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愛の夢
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三月。
試行錯誤の末、ようやく俺たちの初めてのオリジナルソングが完成した。
その日俺は、録音したてのCDを前に、えも言われぬ複雑な感情を抱えていた。
ついに完成したんだ……。
この気持ちを早く伝えたい。
一番に……。
あの人に……。
俺は誰もいなくなった音楽準備室で独り、じっとその時を待っていた。
しばらくすると、隣から小川のせせらぎが聞こえてきた。
その音はやがて、一つのメロディーに姿を変える。
俺はそっと、隣へと続く扉を開けた。
「きゃっ! ……びっくりした。いたの?」
「はは。ごめんね。驚かせて」
「もう。相変わらずね。桜田君は」
そう言って笑う先生は、あの日より少し、柔らかい。
「あのさ。渡したい物があるんだけど」
「え? 何?」
「これ……」
俺は一枚のCDを差し出した。
さっき完成したばかりの、俺たちの……俺の、曲……。
「もしかして、その為に待っててくれたの?」
「うん。一番に渡したかったから」
「本当に? 嬉しい。ありがとう」
CDが小刻みに揺れている。それが自分の手の震えだということに気付いたのは、彼女に手渡した後だった。
「結婚、おめでとう」
手の平の汗をこっそり制服で拭いながら、俺は、満面の笑みで言った。
「ありがとう」
先生も、俺に負けないくらい満面の笑みで応えた。頬がほんのり赤く染まった。
水島先生はこの春、結婚退職する。
俺は彼女の為に、必死で曲を作った。
何としても間に合わせたかった。彼女が、辞めてしまう前に。
彼女が、『水島先生』でいるうちに……。
「曲はね、リストの『愛の夢』をロック調にアレンジしたんだ」
「へぇ。すごいね」
「かなーり大変だったよ。何しろみんな、初めての曲作りだったからさ。木ノ下なんて、何度も夢でうなされたって言ってたよ」
「はは。みんな、よく頑張ったね」
先生の切れ長の目尻が下がった。
「でも、どうして『愛の夢』を?」
「それは……」
それは……。
先生と俺との、大切な思い出だから。
……とは、さすがに言えず。
「好きだから。この曲が」
俺は、にっこり微笑んだ。
「そっか」
水島先生が、嬉しそうに目を細めた。
窓の外を見ると、コバルトブルーの空に、所々オレンジ色の雲が浮かんでいる。
「ねぇ。あの曲、弾いてよ」
「あの曲?」
「ショパンの……『別れの曲』……」
窓辺に近寄り、空を見上げた。名前も知らない鳥が、何羽も空へと羽ばたいて行く。
輪郭がぼやけてるのは、夕日のせいか? それとも……。
「泣いてんの?」
音楽室から出てきた俺に、聖羅が強烈なカウンターを喰らわす。
「は? 泣いてねーし」
「ふぅん。目、赤いよ」
「コンタクトがズレたんだよ。ばぁか」
「あ! ちょっと待ってよー!」
俺の背中を聖羅が慌てて追いかけて来る。
コイツには、デリカシーってもんがないのかね、全く。
「初恋で、初失恋か。辛いね」
「はぁ? 何言ってんだ? 馬鹿じゃね?」
初恋? だったのか?
