよな。
僕なんて居ても居なくても大丈夫だったんじゃないかと、気持ちは落ち込むばかり。
仮装だって、高沢が僕の分も用意するからと言っていたが、結局、なんの衣装だったのか知らずに終わった。
ランタンを作っているうちに、高沢と一緒ならパーティも楽しいだろうと思うようになっていた。
そんな事を思っては、自分自身を叱咤する。
インターホンが鳴る。
家を訪ねてくる人は滅多にいない。まさか高沢と思い、そんなはずはないとそれを否定する。
だって、ハロウィンパーティはすでにはじまっている。誰かと楽しんでいるはずだ。
再びインターホンが鳴る。
それを無視していると、
「約束したよな。逃げない、無視しないって」
と高沢の声が聞こえて、僕は玄関へと向かい開錠しドアを開けた。
「なんで?」
「悪いな。お前の家の場所は先生に聞いた」
信用があるからなと手が僕の額に触れ、それにビクッと肩が震え、その手はすぐに離れた。
「熱はないようだな」
「……帰って」
「ジャック・オー・ランタン」
「いらない」
見たくもなかった。
差し出されたランタンを受け取らずに顔を背ける。
「何か怒らせるようなことをしたか」
「べつに。僕がランタン作りを嫌になっただけ。元々、ハロウィンに興味もないし」
「嘘を言うな。お前、いつも楽しそうにランタンを作っていた」
「嘘をいうな」
「本当だ」
スマートフォンの画像を見せる。いつの間に撮ったのか、そこには楽しそうな自分の姿がある。
「あ……」
こんな顔をしていたなんて。顔が熱くなる。
「ハロウィンパーティ、冴木と一緒に楽しみたかったのに」
袋から取り出したのは狼の耳だ。これを身に着けた高沢を見たら女子が喜びそうだ。それにあの綺麗な人も。
そんな事を考えていたら胸が痛みだした。
「お前にはこれを用意していたんだ」
袋の中から赤い頭巾をとりだした。
「なぁ、パーティをしないか?」
二人だけで。そういわれて、目を見開く。僕とパーティしても楽しくないだろう。
「学校のパーティに一人でいきなよ」
その方がいいに決まっている。
出て行けと彼の身体を押すが、その手を掴まれてしまう。
「ちょ、離し……」
「トリック・オア・トリート」
「え?」
玄関のドアと鍵が閉まる音がする。
いつのまにか中へと入り込み、僕との距離が縮まっていた。
「俺に、お菓子を渡さないでくれ」
しかも、変な事を言い出した。
「それをいうならお菓子をよこせじゃ……、あっ」
いたずらをさせろと言いたいのか。
それって……、つまり、そういうこと?
意味に気が付いてしまい顔が熱くてたまらない。
「い、今、お菓子、用意するからっ」
慌てて部屋の中へと引き返そうとしたら、そのまま腕を掴まれ引き寄せられた。
ぱたんとドアが閉まり、僕の身体は後ろから高沢にだきつかれている。
「俺の愛おしい赤ずきん」
頭巾をかぶせられ、首にふっと息がかかる。
やっぱりそういうことなのか。緊張して身体を硬くした。
「悪戯、させてもらうよ」
と腕の脇をくすぐりだした。
「や、脇はだめぇっ」
かなり弱いんだ、そこは。くすぐられて涙が浮かんできた。
「うっ」
高沢の手が止まる。口元を押さえて頬を赤く染める。
笑いたくて我慢をしている、そんな風に見えた。
「酷い」
やっぱり警戒した方がいいかと思っていたら、
「好きだ。君の全てを食べてしまいたいくらいにな」
さりげなく首筋を舐められた。優しいと思った男は狼さんでした。
僕に惚れる理由が解らない。
見た目がいい訳でもない。ずっとつれない態度をとりつづけていたのに。
「寂しそうにしている冴木が気になった。声を掛けたら無視されて、絶対に仲良くなろうと思った」
あれが逆に燃え上がらせてしまったようだ。
「態度はツンとしているけど、日がたつごとに心を許してくれているのを感じて、それが嬉しかった」
「そうなんだ」
「さっき画像をみせただろう? 時折見せる楽しそうな表情が可愛くてな。気がついたら愛おしくなっていた」
「……もういいよ」
恥ずかしい。
これ以上は言わないでほしい。
だって、素直に彼の気持ちが嬉しいと思っているのだから。
「顔、真っ赤だな」
「え、ちが、これは……」
顔を隠そうとするが、暖かな腕に抱き寄せられた。
高沢の匂い。見上げれば顔がすぐ近くにある。
「俺のこと、好きになって?」
もう、これ以上は俺の心が持たない。
「ほら、パーティ、するんでしょ?」
と離れろと彼の身体を押した。
「そうだった。じゃぁ、冴木も言って。あの言葉を」
とにかく、今はこの甘い雰囲気から逃げ出したい。だから素直にあの言葉を口にする。
「高沢、トリック・オア・トリート」
すると、ポケットからカラフルな包装紙のものをとりだす。
用意してあった事に気が抜けた。例の言葉を言ってから気が付いたんだけど、悪戯されたかったのかと思って。
ポケットの中から取り出したカラフルな包装紙の中身は飴玉で、それを手渡されるのかとおもいきや、高沢は自分の口の中へといれた。
「え?」
まさか悪戯を望むのかと彼を見れば、唇が触れて口の中にイチゴ味の飴玉が入り込む。
近くで微笑む高沢の顔。
「んっ」
キスされた。口元を押さえて目を見開く。
「ハッピーハロウィン」
かたまる僕に、高沢はウィンクをしてみせた。
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