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12年ぶりの再会
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「で? 式の日取りは?」
同僚の松岡恵令奈にマジックを突き付けられ、美空は思わず仰け反った。
どうやらマジックは、マイクのつもりらしい。
「それ、俺も聞きたいです」
スズランテープを裂く手を止め、竹内哲太が身を乗り出した。
「哲太先生、手、止まってる!」
そのマジックで今度は哲太を指しながら、恵令奈が激を飛ばす。
「あ、はい。すいません」
大袈裟に肩をすくめると、哲太は作業を再開した。
子どもたちが帰った後、三人は美空が担当している年長児クラスのぞう組に集まり、六月に行われる運動会の準備に励んでいた。
遊戯に使うポンポンを作りながら、恵令奈は、先日行われた美空と登坂親子との会食の様子を根掘り葉掘り聞きだしていたのだった。
「今すぐって訳にはいかないよ。紫雲君、受験生だし」
将来、小学校教諭を目指しているという紫雲は、教育学部のある大学に進学を希望している。受験生のいる家庭に、余計な波風は立てたくない。
「じゃあ入籍は、紫雲君の受験が終わってからってこと?」
「うん。まあ、そうなるかな」
ポンポンの形を整えながら、照れ臭そうに美空は答えた。
「じゃあ、ウエディングドレスは暫くお預けですね」
今度は叱られないよう作業の手を休めずに、哲太が口を挟んだ。
「ウエディングドレスねぇ……。別にどうでもいいかな」
「えっ? 着ないんですか?」
黒目がちの瞳を大きく見開き、哲太が美空を凝視した。
見ようによっては、哲太もイケメンの部類に入るだろう。涼しげな目元がクールな印象を与えるが、中身はなかなかどうして熱い男だ。
そのギャップが、世のお母様方には堪らないらしい。
「だって今年で三十四だよ? もうウエディングドレスが楽しみって歳でもないし……」
「歳なんて関係ないでしょ? 私は着るよ。四十だろうが五十だろうが」
恵令奈が後頭部に右手を添え、モデルよろしく胸を張った。腰に当てられた左手で、スタイルの良さを強調する。
「そうですよ! 全然大丈夫っす! 美空先生、童顔だし。見た目、俺と変わんないっす」
今年二十七になる哲太が、自信満々に親指を立てた。
「まさかぁ……」
美空は呆れたように苦笑すると、コームを使ってスズランテープを手早く裂いた。
「でもさぁ。いきなり大学生の息子ができるって、正直どんな感じ?」
大きなビニール袋に『ぞう組』とマジックで書いた紙を貼り付けながら、恵令奈が聞いた。この袋に、人数分のポンポンを入れるのだ。同様に、『きりん組』『ぱんだ組』の袋もある。
「そうだねぇ。ちょっと複雑だけど、まあ、知らない子じゃないし」
「紫雲君だっけ? 確か可愛い子だったよね。お目々クリクリで」
同期の恵令奈は、幼少期の紫雲を何となくだが覚えていた。
当時、彼女は年少児クラスのぱんだ組を担当していたが、美空のクラスとは頻繁に交流していたのだ。
年少児と年長児がペアを組んで活動することは、大抵の園でカリキュラムに組み込まれている。年少児がスムーズに園生活を送れるよう、年長児がお世話をするのだ。
小さい子の世話をすることにより、思いやりの気持ちや年長児としての自覚を自然に芽生えさせていくのが狙いだ。
少子化で、兄弟姉妹の少ない現代っ子ならではのカリキュラムと言えよう。
「めっちゃイケメンになってたんでしょ? 身長百八十オーバーだっけ?」
「ひゃくはちじゅう……?」
百七十センチそこそこの哲太が、目を白黒させて大袈裟に仰け反る。
「いや、実際わかんないよ。見上げた感じ結構高かったから、そのくらいかなって」
美空の脳裏に、観葉植物の陰からゆっくり姿を現した紫雲の長身が蘇る。食事の手を止め振り返った女性客の甘い吐息が、耳の奥に聞こえたような気がした。
「今度紹介してよ。でも流石に私のことは覚えてないかなぁ?」
片手を頬に当て、恵令奈が思案する。可愛いというより綺麗な方に分類されるであろう恵令奈の形の良い眉が、僅かに歪む。
美空と並ぶとどうしても自分の方が年上に見られてしまうことが不満ではあるが、それなりにモテるタイプだ。
そのせいか、この歳になっても特定の彼氏は作らず、適度に楽しんでいるようだ。
本人曰く、遊べるうちが華らしい。その華の命がいつまで続くのかは不明だが。
「この機会に、年下イケメンと付き合ってみるってのもいいかもね」
「ちょっと! うちの息子に、手、出さないでよ! てか、年下すぎでしょ? 下手したら犯罪だから!」
「あらやだ、奥様ったら。もう母親気取り? いつまでも子離れしない姑は嫌われますわよ」
「姑って……」
「それにもう十八でしょ? 結婚だってできるじゃん」
「あのねぇ……」
「二人とも! 遊んでる暇ありませんよ! 他にやることいっぱいあるんですからね!」
