【完結】あなたは僕のお父さんですか?

ちょー子

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 忘れないうちに、すぐにでも帰って編曲の作業に取り掛かりたかったので春馬の歌声をとりあえずスマートフォンで録音しようとしたところ、僕も一緒にやりたいというので連れて帰ることにした。
 共同で作業するほうが断然、捗るのでありがたかった。
 春馬を自宅に呼ぶのは初めてだった。
 互いに意見を出し合いながらアコースティックギター用に独自のアレンジを加えていく。一回限りの余興で終わらせるつもりはなかったから力が入った。
 コードを一通り付け終わったころには深夜をとうに過ぎており、最終電車もなくなっていたのでこのまま春馬を泊まらせることにした。

 彼は今、ベッドで眠っている。
 作業がひと段落し、寝室に向かうと春馬のもとへ歩み寄った。
 ベッドの淵に腰掛け、眠る春馬を見下ろした。柔らかな輪郭、あどけなさが残る寝顔を見ているとまるで少女のようにも見える。もともと春馬は境界線のあいまいな子だ。少年でありながら少女のようでもあり、大人でもなく子供でもない。春馬のそういうマージナルなところも来栖の琴線に触れたのだろう。 
 傷一つないその白い肌は、硝子の如き透明な質感で、触れると壊れてしまいそう。
 まるで聖遺物のように手の内に包んで慈しんでいるのだろう。
 そんな来栖の宝物が今、無防備な姿で横たわっている。
 春馬を部屋に連れ込んだことを知ったなら、来栖は発狂するだろう。あまつさえ、何か良からぬことをしようものならどれほどの怒りを買うか想像もつかない。
 来栖との関係性を終了させるつもりはないので、彼の宝物に悪さするつもりはないけれど、来栖自身が欲望のまま、春馬に手をかける場面を物陰から覗き見たいという願望はある。
 覗き見することで理性を失った来栖の姿に興奮したいとか、欲望に勝てなかったね、残念だったね。と肩を叩きたいとか、彼もまた俗人なのだと己を満足させたいとか理由はいくつかあるが一番強いのはたぶん「来栖に抱かれている自分を想像して気持ちよくなりたい」。これだ。
 要するに、変態なのである。
 いつからこんなにも自分の性癖が歪んでしまったのかと問われれば来栖に出会ってからで、あまりにも長い間、片思いを募らせたせいで完全にこじらせてしまった。
 これが20代とかならまだ初心に返って抱いてください。とか言えたかもしれない。けど中年に差し掛かった男がこれを口にするのはさすがに寒いってぇ。
 そもそもあの人は他人を抱くことに強い抵抗感を持っている。そういった事情を差っ引いても自分ではダメだったんだろうけど。
 せめて一回でもイかせたかったなぁとそれだけが本当に心残りだ。他で試したことがないので越智のテクニックの上手い下手はわからないし、原因は彼の内面にあり、男同士だから感じ方も体にかかる負担も違うからしょうがないといえばそれまでだけど。
 俗物的ではあるものの、まぎれもなく究極の愛情表現でもあるから、相手に満足感を与えられるか否かでこちらの満足度も違ってくるわけで。
(口、開いてる)
 春馬の上唇と下唇を指でつまんで閉じようとしたけどダメだった。
 長い時間をかけても得られなかったものを、この子はあっさりと獲得してしまった。この子とならばできなかったことも可能なのかもしれない。
(案外、あっさり治ったりしてね)
 そして末永く、イチャコラしながら幸せに暮らせばいいと思う。
 来栖のことを本気で愛しているからそれは本当にそう思う。けれど。
「越智さん」
 春馬が目を覚ました。起き上がったものの、まだ半分寝ぼけているのかゆらゆらと微妙に揺れている。
「もう、曲、出来たんですか?」
「いや、まだだよ。ちょっと休憩中」
「お疲れさまです。もう休んで。明日またやりましょう」
 ふにゃと崩した笑みを浮かべる。のそのそと緩慢な動作でベッドから降りると越智の足元に寝転がり、丸くなった。
「ちょっとちょっと、何やってんの?!」
「ここで寝る」
「いやいや、犬猫じゃないんだから!風邪引くよ」
「でも、僕がいると越智さん、寝られない」
「大丈夫だから。向こうで適当に寝るから」
 腕をつかんで起き上がらせた拍子に、服が乱れてしまった。貸したTシャツはだいぶ大きいから、肩がすぐにはだけてしまう。
 丸みを帯びた輪郭がほんのりと白く浮き上がって見える。直に触れると滑らかで温かい。そのまま首筋をたどり、頬に触れると手のひらを重ねてきた。
 気持ちよさそうに頬ずりをする仕草やら、探るような上目遣いのまなざしがやたら蠱惑的で、このままひん剥いてやろうかなという衝動に駆られた。
「あの、越智さん」
「和彦でいいよ」
「和彦・・・、さんと来栖さんってつきあってるんですか?」
「・・・はい?」
「ファンの間でウワサになってるんです。あの二人はガチらしいよって」
「あーああ・・・」
 確かにそんな論調があるらしいのは知っている。ネタで匂わせ風の記事を投稿したこともあったし、バンド活動をする上でマイナスのイメージには繋がらなさそうだったので否定も肯定もしたことはなかったけれども。
「あれは冗談だよ。つきあってないよ」
「そうなんですね」
 納得したように頷いたものの、なんだか明らかに元気ない様子。
「どうしたの」
「うらやましいなって思ったんです。凄く仲よさそうだから。SNSにあげてる来栖さんの画像って和彦さんが撮ってるんですよね」
「そうだね。あの人、出不精だからね。運動不足とボケ防止のためになるべく連れ出すようにしているよ」
「そういう健康管理に気を配ってるところとか、確定申告?とか面倒な手続きを丸投げされても文句言いながら全部やってあげたりとか、めんどくさがりな来栖さんの窓口になってスケジュールの調整したりとか、すごいなって思うんです」
「まぁ実質、来栖さんのお世話係みたいなところがあるからね」
「お世話係っていうか、もはや夫婦ですよね。長年の」
「確かにそんなところはあるかもね。長いつきあいだからね」
 仕事仲間だからといって、仕事の面だけ関わっていればいいというわけはなく、相棒の健康管理やら生活面での困りごと等を解消するのも相棒の役割だと思っている。そういった日常の細々としたことを疎かにしていると、先々で不利益を被るのは自分のほうだから、すべては自分のためにやっていることであって褒められるような要素は何一つない。
「そういうところがすごいんですよ。ファンの人たちも言ってますよ。越智さんは『オレがあんぱんを育てた』って後方腕組みプロデューサー気取りが許される唯一の存在だって」
「・・・オレを泣かせに来てる?おだてても何も出ないよ?」
 違います。そうじゃないんです。と慌てたように言う。
「だからしょうがないって思ったんです。和彦さんが恋人ならあきらめもつくかなって」
「あきらめる?なんで」
「来栖さんの中では僕が実の息子だってもう確定してるっぽいし。いっそ、そのほうがいいのかなって思ったりもするんです。でも・・・」
「イヤなんだ?」
 答えずに、春馬はただ俯いた。
「何があっても来栖さんのそばにいようって決めたのに。でも、本当は怖いんです。来栖さんがお父さんだったら、僕は良い息子になれるのかなって」
 そりゃあそうだろうなと同情した。恋愛感情と家族に対する愛情は違うものだからしょうがない。
「良い息子でいる必要はないよ、来栖さんも言ってたじゃない。もっとわがまま言ってほしいって。今の気持ちをそのまま来栖さんに伝えたらいい。あの人は春馬の気持ちを最優先に考えてくれる」
 春馬が望むなら不都合な現実も常識も握りつぶしてしまうだろう。いざとなったら春馬を連れて、誰にも知らせず行方をくらませるくらいするかもしれない。
「あの人はさ、なんでもいいんだよ、君がそばにいてくれたら。君が望むなら父親になるし、恋人にもなれる。全部自分次第だよ。もし息子ポジションが嫌だっていうなら先手を取るしかないね」
「先手ですか?」
「君の体でメロメロにしてしまえ」
「それって、えっと・・・、する、ってことですか?」
「そうそう。来栖さんを落としてしまえ」
「・・・ム」
 ムリだよ、そんなの!と高速で首をふる。
「だって、ダメでしょ?!お父さんかもしれないのに!」
「ダメってことはない。むしろヤるなら今しかない。親子だと判明したら何かと制限がつくからね」
 本当は「今しかない」ってことはないけど、余計な因果やら苦悩を背負わせるのは気が引けたので黙っておいた。
「来栖さんは奥手だからねぇ。君から誘ったほうが喜ぶと思うよ。むしろ春馬にそこまでさせておいて「できない」とかほざくようならオレからガツンと言ってやるよ。オレの相棒に恥かかすんじゃねぇよって」
「相棒」
「そう。今日から春馬はオレの相棒で、大切な弟分だよ」
「兄ちゃん!」
 そっちのほうがしっくりくるか。胴に引っついてきた春馬の頭を撫でた。
「でも君がちょっと誘ったら案外、コロッと本性丸出しにして襲ってくると思うけどね」
「ぇええ、それは、ちょっと・・・」
 困惑した風を装いながらも、顔が嬉しそうなんよなぁ。
 春馬の中に自分と似た性癖を見出して、親近感を覚えた。
「ねぇ、和彦。男の人同士ってどうやってするの?」
 実地で教えようか?という言葉が喉元まで出かかった。
「女の子としたことある?」
 ない。ないよ。と恥ずかしそうに下を向く。
「基本は一緒だよね。男同士だと穴が一つしかないから迷わずに済むね!あとはお口と手だねぇ」
「お口と、手ェ・・・」
「なんならオレが練習台になろうか?」
「そういうのは好きな人とじゃなきゃしちゃダメだって・・・」
「だぁーい丈夫、大丈夫。口と手だけならギリ浮気に入らないから」
「そうなの?」
「上手にできたら来栖さんも喜んでくれるよ」
「・・・そうかな」
「予行練習だと思ってさ、とりあえずやってみようよ」
「・・・やってみようかな」
 バンドに誘うのと同じノリで丸めこむことに成功した。
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