よくわからない。
「なったげようか? 初カノ」
「はっ?」
「失恋には新しい恋! ってよく言うじゃん」
「お前、馬鹿なのか? いや、薄々そうじゃないかとは思っていたが、ここまで馬鹿だったとは……」
「何よ! 失敬な! あたしは、あんたの為に……」
「はいはい。わかりました。いつも感謝しております」
「もう! 馬鹿にして!」
喚く聖羅を適当にあしらい、黄昏色に染まる空の下、大きく一歩踏み出した。
そういえば来年、受験だな。
大学もコイツと一緒だったら、案外退屈しないかもな。
一番星を見上げ、ふと、そう思った。
(了)
試行錯誤の末、ようやく俺たちの初めてのオリジナルソングが完成した。
その日俺は、録音したてのCDを前に、えも言われぬ複雑な感情を抱えていた。
ついに完成したんだ……。
この気持ちを早く伝えたい。
一番に……。
あの人に……。
俺は誰もいなくなった音楽準備室で独り、じっとその時を待っていた。
しばらくすると、隣から小川のせせらぎが聞こえてきた。
その音はやがて、一つのメロディーに姿を変える。
俺はそっと、隣へと続く扉を開けた。
「きゃっ! ……びっくりした。いたの?」
「はは。ごめんね。驚かせて」
「もう。相変わらずね。桜田君は」
そう言って笑う先生は、あの日より少し、柔らかい。
「あのさ。渡したい物があるんだけど」
「え? 何?」
「これ……」
俺は一枚のCDを差し出した。
さっき完成したばかりの、俺たちの……俺の、曲……。
「もしかして、その為に待っててくれたの?」
「うん。一番に渡したかったから」
「本当に? 嬉しい。ありがとう」
CDが小刻みに揺れている。それが自分の手の震えだということに気付いたのは、彼女に手渡した後だった。
「結婚、おめでとう」
手の平の汗をこっそり制服で拭いながら、俺は、満面の笑みで言った。
「ありがとう」
先生も、俺に負けないくらい満面の笑みで応えた。頬がほんのり赤く染まった。
水島先生はこの春、結婚退職する。
俺は彼女の為に、必死で曲を作った。
何としても間に合わせたかった。彼女が、辞めてしまう前に。
彼女が、『水島先生』でいるうちに……。
「曲はね、リストの『愛の夢』をロック調にアレンジしたんだ」
「へぇ。すごいね」
「かなーり大変だったよ。何しろみんな、初めての曲作りだったからさ。木ノ下なんて、何度も夢でうなされたって言ってたよ」
「はは。みんな、よく頑張ったね」
先生の切れ長の目尻が下がった。
「でも、どうして『愛の夢』を?」
「それは……」
それは……。
先生と俺との、大切な思い出だから。
……とは、さすがに言えず。
「好きだから。この曲が」
俺は、にっこり微笑んだ。
「そっか」
水島先生が、嬉しそうに目を細めた。
窓の外を見ると、コバルトブルーの空に、所々オレンジ色の雲が浮かんでいる。
「ねぇ。あの曲、弾いてよ」
「あの曲?」
「ショパンの……『別れの曲』……」
窓辺に近寄り、空を見上げた。名前も知らない鳥が、何羽も空へと羽ばたいて行く。
輪郭がぼやけてるのは、夕日のせいか? それとも……。
「泣いてんの?」
音楽室から出てきた俺に、聖羅が強烈なカウンターを喰らわす。
「は? 泣いてねーし」
「ふぅん。目、赤いよ」
「コンタクトがズレたんだよ。ばぁか」
「あ! ちょっと待ってよー!」
俺の背中を聖羅が慌てて追いかけて来る。
コイツには、デリカシーってもんがないのかね、全く。
「初恋で、初失恋か。辛いね」
「はぁ? 何言ってんだ? 馬鹿じゃね?」
初恋? だったのか?
よくわからない。
「なったげようか? 初カノ」
「はっ?」
「失恋には新しい恋! ってよく言うじゃん」
「お前、馬鹿なのか? いや、薄々そうじゃないかとは思っていたが、ここまで馬鹿だったとは……」
「何よ! 失敬な! あたしは、あんたの為に……」
「はいはい。わかりました。いつも感謝しております」
「もう! 馬鹿にして!」
喚く聖羅を適当にあしらい、黄昏色に染まる空の下、大きく一歩踏み出した。
そういえば来年、受験だな。
大学もコイツと一緒だったら、案外退屈しないかもな。
一番星を見上げ、ふと、そう思った。
(了)
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