1 / 3
音楽室
しおりを挟む
「ショパンはね、嵐の日に『雨だれの前奏曲』を作ったのよ」
白くて細い指先から繊細な音色が次々と生まれ出て、俺を優しく包み込む。
「こんな日だったのかなぁ?」
俺は窓の外を見て呟いた。
空は厚い雲に覆われ、まるで灰色の絵の具を塗りたくられてうんざりしているかのように、どんよりオーラ全開で俺の顔を見下ろしている。
滝のように落ちてくる雨が、容赦なく窓ガラスを打ちつける。
黒い雲を時折輝かせているのは、稲光だ。
「こっちに来るかな?」
俺は、ぼんやりとした目で宙を見上げた。
「あー! やっぱりここだった」
勢いよく開け放たれた扉から、見慣れた――いや、見飽きたと言うべきか――顔がひょっこり覗いた。
日に焼けて少し茶色がかったショートヘアを気だるそうに右手でかき上げながら、「帰るよー」ぶっきらぼうに聖羅が言った。
「ほら、彼女のお迎えよ」
扉の音と同時に止んだピアノの前で、水島先生が微笑んだ。
「いや、彼女じゃねぇし」
つっけんどんに答えると、俺はため息混じりで立ち上がった。
「今日、部活は?」
「あんた、この雨が見えないの? テニスコートびしゃびしゃじゃん。廊下で筋トレちょっとして、解散だよ」
「ふぅん。外部はラッキーだな」
「あんたはいいね。お気楽で」
いつものくだらないやり取りをしながら廊下に出ると、「じゃ、先生。また明日ね」手を振り、扉を閉めた。
「気を付けて帰るのよ」
急いで振り返る。
扉に阻まれる瞬間。ほんの一瞬だけ、視線が絡まる。
よし。今夜もよく眠れそうだ。
「ほんと、好きだよねぇ」
傘を広げながら、呆れた顔で聖羅が睨む。
「何が? 別にそんなんじゃねぇし」
仏頂面で一歩踏み出すと、みるみるズボンの裾が濡れてきた。
「じゃあ、何でいつも音楽室にいるの?」
「部室、隣だからだよ。それに、いつもじゃねぇし。合唱部の練習が無い日に、たまに寄るだけだよ」
「ふぅん。ま、いいけど」
「なんだよそれ」
制服のズボンは既に膝までびしょびしょだったが、俺は構わずスピードを上げた。
「ちょっと待ってよー」
聖羅が派手な水飛沫を上げながら、俺の背中を追いかけて来た。
聖羅と俺の家は隣同士。要は幼馴染だ。
物心ついた頃から、聖羅は俺の後ばかりついて来ていた。
高校くらいは離れたくて、わざと聖羅には無理めの高校ばかりを選んだのに、コイツは死ぬ程勉強して、俺と同じ高校を受験した。
そして、まさかの合格だ。
しかも、部活まで俺の真似してテニス部に入部した。
「帰りが一緒だと心強いわ」
どうやら、隣のおばさんの策略らしい。
おまけに何の因果か、クラスまで一緒ときたもんだ。
絶対何かの陰謀だ。
一年の冬。部活中の怪我をきっかけに、俺はテニス部を辞めた。
怪我は大したことなかったのだが、休部しているうちに何だか面倒くさくなったのだ。
お陰でようやく、聖羅づくしの毎日から解放された。
朝から晩までまとわりつかれちゃ、たまらない。
そんな時、声を掛けてきたのが、軽音部の木ノ下。
たまたま一緒にカラオケ行った時、「お前、うめぇな。うちのバンドのボーカルやらね?」ってスカウトされたのだ。
どうやら、ボーカルが抜けて困っていたらしい。
てな訳で、暇を持て余していた俺は、二つ返事でその役を引き受けた。
聖羅には散々、「軽音なんて似合わない」と罵られたが。
そんなこんなであっという間に季節は変わり、気がつくと俺たちは二年になっていた。
きっかけは、木ノ下のまるで思い付きのような提案だった。
ずっとアーティストのカバーがメインの俺たちだったが、それだけでは物足りなくなった木ノ下が、ある日突然「オリジナルやらね?」と言い出したのだ。
それならまだしも、「お前、曲作ってくんね? 歌、うめぇし」と訳の分からない理屈で、俺に白羽の矢を立てたのだった。
さすがに皆反対すると思ったが、俺の予想は大幅に外れ、「いいね!」の見事なハーモニー。
結局、メンバー全員に押し切られ、全く納得のいかないまま、俺が曲を作るハメになったのだった。
