獣人ハ恋焦ガレル

希紫瑠音

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王都

シリル

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 迎えの馬車は古く地味なものだった。

 けして王族の者が乗るようなものではなかったが、自分にはお似合いだと思っている。

 それに乗り込むと、ランベールが後に続く。

「馬で行くのでは?」

 馬車と共に馬が三頭いたので、てっきりそうなのだと思っていた。

「シリルと一緒に場所に乗る方がいいからね」

 という。一人きりだと思っていたのにランベールと共にいられるのは嬉しい。

「出発いたしますが、よろしいでしょうか」

 と外からゾフィードが声を掛けてくる。

「あぁ、行ってくれ」

 馬車がゆっくりと走り出す。

 ドニとロシェには何日か前に、当分の間、成人の儀に向かうので会えなくなることは伝えてある。

 会えなくなるのが寂しくて、つい泣いてしまったが、

「泣くなんておかしいよ。また会えるんだから」

 と抱きしめてくれた。

 そうだ、またここに帰ってくる。お土産を沢山持って帰ろうと、出発したばかりなのにもう帰ることを考えている。

「シリル、何を考えているんだい?」

 楽しそうだねとランベールが微笑む。

「ドニとロシェのことを考えていた」
「おやおや、私と二人きりだというのに、彼らのことを考えているのかい? なんだか寂しいねぇ」
「ランベールは特別だぞ、うん」
「あはは。それは嬉しいことを言ってくれるね」

 おいでと手を差し伸べられ、向い合せから隣へと腰を下ろす。

「ランベール」

 鼻をすり合わせると、すごく胸が熱くなってドキドキする。

 ランベールにとっては愛し合うという意味ではなく、自分の子供へと愛情を向けるようなそんな感じだろう。

 三歳の頃からずっと愛情を貰ってきた。

 小さな頃は父の様な存在だと思っていたのだが今は違う。彼の優しさを感じるたびにシリルの中で好きという気持ちが大きく育ってしまったのだ。

 だが、大人の彼に子供の自分がこんな恋心を持ってはいけないと、心の中でブレーキをかける。

 子供のように甘える分にはランベールは応えてくれるだろう。だが、全てを奪ってほしいと口にしたら最後、離れていってしまう気がする。

「シリル」

 かるく唇が触れて離れる。もっと欲しいとじっと彼を見ていたら、馬車をノックする音が聞こえる。

「なんだね、良い所で」

 珍しくイラついた声で馬車の小窓を開く。

「叔父上、解ってますよね?」

 ずいっと顔を小窓に近づけるファブリスの表情は、何か怒っているように見える。

「……解っているよ」

 ピシャリと小窓を閉め、ランベールは笑みを浮かべて頭を撫でてくれる。

「まったく、我が甥は無粋だね。さ、シリル、向こうに戻りなさいな」
「あぁ」

 もう少し隣に居たかったが、これ以上、傍にいるともっとキスを強請ってしまいそうなので離れた。





 二日かけて夕刻に王都につく。

 王宮では王太子であるアドルフが出迎えてくれた。

 父親譲りの立派な身体格と厳つい顔つきをしており、眉間にしわを寄せ、自分を歓迎していないということをひしひしと感じてしまう。

「ランベール、父上が話があるので部屋にくるようにと。シリル、お前は部屋へ行き着替えなさい」
「はい」

 帰ってきた息子は無視し、ランベールだけを呼ぶなんて。期待などしてはいなかったが、シリルの帰還は望まれていないようだ。

 部屋は隅にあり、クローゼットの中にある部屋着は全て耳と尻尾が隠れるものばかりだ。

 これに着替えろと言うことかと、服を取り出して憎しげにベッドの上へと投げる。

「ドニ、会いたいよ」

 可愛いと言いながら尻尾や耳を撫でてくれる。たまに涎をたらして鼻息を荒くするが、それもまた懐かしく思ってしまう。

 独りぼっちの悲しみから涙が零れ落ちて枕に顔をうずめる。しばらくそうしていると、ドアがノックされて入室の許可を望むファブリスの声が聞こえた。

 慌てて涙をふき取ってソファーへと移動する。

「入れ」
「失礼します」

 王宮では二人の関係は王子と付き人となる。急に他人行儀になったようで嫌だ。だが、仕方がないことなので我儘を言いそうになるがぐっと言葉を飲み込む。

「泣いてらっしゃったのですね」

 片膝をつき涙の痕に触れる。

 ここでは一人きりだから辛く寂しい。

 ファブリスはシリルの気持ちを知っている。それゆえに困らせてはいけないのに、友達ができ、優しい人たちに囲まれていたから、今まで耐えられたことができない。

 ここにはいたくないと口を開きかけたが、成人の儀は王子として必ず参加しなければならない。

 王も、家の恥だと思いながらも参加させようとしているのだから。

「あぁ。だが、落ち着いた。ところで、ファブリスはうちに帰らなくていいのか?」

 ずっと家族に会えていないのだ。きっと普通の親はいくつになっても子供のことが心配だろう。元気な姿を見たいと思っているにちがいない。

「明日、顔を見せに行ってきます」
「そうか。ところでランベールは?」

 王と話は終えたのだろうか。

「叔父上は王様とお話を終えた後、すぐに屋敷へ戻られました」

 顔を見せる暇もなく帰ってしまったのか。忙しいのだなとしょんぼりと肩と尻尾をおとす。

「わかった。疲れたから少し休む」
「では、お食事の時にお迎えに参ります」
「あぁ」

 本当は食事など共にとりたくはない。あの冷えた目で見られながら食べるなんて耐えられないから。

「ランベールがいてくれたらよかったな」

 ランベールが一緒ならばどんな目で見られようが平気だ。ただ一心に彼だけを見つめていればいいのだから。 





 疲れていたようで、結局、ソファーで寝てしまっていた。

 身体にはブランケットがかけてあり、テーブルの上にバスケットが置かれている。

 中にはふわふわなパンとジャム、そしてポットの中に暖かいお茶が入っていた。

 誰かに撫でられたような感覚があった。とても優しくて暖かい手だった。

 きっと迎えにきたファブリスが涙の痕に気が付いて撫でていったのだろうか。だが、いつもと何かが違うように感じた。
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