先程のお返しとばかりに意見する後輩に、「生意気ー!」と軽口を叩きながら、美空と恵令奈はわざとらしく作業の手を速めた。
同僚の松岡恵令奈にマジックを突き付けられ、美空は思わず仰け反った。
どうやらマジックは、マイクのつもりらしい。
「それ、俺も聞きたいです」
スズランテープを裂く手を止め、竹内哲太が身を乗り出した。
「哲太先生、手、止まってる!」
そのマジックで今度は哲太を指しながら、恵令奈が激を飛ばす。
「あ、はい。すいません」
大袈裟に肩をすくめると、哲太は作業を再開した。
子どもたちが帰った後、三人は美空が担当している年長児クラスのぞう組に集まり、六月に行われる運動会の準備に励んでいた。
遊戯に使うポンポンを作りながら、恵令奈は、先日行われた美空と登坂親子との会食の様子を根掘り葉掘り聞きだしていたのだった。
「今すぐって訳にはいかないよ。紫雲君、受験生だし」
将来、小学校教諭を目指しているという紫雲は、教育学部のある大学に進学を希望している。受験生のいる家庭に、余計な波風は立てたくない。
「じゃあ入籍は、紫雲君の受験が終わってからってこと?」
「うん。まあ、そうなるかな」
ポンポンの形を整えながら、照れ臭そうに美空は答えた。
「じゃあ、ウエディングドレスは暫くお預けですね」
今度は叱られないよう作業の手を休めずに、哲太が口を挟んだ。
「ウエディングドレスねぇ……。別にどうでもいいかな」
「えっ? 着ないんですか?」
黒目がちの瞳を大きく見開き、哲太が美空を凝視した。
見ようによっては、哲太もイケメンの部類に入るだろう。涼しげな目元がクールな印象を与えるが、中身はなかなかどうして熱い男だ。
そのギャップが、世のお母様方には堪らないらしい。
「だって今年で三十四だよ? もうウエディングドレスが楽しみって歳でもないし……」
「歳なんて関係ないでしょ? 私は着るよ。四十だろうが五十だろうが」
恵令奈が後頭部に右手を添え、モデルよろしく胸を張った。腰に当てられた左手で、スタイルの良さを強調する。
「そうですよ! 全然大丈夫っす! 美空先生、童顔だし。見た目、俺と変わんないっす」
今年二十七になる哲太が、自信満々に親指を立てた。
「まさかぁ……」
美空は呆れたように苦笑すると、コームを使ってスズランテープを手早く裂いた。
「でもさぁ。いきなり大学生の息子ができるって、正直どんな感じ?」
大きなビニール袋に『ぞう組』とマジックで書いた紙を貼り付けながら、恵令奈が聞いた。この袋に、人数分のポンポンを入れるのだ。同様に、『きりん組』『ぱんだ組』の袋もある。
「そうだねぇ。ちょっと複雑だけど、まあ、知らない子じゃないし」
「紫雲君だっけ? 確か可愛い子だったよね。お目々クリクリで」
同期の恵令奈は、幼少期の紫雲を何となくだが覚えていた。
当時、彼女は年少児クラスのぱんだ組を担当していたが、美空のクラスとは頻繁に交流していたのだ。
年少児と年長児がペアを組んで活動することは、大抵の園でカリキュラムに組み込まれている。年少児がスムーズに園生活を送れるよう、年長児がお世話をするのだ。
小さい子の世話をすることにより、思いやりの気持ちや年長児としての自覚を自然に芽生えさせていくのが狙いだ。
少子化で、兄弟姉妹の少ない現代っ子ならではのカリキュラムと言えよう。
「めっちゃイケメンになってたんでしょ? 身長百八十オーバーだっけ?」
「ひゃくはちじゅう……?」
百七十センチそこそこの哲太が、目を白黒させて大袈裟に仰け反る。
「いや、実際わかんないよ。見上げた感じ結構高かったから、そのくらいかなって」
美空の脳裏に、観葉植物の陰からゆっくり姿を現した紫雲の長身が蘇る。食事の手を止め振り返った女性客の甘い吐息が、耳の奥に聞こえたような気がした。
「今度紹介してよ。でも流石に私のことは覚えてないかなぁ?」
片手を頬に当て、恵令奈が思案する。可愛いというより綺麗な方に分類されるであろう恵令奈の形の良い眉が、僅かに歪む。
美空と並ぶとどうしても自分の方が年上に見られてしまうことが不満ではあるが、それなりにモテるタイプだ。
そのせいか、この歳になっても特定の彼氏は作らず、適度に楽しんでいるようだ。
本人曰く、遊べるうちが華らしい。その華の命がいつまで続くのかは不明だが。
「この機会に、年下イケメンと付き合ってみるってのもいいかもね」
「ちょっと! うちの息子に、手、出さないでよ! てか、年下すぎでしょ? 下手したら犯罪だから!」
「あらやだ、奥様ったら。もう母親気取り? いつまでも子離れしない姑は嫌われますわよ」
「姑って……」
「それにもう十八でしょ? 結婚だってできるじゃん」
「あのねぇ……」
「二人とも! 遊んでる暇ありませんよ! 他にやることいっぱいあるんですからね!」
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