白くて細い指先から繊細な音色が次々と生まれ出て、俺を優しく包み込む。
「こんな日だったのかなぁ?」
俺は窓の外を見て呟いた。
空は厚い雲に覆われ、まるで灰色の絵の具を塗りたくられてうんざりしているかのように、どんよりオーラ全開で俺の顔を見下ろしている。
滝のように落ちてくる雨が、容赦なく窓ガラスを打ちつける。
黒い雲を時折輝かせているのは、稲光だ。
「こっちに来るかな?」
俺は、ぼんやりとした目で宙を見上げた。
「あー! やっぱりここだった」
勢いよく開け放たれた扉から、見慣れた――いや、見飽きたと言うべきか――顔がひょっこり覗いた。
日に焼けて少し茶色がかったショートヘアを気だるそうに右手でかき上げながら、「帰るよー」ぶっきらぼうに聖羅が言った。
「ほら、彼女のお迎えよ」
扉の音と同時に止んだピアノの前で、水島先生が微笑んだ。
「いや、彼女じゃねぇし」
つっけんどんに答えると、俺はため息混じりで立ち上がった。
「今日、部活は?」
「あんた、この雨が見えないの? テニスコートびしゃびしゃじゃん。廊下で筋トレちょっとして、解散だよ」
「ふぅん。外部はラッキーだな」
「あんたはいいね。お気楽で」
いつものくだらないやり取りをしながら廊下に出ると、「じゃ、先生。また明日ね」手を振り、扉を閉めた。
「気を付けて帰るのよ」
急いで振り返る。
扉に阻まれる瞬間。ほんの一瞬だけ、視線が絡まる。
よし。今夜もよく眠れそうだ。
「ほんと、好きだよねぇ」
傘を広げながら、呆れた顔で聖羅が睨む。
「何が? 別にそんなんじゃねぇし」
仏頂面で一歩踏み出すと、みるみるズボンの裾が濡れてきた。
「じゃあ、何でいつも音楽室にいるの?」
「部室、隣だからだよ。それに、いつもじゃねぇし。合唱部の練習が無い日に、たまに寄るだけだよ」
「ふぅん。ま、いいけど」
「なんだよそれ」
制服のズボンは既に膝までびしょびしょだったが、俺は構わずスピードを上げた。
「ちょっと待ってよー」
聖羅が派手な水飛沫を上げながら、俺の背中を追いかけて来た。
聖羅と俺の家は隣同士。要は幼馴染だ。
物心ついた頃から、聖羅は俺の後ばかりついて来ていた。
高校くらいは離れたくて、わざと聖羅には無理めの高校ばかりを選んだのに、コイツは死ぬ程勉強して、俺と同じ高校を受験した。
そして、まさかの合格だ。
しかも、部活まで俺の真似してテニス部に入部した。
「帰りが一緒だと心強いわ」
どうやら、隣のおばさんの策略らしい。
おまけに何の因果か、クラスまで一緒ときたもんだ。
絶対何かの陰謀だ。
一年の冬。部活中の怪我をきっかけに、俺はテニス部を辞めた。
怪我は大したことなかったのだが、休部しているうちに何だか面倒くさくなったのだ。
お陰でようやく、聖羅づくしの毎日から解放された。
朝から晩までまとわりつかれちゃ、たまらない。
そんな時、声を掛けてきたのが、軽音部の木ノ下。
たまたま一緒にカラオケ行った時、「お前、うめぇな。うちのバンドのボーカルやらね?」ってスカウトされたのだ。
どうやら、ボーカルが抜けて困っていたらしい。
てな訳で、暇を持て余していた俺は、二つ返事でその役を引き受けた。
聖羅には散々、「軽音なんて似合わない」と罵られたが。
そんなこんなであっという間に季節は変わり、気がつくと俺たちは二年になっていた。
きっかけは、木ノ下のまるで思い付きのような提案だった。
ずっとアーティストのカバーがメインの俺たちだったが、それだけでは物足りなくなった木ノ下が、ある日突然「オリジナルやらね?」と言い出したのだ。
それならまだしも、「お前、曲作ってくんね? 歌、うめぇし」と訳の分からない理屈で、俺に白羽の矢を立てたのだった。
さすがに皆反対すると思ったが、俺の予想は大幅に外れ、「いいね!」の見事なハーモニー。
結局、メンバー全員に押し切られ、全く納得のいかないまま、俺が曲を作るハメになったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる